午後からは、修行の毛色を変えて『チャクラコントロール』の特訓だ。俺は、まず第八班の三人を前にして、静かに口を開いた。
「忍が戦闘で使う術のカテゴリーは、大きく分けて三つだ。アカデミーで習う範囲だから分かるな?」
「もちろんだぜ! 忍術、体術、幻術だろ!」
キバが頭の上の赤丸と一緒に、自信満々に答える。
「その通りだ。じゃあ、忍術とはなんだ?」
「体内のチャクラを練り上げ、印を結んで何らかの現象を起こすことだ」
シノがジャージの襟元を直しつつ、的確に答えた。
「正解だ。お前たちは印を結ぶことで、分身を作り出したり、口から火を噴いたりできるようになる。……では、そもそも何故『印』を結ぶ必要があると思う?」
俺の問いに、三人は顔を見合わせた。やがて、ヒナタがおずおずと控えめに口を開く。
「えっと……そういう風に、やるものだと教わってきたから……としか。ごめんなさい」
「謝らなくても大丈夫だぞ、ヒナタ。最初から全てを理解している下忍なんていない」
俺はヒナタを安心させるように微笑み、腰に差した霧の忍刀七人衆の業物『雷刀・牙』の一本を抜いて見せる。
「まず、術を構成する二つの変化についてだ。分からないのも無理はない、それは『性質変化』と『形態変化』と呼ばれるものだからだ」
俺は雷刀の柄を握り、ゆっくりとチャクラを流し込んだ。
「まず『形態変化』は、チャクラの形や威力を整えることをいう。だが、練り上げただけの純粋なチャクラは、ヒナタの白眼でもない限り肉眼では見えない」
ヒナタがハッとして、自らの白眼に触れるように小さく指先を動かした。俺は構わず続ける。
「よく見とけ」
俺は無造作に腕を振り抜き、すぐ横に立っていた丸太の標的に向かって雷刀を一閃させた。物理的な刃の先端は、丸太からおよそ数十センチも手前で完全に止まっている。だが、目に見えないチャクラの延長刃が丸太の表面を深く抉り、鋭い音を立てて木片が弾け飛んだ。
「おおっ! 刃が当たってねえのに斬れた! かっけえ!」
目を輝かせるキバを軽く手で制した。
「まだ驚くのは早いぞ。今のが『形態変化』だ。次に、チャクラの属性そのものを変える『性質変化』を見せよう」
俺は一度チャクラを戻し、今度は性質を雷へと変換して流し込んだ。すると、今度は刀身がバチっと音を立てながら、青白い閃光を纏う。肌をピリピリと刺す静電気が周囲の空気を震わせた。視認できなかったチャクラが、雷という明確な現象として現出する。
「こうやって、火、水、風、雷、土といった属性にチャクラを変換するのが性質変化だ」
俺は青白く発光する刃を三人の前に掲げた。
「だが、これだけではただ刃の表面に雷を纏わせたに過ぎない。リーチは元の短い刀のままだ。……じゃあ、先ほどのチャクラの形を変える『形態変化』と、今の雷の『性質変化』。この二つを同時に組み合わせると、どうなるか」
俺の言葉に、シノとヒナタが息を呑み、キバが身を乗り出した。視線が雷刀に集中するのを確認し、俺は二つの変化を同時に成立させた。刀身から溢れていた雷光が一本の長刃として収束する。青白い閃光の剣が真っ直ぐに伸び、圧倒的な熱量と鋭さを感じさせる威圧感を放っていた。
目の前で繰り広げられる忍術に、キバは歓喜と興奮の入り混じった声を上げてその場で跳び跳ねた。
「すっげえええええええ!」
興奮を抑えきれずに叫ぶキバに、俺は軽くため息をついた。
「キバ、うるさい。……ともかく、忍術はこうやって二つの変化から構成されているのが分かったな」
刃からチャクラを完全に引き上げると、ヒナタが恐る恐る手を挙げた。
「で、でも……先生は今、一度も印を結んでいませんでした」
「その通りだ。よく見ていたな」
俺は雷刀を鞘に収めながら頷いた。
「それはこの刃自体が持つ特殊な性能に助けられている部分もあるんだが、この刀なしでも可能だ。では、なぜ通常の術には印が必要なのか。それは、性質変化と形態変化を同時に組み合わせるのが、とてつもなく難しいからだ。右を向きながら、左に向かって全力疾走するようなものだって、昔から言われている」
「なんだよそれ。そんなことしちまったら、足がもつれて転んじまうぜ」
キバは呆れたように笑う。
「そうだ。そして、術にとって『転ぶ』というのは、術の暴発を意味する。だから、よほど得意な術でない限りは、大体の忍が印を結んでチャクラの練り込みと発動を補助させるんだ。逆に言うと、印を結ばずに、もしくはごく簡単な印だけで発動できる術は、その忍にとっての必殺技となる」
「ふむ、では早く両方を教えてほしい。なぜなら――目標が分からなければ、訓練のしようもないからだ」
シノが真剣な眼差しで俺を見上げてくる。
「それは合っているようで、間違っている」
俺はそう言って、視線を里の方へと向けた。
「実はな、四代目火影の遺した必殺技は、形態変化だけを極限まで突き詰めたものなんだ」
もちろん、螺旋丸のことだ。転生者である俺も過去に習得にチャレンジしたことはある。だが、俺の致命的に少ないチャクラ量で高密度の圧縮を試みた結果、出来上がったのはせいぜいピンポン玉程度の小さな塊だった。
それでも流石にかなりの威力を持っていたが、消費チャクラと比べ割に合わないと判断して実戦投入は諦めた。だが、あの無茶な修行の過程で、形態変化に対する絶対的な自信と精密なコントロール力が身についた。
俺のチャクラの少なさという弱点は、決して埋まることはない。しかし、限られた術の精度を高めることで、ここまで生き抜いてきたのだ。
「だから、お前たちにはまず基礎の『形態変化』からやってもらう。これがどの程度できるかによって、目指すべき最終形態は変わってくるからな」
俺は三人の顔を順番に見渡し、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「じゃあまず、木登りからだ」
「「「木登りぃ!?」」」
先ほど見た景色からの落差に、三人の声が見事にハモって演習場に響き渡った。
*
足の裏に一定量のチャクラを集め、樹皮に吸着させて垂直の壁を登る。形態変化の初歩であり、チャクラの精密なコントロールを養うための伝統的な基礎修練、それが「木登り」だ。
見た目にカッコいい術を見せられた直後に地味な基礎練習を命じられ、最初は肩を落としていた三人だったが、いざ実技に入ると、俺の予想を良い意味で裏切る結果が待っていた。
「へへっ! なんだよ先生、こんなの楽勝だぜ!」
得意げな声が頭上から降ってくる。見上げれば、キバが地上十メートルほどの太い枝からこちらを見下ろし、犬歯を剥き出しにして笑っていた。その隣では、赤丸も同じように樹皮に小さな四肢を吸着させ、誇らしげに吠えている。
そしてもう一人。
「あ、あの……こんな感じで、よろしいでしょうか」
ヒナタもまた、地面と垂直になった太い幹の中腹に静かに立ち、少し照れくさそうにこちらを見つめ返していた。なんと訓練初日にして、キバと赤丸、そしてヒナタの二人は、あっさりと木登りの極意を掴み取ってしまったのだ。
(……まあ、考えてみれば当然か)
俺は腕を組み、二人の達成の早さに内心で納得した。
ヒナタは日向一族の『柔拳』を、キバは犬塚一族の『四脚の術』を、体に叩き込んでいる。どちらも手足にチャクラを集中させる秘伝忍術だ。
無意識の内に培われていたその基礎力が、この訓練に見事な形で活きたのだろう。だが、順調な二人の一方で、意外にもひどく苦戦を強いられている者がいた。
硬い樹皮が弾け飛ぶ音が鳴り、シノがまた背中から墜落した。
足元の地面には、繰り返し落下した跡がいくつも刻まれている。これで十度を超えた。彼は無言のまま立ち上がり、ジャージについた土の汚れを払う。そのレンズ越しの瞳には、理路整然とした彼らしくない、深い焦りの色が浮かんでいた。
「なぜだ。頭では理解しているはずなのに、いざ足裏に集めようとするとチャクラが霧散してしまう。なぜなら……」
「シノ。あまり気を詰めるな」
俺は彼に歩み寄り、静かに声をかけた。シノがこれほどまでに苦労している理由は、俺にもよく分かっている。
油女一族は、常に自らの体内に巣食う無数の寄壊蟲に対し、己のチャクラを餌として与え続けている。それは彼らにとって呼吸をするのと同じだ。
その特異な事情が災いし、足裏という『一点のみにチャクラを集中させる』行為には、他の二人と反対に長年染み付いた癖が、彼の上達を邪魔している。
だが、この先より高度な術を覚えていく上で、「必要な量に応じて正確にチャクラを練る」という技術は必ず重要になってくる。油女の秘伝だけに頼るのではなく、一人の忍としての底上げを図るためには、決して避けては通れない壁だ。
「そう焦るな、シノ。お前なら、必ず越えられる」
プライドの高いシノには二人に聞こえないよう、小さな声でエールを送った。
「よし、三人ともそこまでだ。一度木から降りて、十五分間の休憩とする」
俺の号令に、シノだけでなく、木の上にいたキバとヒナタも安堵の息をついた。キバたちは一見あっさりと成功しているように見えるが、慣れないチャクラの集中のせいで、その額には滝のような汗が浮かんでいる。
この手の訓練で指導者が最も注意すべきは、経絡系の損傷だ。肉体的な筋肉の疲労とは違い、チャクラが通る器官である経絡系にダメージが残ると、回復までに桁違いの時間を要することになる。最悪の場合、忍としての将来を潰しかねない。
だからこそ、完全にチャクラが枯渇する前に訓練を止め、しっかりと休ませながら反復させる緻密な管理が必要なのだ。
「水分をしっかり摂れ。休むことも、立派な訓練の内だぞ」
俺が水筒を放り投げると、キバが慌ててそれを受け取った。木陰で肩で息をする教え子たちを見守りながら、俺は次の訓練の準備を進めた。
*
全員が落ち着いた後、限界まで酷使して強張った全身の筋肉と、チャクラが通る経絡系の疲労を翌日に残さないよう、入念なストレッチを行わせる。
そして、宿に戻ってからは、休む間もなく『座学』の時間だ。猟犬部隊で実際に用いるハンドシグナルや、地形を利用した状況判断のノウハウを徹底的に叩き込む。今後、彼らが俺の猟犬連隊の任務に関わるかどうかは置いておいても、いまや木ノ葉の必須技能として定着したこれらは避けては通れない。
疲労困憊の身体に鞭を打ち、カクカクと揺れる頭で睡魔と戦いながら必死にノートを取る三人の姿は、指導者として少しだけ同情を誘うものがあった。
だが、座学でしっかりと頭を使わせた後は、美味しい食事を食べて、風呂に入って寝るだけだ。
「この旅館の飯は美味いぞ。遠慮なく食え」
俺が促した先には、豪勢な舟盛りや揚げたての天ぷらなど、机に乗り切らないほどの高級料理が並んでいた。
波の国で稼いだ裏金には、今後の有事に備えてほとんど手をつけていない。それでも、猟犬連隊のトップとしての給料だけで、俺の口座にはそれなりの額が貯まっていた。
普段から金を使うことが少ない……というよりも、部隊の立ち上げから激務に次ぐ激務で、金を使うための『休日』がなかったからだ。
任務と書類仕事に追われ続けた、報われぬ日々の積み重ねが詰まった金である。可愛い生徒たちへの辛い修行のご褒美として、これくらい気前よく出してやるさ。
ただ、残念ながらキバ達は一向に箸を取ろうとしなかった。
「……こんなに美味そうな飯があるのに……あるのにぃ!!」
キバがテーブルに突っ伏し、血を吐くような悲痛な叫びを上げた。
限界まで追い込まれた彼らの胃袋は、極度の疲労からくる吐き気で、油物や生魚をまったく受け付けない状態になっていたのだ。ヒナタも涙目で白米を見つめてフリーズしており、シノに至っては箸を持ったまま微動だにしない。
一方、彼らの足元では残酷な光景が広がっていた。
旅館の好意で特別に用意された極上の和牛の切れ端を、赤丸と俺の忍犬であるコン平の二匹が、尻尾を千切れんばかりに振って勢いよく貪り食っている。犬たちの幸せそうな咀嚼音が室内に響き渡り、それが余計にキバの絶望感を際立たせていた。
それでも、食べるのも訓練だ。消費したカロリーと栄養を補給しなければ、明日の地獄は乗り越えられない。
俺の無言の圧力に屈し、三人は涙目になりながら豪華な食事を無理やり水で胃へと流し込んでいった。
そして、この修行の中で最大の誤算だったことがある。
夜になり、ヘトヘトになった身体を引きずって宿の大浴場に浸かったシノだ。
極度の疲労で湯当たりを起こして蟲のコントロールが甘くなったのか、はたまた温かい温泉で心身ともにリラックスして完全に警戒が解けてしまったのか。
湯船に浸かってほうっと息を吐いたシノの全身の毛穴から、突如として黒い砂のような無数の寄壊蟲が止めどなく溢れ出したのだ。
透明だった温泉の湯が、一瞬にして蠢く真っ黒な沼へと変貌していく、怪談話にでも出てきそうな光景には、さすがの俺も言葉を失い閉口した。
これでは何のために風呂に入って汚れを落としているのか、全く分からない。救いがあるとすれば、俺がこの大浴場を貸し切りにしていたことだ。
もし他の一般客がいれば、大惨事になっていたかもしれない。俺は真っ黒に染まった湯船を見下ろしながら、自分の危機管理能力の高さに心から安堵したのだった。
*
そうして、温泉合宿から二週間が経つ頃には、一番苦労していたシノも含め、全員がチャクラコントロールの応用である『水面歩行』も何とか出来るようになった。
基礎体力の向上はこれからも継続するが、残りの期間はチャクラコントロールの修行から、本格的な『体術の修行』に変更する事にした。
「お前達の体術の欠点だけど。まずヒナタ、お前は足運びが致命的にダメだ。攻撃する事に、無意識に躊躇していないか?」
俺が演習場の中心で指摘すると、ヒナタは図星を突かれたようにハッとして俯いた。
「……はい」
ヒナタは小さくそう答え、視線を自分の足元へと落とした。しばらく沈黙が続き、彼女はゆっくりと息を吐く。
「お前は本当に優しい性格だからな。誰かを傷つけることを恐れるその優しさを、すぐに治すことは難しいかもしれない。だがな、ヒナタ。お前がその拳で護りたいのは敵か? それとも仲間か?」
「もちろん、仲間です」
ヒナタが顔を上げ、強い瞳で俺を見る。
「前衛というのは、敵を殴り倒す事だけが仕事じゃない。敵の攻撃を引きつけ、足止めをする事が一番のメインだ。相手を倒す力ではなく、味方や自分の信念を護るために、その力を使わないでどうする。必ずしもお前が致命傷を与えて止めを刺す必要はない。味方へ攻撃させない。その事だけを意識して拳を振ってみろ」
「……はいっ!」
ヒナタの顔から迷いが少しだけ晴れ、構えの重心がスッと落ちたように見えた。
「次はキバ、お前は馬鹿だ」
「はぁ!?」
「スピードに自信があるせいか、手数で攻めることばかり考えて周りが全く見えていない。正面からいくら速い攻撃をしても、俺やヒナタのような目の利く相手には絶対に通じないぞ。敵が何を狙っているのか、この地形や障害物は活かせないのか。そういう事を常に考え、もっと頭を使った立体的な攻撃を心掛けろ」
「うっ……はい!」
分かっていないかもしれないが、ツメさんの言う通り身体に覚えさせるのが一番早いかもしれない。
「最後にシノ、お前は今まで蟲の遠距離攻撃に頼りすぎたな。頭も良いんだ、これからお前には、至近距離での体術を一から叩き込んでやる」
「分かった」
「いいか、今の時点で一番体術が駄目なのはお前だぞ」
「……分かっている」
「もしかしたら、お前には体術のセンス自体が無いかもしれない。他人の何倍も時間がかかるかもしれないぞ」
「それも覚悟の上だ」
「泥を啜る事になるが、やるんだな?」
「はい」
シノの静かな、だが確かな熱を帯びた決意に、俺は満足げに頷いた。こうして、チャクラコントロールよりも全身の筋肉に疲労が来る体術に変更した事で、修行はよりハードなものになった。
しかし、三カ月が経つ頃には俺のトレーニングの成果が如実に現れ、体力が尽きて倒れこむ事も無くなった。その成果は、三人のキレのある体術にもはっきりと現れている。
こうして、中忍試験に向けた強固な『ベース』がある程度できた段階で、俺たちの地獄の温泉修行合宿は終わりを迎えた。
*
木ノ葉の里に戻った俺達は、感知が必要とされる比較的簡単な戦闘任務をこなしながら、合宿で培った連携と体術の確認を行っていた。
もちろん基礎の体力作りは継続しているが、意欲を上げるためにも、そろそろ次の段階に進んでも良い頃だろう。だがその前に、俺から確認しておきたいことがあった。
朝霧がまだうっすらと残る演習場に集合した第八班の三人を前に、俺は切り出した。
「今日の訓練に入る前に、一つだけ皆に確認しておきたいことがある」
空気が張り詰める。三人が姿勢を正し、少しだけ身構えるのが分かった。
「お前たちは、直近の中忍試験を受けるつもりがあるか? 中忍試験の推薦は、Dランク任務を八件こなしていれば受ける権利が発生する。それに、基本的には何度落ちても再受験することは可能だ」
俺の問いかけに、キバがいつものように犬歯を見せて笑った。
「へっ! 当たり前だろ。俺たちなら一発で通ってやるぜ!」
「……そもそも、アカデミーを卒業したばかりの新米が受験すること自体、ここ最近の木ノ葉では前例がないがな」
俺はキバの勢いを静かに削ぎ、三人の目を順番に見据えた。
「なぜこんな事を聞いたかというと、お前たちの今後の修行方針に直結するからだ。もし、この前見せた『性質変化』を今の段階から学びたいと言うのであれば……俺は、お前たちの中忍試験受験を認めない」
明確な拒絶の言葉に、キバの笑顔が引きつり、シノとヒナタの顔に緊張が走った。
「中忍試験の試験会場は、精神を極限まで追い詰められるような死線ばかりだ。どれだけ冷静な奴でも、死の恐怖を前にすればパニックを起こす。その時、もしお前たちが未完成な術を焦って使い、一か八かで性質変化と形態変化を強引に組み合わせて発動させようとしたら……どうなると思う?」
「あっ……」
ヒナタが小さく息を呑んだ。
脳裏によぎったのは、最初に見せたデモンストレーションの光景だろう。もし、あの制御不能な膨大なエネルギーが、自分の手の中で暴発したとしたら。
「……術が暴発するというのは、自分一人が吹き飛んで終わるという話ではない。すぐ隣で戦っている仲間をも巻き込み、死の危険に晒すということだ」
俺は無意識の内に拳を強く握り込んでいた。
「そんな中途半端な状態で、お前たちを死地へ送り出すことなど、俺には絶対にできない」
(……俺は、意外と過保護なのかもしれない)
かつての凄惨な戦争で、多くの命が理不尽に散っていくのを、俺はこの目で嫌というほど見てきた。だからこそ、自分の教え子たちには、万に一つの危険すら背負わせたくないという身勝手な情が出てしまう。
「幸い、お前たちには優れた一族の秘伝忍術や、白眼という強力な武器がある。基礎となる『形態変化』と体術を極めるだけでも、合格できる可能性は十分にある。……ただし」
俺は声のトーンを落とし、冷酷な現実を突きつけた。
「中忍試験は、他里の忍たちとの合同での殺し合いだ。毎年、当然のように死者が出る。そして、ルーキーの受験者が少ないということは、お前たちが相対する敵は皆、年上で経験豊富だということだ。中には既に性質変化まで修めている者も多いだろう」
静寂が降りた演習場に、風の音だけが空虚に響く。
「だから、今回は見送り、性質変化まで完全に修めて術を完成させてから、より生存の可能性を高めた状態で次回の試験に臨むというのも、立派な戦術の一つだ。……決めるのは、お前たち自身だ」
沈黙が落ちた。死の恐怖と、己の未熟さ。重すぎる現実を前に、三人は押し黙る。俺は彼らが「次回にする」と答えても、決して失望などしないつもりだった。
だが、その重苦しい空気を切り裂いて、意外な人物が一歩前に出た。
「……死ぬかもしれないと聞いて、正直、怖いです」
ヒナタだった。
ジャージの裾をギュッと握りしめる彼女の小さな両手は、かすかに震えている。だが、俺を見上げてくるその白眼には、これまで見たこともないような強い光が宿っていた。
「でも……! 今ここで立ち止まって、ナルト君や……皆の背中に置いて行かれるのは、死ぬことよりも、ずっと嫌なんです」
その震えながらも真っ直ぐな言葉に、キバがふっと口角を上げた。
「へっ……違えねえ。ここでビビってたってしょうがねえよな。それに、俺は今の俺たちが他里の奴らを相手にどこまで通用するのか、すげえ興味がある」
赤丸も主の言葉に同意するように、力強くワンと吠えた。
「俺も、最初から受けるつもりだった」
シノが、いつも通り淡々とした口調で眼鏡の位置を直す。
「何故なら、これほどまでに恵まれた条件と指導者の下で訓練している新米は、この里で俺たちだけだからだ。退く理由がない」
ちょっとだけ、目頭が熱くなった。かつての戦場で共に死線を越えた仲間たちの顔が、ほんの一瞬、脳裏をよぎって消えた。頼りなかった教え子たちが、いつの間にか立派な「忍」の顔つきになっている。
「……よし。お前たちの覚悟は分かった」
誤魔化すように頭を乱暴に掻き、俺は再び彼らに向き直ってニヤリと悪戯っぽく笑った。
「なら、今日からお前たちの『形態変化』と『体術』を、徹底的に突き詰めていくぞ。覚悟しておけ」
「おうっ!!」
「はいっ!」
三人の決意が固まったところで、これから中忍試験までに行う具体的な修行方針を告げた。
「キバとヒナタは、それぞれ犬塚と日向の秘伝忍術や白眼による近接戦闘を主軸としている。だから、お前たちの修行は『形態変化』と『体術』をメインに進めていく」
二人が力強く頷くのを確認し、俺は視線を横にずらした。
「そしてシノ。お前には『体術』と『幻術』を徹底的に覚えてもらう。チャクラの形態変化は、お前の扱う寄壊蟲の秘伝忍術では、他の二人ほどの即効性がないからな」
俺の言葉に、シノは僅かに眉をひそめて首を傾げた。
「……体術は理解できる。だが、なぜ幻術なんだ。油女一族で幻術を主軸に戦う者はほとんどいない」
「この班の中で、最も幻術への適性がありそうなのがお前だからだよ」
俺が断言すると、シノだけでなくキバやヒナタも意外そうに目を丸くした。
「まず、幻術の基本原理を思い出せ。幻術とは、相手の視覚や聴覚といった五感にチャクラを乗せた刺激を送り込み、脳内のチャクラの流れを乱して作用させるものだ。そして、相手に幻術にかかったと悟られてもいけない」
俺の指摘に、シノは顎に手を当てて思考を巡らせ始めた。
「とはいえ、強力な幻術をかけるには膨大なチャクラか写輪眼のような瞳術が必要だ。だから、お前にはもっと別の使い方をさせる」
「別の使い方、とは」
「弱い幻術でも、要は使い方の問題なんだ。お前の場合は、普段から飛ばしている『蟲の羽音』にチャクラを乗せてみたらどうだ?」
虫が羽ばたく、低く微かな羽音。
「戦闘中、蟲が大量に近づけばどうせ羽音はするわけだ。敵からすれば自然な環境音にすぎず、幻術の起点だと怪しまれる隙は全くない」
「……しかし」と、シノが冷静に反論する。
「羽音程度の微弱な刺激で、敵の脳を支配し、完全に拘束するような強力な術は使えないはずだ」
「そうだな。強い幻術は無理だ。……だが、例えばお前が敵を体術で蹴るとする。その時、実際の攻撃のタイミングよりも『ほんの少しだけ早い虚像の攻撃』を相手に見せたらどうなる?」
俺の言葉の意味を理解した瞬間、シノの眼鏡の奥の瞳が、驚愕と興奮に大きく見開かれた。
戦場において、視覚と現実の刹那のズレは、死を意味する。
「……相手は、幻術で見せられた遅れた虚像に合わせて防御の態勢をとる。そうすることで、敵の防御の裏を完全に掻き、確実に実体の攻撃を当てるということか」
「そうだ」
俺は頷き、シノの肩を軽く叩いた。
「戦闘中に自分と虚像のタイミングを意図的にズラすなど、極めて高度に頭を回転させながら使わないといけない。だが……常に冷静で頭の回るお前なら、必ず出来るはずだ」
「……了解した。その提案に、異存はない」
シノの声は普段通り淡々としていたが、その内側で静かに燃え上がるような気概を感じ取ることができた。
「よし。次はキバだ」
「おう! 待ってました!」
キバが前のめりに身を乗り出す。
「お前の目標は、俺が最初に雷刀で見せたように、自分の『爪』のリーチを形態変化で伸ばすことだ」
「俺の爪を?」
「そうだ。獣人分身や通牙などで突撃した際、敵が紙一重で避けたと錯覚した外側から、不可視のチャクラの刃で肉を切り裂く。ただでさえ速いお前の体術に、見えないリーチの延長が加われば、回避不能の必殺の一撃になる」
「……っ! か、かっけええええ!!」
自分が敵を一方的に切り裂く姿を想像したのか、キバが歓喜の声を上げて拳を天に突き上げた。赤丸も「キャンッ!」と鋭く吠えて主の興奮に同調する。
「最後に、ヒナタだ」
「は、はいっ」
背筋を伸ばしたヒナタに、俺は少しだけ口調を和らげて告げた。
「ヒナタは、両手の掌から細く鋭いチャクラの糸を放出させる。お前の柔軟性を活かして、腕を高速でしなやかに振り回すことで、自分の周囲に『チャクラのドーム』を作り出すことを目標にしよう」
それは、日向宗家の『回天』とは異なるものの、柔拳の基礎と形態変化を応用したこのチャクラのドームを完成させれば、それに匹敵する彼女だけの絶対防御が必ず編み出せるはずだ。
「チャクラの……ドーム。私が、みんなを守るための……」
ヒナタは自分の小さな両手を見つめ、やがて力強く頷いた。
「や、やります。私……絶対に、出来るようになります」
それぞれの進むべき明確な道筋と、己の武器。
三人の目に宿る迷いのない光を見て、俺は満足げに頷いた。
「よし。目標が定まったところで、基礎訓練の続きを始めるぞ。あと、自分に合わないと感じたらすぐに言え。一緒に他の方法を考えよう」
「「「はいっ!!」」」
演習場の空高く、新米下忍たちの気合いに満ちた声が響き渡った。