「……まさか、里の約一・五パーセントが俺の部下になるとはな」
木ノ葉の里にある、猟犬連隊の本部執務室。
俺はデスクに広げられた巨大な人員配置図と、その横に山積みになった決裁書類を睨みつけながら、深くため息を吐いた。
財務大臣ダンゴウとの交渉で得た莫大な「表の特別防衛予算」を背景に、俺たちは大手を振って組織を拡大し、名称を『猟犬連隊』へと改めた。
四人一組の小隊を基本とし、それが四つ集まって中隊、さらに四中隊で大隊を為す。第一から第四までの四つの大隊を束ねる、総勢二百七十名の大所帯だ。
「予算が下りて部隊が拡大したのは喜ばしいですが……事務処理の量が、完全に私たちの許容量を超えています」
俺の隣で、連隊長副官に就任したタシが、疲労の色を濃くして書類の束をドンと置いた。
第一大隊長のホヘトと副官のサンタ、第二大隊のシスイとアオバ、第三のダエンとコテツ、第四のトンボとムタ。大隊長クラスの幹部陣は完璧に配置できた。
彼らの手足となる『眼』や『牙』、『脚』に『尾』といった現場の末端隊員についても、最近は猟犬の悪名と実力が知れ渡ってきたせいで入隊希望者が殺到している。最悪、下忍のルーキーでも自前でしごいて戦闘員として鍛え上げればいいだけの話だ。
「ああ。問題はそこじゃない。俺の直轄である『頭』の部署……つまり、この事務仕事を処理できる裏方が圧倒的に足りなすぎる」
現在、この連隊規模の書類決裁と、波の国のシラカワ商会の裏稼業の管理を、俺とタシ、それに赤門マナブをはじめとした十三人の事務員だけで回しているのだ。完全に激務である。
「マナブがいなかったら、とっくに連隊の機能はパンクしていますよ。彼が来てくれて本当に助かりました」
タシの言葉に、俺も深く同意する。
赤門マナブ。彼はかつて『万年下忍』と揶揄されていたが、自分を変えたいと猟犬の門を叩いてきた男だ。残念ながら戦闘や諜報といった忍としての才能には恵まれなかったが、あまりの人手不足に事務を手伝わせたところ、その事務処理能力と膨大な知識量が明らかになった。
元々勉強はよく出来たようで、俺から頭を下げて専属の事務方として残ってもらっている。現在、波の国では新たに建設した巨大な賭博施設『賭事野(カジノ)』が繁盛しているが、俺の頭の中にあった(未来の知識による)大まかなアイデアを見事に現実の企画やシステムとして形にしてくれたのも彼だった。
本来の忍の枠に収まらない裏の事業も多く抱えている今の猟犬にとって、彼は絶対に欠かすことのできない最重要人物の一人となっている。
「でも、これ以上マナブや裏方衆の負担を増やせば死者が出る。……よし、三代目に直談判して、他部署から優秀な『事務員』を数名引っ張ってくるか」
俺がこめかみを揉みながら立ち上がろうとしたその時、部屋の隅に暗部の者が音もなく姿を現し、「三代目がお呼びです」と告げた。
*
「おお、ヨフネか。猟犬連隊の再編も、だいぶ落ち着いたようじゃの」
火影邸の執務室。三代目がパイプを置きながら、目を細めて労いの言葉をかけてくる。部屋の端には、湯飲みが四つ置かれたままになっていた。
「はい。おかげさまで絶え間なくS級任務を任せられているせいで、新隊員の練度も実戦で嫌でも見られるようになりました」
「それは良かった。任務を回した甲斐があるというものじゃ」
……どうもこの人には皮肉が通じない。信頼されているのは光栄だが、限度というものがある。ダエンなんて新婚なのにまだほとんど家に帰れていないのだ。優秀な人材を確保するためにも、労働環境の改善は必須である。
「さて、今日呼んだのはじゃな。お前の部隊で隊員が不足しておると聞いて、ちと儂の方から推薦してやろうかと思ったんじゃ。お主が欲しがっていた、秘伝忍術を持つ忍じゃぞ」
何を言い出すかと思えば、珍しく良い話じゃないか。
連隊に現在二人しかいない山中一族だろうか? いや、油女一族も捨て難い。あの蟲の能力は諜報を主とする猟犬にとっては魅力的だし、何より賢い奴が多いから事務処理能力にも期待できる。
「……丁重にお断りします」
「なぜじゃ!?」
「そんな虫のいい話が、これまで一度でもありましたか? 絶対に裏があるはずです。本当の目的はなんですか」
もう騙されたりはしない。これまで散々「里のためだ」という言葉に乗せられ、苦労をしてきたのだ。それに、俺が今最も欲しいのは現場の戦力ではなく、有能な事務員だけである。
「そうか、もうこの手は無理か……致し方あるまい。正直に話してやろう」
「初めからそうしてください」
「まあそう言うな。事実、お前にとってもそう悪い話ではない。それどころか、お前が忍としてさらに成長する為に必要な事じゃ」
俺の成長に必要な事? さっぱり話が見えない。俺が訝しげに眉をひそめると、三代目はまっすぐに俺の目を見て告げた。
「担当上忍をやれ」
……へ?
思わぬ言葉に、俺は一瞬だけ呆けた。
猟犬の演習場周辺に出入りしているナルトやサスケが卒業する年だ。この前は、ナルトの捜索命令が出ていたし、原作が始まる時期というのは掴んでいる。
(……まさか。俺にカカシの代わりにあいつらの担当上忍をやれというつもりか!?)
俺が全く別の心配を始めているとは露知らず、三代目が言葉を続ける。
「そう怪訝そうな顔をするでない。お前を担当上忍へ推す声は、随分前から上層部でもあったのじゃ。じゃが、何かと忙しかったから避けておった。……だがもう、中隊長以上の者も育ってきた事じゃし、お主自身が現場に出る回数も減ってきておるじゃろ。ここらで一度、若い芽を育ててみろ」
言われてみれば、確かに最近は大隊長たちに現場を任せ、俺自身が出撃する事は少なくなってきている。俺の業務はもっぱら、部隊全体の管理と訓練、そして波の国との書類仕事がメインと成りつつあった。
「それに、その歳の上忍なら一度くらいは担当上忍をやるのが義務じゃ」
「それなら、今担当も持っていない人もいるじゃないですか。例えば紅とか」
わざわざ猟犬の連隊長というクソ忙しい役職の人間から選ばなくても良いじゃないか。
「紅はもちろん考えておった。しかし……孫ができたのじゃ!」
「……マジですか」
「マジじゃ」
三代目が、これ以上ないほど嬉しそうに笑った。なるほど、机の上の湯飲みはアスマたちが来ていた証拠か。アスマと紅が結婚してから早一年。とうとう紅も母親になるのか、それは純粋に喜ばしい事だ。
……ちょっと待った。
ナルト達が卒業する年で、紅が担当上忍になるはずだった班が宙に浮いたという事は……。
「ちなみに、俺が担当上忍をするのはどんな班でしょうか?」
確信めいた予感を抑え込みながら尋ねると、三代目はニヤリと笑った。
「喜べ! 日向宗家の長女にお前の師匠であるシビの息子、それに犬塚家の長男じゃ。お前が欲しがっていた感知のスペシャリストばかりじゃろ」
(やっぱり原作組の第八班じゃないか……!!)
転生者としての俺の内心は、かつてないほどの焦りに支配されていた。今さらではあるが、原作に介入しすぎて流れが読めなくなるのも困る。
(……いや、待てよ)
俺は今一度冷静になって考える。白眼、蟲使い、犬塚の嗅覚。これらは軍事作戦において絶対的な優位性をもたらす最強のカードだ。もし俺がこの感知のスペシャリスト三人を直接鍛え上げ、猟犬の手足として完璧に育て上げることができればどうなる?
将来の忍界大戦を見据えた準備において、彼らを俺の直属の強力な「駒」として手元に置けるメリットは計り知れない。
「自分では気付いていないかもしれないが、お主は知らず知らずの内に『自分の判断が絶対正しい』と思い込んでおる節がある」
三代目の静かな声が、俺の思考を遮った。
「それを見つめ直す為にも、少し猟犬から離れて後進を真っ向から見てやることが、お主の成長にも繋がると思っておるのじゃ。師は弟子に修行を与え、そして弟子から学ぶ。今までのお前が築いてきた関係は、優秀な部下と上司にすぎん」
痛いところを突かれた気がした。未来の悲劇を知っている以上、俺は自分の判断を信じている。
その反面、俺が何でも指示を出してしまうせいか、俺が出撃していない任務では部下たちが不測の事態で柔軟性を欠く問題も起き始めている。猟犬の自立の為にも、一年程度はシスイたちに実務を任せてみるのもアリかもしれない。
「……分かりました。やってみます」
「そうか! お前が引き受けてくれて助かる。明日には上忍を集めて担当を発表する。そして午後には担当となる下忍と顔合わせじゃから、それまでに準備しておいてくれ」
「……って、いつも急すぎますよ! 俺は事務員のおねだりに来ただけなのに!」
*
急いで猟犬の拠点に戻った俺は、深夜の執務室に大隊長クラスの幹部たちと、事務方の代表である赤門マナブを急遽招集した。
薄暗い部屋の中に、淹れたての渋い茶の匂いと、マナブが抱えてきた決裁書類の束が擦れる音が響き、急な呼び出しに対する心地よい緊張感が漂っている。
「――というわけで、明日から俺は下忍の担当上忍になる。しばらく連隊長としての実務からは離れる事になった」
俺が淡々と告げると、円卓を囲む幹部たちから一斉にどよめきが上がった。
「た、隊長が新米の下忍のお守りですか!?」
第四大隊長のトンボが目を丸くし、第三大隊長のダエンも信じられないという顔で俺を見ている。
「三代目からの直々の命令でね。断れなかった。そこで、俺の留守の間、連隊長代理を第二大隊長のうちはシスイに一任する」
「……俺、ですか?」
急に指名されたシスイが、驚いたように瞬きをした。そして、隣に座る第一大隊長へ視線を向ける。
「順当にいけば、第一大隊長であるホヘトさんが適任では? 猟犬ができる前からの付き合いでしょう?」
「いや、適任はお前だよ、シスイ」
当のホヘトは、温かい茶を啜りながら静かに首を振った。
「日向家からは、俺を含めて既に三名が猟犬の中隊長以上の役職に就いている。白眼の感知能力は任務において絶対的な利点だが、これ以上日向からトップを選べば、里内における『政治的なバランス』が崩れる。猟犬が日向に取り込まれないための、隊長なりの配慮でしょう」
ホヘトの理路整然とした解説に、俺は無言で頷いた。流石はホヘト、俺の意図を完璧に理解してくれている。
「そういう事だ。それに、お前の人柄なら誰も文句は言わないさ。何より、お前は強い」
俺の言葉に続くように、副官のタシや第一大隊副官のサンタたちも納得の拍手を送った。
「ああ。シスイの動体視力なら、隊長のあの超電磁砲の軌道すら見切れるらしいからな。強さの面でも代理に文句はない」
ダエンが背中を叩くと、シスイは覚悟を決めたように真剣な表情で頷いた。これからの軍事的な動きについては彼らに任せておけば、よほどのことがない限り大丈夫だろう。
「現場の指揮はシスイに任せるとして……問題は、波の国の裏工作などの膨大な事務処理ですね」
第四大隊副官のムタが冷静に指摘すると、部屋の隅で控えていた赤門マナブが、バインダーを抱えたまま勢いよく一歩前に出た。
「そ、そこは俺たち事務方に任せてください! 書類関係の引き継ぎや波の国との連絡網は、俺が徹夜してでも完璧に処理してみせます!」
かつて『万年下忍』と揶揄され燻っていたマナブだが、猟犬で事務の才能を見出されてからは、こうして幹部会議にも呼ばれるようになった。有能な忍たちから頼りにされる事が本当に嬉しいようで、彼の顔には疲労よりも強い使命感が満ちている。
「マナブ、頼りにしてるぞ。……ただ、波の国の現地調整については、基本方針は固まっているから、イズミに任せることになる」
あの膨大な裏の仕事をまだ十代の少女に丸投げするのは流石に気が引けるが……彼女の優秀な頭脳ならどうにかしてくれると信じたい。少しだけ冷や汗が流れた。
「いざとなれば、波の国周辺の海賊退治といった常設任務を俺の班で受けて、生徒達を連れて行くさ。現場の視察と下忍の訓練を兼ねられて一石二鳥だ」
俺の提案に、幹部たちは「抜け目ないですね」と呆れたように笑い合った。
「よし、方針は決まった。マナブ、悪いが朝まで引き継ぎの書類作りに付き合ってくれ」
「はいっ! お任せください!」
こうして、急遽決まった人事に猟犬の幹部たちが慌ただしく振り回されながら、木ノ葉の夜は更けていった。
*
翌朝の火影邸。
そこには上忍達とアカデミーの教師陣が勢揃いしており、担当上忍と担当となる班が発表された。
「第七班、はたけカカシ」
「第八班、うたたねヨフネ」
「第十班、猿飛アスマ」
イタチの弟と九尾の人柱力がいる第七班をカカシに。そして木ノ葉の特務部隊トップである俺が第八班を。御三家を束ねるアスマが第十班を。上忍たちの間で凄まじいざわめきが起きたが、俺は気にする事なくアカデミーへと向かった。
しかし、『九』班の使用は避けられたままか。天災として忌み嫌われてきた九尾を連想させられる為、編成されない。木の葉の宿などでは死を連想させられる四号室や九号室はないのが普通である。
いくら、被害が抑えられたとはいえ、こういったことの積み重ねが、一部の大人達のナルトへの冷たい視線に繋がってしまっているよう、俺には感じられた。
*
午後になり、第一班から順に教室へ下忍を迎えに行っているのだが……カカシの姿が見えない。あいつめ、初日から遅刻するのは勘弁してほしい。
結局時間になっても現れなかった為、俺が先に教室に迎えに行く事となった。
胸ポケットの中では、コン平がブルブルと震えている。妖狐の最上位に位置する『九尾』の気配が怖いのだろう。
俺は小さく息を吐き、教室の扉に手をかけた。
木枠が擦れる音と共に扉を開けると、教室に残っていた九人の視線が一斉にこちらを向く。
ナルトたち第七班。シカマルたち第十班。そしてキバたち第八班だ。
前世の漫画の中でしか見た事がない光景に、不思議と酷く懐かしい気持ちになりながら、俺は教卓の前に立ち、淡々とした声で告げた。
「第八班。日向ヒナタ、油女シノ、犬塚キバ。俺が今日からお前たちの担当上忍、うたたねヨフネだ」
その言葉が響いた瞬間。
「ひゃっはー! マジかよ、あの噂の猟犬のトップキターー!!」
キバが机の上に乗り出し、大興奮で叫んだ。だが、その言葉を聞いたナルトが、顔を引き攣らせてキバを振り返り、深い同情の眼差しを向けた。
「あーあ……キバ、お前、死んだってばよ」
「はぁ? 何言ってんだナルト!」
「ヨフネの兄ちゃんが担当になったら……ああ怖い怖い。あの人、訓練となるとマジの鬼だって、隣に住んでるタシの姐ちゃんが酒飲みながら泣いてたぞ……」
ナルトがブルブルと身震いして同情する。タシや部隊員たちから間接的にいやというほど裏の顔を聞かされているのだ。
そのナルトの心底ゾッとした顔を見て、キバの顔からスッと血の気が引いた。
「マ、マジかよ……」
「……めんどくせぇ。うちの班の担当じゃなくて心底助かったぜ」
第十班のシカマルが、机に突っ伏しながら安堵の息を吐く。一方で、窓際に座るサスケは、机の下でギリッと拳を握りしめ、ひどく悔しそうな視線を俺に向けていた。
猟犬部隊を束ね、うちはシスイすらも従える実力者。その男から直接指導を受けられるキバたちへの明確な嫉妬。そして、自分たちの担当上忍が未だに現れないことへの苛立ちが入り混じった顔だ。
(……サスケ、そんな顔するなよ。お前の担当上忍も遅刻魔だがめちゃくちゃ強いから)
俺は内心で苦笑しつつ、顔面蒼白になっているキバたちに視線を向けた。
「第八班。ついて来い」
*
俺が担当上忍になって戦々恐々としているキバと、何も話そうとしないヒナタとシノを連れて、まずは猟犬連隊でよく使う演習場へとやって来た。
「改めて自己紹介をしておこう。俺が担当上忍のうたたねヨフネだ。知っているかもしれないが、猟犬連隊の連隊長を兼任している。お前達が中忍になるまでの間、みっちりしごいてやるから覚悟しろ。……じゃあ、右から順番に自己紹介して」
俺は切り株に座るように促し、三人に視線を向けた。
「ひ、日向ヒナタです……。あの……その、よろしく、お願いします……」
指をモジモジと絡ませながら、ヒナタが消え入りそうな声で言った。
「油女シノだ」
襟で口元を隠したシノが、淡々とそれだけを告げる。
「犬塚キバだ! 将来は絶対、猟犬連隊のトップになってみせるぜ! あと、こいつは俺の相棒の赤丸だ!」
「ワンッ!」
恐怖を気合いで誤魔化そうとしているのか、キャラが分かりやすい自己紹介だ。それにしてもシノはもうちょっと喋れよ、名前以外分かんないだろうが。あ、それはヒナタも一緒か。
赤丸の鳴き声に反応したのか、俺の胸ポケットからコン平がひょっこりと顔を出し、赤丸に向かって「キュウ」と鳴いた。子犬と管狐。仲良くしてほしいものだ。
「さて、もう少し話しておきたい所だけど、早速最初の演習をしようか。お前ら、アカデミーを卒業して下忍になれたと思ってるかもしれないが、今はまだ『下忍候補生』といった扱いだ」
「マジかよ!?」
キバが良いリアクションをしてくれた。
「この演習に受からないと本当の下忍にはなれないから、死ぬ気で挑むように。……この試験では『チームワーク』をみる」
俺はポーチから、超電磁砲用の重い黒鉄球を一つ取り出し、指先で弾いて宙に浮かべた。
「この鉄球を、制限時間四十五分の間に俺から奪ってみせろ。今から十五分だけ時間をあげるから、三人で作戦を立ててもいいぞ。ダメだった場合は全員不合格。仲良くアカデミーからやり直してもらう」
アカデミーに逆戻り。その言葉に、三人の目つきが劇的に変わった。
俺が目の前で目覚まし時計をセットすると、三人は素早く木陰へと離れて打ち合わせを始めた。既に打ち合わせを盗聴する為の結界は、コン平の術を使って張ってある。
別に聞かないと避けられないというわけではない。ただ、誰がどう考えて動いているのかを知っておきたかったからだ。
「はい、打ち合わせ終了。んじゃ、死ぬ気で俺からこいつを取ってね」
あっという間に打ち合わせの時間は終わり、演習が開始となった。合図とともに、三人がザッと散開して一旦距離をとる。こちらから積極的に攻撃を仕掛ける気はない。
「いきます……! 白眼!」
鋭い呼気と共に、ヒナタの目の周りに血管が浮き出た。白眼を発動させたヒナタが、正面から真っ直ぐに突っ込んでくる。まずは近接戦闘の得意なヒナタで、俺の注意を逸らすつもりなのだろう。
(だが、甘い)
ヒナタが放つ柔拳の連撃を、俺は最小限の動きで躱していく。
体が柔らかいのか、腕の可動範囲が広く、予想外の角度から青白いチャクラを纏った指先が伸びてくる。しかし、土を蹴る力が弱く『足運び』が全然ダメだ。動いていない的になら有効かもしれないが、実戦のステップが踏めていないため、肝心なところで踏み込みが浅く、拳圧が弱い。
本当に優しい子なのだろうが、相手を傷つけることを無意識に恐れている。性格面から鍛え直す必要があるな。
「擬獣忍法・四脚の術! くらえ、通牙!!」
ヒナタの攻撃が難なく捌かれていると見るや、頭上からキバが術名を叫んで突っ込んできた。
凄まじい風圧と、空気を切り裂く回転音、そして巻き上げられた土煙の匂いが演習場に広がる。もともとスピードがある技とはいえ、下忍にしてはかなりの破壊力だ。
だが、いかんせん攻撃が直線的すぎる。軌道が単調で、俺からすれば止まって見えるほどだ。俺は体を半身に開き、竜巻のように突っ込んでくるキバの軌道を紙一重で躱した。
(アカデミーではこれで通用したのだろうが、上忍相手にはただの的だ)
そう分析しながら着地した瞬間。微かな羽音と共に、俺の足元から黒い影が這い上がってきた。蟲だ。
(なるほど。二人の派手な攻撃を陽動にして、遠距離から死角を狙って鉄球を奪うというわけか)
まだ組んだことのない相手に対する即席の連携としては、百点満点の判断だ。判断は間違っていないが、そう簡単に取らせるつもりはない。
蟲が宙に浮く鉄球を包み込もうとした瞬間、俺は鉄球に青白い『雷遁』のチャクラを這わせた。
「……っ!」
バチィッ!! というオゾンを焼く匂いと共に、感電した蟲たちがバラバラと地面に落ちていく。
作戦を潰され、三人が一瞬、絶望に表情を歪ませた。その僅かな隙を、俺は見逃さない。
俺は一瞬でシノの懐へと踏み込んだ。
「なっ――」
手加減はした。だが、ヒナタと違い『速度』を乗せた裏拳が、シノの胸ぐらを的確に打ち据え、重い衝撃音が響いた。
「ガハッ……!」
シノの体が後方へ吹き飛び、地面を転がった。攻撃は見えていたようだが、圧倒的な地力の差に体がついてこなかったのだ。
これまでは蟲の遠距離攻撃に頼り切りで、体術をさほど鍛えてこなかったのだろう。だが、この作戦を立案し、蟲の運用を俺に悟られないよう工夫したのは見事だった。
「ほら、どうした。もう諦めるのか? どんどん来い」
俺は鉄球を弄びながら、冷たい声で煽った。
*
その後も、三人は制限時間が来るまで何度も立ち上がり、諦めずに仕掛け続けた。その姿を見て、何というか、ちょっと感動した。久しく忘れていた愚直さみたいな物を思い出させられた。
ただ結果として、彼らの持つそれぞれの大きな課題もはっきりした。そして、三人ともチャクラを使い果たし、息も絶え絶えになって膝をついたところで、無情にも目覚まし時計のタイマーが鳴り響いた。
「ハァ……ハァ……クソッ! ヨフネ先生、もう一度お願いします!」
地面を叩き、キバが悔しそうに叫ぶ。
「俺は、こんなところで終わる事など出来ない。なぜなら、必ず立派な忍になる必要があるからだ。再戦を頼む」
シノが息を切らしながらも、強い瞳で俺を睨みつける。
「あ、あの……私からも、お願いします……っ」
ヒナタまでもが、泥だらけになりながら立ち上がり、頭を下げた。
キバは直情的だが素直でガッツがある。シノはプライドが高く、理性的だ。そして気弱に見えるヒナタの奥底には、決して折れない芯の強さがある。
俺はタイマーを止め、小さく笑った。
「二度もやらない。実戦の任務に、二度目はないからな」
「そんな……!」
「お前達は、全員合格だ」
「「「……え?」」」
三人が、揃って間の抜けた声を上げた。
「最初に言っただろう。この試験では『チームワーク』をみるって。俺から鉄球が取れないと不合格になるなんて、一言も言ってないぞ」
三人はポカンとしている。
確かにわざと勘違いさせるような言い回しはしたが、それも三人が本気で連携を組むかどうかを見る為だ。自分を犠牲にしてでも陽動に回り、味方に決定打を託す。その基本が、お前たちにはできていた。
「確かに、そんな事は一言も言っていなかった、が……」
「ったく! 先生も人が悪いぜ!!」
「……良かったぁ」
三人はようやく俺の言葉を理解したのか、その場にへたり込んで安堵の息を吐いた。
この泣きそうな顔を見せられると、最初から落とす気がなかったなんて口が裂けても言えない。俺は三人によくやったと声をかけ、一旦家に帰るように指示を出した。
「第八班が正式に合格したとなると、集合写真を撮らないといけない。しっかり風呂に入って汚れを落としてこい。写真は形として一生残るんだ、少しは良い格好で写りたいだろ?」
*
夕刻。
俺が受け持つ事となった第八班の三人は、感知という特殊な能力に特化した忍としての素質は、俺の猟犬部隊との相性も含め、計り知れないほど高い。
(忍界大戦までは、まだまだ時間がある)
この世界で生き残るため、そしてこの里を護るため。
猟犬の連隊長として、俺はこいつらを最強の部隊へと鍛え上げてやろうじゃないか。
「さあ、第八班で写真を撮ろう」
第九班は天災として忌み嫌われてきた九尾を連想させられるため、避けられている。
また、宿やアパートなどでは死を連想させられる四号室や九号室はないのが普通である。