木ノ葉隠れの里、火影邸の執務室。
室内には重苦しい紫煙が立ち込め、三代目火影・猿飛ヒルゼンの横顔には、かつてないほどの険しさが刻まれていた。傍らに控える上忍班長の奈良シカクも、ひどく渋い顔でこめかみを指で揉んでいる。
「……大蛇丸が、中忍試験に紛れ込んでおったか」
「はい。草隠れの下忍に成り代わり、死の森で第七班と接触しました。猟犬連隊の連携により撃退。ナルトたち三人に外傷などの異常はありません」
俺の報告に対し、ヒルゼン様は短く息を吐いた。
かつて、火影の相談役としてこの場に同席していたはずの祖母・コハルは、すでに表舞台を去っている。今のこの場には、現場の責任者である俺と、里の上層部である三代目、相談役のホムラの爺様、シカク上忍班長。そして大蛇丸の元弟子であり、気付薬で起こされたみたらしアンコ。この五人だった。
「奴の狙いは何だ。やはりナルトの中の九尾か?」
シカクさんの問いに、俺の隣で首の呪印を押さえていたアンコが、忌々しそうに唇を噛んだ。
「……九尾の可能性も捨てきれませんが、奴の真の狙いは『器』の確保。うちはサスケの肉体である可能性が極めて高いです」
「器だと?」
ヒルゼン様が鋭い視線を向ける。アンコは絞り出すような声で続けた。
「死の森で交戦したヨフネ隊長も見たはずです。奴は、私たちの記憶にある姿よりも遥かに若々しい、別人の肉体を得ていました」
アンコが一度言葉を切り、唇を引き結んだ。その首筋の呪印が、まるで名前を口にすることを拒むかのように、微かに疼いているのが見えた。
「禁術『不屍転生』。他者の肉体に己の精神を移し替え、永遠の若さとその肉体が持つ血継限界などの能力を我が物にする術です。……奴はそれを、すでに完成させています」
アンコの言葉が落ちた瞬間、執務室の空気がすっと冷えたように感じた。ヒルゼン様とホムラの爺様が互いに視線を交わす。その目に浮かんでいるのは、かつての教え子への嘆きと、里の長としての厳しい現実認識が、複雑に入り混じった色だった。
俺はさらに、現場で確信した最大の懸念を付け加える。
「もう一つ。大蛇丸の口ぶりから、里を逃亡した志村ダンゾウと奴が、接触している可能性があります」
「ダンゾウと……!」
かつての盟友の名が出てきたことで、三代目とホムラの爺様の目が大きく見開かれた。
「明確な証拠はありません。しかし、里の裏側を知り尽くしたダンゾウが、大蛇丸という強大な戦力と結託しているのだとしたら。これは単なる試験の妨害では済みません。外部勢力を引き入れた『木ノ葉の乗っ取り』を画策している危険性があります」
木ノ葉の暗部の仕組みを一から構築した男と、伝説の三忍。この二人が手を組んだとなれば、里の存亡に関わる事態だ。
「……火影様。ただちに試験を中止し、里の警戒レベルを最大に引き上げるべきかと」
アンコが進言するが、ヒルゼン様はパイプを灰皿に置き、深く目を閉じた。
「……いや。試験はこのまま続行する」
「しかし……!」
「アンコよ。中忍試験はただの試験ではない。同盟国同士が軍事力を見せつける代理戦争じゃ。ここで木ノ葉の都合だけで中止すれば、他国に『内部から揺らいでいる』という致命的な隙を晒すことになる」
シカクもヒルゼン様の言葉に同意するように頷いた。
「もし万が一、ダンゾウと大蛇丸が組んでの里の乗っ取りを計画しているなら、俺たちが混乱して自滅の隙を見せることこそが奴らの思う壺だ。表向きは何事もなかったように試験を続行し、木ノ葉の盤石さをアピールするしかない」
「その代わり、裏の警備は最高レベルへ引き上げる。ヨフネよ、猟犬連隊に自由裁量を与える。大蛇丸とダンゾウの影を水際で完全に防ぎきれ」
「……承知いたしました」
その後、幾つか事後対応の打ち合わせをし、解散しようとした時だった。執務室の扉が控えめにノックされ、二次試験の監視を担当している中忍の試験官がおずおずと入室してきた。
「火影様。死の森の二次試験ですが、既に二班ほど合格者が到着しております。そのタイムが……異常です」
「ほう。開始からまだそれほど時間は経っておらんはずだが」
ヒルゼン様が意外そうに眉を上げる。アンコが手元の時計に目をやった。
「確かこれまでの最速記録は四時間。まだ二時間程度しか経っていないはずだけど?」
「はい。まず一班目、ヨフネ隊長が担当する第八班です。到着時間は一時間三十五分。記録を大幅に更新しました」
「何……!?」
シカクが素っ頓狂な声を上げた。俺自身、この試験の合格は確信していたが、あいつらがそこまで時間を切り詰めてくるとは思わなかった。
ヒルゼン様が机上の水晶玉にチャクラを流すと、塔の床にへたり込み、泥と擦り傷にまみれたキバ、シノ、ヒナタの姿が映し出された。
(……なるほどな。俺が教えた隠密行軍を、あいつらは文字通り死ぬ気で実行したわけだ)
彼らのボロボロな姿は、実力不足ではなく、最短記録を出すために全力を尽くした結果だろう。
「そしてもう一班。第八班のわずか二分後、一時間三十七分で砂隠れの班が到着しました。……彼らを見てください」
映像が切り替わり、そこには我愛羅、カンクロウ、テマリの三人が映った。それを見たアンコが息を呑んだ。
「無傷……だと……!?」
砂の三人は、激戦区を抜けてきたとは到底思えないほど、服の汚れ一つなく、息一つ乱さずに立っていた。第八班が知恵と体力で削り出した記録を、彼らは圧倒的な暴力で障害を消しながら、ほぼ同タイムで叩き出したのだ。
「まあ、うちの奴らもこいつら相手に記録で上回ったなら上出来でしょう」
俺が感想をこぼすと、ヒルゼン様が呆れたようにキセルを吹かした。
「お主は教え子へのハードルが高すぎるわい。素直に褒めてやるが良い」
室内の重苦しい空気が、ほんの少しだけ緩んだ。俺は深く一礼し、執務室を後にした。
*
数日後。死の森の中央に聳える塔。その内部にある巨大な闘技場。
カカシ、ガイ、アスマら担当上忍が並ぶバルコニーの端に立ち、俺は階下の合格者たちを見下ろしていた。
俺達が森を荒らしてしまったが、幸い他に犠牲者は出ず、そのまま続行された。合格者も見る限り原作通りのようだ。……カブトの姿も見えた。
「……第二次試験突破、おめでとうございます」
特別試験官として前に出たのは、月光ハヤテだった。かつての病弱な面影はなく、波の国で綱手様の治療によって完治した彼は、猟犬連隊の濃いグレーのベストを隙なく着こなしている。
「合格者が多いため、これより本戦の『予選』を行います」
ハヤテは淀みのない声でルールを説明し、電光掲示板を起動させた。
第一試合『うちはサスケ VS 赤胴ヨロイ』
闘技場に降り立つサスケの背中からは、隠しきれない苛立ちの熱が伝わってくる。死の森で大蛇丸と、それを猟犬の連携で圧倒した戦いを目の当たりにした彼にとって、目の前の相手はあまりにも矮小に映るのだろう。
呪印の枷がないサスケは、相手に術を何も使わせないまま、鮮やかに敵の背後を取って制圧した。
「勝者、うちはサスケ」
バルコニーに戻ってきたサスケは、俺の方をチラリと見たが、その瞳にあるのは勝利の喜びではない。もっと強大な力を求める渇望だった。
隣に立つアスマが、手持ち無沙汰そうに指を動かしている。その指先がわずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。
「アスマ、顔色が悪いぞ。禁煙の離脱症状か?」
「うるせえ。ガイから説教されてから、一本も火をつけなかったんだよ……」
アスマが不機嫌そうに火のついていないタバコを噛み締める。俺は前にも見せた茶の国産の極上の葉巻を一本取り出し、わざとらしく鼻先へと差し出した。
「ほら。一本くらいなら誤差だろ?」
「てめえ、わざとか! 誘惑すんじゃねえ!」
アスマが悲鳴のような怒声を上げる。それを見たカカシが「アスマ、意志が弱いねえ」と本から目を上げずに煽り、ガイが「そうだアスマ! その苦しみこそが青春の証! 禁煙に挑む者の魂は美しい!」と追い打ちをかける。バルコニーは一気にいつもの騒がしい空気に戻った。
次に電光掲示板が弾き出した名前は『油女シノ VS ザク・アブミ』。
「シノ!お前もさっさと片付けちまえよ!」
「シノ君頑張って」
声を掛けるキバ達の声援を背にシノは片手を上げて応えた。
「へっ、虫野郎が! 近づく前にミンチにしてやるよッ!」
闘技場中央。万全な状態のザクが、両腕の風穴をシノに向け、挑発の言葉を吐き捨てる。
「初めっ!」
開始の合図と同時に、ザクが術の準備に入ろうとした瞬間だった。
床を蹴る鋭い音が響いたかと思うと、シノの身体が一瞬ブレ、次の刹那にはザクの懐へと潜り込んでいた。
(……速い。だが、それだけじゃない)
俺はバルコニーから目を細めた。シノの周囲を飛ぶ寄壊蟲の羽音が、わずかに変質している。チャクラを乗せた微かな揺らぎ。あれが幻術の起点だ。
シノの鋭い右ストレートが放たれる。ザクは咄嗟に腕を交差させた。だが――その腕は、シノの拳が実際に届くよりも刹那早く動いていた。幻術によって見せられた『わずかに早い虚像』に合わせてしまったのだ。
「なっ!?」
その結果、シノの拳は、ザクが腕で塞ぎきれなかった脇腹へと深々と突き刺さった。鈍い衝撃音が闘技場に響く。
続けてシノが追撃に入る。今度は腹をカバーしようとしたザクの腕が上がった瞬間、逆に顎がガラ空きになった。シノは迷わずそこへ右の拳を叩き込む。ザクの首が大きく跳ね、よろめきながら距離を取った。
(幻術によって見せる虚像のタイミングをずらし、相手の防御を意図的に食い違わせる。……俺が教えた通りに出来ている。流石だ)
ザクはよろめきながらも、体術だけでここまで追い込まれた事実に気づき始めていた。蟲使いのくせに、どうして体術がこんなに上手いのか。そう困惑の表情がでている。
少しの間を置き、ザクはシノの攻撃が想定より刹那早く、あるいは遅れて届くことに薄々気づき始めたようだった。それでも根拠を掴み切れないまま、業を煮やして一気に間合いを詰めようと踏み込んでくる。
だが、そこはシノの待っていた場所だった。
シノが右手を引き、大きく振りかぶる。ザクの目には、今から繰り出そうとする拳の虚像が映っている。しかし、今度は『実際より遅れて届く虚像』だ。ザクが防御の形を作ろうとした、まさにその瞬間、実体の拳が虚像より先に顔面へと叩き込まれた。
「……ッ!」
完璧に食い違った。ザクの首が弾け、足がふらつく。
その隙を逃さず、左右から蟲の群れが静かに迫って来ているのを上からは確認できた。シノが体術で打ち合い続けていた間、寄壊蟲たちはザクの両腕の風穴へと、少しずつ、確実に入り込んでいたのだ。
「まとめて吹き飛べッ! 斬空――」
防戦一方でパニックに陥ったザクが最大出力で両腕を構えた瞬間。
鈍い不発音と共に、ザクの両腕の内部で凄まじい衝撃が暴発した。
「ぎ、ぎゃあああああああッ!!」
両腕から鮮血を吹き出し、ザクが白目を剥いて崩れ落ちる。シノは体術で殴り続けながら、その接触の隙を使ってザクの腕の風穴に蟲を詰め込み、排気口を完全に塞いでいたのだ。
「勝者、油女シノ」
ハヤテの宣言が響く中、俺は隣で絶句しているカカシたちを見た。
「あいつの本当の強さは、術を使うタイミングの良さと相手を殴りながらも冷静に様子を見て切り替えることのできる、あの思考力だ」
「……お前の所の教育、忍の作り方が恐ろしすぎるんだが」
アスマが苦笑いしながら、ついに我慢できなくなったのか、試合に熱中して我慢を忘れたのか、俺が目の前に置いていた葉巻に火をつけた。
そこからの試合は、まさに怒涛の展開だった。
第三回戦『カンクロウ VS 剣ミスミ』
カンクロウの操る傀儡が、ミスミの骨を無慈悲にへし折って圧勝した。関節を逆方向に折り曲げる傀儡の動きは機械的で、感情の欠片もない。砂隠れの傀儡師の技術は、やはり本場の年季が違う。
(テッセンの鳥型傀儡は優秀だが、近接での制圧力はまだ及ばない。関節制御の精度を上げる余地がある。次の整備で改善点を伝えておくか)
第四回戦『春野サクラ VS 山中いの』
幼馴染み同士の意地が交錯する、泥仕合の末の引き分け。互いに相手の攻撃を受け切り、最後は二人同時に倒れた。勝敗よりも、二人の間にある複雑な絆の方が、この試合では雄弁に語られていた。
第五回戦『テンテン VS テマリ』
暗器の雨をテマリの暴風が完全に無力化する。テンテンが放つ武器の悉くが、嵐のような風の壁に弾き返されていく。砂隠れの容赦のなさが際立つ、一方的な試合だった。
(風遁の出力が桁違いだ。あれだけの規模の術を、ほぼノータイムで出せるのか)
第六回戦『奈良シカマル VS キン・ツチ』
音の幻術に苦しめられながらも、シカマルが逆転劇を見せる。自身の影を使い、天井から吊るされた鈴を引いて音を逆用する。相手の術を利用した勝利だった。
「へっ、見たか! あれが俺の班のシカマルだ」
アスマが誇らしげに言う。俺は腕を組んだまま、静かにその戦いを評価した。
(やっぱり、あいつの頭の回転の良さは、猟犬の指揮官に向いているな。いつか引き抜きの打診をしてみるか)
*
試合の合間、俺はカカシたちの隣で声を落とした。
「……あ、そういえば言い忘れてた。死の森で大蛇丸とやり合った。アンコの呪印が疼いたのもそのせいだ」
カカシの右目が一瞬で鋭利なものに変わり、アスマの手からライターが落ちた。
「……おい。それを今、このタイミングで言うのか?」
「お前らが緊張して顔に出ると、紛れ込んでいる敵の密偵に感づかれるだろ。猟犬の仕事は静かに狩ることなんだよ」
俺はインカムに届いた定期報告に応えながら、連隊長としての顔に戻る。
「里の警備は猟犬の半分を配置してある。お前らは目の前の教え子の青春を見守ってろ」
電光掲示板が再び音を立てて回り始める。
次に表示された組み合わせは、『犬塚キバ VS うずまきナルト』。
「……因縁の対決だな。あの子たち、お前の朝練でずっと競い合ってたんだろ?」
隣に立つカカシが、愛読書を閉じて階下を見下ろす。
「ああ。だが、今のキバはナルトが知っているキバとは別物だぞ」
俺は腕を組み、闘技場の中央へと進み出る教え子の背中を見守った。
猟犬連隊の過酷な訓練に耐え抜き、野性の勘と冷静な判断力を磨き上げてきた。その結果を、俺自身も見届けたかった。
*
闘技場の中央。キバは重心を低く保ち、静かに呼吸を整える。
かつての吠えかかるような殺気はない。今の彼にあるのは、獲物の喉元を確実に断つための冷徹な計算だ。
「ナルト。悪いが、今の俺に隙はねえぜ。お前ごときじゃ、俺は倒せねえ」
「へっ、何だか知らねーけど、オレだってサスケに負けてらんねーんだってばよ!」
開始の合図と共に、ナルトが印を結び、叫ぶ。
『多重影分身の術!』
ボフッ! という白煙と共に、十数人のナルトが闘技場を埋め尽くす。分身たちが一斉にキバへ襲いかかるが、キバは動かない。鼻をひくつかせ、チャクラの揺らぎと足音の重さを瞬時に解析する。
(……最前列の三体は陽動。左右の四体は退路の遮断。……本物は、一番奥の岩陰で息を潜めている奴だ。安全圏から指揮を執る……あいつにしちゃあ考えているが、俺の鼻は誤魔化せねえ)
キバが地を蹴った。
『擬獣忍法・四脚の術!』
洗練された足運びで分身の網をすり抜け、キバは一直線に「本物」と断定した個体へ肉薄する。
「そこだッ!!」
キバの鋭い爪がナルトの肩口を深く切り裂いた。
「がはっ!?」
ナルトが激しく吹き飛ぶ。確かな手応え。煙となって消えない、紛れもない本体だ。
バルコニーから見ていたアスマが、驚きに目を見開く。
「……初手で本体を引きずり出したか。ありゃあ、お前のいう通り、野生の勘だけじゃなさそうだ」
「あいつの努力の結果さ。教えた通りよく見えている」
俺は淡々と答えたが、ナルトの反応にわずかな違和感を覚えた。
地面を転がったナルトは、血を流しながらもニヤリと不敵に笑った。
「……へへ、やっぱりヨフネの兄ちゃんの弟子だ。真っ先にオレを狙いに来たな」
ナルトが再び印を結ぶ。周囲に残っていた分身たちが、さらに数を増やしてキバを包囲した。
驚いたのは、術の発動の早さだ。キバに隙を与えることなく、スムーズなチャクラコントロールで瞬時に分身を生み出している。
「無駄だって言ってんだろ! 分身がウザいんだよッ!」
キバは苛立ちを隠さず、目の前の邪魔な分身たちを次々と爪で引き裂いていく。
(……一刻も早く、さっきダメージを与えた本体にとどめを刺す。深追いは危険だが、今のナルトの動きなら次の一撃で王手だ。奥の壁際……あそこに本体がいるはずだ)
キバは目の前の分身の胸元を、反射的に切り裂いた。
いつもなら、ここで「ボフッ」という音と共に煙が上がるはずだった。
だが、消えない。
「……え?」
キバの思考が一瞬だけ停止した。切り裂いたはずの分身が、苦悶の表情を浮かべながらも、キバの腕をガシリと掴んできたのだ。
(……消えない? いや、こいつが本体か!? じゃあ、さっき切り裂いたのは――)
「遅いぜ、キバ!!」
キバが「安全圏にいる」と計算していたはずの奥のナルトたちが、一斉に煙となって消えた。
ナルトは最初の一撃で本体が傷つくことを厭わず、キバの「合理的な判断」を逆手に取ったのだ。キバが「あいつは本体、あいつは分身」と決め打ちした瞬間を、ナルトは待っていた。
無防備になったキバの背後に、別の「分身」に化けていたナルトが躍り出る。
「くらえッ!!」
そう言うと衝撃音と共に、ナルトの重いドロップキックがキバの背中に突き刺さった。
「がはっ……ぁ……!」
肺の空気を強制的に押し出され、キバの姿勢が大きく崩れる。
そこからはナルトの独壇場だった。
猟犬の訓練で体系立てられたキバの体術は、この「理屈を無視した力任せの打撃」に対応しきれず、次々とガードをこじ開けられていく。拳が、蹴りが、体当たりが。整然とした防御の隙間を、泥臭い暴力が無遠慮にこじ開けていった。
「仕上げだ……! 」
ナルトが空中に跳ね上がったキバの体を、無数の分身と共に追いかける。
「う、ず、ま、き……!!」
「……ナルト連弾!!」
空中で加速した踵落としがキバの脳天に直撃し、そのまま床の石材を粉砕するほどの勢いで叩きつけられた。
静寂。
「勝者……うずまきナルト」
ハヤテの冷静な宣言が、会場に響き渡った。キバは白目を剥き、指先一つ動かせない状態で沈黙していた。
*
バルコニーに戻ってきたナルトを、カカシが驚いた表情で迎える。
「……ひどい戦い方だ。無茶しすぎだよ」
「へへっ……死ぬかと思ったってばよ。キバの攻撃、マジで避けらんねーんだもん。……体で受けるしかなかったんだぜ」
ナルトは肩の傷を押さえながら、誇らしげに笑った。その笑顔には、勝利の喜びよりも、全力をぶつけ合ったことへの満足感がにじんでいた。
俺は静かに溜め息をつく。
「……負けたか」
短い言葉だったが、カカシはその意味を正確に受け取ったようだった。
「惜しかったね、ヨフネ。キバは、お前が教えた通りに正しい判断を選び続けた。……でも、ナルトはその『正しい判断』そのものを餌にしたんだ」
カカシはバルコニーの手すりに肘をつき、静かに続けた。
「あの子は頭で考えているんじゃない。全身で感じて動いている。だから、論理で予測できる動きをしない。……俺も、正直あそこまでやるとは思わなかったよ」
カカシの言葉には、珍しく隠し切れない驚きと、教え子への素直な賛嘆が混じっていた。
「ああ。……難しいな。おかしな話だが、キバは冷静になりすぎた。自分の直感よりも、分析を信じてしまった」
俺は腕を組んだまま、静かに言葉を続けた。
「土壇場の粘りや野性の読みは、俺の訓練で削られた部分もあるのかもしれない」
だが、と俺は心の中で付け加えた。
(キバは負けた。だが、あのナルトに『自分の体を盾にする』という極限の選択を強いたのは、紛れもなくキバの実力だ)
転生者として、原作のナルトがどれほど規格外の存在かは知っている。それでもなお、この結末を前にして不思議と悔しさを感じていた。
「……カカシ。ナルトは強くなるな」
俺は率直に言った。カカシは目を細め、少しだけ照れたように視線をそらした。
「そうだね。……でも、ヨフネのところのキバも、相当なものだと思うよ。あの子、次はもっと手強くなるんじゃないかな」
「ああ。負けた悔しさを、あいつは必ず力に変える。……それだけは確信している」
俺は電光掲示板を見上げた。
次の組み合わせが表示される。
第七試合『日向ヒナタ VS 日向ネジ』
知ってはいたが、原作通りの組み合わせが発表され、俺は思わず拳を握った。俺がヒナタの性格を変えることは出来なかったが、勝てない実力差ではなくなっているはずだ。
「周りからの評価なんて当てにならないと証明するんだ、ヒナタ」
日向の改革を、そしてヒナタの変容を。俺がこの時間をかけて築き上げてきたもう一人の生徒が、ネジという名の『宿命』に挑もうとしていた。