猟犬の連絡員から緊急の暗号通信を受け取ってから、俺はすぐにヒルゼン様のいる火影執務室へと足を運んだ。
「……どうにも、お前の望むように世の中が動いている気がするのう」
大名府でのクーデターの第一報を掴み、出撃の許可をもぎ取るために装備を整えた状態で駆け込んできた俺を見て、三代目火影・猿飛ヒルゼンは呆れたようにパイプの煙を吐き出した。
「火の国から正式な救援依頼が来るのは時間の問題じゃろうが……よし、お前たちは先に向かっておけ。大名と重鎮たちの命を最優先で死守しろ。ただし、大名府からの正式な使者が来るまでは、決して表立って動くでないぞ」
「わかりました。猟犬の精鋭で向かおうと思います」
俺が恭しく頭を下げ、執務室を出て行こうとしたその背中に、三代目からの静かな言葉が投げかけられた。
「それと……すまんが、アスマを頼む」
それは里の長としてではなく、父親としての不器用で切実な願いだった。
俺は足を止め、振り返って、無言で深く一礼した。猟犬の隊長としてではなく、一人の同期としての約束だった。
*
特S級任務の命令を無事に受け取った俺は、猟犬の拠点に戻り、今回の首都介入に向けて編成した精鋭隊員たちを集めて状況を説明した。
「みんな、早速次の任務が入った。どうも三代目からの信頼が厚いらしい」
俺が無理矢理取って来ると出て行ったのに、そういう言い方をしたことで、シスイやゲンマが苦笑する。
「……ちょっと待て。タシ、目つきが怖すぎるぞ」
俺がツッコミを入れると、普段は温厚な医療班長であるタシが、その顔からは想像もつかないほど殺気立った目で笑みを深めた。
「最近は新人の訓練ばかりで、現場に出る機会がめっきり減っていましたから」
どうやら古参のメンバーたちは久々の実戦に飢え、少々好戦的になっているようだ。俺は軽く咳払いをしてから、状況を説明する。
「大名専任の護衛隊である守護忍十二士の内部で、木ノ葉を解体し、大名主導の軍事組織を作ろうとクーデターを画策している過激派がいる。俺たちの任務は、奴らが強引な手段に出る前に護衛に入り、暴発を防ぐことだ。ちなみに、守護忍十二士には木ノ葉から参加している猿飛アスマがいる」
事が事だけに、隊員たちが思わずざわめく。
「現場で状況を精査し、過激派のみを迅速に排除する。今回は小隊長クラスを中心に精鋭で行く。強行軍になるが、気を引き締めていくぞ」
*
俺たち猟犬の小隊は木ノ葉を出立し、風を切り裂くような速度で首都近郊まで駆け抜けた。
深い森の中で気配を絶って待機していると、やがて上空から一羽の忍鳥が飛来し、俺の腕にピタリと止まった。その脚には、火影室の赤い封蝋がされた極秘の巻物が括り付けられている。
『大名府より、守護忍十二士の調停および護衛の正式依頼あり。直ちに向かえ』
俺は巻物を懐にしまい、シスイたちを振り返った。
「……来たな。ちょうど良いタイミングだ。これより俺たちは、要請に応じて動く。コソコソと裏口から潜入する必要はない。正門から堂々と入るぞ」
火の国の中央部にある大名府へと到着した俺たちは、厳重な警備の中、すぐに大名の元へと通された。城内では、通り過ぎる役人や侍たちから敵意のこもった視線を感じる。肝心の守護忍の姿は見当たらない。
通された奥まった一室には重厚な長テーブルがあり、上座には既に大名が座っていた。
「よく来たのお。お主があのコハルの孫かえ?」
「はい、お初にお目にかかります。猟犬部隊の隊長、うたたねヨフネでございます」
俺が代表して挨拶をすると、大名は大仰に頷きながら笑みを浮かべた。
「おお、そうかえそうかえ。結成以来目覚ましい活躍をしておるようじゃの。……さて、わざわざ木ノ葉の忍を呼び立てたことじゃが、近頃、余の護衛である守護忍たちの間で揉め事が起きておってな。事の発端は、我が国の予算配分の見直し案じゃ」
大名の言葉に、俺は内心で目を細めた。
「平和な時代に、木ノ葉へ流れる軍事予算が多すぎるという話ですか」
「いかにも。忍里は平時においても莫大な金銭を必要とする。それを少しばかり削り、大名主導の国軍に回すべきではないかという改革案が持ち上がったのじゃ。……その案を余に提出したのが、そこのダンゴウじゃよ」
大名が視線を向けた先には、銀縁眼鏡をかけた理知的な初老の男が控えていた。国家の金庫番である財務大臣、ダンゴウだ。
「財務を預かるダンゴウだ。初めに言っておくが、ワシは木ノ葉を完全に解体しようとまで考えていたわけではない。ましてや領土拡大のために他国への戦争等もっての外だ。ただ、巨大な権力を持ちすぎる木ノ葉の牽制として、火ノ寺の忍僧など、他の勢力を守護忍として意図的に集めたのだ」
ダンゴウの冷徹な言葉に、俺は事の全貌を正確に理解した。
「……なるほど。木ノ葉一強の状況を危惧し、他勢力の優秀な忍を大名の足元に集めた。だが、出自も思想も違う実力者たちを寄せ集めた結果、急進的な軍事国家を目指す者たちが暴走を始めたというわけですね」
痛いところを突かれたのか、ダンゴウは眼鏡のブリッジを押し上げて渋い顔をした。
「……結果論で言えば、その通りだ。首謀者はカズマという男。それに反対する立場を取っているのが地陸という忍僧だ。言いにくいことだが、猿飛アスマは改革派であるカズマと非常に親しいと把握している。今回の任務は、大名様の護衛と、カズマたちクーデターの阻止だ」
同期の名前が出たことに頭を痛めつつ、俺たちは大名周辺の警護の配置についた。
*
その日の夜、俺は穏健派の地陸と面談をした。凛々しい眉毛に深い皺の入った坊主だ。
彼からの情報を精査すると、過激派は木ノ葉の解体と同時に火の国による世界統一を準備していたらしい。
「アスマは過激派側についている可能性があると聞いていますが、実際どうなんでしょう?」
俺が核心を突くと、地陸は首を横に振った。
「確かにカズマと最も仲が良いのはアスマです。しかし、カズマは火影の暗殺も考えております。……アスマからライバルだと聞いていた貴方なら分かるはずです。アスマが父親殺しを容認出来るような人間ではない事が」
なるほど。確かにアスマが三代目を殺す事はあり得ない。確執はあっても、それは父親に認められたいからであって、死なれてしまえば一生認められる事は無くなってしまう。
アスマは情に厚い男ゆえに仲間を裏切れず、カズマの説得をギリギリまで試みているから、どちらつかずの立場に見えているだけなのだ。
地陸から得られた内容を基に、俺はシスイやゲンマたち小隊長と夜通し計画を練っていた。
「隊長、有無を言わさず過激派を皆殺しにするのは無しなんですよね?」
「それは最後の手段だ。正直、鎮圧するだけなら、簡単なんだがな」
シスイ達が苦笑する。驕っているわけではない。俺達の特殊性を知らない相手ならやれるという自信がある。
「ヨフネ隊長、大変です」
廊下からサンタが血相を変えて飛び込んで来た。
「守護忍の過激派が、ダンゴウ殿の寝室を襲撃し、彼を人質に取りました。木ノ葉を排除し、大名様との謁見を求めているようです」
「なんだと」
俺たちは部屋を飛び出した。途中、他のメンバーには大名の警戒を厳命し、逃亡阻止の布陣を地陸に伝達する。
木ノ葉が堂々と大名の護衛に入ったことで、政治的主導権を奪われると焦ったカズマたちが、夜の闇に紛れて暴発したのだ。
ダンゴウの寝室へと通じる静まり返った廊下。俺たちは足音を殺して接近し、手前で歩みを止めた。ホヘトが壁越しに白眼で内部の状況を詳細に読み取る。
「隊長、室内には過激派六名とダンゴウ殿……それにアスマさんがいます。カズマの錫杖の切っ先は、後手に縛られたダンゴウ殿の首元に」
「この期に及んで何やってんだか」
「まあゲンマ、そう言うなよ。アスマが説得してくれたら一番楽だろう」
「隊長……本当にそう思ってるんすか?」
「すまん、微塵も思ってない」
俺は腰から双剣『雷刀・牙』を外し、無造作にゲンマの胸元へ押し付けた。
「俺が丸腰で入り、交渉役として奴らの注意を引く。ゲンマ、お前は扉の死角で待機しろ。俺の合図が出た瞬間に、この刀を部屋の中へ全力で投げ込め」
作戦の意図を察した部下たちが、油断なく頷く。
俺は小さく息を吐き、静寂に包まれた寝室の扉越しに声を張った。
「木ノ葉の猟犬部隊だ。武器は外に置いてきた。交渉役として話がしたい」
返事を待つことなく、両手を肩の高さまで挙げた状態でゆっくりと引戸を開ける。
「ヨフネ。やっぱりお前が来たか」
「ヨフネ……って事は、お前が木ノ葉の猟犬部隊の隊長か」
アスマの横で、変わった錫杖を持った大男が俺を凄絶な眼差しで睨みつけた。主犯のカズマだ。その後ろでは、寝巻き姿のダンゴウが刃を突きつけられているが、俺の丸腰の姿を見て、カズマは即座に彼を殺すことを思い留まったようだった。
「さてカズマとやら、大人しく投降する気は?」
「犬の言うことなんざ聞くはずねえだろうが」
「だよな。……おいアスマ、お前はどうしたいんだ?」
事態に追いつけていないアスマだったが、俺の言葉で我に返り、決意したようにカズマへと視線を向けた。
「俺は確かに改革を望んだ。しかしこんなやり方は望んじゃいない。カズマ、素直に捕まるんだ」
流石にこの場面でカズマ側につく馬鹿じゃなくて良かったと、俺は内心で安堵した。
「という訳だ。大人しく捕まってくれないか?」
「人質がいるのに調子乗ってんじゃねえぞ、犬っころが」
「……残念だ」
俺はその言葉と共に、念力で背後の死角に浮かせておいた特製の音響閃光弾のピンを抜き、部屋の中央へ落下させた。事前の警告は一切ない。
狭い室内で、網膜を灼き尽くすような強烈な白光と、三半規管を狂わせる爆音が無慈悲に炸裂した。
俺たちはあらかじめ耳を塞ぎ、目を瞑って下を向く。敵とダンゴウ、そしてアスマは不意を突かれて苦悶の声を上げ、その場に蹲った。
「シスイ」
短い呼称に、シスイが得意の瞬身の術で飛び込む。目が見えず混乱した敵の一人が出鱈目にクナイを振り回すが、シスイはそれを紙一重で躱し、ダンゴウを抱え上げて一瞬で部屋の外へと退避した。これで人質は消えた。
「死ねえっ」
視覚と聴覚を奪われながらも、カズマは野生の勘と風遁のチャクラを頼りに、巨大な錫杖を俺の頭部めがけて薙ぎ払ってきた。歴戦の守護忍だけあって凄まじい執念だ。
だが、遅い。
俺は姿勢を低くしてその一撃を潜り抜ける。同じ瞬間、開け放たれたままの扉の外から、待機していたゲンマが二振りの雷刀を一直線に投擲した。
暗闇と混乱が支配する空間。俺は空中でその柄を的確に掴み取り、そのまま青白い雷遁チャクラを刀身へ一気に流し込んだ。
「悪いな」
凄まじい雷光と共に振るわれた刃が、肉と骨を断つ重い感触を残し、カズマの腕ごと、その首を正確に刎ね飛ばした。
むせ返るような血の匂いが舞う中、俺は間髪入れずに左手の雷刀を、隣で体勢を立て直そうとしていた別の男の胸ぐらめがけて投擲し、心臓を貫く。
直後、煙の中からホヘトが滑り込み、青白いチャクラを宿した柔拳を敵の経絡に寸分違わず叩き込んだ。遅れて響くゲンマの鋭い呼気。風遁を乗せた特製の咥え千本が、残った敵の眼球と喉笛を正確に射抜く。
一瞬にして五人を倒し、恐怖で窓を破って逃げた最後の一人も、外で待ち構えていた地陸によって、全身を押し潰されて絶命した。
戦闘開始からわずか数秒。実力者たちを一切の反撃も許さず蹂躙した、完全な制圧劇だった。
「これで全て終わりましたね。彼らは私が火ノ寺で供養します」
窓の外で、地陸が静かに手を合わせた。
血の海となった寝室で、アスマが首を失ったカズマの遺体の前で項垂れていた。
「アスマ……」
「……こんな奴でも、仲間だったんだ」
そう言ってアスマは泣き崩れた。俺は何も言わず、ただ静かに雷刀の血を払って鞘に収めた。
アスマに友を殺させるようなことにならなくて本当に良かった。
*
翌朝。大名府の応接室で、俺は首に包帯を巻いた財務大臣のダンゴウと向かい合っていた。
「ヨフネ殿、昨晩は世話になった。あのままではワシの命はなかったじゃろう」
「いえ、木ノ葉の忍として当然の務めです。……ところでダンゴウ様、私の個人的な商会である波の国の件で、少しお話を」
「波の国の金融と裏金の件じゃろう」
ダンゴウが俺の言葉を遮り、狸のような笑みを浮かべた。
「お主らの島に世界の富が集まりつつあることは気づいとる。表に出せない金も多いだろう。そこでワシからの提案じゃ。波の国で得た裏金を、一度、火の国の国庫に納めろ」
俺は目を細めた。
「ほう。苦労して稼いだ金を、丸ごと国に差し出せと?」
「最後まで聞け。ワシがそこから適正な手数料を引いた後、残りの金を火の国からの正式な特別防衛予算として、お主ら猟犬部隊に直接割り当ててやる」
(マネーロンダリング……資金洗浄か)
波の国で稼いだ莫大な出処不明の裏金を、火の国に経由させる。ダンゴウに手数料を中抜きされるが、代わりにその金は「大名府から下りた完全にクリーンな公式予算」へと生まれ変わる。
手数料を取られるが、その代金で絶対に上層部から目をつけられない表の金という、大義名分が買えるのだ。また、資金の流れを考えるなら、シラカワ商会は実質的な御用商人となり信用度も高くなる。
「……なるほど。利益の上がりを吸い上げる代わりに、我々は正当性を得ることができる。いいでしょう。ですが、こちらからも一つ条件があります」
「ほう。言ってみろ」
「波の国と猟犬の調整役として、身分を偽装した優秀な文官を一人、波の国へ派遣してください。現場は荒事ばかりで、複雑な資金繰りを処理できる頭脳が不足しているんです」
俺の要求に、ダンゴウは鼻で笑った。
「我が国の官僚を監視役として潜り込ませる大義名分を、そっちから与えてくれるというわけか。……まあ良い。お主らは膨れ上がり続けているであろう事務処理を押し付ける頭脳と、出処の確かな資金を得る。互いに旨味しかないじゃろうが」
食えない狸親父だ。だが、イズミの過労を救い、上層部を黙らせるという俺の最大の課題が、解決した。
「交渉成立ですね」
互いに腹の底を探り合いながら、俺たちはガッチリと握手を交わした。
これで猟犬部隊を脅かしていた不安要素が完全に消え去った。最高の気分だ。
大名府の廊下を上機嫌で歩いていると、荷物をまとめたアスマが立っていた。守護忍が解散となった以上、彼も木ノ葉へ帰還する。
「ヨフネ……色々と迷惑をかけたな」
「気にするな」
「……あいつ、元気にしてるか?」
アスマが照れくさそうに聞いた。
「ああ、紅か。お前がいなくなって寂しそうにしてたぞ。帰ったら顔を出してやれよ」
「ああ、そうするよ」
アスマは嬉しそうに笑い、先に歩いていった。
その背中を見送った瞬間、俺の脳裏に、とある記憶が強烈なフラッシュバックを起こした。
見知らぬ白い天井。甘い香水の匂い。シーツに包まり、無防備に眠る紅の顔。
「……………………あ」
俺の足が、ピタリと止まった。
そうか。アスマが帰るということは、紅と再会するということだ。そしてもし、あの空白の記憶の中で、俺が万が一、紅と取り返しのつかない事になってしまっていたとしたら。
「隊長? どうしたんですか、急に青い顔をして」
後ろから来たシスイが不思議そうに首を傾げた。
「……シスイ。俺は今、とんでもない地雷を木ノ葉の里に持ち帰ろうとしているかもしれない」
クーデターの鎮圧と、極秘の取引の成功。
すべてが完璧に終わったはずなのに、俺の胃はかつてないほどの激痛に見舞われていた。
スクイ
アニメオリジナルキャラクター。第四次忍界大戦では医療部隊の副部隊長らしき人物として登場。下フレームのみの眼鏡をかけた、ショートパーマの女性。