同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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044.陰謀

 

 

 木ノ葉隠れの里、正門前。

 俺が率いるヨフネ班の面々は出立の準備を整えていた。今回の任務は、彼らにとって初となる他国での作戦、波の国周辺海域における海賊退治である。習得した水面歩行の技術を実戦で試すには、これ以上ない舞台だった。

 

「なあヨフネ先生、波の国ってどんな町なんだ? 海賊が出るってことは、やっぱ荒れたスラムみたいなとこか?」

 

 キバが頭の上の赤丸を撫でながら尋ねる。傍らでは、ヒナタが緊張した面持ちで荷物の紐を締め直し、シノが静かに蟲の羽音を響かせていた。

 俺は手元の地図から視線を上げ、小さく息を吐く。

 

(スラム、か。数年前ならその認識で正しかっただろうな)

 

 だが、今は違う。俺たちが生み出した金と経済の循環が、あそこを欲望と背徳の国に変貌させていた。

 

「いや、良くも悪くも賑やかなところだ。……行ってからのお楽しみだな」

 

 俺は肩をすくめ、先陣を切って木ノ葉の森へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 同じ頃。火の国から波の国へと続く薄暗い街道。

 土の匂いと、微かな血の鉄臭さが混ざり合った空間で、ワシはただ震えることしかできなかった。

 

「さて……タズナさん。怪我はありませんか」

 

 ワシの足元には、太い縄で縛り上げられた二人の忍、霧隠れの抜け忍である『鬼兄弟』が気を失って転がっている。これをあっさりと退けたのは、護衛として雇った、はたけカカシじゃった。

 

「あ、ああ……ワシは大丈夫じゃ」

 

 額に脂汗を浮かべ、ワシは震える声で絞り出した。視線の先では、初めての明確な殺意に当てられた木ノ葉の若い下忍三人が、まだ肩で息をしている。

 今回の任務は、橋造りの達人であるワシ自身の護衛。資材の買い付けを終え、波の国へ帰還する道中での出来事じゃった。

 

 波の国は現在、木ノ葉の『猟犬部隊』が頻繁に治安維持に入り、比較的安定しているとされていた。ワシがあえて猟犬ではなく他の忍を雇ったのは、「猟犬部隊に頼りすぎる現状」への危機感からの判断じゃった。

 

 だが、現実はワシの想像を遥かに超えていた。

 道中、波の国の沿岸を通りかかった際、ワシらはあり得ない光景を目にしていた。岩礁に乗り上げ、真っ二つに両断された巨大な商船の残骸だ。波に洗われるその巨大な船体は、大砲でも撃ち込まれない限りあんな無残な壊れ方はしない。

 

『……水遁の達人か、あるいは規格外の刀の使い手ですね。鬼兄弟の背後にいるのは、間違いなく大物だ』

 

 残骸を見たカカシのその呟きが、ワシの脳裏にねっとりとした恐怖を植え付けていた。

 

(やはり、無理をしてでも猟犬部隊に護衛を頼むべきじゃったか……この若い連中で、本当にワシを守り切れるのか?)

 

 不安が顔に出たのだろう。カカシが冷徹な目で周囲の森へと警戒の視線を巡らせた。

 

「……方針を変更します。木ノ葉の港から船を出し、波の国で一番近い大きな港へ直行しましょう。そこに、信頼できる『商会』がある。まずはそこで態勢を立て直しましょう」

 

 地の利がない場所を進むのは危険という、その冷静な判断に、ワシはただ無言で頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 波の国、商会本部のある巨大な港町。

 俺たち八班は『シラカワ商会本部』の特別応接室で、分厚い絨毯が敷かれた革張りのソファに深く腰を下ろし、到着した一行を出迎えた。

 

「よう、カカシ。タズナさん連れてくるのが随分と遅かったな」

「……まさかこんな所でお前に会うとはね」

 

 俺がティーカップを傾けると、カカシが飄々と片手を上げた。その背後で、金髪の少年、うずまきナルトが、部屋の豪華さに目を丸くして大声を上げようと前に出た。

 

「な、なんだってばよここ……! 城みてーにでっけェ」

「ナルト」

 

 俺は視線をナルトに向け、ほんの僅かに、部屋の空気を冷やすようにチャクラの圧を放った。周囲に控える商会の護衛たちからも、一切の感情を排した殺伐とした空気が漏れ出す。

 

 言葉を発するより早く、強烈な重圧に当てられたナルトの言葉がピタリと止まり、息を呑む音が聞こえた。

 

「棟梁、お待ちしておりましたぞ!」

 

 部屋の奥から、数人の大人たちがタズナの元へ歩み寄ってくる。波の国の各組合の代表者たちだ。タズナが到着したことで、急遽、状況報告の会議が開かれることになった。

 

「ナルト、お前たちは外でキバたちと建物の周辺警備を頼む。大人の話が長引きそうなんでね」

 

 カカシが下忍たちを部屋の外へ促した。ナルトが外に出れば、サスケも必然的に外へ出る。サスケがこの後現れるイズミと顔を合わせる事態を避けるためにも、子供たちを外へ追い出してくれるのは好都合だった。

 

 子供たちが退出した直後、俺はふと声を落とし、カカシの耳元で囁いた。

 

「カカシ。一つ忠告しておく」

 

 俺の冷たい声色に、カカシの右目が鋭くなる。

 

「これから中にいる人間を見て、いくら気になることがあったとしても……その左目を、この建物内では絶対に出すなよ」

 

 意味深な言葉の真意を問う暇もなく、重厚な扉が開いた。

 

「皆さん、揃われましたね」

 

 凛とした通る声と共に、一人の女性が部屋に入ってくる。シラカワ商会の代表代行であり、商人組合の代表も務めるイズミだ。彼女は目元を隠すように、色のついた眼鏡をかけている。

 その姿を見た瞬間。カカシの全身の筋肉が硬直した。

 

(――馬鹿な。なぜ、彼女がここにいる!?)

 

 声に出さずとも、カカシがそう思っているのが分かった。うちは一族の生き残りであり、大逆の罪を犯したイタチのかつての恋人。死んだはずの女が、なぜ波の国の商会を取り仕切っているのか。カカシは左目の写輪眼を晒してでも真偽を確かめようと、無意識に額当てへ手を伸ばし、腰を浮かせた。

 

「座れ、カカシ」

 

 俺は静かに、重圧を込めてカカシの動きを封じた。ビリッ、と空気が軋む。カカシが息を詰まらせ、額に冷汗を浮かべた。俺達が作り上げたこの街で、余計な波風を立てるな。

 

 冷徹な俺の凄みに当てられ、歴戦の上忍であるカカシもギリッと奥歯を噛み締め、呼吸を整えてソファに座り直した。

 

 

 

 

「それでは、報告会を始めましょう」

 

 現在の波の国を治める議会制政治の議長で、元舟渡をしていたカジの進行で会議が始まった。

 

 参加者は、商人組合代表のイズミ、棟梁組合代表のタズナ、自警団代表のカイザ。他にも歓楽街や賭場、病院、宿場、漁業、農業などそれぞれの代表者だ。

 

 木ノ葉からはアドバイザーとなっている俺と、タズナが襲われた時の証人としてカカシが参加する。

 なお、商会の正式な代表はシラカワという壮年の男性という設定になっているが、彼は基本的に他国への買い付けで不在であり、娘のイズミが若いながらも組合の代表となっていた。

 

 まずはタズナから、品質が担保された橋の建設に必要な資材の購入の目途がついたことが報告され、会議室に安堵の空気が流れた。だが、その直後。

 

「ただ……帰り道で、霧隠れの忍に襲われたんじゃ」

 

 タズナの告白に、場は一瞬にして騒然となった。カカシが状況を補足説明する。抜け忍の仕業とはいえ、明確にタズナの命を狙っていたと。それを聞いた自警団代表のカイザが、顔を青ざめさせながら口を開いた。

 

「実は最近、霧隠れの抜け忍……それもとんでもない大物が、波の国に来たかもしれないという噂があるんだ」

「誰だ?」

「どうやら、『鬼人』と呼ばれる忍らしいんだが、木ノ葉のあんたたちは知っているか?」

 

 鬼人。その単語に、カカシの顔色が変わる。

 

「桃地再不斬……かつて霧隠れの里で、水影暗殺のクーデターを起こして失敗した、凶悪な抜け忍だ。沿岸で見つかった両断された巨大船の残骸も、間違いなく奴の仕業だろう」

 

 カカシが低い声で再不斬の異常な過去と実力を説明すると、波の国の代表たちは文字通り凍りついた。

 

「み、水影暗殺じゃと……!?」

「そんな化け物が相手じゃ、自警団なんか役に立たねえ! 橋の建設なんか即刻中止だ! タズナさん、あんたが狙われてるなら街から離れた方が良いんじゃないか?!」

 

 ただの民間人である彼らがパニックを起こすのは当然の反応だった。重苦しい恐怖が部屋を支配する中、俺だけが微塵も動揺を見せず、テーブルの上で指を組んでいた。

 

「問題は、そいつが来ていること自体じゃない」

 

 俺はわざと低く、響く声を出して場の喧騒を断ち切った。

 

「誰が、その鬼人を雇ったかだ。タズナさんの命を狙う理由がある人間にしか、そんな大物は動かせない」

「……それについてなんだが、匿名のタレコミがあるんだ」

 

 カイザが震えながらも身を乗り出した。

 

「『海の国の御用商人』だ。奴が橋の建設に猛反対しているのは皆も知っていると思うが、最近、木ノ葉以外の忍を裏で雇っているらしい。その鬼人とやらも、奴が雇ったという噂だ」

 

 その言葉を合図にしたように、イズミが手元の分厚いファイルを開いた。

 

「その海の国の御用商人についてですが……実は今、私たちが扱っている『保険』の件で、非常にきな臭い動きを見せています」

「怪しい動き、とは?」

 

 議長のカジが身を乗り出した。イズミは手元の資料に視線を落としながら、淡々と、しかし明瞭な口調で説明を始める。

 

「今までは、波の国から出荷される荷物についてのみ保険をかけていました。ですが最近、当商会が定める格付けに基づいて、信用のある御用商人に限り、波の国『宛』の荷物についても保険を掛けられるよう試用期間を設けていたのです」

「ほう。波の国に入ってくる物資も保証されるなら、商人としてはありがたい話じゃな」

 

 タズナが感心したように頷く。

 

「ええ。その矢先、先日さっそく保険事故が発生しました」

 

 イズミの声がわずかに低くなった。

 

「しかし、調査を進めると不自然な点が多いのです。どうやら、実際に積み込まれた荷物と、被害にあったとされる荷物の数量が大幅に違う。現地で保険の申請を受理した担当者の口座には不審な金の動きがあり、最近賭場で大きく負けたという裏情報も入っています。まだ保険金は支払っていませんが、向こうからは早く払えという異常なほどの催促が続いています」

 

 イズミはファイルをパタンと閉じた。その報告を聞き、議長のカジが苦々しい顔で舌打ちをした。

 

「最近、保険は金を巻き上げるばかりで役に立たないと、文句を言う商人たちも出始めている。……どうせ海の国の商人から金が流れて、商会の信用を落とすのが狙いだろう」

 

 俺は、波の国の代表者たちの顔色が変わっていくのを冷静に観察していた。再不斬への恐怖から、自分たちの利益と信用を不当に奪おうとする海の国の商人への「怒り」へと、感情の天秤が傾き始めている。

 

「まどろっこしい!」

 

 タズナが分厚い掌でテーブルを叩いた。バンッという音が部屋に響き渡る。

 

「そんな小細工をしているのが明白なら、とっとと捕まえて、そいつに吐かせたほうが早いじゃろ! このままじゃ橋の建設にも手を出されかねんぞ!」

 

 血気盛んに語気を荒らげるタズナ。自警団代表のカイザも怒りに任せて深く頷く。俺はソファに深く腰掛けたまま、彼らの金と怒りの感情に火を注ぐように口を開いた。

 

「ここまで子供の未来のため、みんなで作り上げてきたこの仕組みを。この国が他国から経済的に攻められないようにするための防壁を、奴らは内側から壊し、あんたたちの金を不当に奪おうとしている。それは明らかだな」

 

 俺の言葉は、見事に彼らの怒りの矛先を共通の敵へと誘導していた。鬼人への恐怖は、すでに強烈な怒りと欲の裏に隠れている。

 

「ただし」

 

 俺はすかさず言葉を続け、暴走しそうな熱をスッと引かせた。

 

「自警団や木ノ葉の忍が、ここで決定的な証拠もなく商人を捕縛すれば、それこそ波の国の未来に繋がらない。『都合が悪くなれば力ずくで捕まえる野蛮な国だ』という悪評が立てば、真っ当な商人たちは皆逃げていく。それも避けなければならない」

「……っ! それじゃあ、ただ指をくわえて金を奪われろっていうのか!」

 

 カイザが悔しそうに拳を握りしめる。

 

「そうは言っていないさ」

 

 俺は口角をわずかに上げ、正面に座るイズミへと視線を向けた。

 

「イズミさん。あなたの言う保険金詐欺について一つ確認したいんだが、その事故というのは海難事故かい? それとも……海賊によるものかい?」

「海賊です。あの厄介な『海蛇』の仕業だと報告されています」

「そうか」

 

 俺は腕を組み、テーブルを囲む全員を見渡した。

 

「実は俺からの報告になるんだが……昨日の海賊退治の任務で、今までいくら探しても見つからなかったその海賊、『海蛇』の拠点が分かったかもしれないんだ」

「なんだと!?」

 

 カジとカイザが同時に身を乗り出す。部屋の空気が一気に沸き立った。

 

「もしこれが海賊を使った保険金詐欺なら……あいつらのアジトを急襲して積荷の証拠を見つけられれば、芋づる式に海の国の御用商人まで繋がるかもしれない」

 

 俺はテーブルの上に置かれた波の国の海図を指差した。

 

「奴らのアジトは、この国の東側にある岬だ」

 

 その場所を見た瞬間、議長のカジが眉をひそめた。

 

「東の岬だと? あんな切り立った崖のところに船を止めて拠点を作るなんて無理だぞ。あの辺りの地形は誰よりも詳しいが、隠れられるような場所はねェ」

「ええ、普通ならそうです」

 

 俺は海図を指でトントンと叩く。

 

「干潮時にしか入り口が現れないが、内部に十分な空気と空間がある『洞窟』があるんだそうだ。ここ一、二年の間に、崖の一部が崩落して偶然できたんだろう」

 

 俺の論理的な説明に、カジも納得したように深く頷いた。

 

「気づかれないうちに、アジトを完全に占拠してしまおう」

 

 俺の目が、歴戦の忍のそれに切り替わる。

 

「次の干潮は夜中だが、暗闇の中で波に揉まれながら知らない洞窟を探すのは危険だ。作戦決行は、明日の朝七時。夜明け後の干潮時だ。カイザさん」

「お、おう!」

 

 急に名指しされ、カイザが背筋を伸ばす。

 

「自警団のみんなは、海の国の御用商人の屋敷を外から見張っておいてくれ。証拠が挙がった瞬間に押さえる。明日は早いぞ」

「分かった! 任せてくれ!」

 

 それぞれの役割が明確になり、会議室にいた波の国の大人たちは、確かな決意を顔に浮かべて立ち上がった。鬼人への恐怖は完全に払拭され、俺の提示した作戦通りに動く駒となった。

 

 

 

 

 特別応接室での会議が進む中、俺、油女シノは、商会本部の裏路地で静かに蟲の羽音に耳を澄ませていた。

 

「シノ、右斜め上の屋根だ。妙な匂いがするぜ」

 

 隣に潜むキバが、赤丸と共に低く唸る。

 

「……ああ。俺の蟲も、不可視のチャクラを感知した」

 

 どこの誰かは分からないが、碌でもない連中が放ったのであろう暗殺者か、あるいは会議の盗み聞きを狙う密偵か。姿を消す術を使っているようだが、俺たちの感覚を誤魔化すことはできない。

 

「ヒナタ、頼む」

「……はい」

 

 俺の合図と共に、ヒナタが白眼を起動させる。その視線が、正確に屋根の上の虚空を射抜いた。

 

「見えました。……そこです!」

 

 ヒナタのクナイが虚空に叩き込まれた瞬間、迷彩が解け、黒装束の忍が声も出せずに崩れ落ちた。

 すかさず俺が寄壊蟲を放ち、男の全身を覆い尽くして一切の動きとチャクラを封じ込める。

 

「へっ、ちょろいもんだな。これで三匹目だぜ」

 

 キバが鼻を擦りながら笑った。

 俺たちは、ヨフネ先生から教わった連携と術を実戦で完璧に機能させている。ヨフネ先生たちの会議の邪魔は、決してさせない。俺たちはすでに、猟犬の牙として研ぎ澄まされていた。

 

 

 

 

 会議が終わり、タズナやカジたちが足早に部屋を退出していく。重厚な扉が閉まり、廊下に出た俺は、待機していた木ノ葉の忍、コテツを呼び止めた。

 

「コテツ」

「はい、隊長。何か指示が?」

 

 中忍であるコテツが姿勢を正す。俺は周囲に他の商人がいないことを確認し、声を潜めた。

 

「コウ、ムタ、そして建物の外で警備をしているキバ達のルーキー班を呼んでくれ」

 

 呼ばれた名前を聞き、コテツの顔がパッと明るくなった。

 

「感知が得意なメンバーですね! さすがヨフネさん、裏口から逃がす気はゼロってわけですね。すぐ集めます!」

 

 コテツは頼もしい采配に興奮した様子で、弾かれたように廊下を駆けていった。俺はその後ろ姿を見送りながら、静かに息を吐く。

 

 建物の外から、微かにシノの蟲の気配が戻ってくるのを感じた。どうやらルーキー達も、外でしっかりと自分たちの役割を果たしてくれたようだ。

 

 潮風のベタつく感触を肌に感じながら、俺は次の作戦に向けて思考を巡らせた。

 

 

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