同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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005.二次

 

 

 第四十四演習場、通称『死の森』。

 その鉄柵の前に立つ直前、俺たちは一枚の紙切れにサインを求められた。

 

『この森の中で死亡した場合、その一切の責任を自らが負うことに同意する』

 

 ペンを握る九歳の手に、嫌な汗が滲む。隣でサインするシズネの指先も微かに震えていた。俺は小さく息を吐き、覚悟を決めて紙を提出した。

 鉄柵の前に立った瞬間、肌にまとわりつくような湿気と、腐葉土の濃密な臭いが鼻をついた。

 

 鉄柵の向こうに広がるのは、通常の植生とは明らかに異なる巨大な木々の群れだ。枝葉が陽光を遮断し、森の奥は昼間だというのに薄暗い。

 

 俺たち第四班――俺、トンボ、シズネの三人は、周囲の受験者たちの殺気に晒されながら、試験官の言葉を待っていた。

 目の前に立つ試験官は、こちらを値踏みするように眺めると、一本の巨大な青い巻物を無造作に地面へ放り投げた。ズシリ、と重い音が響く。

 

「ルールはシンプルだ。この森のどこかに隠されたこの『巻物』を見つけ出し、規定量のチャクラを充填しろ」

 

 試験官の声が、張り詰めた空気を震わせる。

 

「制限時間は七十二時間。……ま、三人がかりなら半日もあれば終わる作業だ。14時になったら鐘が鳴る。各班決められたゲートから入ってスタートだ」

 

 男はそれだけ言い残すと、瞬身の術で掻き消えるように去った。

 周囲の班がざわめき始める中、俺は今の説明を脳内で反芻し、即座に違和感を拾い上げた。

 

(半日で終わる? いや、あの巻物のサイズと、対象となる下忍の平均的なチャクラ量を考えれば、単純計算でもその倍はかかるはずだ)

 

 俺は視線を横に流し、チームメイトの様子を確認する。

 トンボは既にサングラスの奥で目を細め、周囲のチャクラの揺らぎを警戒している。シズネは緊張で少し表情を強張らせているが、いつでも毒針を射出できるよう、袖口に手を添えていた。

 

「ヨフネ」

 

 トンボが低い声で呼んだ。

 

「どう動く? 他の班はもう殺気立ってるぜ。闇雲に走っても時間の無駄だ」

「わかってる」

 

 俺は短く答え、思考を切り替える。

 

「試験官の『半日で終わる』っていう言葉には罠がある。あの巻物は、チャクラの充填中に所有者が無防備になるタイプのものだ。長時間接触し続ける必要がある以上、巻物は開けた場所にはない。必ず『防衛拠点として機能する閉鎖環境』に隠されている」

 

 俺は脳内に死の森の地形図を展開し、条件に合致するポイントを絞り込む。

 

「トンボ、広域感知を頼む。探すのは『北西の岩場』か、『南の巨大な空洞樹』だ。その二点に絞ってくれ」

「了解……やってみる」

 

 

 *

 

 

 ゲートが開き、俺たちは森へと足を踏み入れた。

 一歩進むごとに、外の世界とは隔絶された異様な生態系が牙を剥く。巨大な蛭、人の腕ほどもある百足。だが、それら以上に警戒すべきは他の受験者だ。

 

 数キロほど南下した地点で、トンボが足を止めて片膝をついた。独特の印を結び、神経を森の空気に同化させていく。

 数分後、彼が顔を上げ、南の方角を指差した。

 

「……当たりだ。南に、不自然に整えられたチャクラの反応がある。おそらく結界か何かを張ってやがるな」

「読み通りか」

 

 俺は頷き、シズネに目配せをする。

 

「でも、いい条件の場所には絶対先客がいる。戦闘準備。……一瞬で終わらせるよ」

 

 南の巨木。その根元には大人が数人入れるほどの空洞があり、中からは微かな話し声が漏れていた。

 俺たちは気配を完全に殺し、空洞の入り口へと接近する。中には三人の下忍。彼らは大巻物を囲み、どうやら充填作業を始めようとしているところだった。

 

「早速別の班か。悪いが、ここは先に俺たちが――」

 

 相手のリーダー格らしき男がこちらに気づき、クナイを抜こうとした。

 だが、遅い。

 

「シズネ!トンボ!」

 

 俺の号令と同時、シズネが投げた球体が空洞の中央で炸裂した。

 強烈な閃光と発煙が、薄暗い空洞内を白一色に染め上げる。

 

「ぐああっ!? 目が!」

 

 視界を奪われ、狼狽する敵班。その混乱の隙間を縫うように、俺は踏み込んだ。

 標的はリーダー格。視覚が使えない今、彼が頼るのは聴覚だ。俺はあえて足音を消さず、正面から接近すると見せかけて、直前で風遁のチャクラを足裏に集中させた。

 急激な気圧変化を利用した加速。残像を残して懐に潜り込む。

 

『風遁・共振掌』

 

 掌底を顎に叩き込むと同時に、風のチャクラを細かく振動させ、骨を通して脳へと衝撃を伝播させる。

 外傷は最小限。だが、骨伝導で頭蓋骨の内側を直接揺らされたような不快な感触が手のひらに残り、男の三半規管は完全に破壊された。脳が平衡感覚を失い、強制的にシャットダウンする。

 

 男は白目を剥き、ズンッという重い地響きを立てて糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「リーダー制圧。残り二名!」

「こっちも終わったわ!」

 

 煙が晴れる頃には、シズネの毒針を受けた残りの二人も地面に伏していた。

 所要時間、わずか二十秒。

 俺たちは意識のない三人を手早く縄で拘束し、空洞の隅へと転がした。

 

 まずは巻物の確認だ。

 

 

 *

 

 

 制圧した巨木の空洞。その最奥にある祭壇のような台座には、禍々しいほどに巨大な巻物が鎮座していた。

 表面には複雑怪奇な術式がびっしりと書き込まれ、中央には掌を置くためのスペースがある。

 

「よし、始めるぞ」

 

 俺たち三人は巻物を囲み、指定の場所に掌を置いた。

 その瞬間。

 ズウゥ……

 ひどく不快な感覚が指先を襲った。

 

 まるで血管に太い針を刺され、血液そのものをポンプで汲み上げられているような喪失感。全身から急速に体温が奪われ、指先が氷のように冷たくなっていく。額には嫌な脂汗が滲んだ。

 

「うっ……結構、持っていかれるな……」

 

 トンボが顔をしかめる。

 巻物の中央では、吸い取られたチャクラに反応して墨が生き物のように這い回り、徐々に巨大な「印」を形作っていく。

 開始から三時間が経過した頃だった。

 俺は空いた片手でクナイを取り出し、地面の埃を払うと、そこに数式を書き込み始めた。

 

「……ヨフネ? 何をしてるんだ?」

「ちょっとメモしてる。この巻物少しおかしい気がして」

 

 俺は一分あたりにチャクラが吸われている量を体感ではあるが地面にメモしていく。そしてメモを元にグラフを描きながら、あることに気づく。

 

「シズネ、トンボ。一度手を離せ」

「えっ、どうしたのヨフネ君? まだ半分も溜まってないよ?」

 

 シズネが不安げに俺と巻物を交互に見る。

 俺はクナイの切っ先で、完成しかけたグラフの曲線を指し示した。

 

「この巻物は、常に一定のペースでチャクラを吸うわけじゃない。『触れている人間の残りチャクラ量』に比例して吸い取る量が変わるように設計されているんだ」

 

 吸われる量は体感で残りの約10%。俺は数式を指差しながら解説を続ける。

 

「つまり、俺たちのチャクラが減れば減るほど、吸収の勢いは確実に落ちていく。最初は勢いよく吸われても、後半はジリ貧だ。限界まで無理に絞り出して巻物が溜まりそうになった所で他の受験者に襲われたら抵抗できないで奪われるのがオチだ」

 

 まだ手をかざしていたシズネが慌てて手を離す。

 

「かといって、自然回復を待ちながらでは七十二時間の制限時間に間に合う保証がない。まあアスマみたいにチャクラが多ければもっと早く貯まるかもしれないが」

「……じゃあ、試験官が言った『半日で終わる』っていうのは?」

「あくまで『満タンの奴が三人、その吸収の勢いが最も強い状態のまま吸われ続ければ半日で終わる』という意味だ」

 

 それは、実直に課題をこなそうとする者をあざ笑うような、悪意ある設計だった。

 だが、術の仕組みが分かれば抜け道はある。

 俺は視線を巡らせ、部屋の隅に転がされている「彼ら」を見た。

 拘束され、猿ぐつわを噛まされたまま気絶している敵班の三人。

 

「方針を変えよう。……足りない分は、あいつらに手伝ってもらおう」

 

 俺の言葉の意味を理解したシズネが、青ざめた顔で口元を押さえた。

 

「……ヨフネ君。それって、あいつら死んじゃわない?」

「チャクラが0になることはないから大丈夫だよ」

 

 俺は子供らしい口調ながらも、あくまでチャクラ管理の問題として淡々と説明する。

 

「満タンの状態から吸い取られる彼らのチャクラは、疲弊した俺たちのそれとは比較にならないほど勢いがいい。彼らが回復した分だけ、俺たちの負担を肩代わりしてもらう。……要は、『外付けのチャクラタンク』代わりだ」

 

 シズネは迷うように視線を泳がせたが、やがて覚悟を決めたように小さく頷いた。彼女もまた、忍だ。綺麗事だけでこの森を抜けられないことは理解している。

 

 

 *

 

 

 夜の森に、巻物の放つ淡い燐光だけが浮かび上がる。

 俺たちは計算に基づいた三交代制を敷いていた。

 一人が充填、一人が見張り、一人が完全に休息。常に一人はチャクラが高い状態を維持し、吸収の絶対量を高く保つ。

 そして、術式の伸びが鈍るたびに、俺たちは拘束した男たちを叩き起こし、その手を無理やり巻物に押し付けた。

 

「……んぐっ!? ぐううう……ッ!」

 

 猿ぐつわ越しに、男の悲鳴が漏れる。

 彼の目が見開かれ、体内のエネルギーが奔流となって巻物へ注がれていく。墨の文字が、新たなインクを得たように勢いよく走り出す。

 

「よし、いいペースだ。これならいける」

 

 俺は男のチャクラ残量をチェックし、危険域に入る直前で手を引き剥がした。

 そしてまた幻術をかけるとそのまま意識を失った。

 他者の生命エネルギーを打算のもとに吸い上げ、術式を完成させていく。その光景は、どこか冒涜的で、機械的だった。

 見張りの番をしていたシズネが、膝を抱えながらぽつりと呟いた。

 

「……ヨフネ君。私、この試験が終わったら……三日月屋のコロッケ、食べたいな」

 

 重苦しい空気を振り払うような、唐突な話題だった。

 俺は手元の計算用メモから顔を上げる。

 

「……コロッケか。いいね」

「でしょ? 揚げたてのサクサクのやつ。お肉屋さんの隣の」

 

 シズネが少しだけ笑った。その笑顔は、なんとなく「日常」を思い出させてくれた。

 

「俺たちが受かるためには仕方ないけどさ、この中忍試験って性格悪いよな……」

「もう、ヨフネ君ってば。自分で決めたのに悩んじゃって、優しいね。私はもう割り切っちゃったよ」

「そんなことないよ。俺もこの泥を被る立場を降りるつもりはないしね」

 

 三十六時間後。

 ついに巻物の中央に、巨大な「天」の文字が完成した。

 その瞬間、巻物が直視できないほどの閃光を放ち、周囲の空間が物理的に歪み始める。

 

「これは……逆口寄せの術式か!」

 

 俺たちは巨木の空洞から掻き消されていった。

 

 

 *

 

 

 浮遊感が消え、足裏に硬い感触が戻った。

 次に目を開けた時、俺たちが立っていたのは、死の森の中央にそびえ立つ『塔』の内部だった。

 外の蒸し暑い密林とは対照的に、ひんやりとした静寂に包まれた石造りの広間。

 

「……三十六時間か。合格だ」

 

 壁際から、抑揚のない声が響いた。

 高い襟で口元を隠し、サングラスをかけた男。俺たちの担当上忍、油女シビ先生だ。

 彼は足元に転がった大巻物を拾い上げ、そこに残されたチャクラの痕跡を読み取るように手をかざした。

 

「ふむ、自分たちのチャクラを温存したまま『外部の力』を利用したか。……えげつない計算をする奴がいるもんだな、第四班」

「合理的、と言ってください」

 

 俺はまだ指先に残る痺れを握り潰しながら答えた。

 

「任務達成のために、自軍の損耗を抑え、利用できる駒をすべて使い切る。……それが忍の部隊長としての正解でしょう?」

 

 シビ先生はサングラスの奥で目を細め、沈黙した。

 広間の隅には、先に到着していた他の班の下忍たちが座り込んでいる。その多くは衣服が裂け、ボロボロになり、仲間同士で支え合わなければ立っていられないほど疲弊していた。

 彼らは俺たちの会話を聞き、「なんて奴らだ……」と引き気味に囁き合っている。

 

「……正解だ」

 

 シビ先生が短く言った。

 

「ヨフネ、お前が取った行動は、非情ではあるが戦術的には正しい。だが、一つだけ覚えておけ」

 

 先生が一歩近づき、俺の目を見据える。

 

「道具として扱った相手にも、意志がある。その恨み、その絶望。それら全ての報いを受ける覚悟がある者だけが、その策を使いこなせる」

 

 その言葉は、冷たい鉛のように俺の腹の底にのしかかった。

 あの時、俺が無理やり巻物に手を押し付けた男の目。恐怖と憎悪に染まったあの視線を、俺は一生忘れないだろう。

 

「よう、ヨフネ! お前らも来たか!」

 

 その時、広間の奥から底抜けに明るい声が響いた。

 猿飛アスマだ。

 その後ろには夕日紅と森乃イビキもいる。彼らもまた、全身泥まみれになりながらも、達成感に満ちた顔をしていた。

 

「なんだよ、お前ら。えらい涼しい顔してんな」

 

 アスマがガシガシと頭を掻きながら歩み寄ってくる。

 

「俺たちはよ、三人でぶっ倒れる寸前までチャクラを絞り出して、やっとの思いで印を完成させたんだぜ。紅なんて、最後は歩くのもやっとだったんだからな」

「私たちは三人で励まし合って、なんとか乗り越えたのよ。ね、アスマ」

 

 紅が誇らしげに笑う。

 彼らの周りには、目には見えないが確かな「熱」があった。チャクラがあるって羨ましい。

 困難を共に乗り越え、絆を深めた者たちだけが持つ、眩しいほどの正のオーラ。それはまさに、物語の主人公の姿だった。

 一方の俺たちはどうだ。

 他人のチャクラを搾り取り、涼しい顔でここに立っている。

 

「……絆、か。いいな、そういうの」

 

 俺の口から、自然と自嘲が漏れた。

 

「俺たちは、そんなに綺麗に終わらせられなかったよ。計算して、術の抜け道を突いて……ただ合格っていう結果をもぎ取っただけだ」

「……? 何言ってんだ、お前」

 

 アスマが不思議そうに眉を寄せる。

 俺たちと彼らの間には、埋めようのない温度差があった。

 彼らにとって、この試験は「仲間と協力して困難に立ち向かう試練」だった。

 だが、俺にとっては「いかに損耗を抑え、最小の労力で最大の結果を出すかという打算」に過ぎなかった。なんだか眩しく見える。

 

 俺はアスマの肩を軽く叩き、通り過ぎざまに言った。

 

「アスマたちのやり方はすげーよ。……でも、俺は綺麗事じゃ生き残れない。またみんなで温かいコロッケを食うためには、泥を被るしかないんだ」

「あ? コロッケ? 腹減ってんのか?」

 

 アスマは呆れたように笑ったが、隣にいたシズネだけは、俺の袖をギュッと掴んだ。

 

「……ヨフネ君。帰り、本当に寄ろうね。三日月屋」

「ああ。もちろん、俺の奢りだ」

 

 塔の窓から差し込む夕日が、俺たちの影を長く引き伸ばしていた。

 光の中を歩むアスマたちと、影を選んだ俺たち。

 

 同じ里の、同じ世代。だが俺たちはこの『死の森』を経て、決定的に違う道を歩み始めたと感じていた。

 

 




 
忍界歴15年
第一次忍界大戦は各里が消耗戦となり大きく戦力を落としたことで終結
終結後、ヒルゼンが自来也、綱手、大蛇丸の担当上忍となる

猿飛ヒルゼン(23)、綱手(6)

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