同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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053.布石

 

 

 予選から二日が経った。

 猟犬連隊の演習場は、かつてヨフネ隊が宿舎として使っていた古い建物の横に広がっている。里の中心部から少し外れた静かな一画で、早朝から夕刻まで隊員たちの訓練に使われてきた場所だ。

 

 三人がそれぞれ離れた場所に立ち、互いの気配を意識しながら、しかし完全に己の課題だけに向き合っている。その静けさは、これまでの修行とは明らかに異なる空気だった。

 

「まずは二次試験お疲れ様。歴代最速タイムだそうだぞ。これで連携の土台は出来ただろう」

 

 俺は三人を前にして、そう切り出した。

 

「キバとヒナタは残念だったな。お前らならすぐに受かるさ。そして、シノには本戦の個人戦がある。ここからの一ヶ月は、己一人の武力で生き残る術を身につけることに使え」

 

 三人は黙って頷いた。その目に迷いはない。

 

「まず全員、これにチャクラを流すんだ」

 

 俺は三枚の感応紙を取り出し、一枚ずつ渡した。チャクラを流すと、自分の性質変化の適性が紙の反応として現れる。忍としての基礎を知る上で、避けては通れない確認だ。

 

 キバがチャクラを流すと、紙が細かく砕けた。土の性質だ。

 ヒナタがチャクラを流すと、紙に皺がよりながらも端の方から燃え上がった。火と雷の複合だ。

 シノがチャクラを流すと、紙が砕けながら同時に燃えた。土と火の複合だ。

 

「キバは土。ヒナタは火と雷。シノは土と火だ。この適性を踏まえた上で、今日からの訓練方針を告げる。キバ。お前から始めるぞ」

 

 

 

 

「ナルトとの戦いを何度も思い出したか?」

 

 俺が問うと、キバは俯き唇をギュッと噛み締めた。

 

「……百回は見た。悔しくて眠れなかった」

 

 絞り出す声。両目には、あの日から燻る悔しさが見て取れた。

 

「敗因は何だと思う」

「踏み込みが甘かった。初手で本体を仕留めた時、もう一撃追加していれば終わっていた」

「間違ってはいない。それより大事な事があるだろう……なぜ赤丸と戦わなかった?」

 

 図星を突かれ、キバの肩がビクッと跳ねる。

 

「うっ……だってナルトは一人だし、強くなった俺なら余裕だと思って」

「つまり相手を舐めたわけだ。論外だ。悔しがった理由はなんだ?負けたからか?それとも相手を舐めてかかったからか?」

「負けたからです」

 

 即答。迷いはない。

 

「今でも一人で戦いたいか?」

 

 真っ直ぐな視線が俺を射抜く。

 

「赤丸と一緒なら負けない。でもそれだと意味がないんだ。赤丸はすぐに大きくなる。そしてそれだけ強くなる。その時に俺が足を引っ張るような存在にはなりたくないんだ。だから個人戦と分かった時に俺は決めたんだ。一人でやるって」

 

 ……なるほどな。

 肺の奥の重たい空気がスッと抜ける。ただの感情論なら叩きのめすつもりだった。だが、相棒の未来を見据えた覚悟。

 

「そういう事なら……まあ良いだろう」

 

 肩の力を抜くと、キバからほっと息が漏れた。強がっていても内心はバクバクだったらしい。

 

「ではまず、お前の攻撃は速い。だが、速さに頼りすぎた結果、急停止と方向転換の際に体が流れる。四脚の術で全力疾走した後の急停止、あるいは追撃から別方向への切り替え。その瞬間に、わずかだが隙が生まれている。ナルトはそこを狙った」

「……気づいてなかった」

「いつもはその隙を赤丸がカバーしてくれていたんだ。同時に赤丸の体勢が崩れればお前がカバーしていた。カバーしてくれる相手がいるから甘えていたんだ。お前の戦い方は常にペアになっている。敗因があるとしたらそれをお前が理解できていなかったことだ、キバ」

 

 反論はない。己の未熟さを痛感した納得の険しさ。

 

「土の適性があると分かった。まずはこれを活かす。高速移動の反動を殺すために、地面を踏みしめた瞬間だけ足元に土のチャクラを流し込み、体を物理的に固定する。急停止しても体が流れず、次の動作に即座に移れるようになる」

「……それってチャクラ的の切り替えが早くないと出来ないんじゃないのか?」

「そうだ。それに土遁なら開けた場所で戦闘する時に足場を作り出せるようにもなって、お前の立体機動も生きることになる。そういう意味で、土は長所を伸ばせる相性の良い性質変化だったな」

「おっっし!じゃあまずは何からすれば良い、先生?」

 

 パッと輝く顔。この素直で愚直な熱量だけは、教える前からコイツの中にある。

 

「この葉っぱを使って、さっきの感応紙と同じような反応を起こすのが当面の目標だ」

 

 足元の葉を拾い、チャクラを練る。

 葉脈にチャクラを流し込んだ瞬間。葉から急速に水分が奪われ茶色く干からびる。指先で少し力を込めただけで、パサァッと細かい砂のように崩れ落ちた。

 

 感応紙はチャクラに勝手に反応してくれるが、これはそうはいかない。イメージは自分が固めるんだ。自分に合うイメージがあれば、すぐにできるようになるからな。

 

 『自分でイメージを固めろ』

 子供の頃、婆様に言われた言葉。自分の感覚にハマる方法じゃないとチャクラ効率も発動速度も落ちるのだ。

 そしてそのイメージは得意とする術すら決めてしまう傾向にある。猟犬のトンボがいい例だ。あいつは土遁をタケノコが地面を突き破るようなイメージで捉え、そのまま刺突系の土遁を得意としている。

 

「土遁の性質変化を学ぶためにも、まずは猟犬で多くの術を見せてもらえ。お前のイメージに合うヒントがあるかもしれないぞ」

 

 俺は次のヒナタと向き合うことにした。

 

「ヒナタ、守護八卦・六十四掌は本番で成功した。だが、あれは極限状態での一発だ。今のお前には再現性がない」

「……はい」

「安定して発動できるようになるまで、引き続き毎日繰り返す。それと並行して、今日から性質変化の基礎に入る」

 

 俺はヒナタの感応紙の結果を改めて示した。

 

「火と雷だ。柔拳の点穴からのチャクラ放出に熱量と貫通力を乗せるという点で、柔拳とは相性が良い。ただ、それをどう使うかはよく考える必要がある」

「……どういうことですか?」

「守護八卦は、大切なものを守り抜くためにお前が作り上げた術だ。雷遁によって電気信号に変え反射神経を向上させる、あるいは火を乗せて触れることすら拒絶する障壁にするか。……もしくは攻撃する術を作るのか、自分で選べ」

「……自分の意志で」

 

 ヒナタが静かに俺の言葉を受け止めた。

 

「だから、今すぐ答えを出す必要はない。まずは守護八卦の安定と性質変化の基礎をこなしながら、自分がどう戦いたいかを改めてよく考えろ」

「……はい」

「お前は二つ得意な性質があるからな、同時に習得するのは難しい。まずはどちらかの性質を選んでから進めていこう。ヒナタもキバと一緒に猟犬で色々見てから考えてもいいと思うぞ」

 

 

 

 

 シノは二人から少し離れた演習場の隅で、しばらく前から一人で何かを考えていた。

 俺が近づくと、彼は振り返らずに口を開いた。

 

「……ザク戦を思い返していた」

「どこか引っかかっているのか?」

「俺は体術と幻術で奴を追い詰め、蟲で風穴を塞いで自爆させた。だが、あの決着は敵の弱点を上手く突くことができたからだ」

 

 シノがゆっくりと拳を握った。

 

「俺自身の武器が、決定打が必要だ。それは何かを考えていた」

 

 俺は黙って続きを待った。

 

「……岩の拳を作る。その内部に、蟲の通り道を設ける。殴りつけることも出来るが、本命は敵を掴んだ瞬間だ。手のひら側から高圧で蟲を噴射して、皮膚の内側に送り込む。経絡系を直接食い荒らせれば、どんな防御も関係ない」

 

 理にかなっている。外側の岩が物理的な衝撃を与えると同時に、敵がガードに意識を向けた隙に蟲が内側へ入り込む。ザクの風穴を、今度は自分の拳そのものに仕掛けを内蔵する発想だ。

 

「だが、構造上の問題が一つある」

「そうなんです。岩の内部に空洞を設ければ、強度が落ちる。拳が砕ければ、蟲を噴射する前に術が終わる」

 

 シノが先に答えた。

 

「その通りだ。内部の空洞をどう設計するかが鍵になる」

 

 シノはしばらく考えた。その視線が、演習場の片隅に積まれた資材に向いた。蜂の巣状の形を持つ金属板が、補修用に置かれていた。

 

「……ハニカム構造か」

 

 シノが静かに言った。

 

「六角形の小さな空洞を、規則的に並べて積み重ねる。単純な空洞と違い、外圧に対して極めて強い。強度を保ちながら内部に空間を確保できる。その空間を蟲の通り道にする」

「良いんじゃないか?ならお前の考える土遁の性質変化についてもイメージがつきそうか?」

「……大丈夫だと思う。蟲が巣を作る様子で土への変化を試してみようと思う」

「すぐにイメージがついて良かった。お前は二人と違ってあまり時間がないからな」

 

 シノが頷く。

 

「シノは土遁の性質変化を第一優先しろ。術自体は拳岩の術という比較的簡単なよく似た術があるから参考にすると良いだろう。猟犬でも使えるやつは多い」

「分かった」

 

 シノは無表情ながら自分の術が出来るということに嬉しそうに見えた。

 

「それと申し訳ないが俺は一週間ほど留守にする事になる。里に出入りする人が増えるから警備の仕事で、少し波の国まで荷物を取りに行かなきゃならなくなったんだ」

 

 ピタッ、と。

 シノを中心に、演習場の空気が少しだけ尖った。置いていくのか、という無言の抗議の視線が肌を刺す。

 

「大丈夫だ。この一週間は個人練習だ。分からないことがあれば猟犬の連中に聞け。ちゃんと伝えておくから。じゃ」

 

 背中にチクチクと不満げな気配を感じながら、俺は足早に三人の元を離れた。

 

 

 

 

 三人の修行を猟犬連隊の古参隊員に引き継いだのは、その日の夕方だった。

 

「隊長、本当に俺たちだけで大丈夫ですか」

 

 引き継ぎを受けた中隊長格の隊員が少し不安そうに聞いてくる。

 

「お前たちの方が俺より体術は教えやすい。部分部分は各専門の隊員に任せろ。これまでの下忍の新入隊員と同じだ」

「了解しました。いつ戻りますか」

「だいたい一週間で戻る。その後はまた俺が直接見る」

 

 俺は荷物をまとめた。波の国へは、表向き「装備調達の確認」という名目で猟犬の二個小隊を連れて行く。

 だが俺自身は、里を出た時点でシラカワに変化してから現地入りする。イズミが「お父さん」と呼ぶのはあくまで偽装上の話だが、猟犬の連隊長が波の国を訪れているという情報すら今は与えたくなかった。

 変化の術で紛れ込んだ方が、敵に動きが読まれにくい。

 

 

 

 

 波の国、シラカワ商会の敷地に隣接した海辺の試射場。

 商人シラカワの顔で現地入りした俺を、翌朝イズミが案内したのは、裏手の崖に面した、だだっ広い砂浜だった。対岸には標的の岩壁が長く伸びている。

 

「完成したのは先週です。試射は三回やりました」

 

 イズミの淡々とした声。横にはシラカワ商会で兵器開発を手掛けている職人と、猟犬から派遣された技術担当の隊員が待機していた。

 

 砂浜の中央に、それは鎮座していた。

 鋼鉄で補強された分厚い底板から、斜め上空に向けて極太の砲筒が伸びている。迫撃砲、あるいは巨大な天体望遠鏡を思わせる異様なシルエット。その無骨な鉄筒の周囲には、水遁チャクラを蓄積する術式の金属リングがある。そして、後部には指向性起爆札による姿勢制御装置がある。

 

「これが、完成した水撃砲台か」

 

 台座を一周する。ヒンヤリとした鉄の感触。接合部の溶接、術式の彫りの精度、砂浜に深く打ち込まれた反動吸収用の強固な杭。波の国の職人仕事は、俺が引いた図面以上だった。

 

「中に詰める弾を見せてくれ」

 

 俺がそう言うと、開発してくれた職人が木箱を開けて見せてくれる。中には、親指の先ほどの鋼の球が数千個単位でひしめき合っている。鉄と油の匂い。規格の完全に揃った、冷たく重い真球。

 

「それでは早速、試射をやってみてくれ」

 

 俺がそう言うと隊員が台座に張り付き、仰角と射出ポイントを設定する。これがこいつの強みだ。照準を固定し、弾体と起爆札を装填して発射するだけ。

 隊員がチャクラを流し込む。

 キィンッ、とリングが耳鳴りのような異音を立てた。筒の中で圧縮された水遁のチャクラが限界まで膨れ上がる。

 

 装填完了の合図。底部の起爆札が点火。

 音ではない。内臓を揺らす衝撃。

 超高圧の水流が爆発的に解放され、前世でやったペットボトルロケットの様に、その凄まじい推進力で弾体が斜め上空へと打ち上げられる。

 

 そして、指定高度に達する。すると上空で指向性起爆札が起動。

 頭上で爆ぜた強烈な閃光。直後、数万発の鋼の球が、散弾の雨となって広範囲に降り注いだ。

 

 岩が砕けるんじゃない。表面が薄く、均一に、削り取られていく。上空からの物理的な質量と速度の暴力が、標的を抉り取る。

 

 俺は硝煙と潮風の混ざる中、削れた岩壁を見つめていた。

 チャクラで作る壁や、肉体の硬化。そんな忍術の防御は、こいつの前では意味をなさない。どれだけ頑丈な土遁を張っても、数万の鋼球が絶え間なく上から降り注えば死ぬ。全身を硬化させても、この密度と速度の散弾を浴びれば挽肉となりそうな威力。

 

「満足のいく出来だ」

 

 冷静なつもりだったが、自分の声が少し低く震えているのがわかった。

 

「ただし、これを里に持ち帰るには、操作する者の訓練が必要だ。今から連れてきた部隊員にはここで訓練してもらう。俺は明後日には戻るが、部隊は二週間ここに残す。完全に使いこなせるようになってから木ノ葉に持ち帰れ」

「了解しました」

 

 技術担当の隊員が強く頷く。その目には、この鉄の塊が持つ世界を変える可能性、それを扱う責任の重さが焼き付いていた。

 

 

 

 

 その夜、波の国。シラカワ商会の執務室。

 

 重厚なマホガニーの机の上には、波の国の月次収支報告と、新たな交易ルートの企画書が山のように積まれている。

 向かいに座るイズミの事務処理の速度は、もはや俺が把握しきれないほど精緻で、無機質にすら感じられるほどだった。

 

「例の件、進展はあったか」

 

 俺が問うと、イズミは書類から顔を上げ、一瞬だけ目を細めた。

 

「先方からの書面はつい先日届きました。内容は……お父さんが直接確認してください」

 

 イズミが差し出してきたのは、蝋で封がされた分厚い封筒。

 ペーパーナイフで封を切って見ると、中の文面は簡潔だった。返答は予想通り。依頼を承諾すること。ただし、報酬は確実に渡されること。

 その二点だけが、繊細な文字で書かれていた。

 

 この紙切れ一枚が持つ裏の重み。俺は文面を脳裏に焼き付け、封筒をゆっくりと懐の奥へねじ込んだ。

 

「分かった。明日、俺から返答を出す」

「……一つだけ聞いていいですか」

 

 イズミの静かな声。

 

「今回の件、本当にここまでしないといけないような事がおこるんですか?」

 

 室内を満たす沈黙。ランプの火が微かに揺れる。

 

「少なくとも俺はその可能性が高いと思っている。……心配するな。里を守るための手を打ちたくて、今回ここに来た」

 

 イズミは何も言わなかった。ただ、机の上の書類に視線を落とし、羽ペンを握り直す。

 だが、そのペンを握る指の関節が、白くうっ血するほどに強張っているのが見えた。ギリッとペン先が紙を押し潰す微かな音。彼女が必死に押し殺している、俺への心配。

 

 これ以上は聞かない。聞いていい場所と、聞いてはいけない場所の境界。この子は賢すぎるほどにそれを身につけている。

 

「ありがとう、イズミ。ここまでよく回してくれた」

「……お父さんは、無茶な仕事を押しつけすぎるんです」

 

 震える手元を隠すように、イズミは小さく、しかしはっきりとそう吐き捨てた。

 その不器用な情の向け方に、俺は思わず声を出して笑っていた。

 

 

 

 

 翌日。すぐに先方へ返答の手紙を出し、水撃砲台の訓練に付き合った。運用具合の仕上がりに冷たい満足感を覚えつつ、あとは猟犬の技術班に任せて、俺は早めに波の国を発った。

 

 木ノ葉への帰路。海風の生臭さが、徐々に内陸の湿った森の匂いへと変わっていく。

 ほとんど寝ずに樹上を駆け抜けた。足の筋肉が悲鳴を上げ、肺が焼け付くように痛むが、焦燥感がそれを上回っていた。

 

 里の結界を潜り抜け、変化の術を解く。その足で、泥と汗にまみれたまま火影邸の屋上へと直行した。

 夜風が、火照った頬を冷ややかに撫でる。眼下には、無数の灯りが瞬く木ノ葉の街並みが広がっていた。

 

 俺が先触れを出していたこともあって三代目は、既にそこにいた。愛用のパイプを手に、静かに夜の里を見下ろしている。

 

「ヨフネか。警備はどうじゃ?」

「順調です。……ですが三代目。今日は別件で、報告したいことがあります」

 

 俺の極度に強張った声のトーンに、ヒルゼン様がゆっくりと振り返り、表情を引き締めた。

 喉が渇く。心臓が嫌な音を立てている。

 俺は、この人を守るための大嘘を、今から吐かなくてはならない。

 

「……俺には、人の死相が見えるんです」

 

 重苦しい沈黙が、屋上を支配した。

 ヒルゼン様が静かに俺の目を見る。論理的な思考を重んじる俺が、あえて「死相」などというオカルトじみた言葉を使った。その異常さは、長く俺を見てきたこの人には痛いほど伝わっているはずだ。

 

「……いつからじゃ」

「最初は……リンが死ぬ前でした。あの時は何かが見えた気がしたが、意味が分からなかった。次は四代目が九尾を封印することになる何日か前です。事件後にこれが何か初めて気づきました。自分が見ているものが、死相というものかもしれないと」

 

 ヒルゼン様が目を細める。パイプの煙が、夜風に流れて消えていく。

 

「いつでも誰でも見えるわけではありません。俺が属するうたたねの一族には、狐憑きとも呼ばれる特異な血がある。その力の一つかもしれない、というくらいの話です」

「……うたたねの一族か」

 

 ヒルゼン様の目が、一瞬だけ丸くなり、そして微かに細められた。

 

 (……気づかれたな)

 

 うたたねコハルと何十年も共に戦ってきた男だ。うたたね一族にそんな血継限界など存在しないことくらい、百も承知。

 

 俺がでっち上げた必死の嘘。ヒルゼン様はそれを完全に察した上で、肩を小さく揺らし、声にならない笑いを漏らした。あえて、この嘘に乗ってくれているのだ。

 

「はい。だから確信などではない。ですが」

 

 俺は言葉を切り、ヒルゼン様の目を真っ直ぐに射抜いた。

 

「その死相が、今、三代目火影であるあなたに見えています」

 

 再び降りる沈黙。夜風だけが動いている。ヒルゼン様はしばらく、遠くの街の灯りを見つめていた。

 やがて、ふっと静かに、慈しむように笑った。

 

「ヨフネよ。お前の目に何が見えて、何を知っているのか。それはお前にしか分からん。だがな……ワシは三代目火影じゃ。お主よりはまだ、少しばかり強いぞ」

 

 顔の皺を深くして、夜の里を見渡す。

 

「火影とは、守ってもらう存在ではない。里の皆を守るための盾であり、柱なのじゃ。……お主のような若者が、必死に嘘を吐いてまでこのワシを心配してくれるとはな。これまで散々、無理難題を押しつけてきたというのに」

 

 喉の奥が熱くなる。だが、引くわけにはいかない。

 

「大蛇丸とダンゾウの接触。砂隠れの不穏な物資の流れ。音隠れという正体不明の里が今回の試験に参加していること。それらを繋ぎ合わせれば、要人の多くが集う本戦は大蛇丸にとって最大の好機になります」

「……きっとその通りなんじゃろう。お前が強く言って来る時、必ずその懸念は当たっておる。では、三代目火影として命ずる。お主ら猟犬連隊は総力を以て……この里を守れ」

「待って下さい!三代目……貴方は、必ず奴の標的になる。俺達に貴方を守らせて下さい!」

「ならぬ」

「しかしっ!」

「里を巻き込む戦いになるかもしれぬと言うのに、ワシばかり守ってどうする!お主ら猟犬は今や里の最高戦力の一つだ。皆を守ってこその力じゃ。それにワシがそんなに簡単に負けると思っておるのか?」

 

 三代目がニヤリとしながらこちらを見てくる。まったく、この爺様はどこまでもズルい。

 

「では、せめて火影直轄の暗部を、本戦が終わるまで常に側につけてください。それだけは、認めていただきたい」

 

 ヒルゼン様は少しの間、俺の顔を見つめていた。

 

「……分かった。暗部の配置は認めよう」

「ありがとうございます」

「だが、里の警備はお主に任せる。シカクと密に連携し、想定しうる限りの防衛を整えろ。里を守るのは番犬の役目じゃろう?」

「……御意」

 

 俺は深く頭を下げた。

 暗部の配置だけは認めさせた。だが、この人が自らを盾にする覚悟を変えるつもりがないことは、その目を見れば分かる。

 

 夜風の中で静かに里を見渡すその横顔。退かぬ覚悟が、その表情から分かってしまった。

 老いてなお英雄であるこの人は、自らの死を恐れていない。それどころか、自分が里の盾として散ることを、受け入れようとしていた。

 

 

 

 

 屋上を後にし、俺は夜の木ノ葉の通りを一人歩いた。

 

 (……それでも、死なせるつもりはない。たとえ目に見えない流れがあったとしても)

 

 波の国に仕込んできた水撃砲台。部隊員が二週間で習熟し、本戦までに木ノ葉へ持ち帰る。

 あれがあれば早期鎮圧も可能になるかもしれない。

 それに仕込みは他にもある。

 

 (大蛇丸が来るなら、こちらも相応の手を並べる。それだけのことだ)

 

 肌寒い夜気の中、里の灯りが静かに揺れている。俺は首元のインカムに触れた。

 

「トンボ、聞こえるか。里に戻った。明日から警備の最終調整に入る。今夜中に各大隊の状況を俺に上げてくれ」

『了解。……隊長、お帰りなさい』

「ああ」

 

 短く答え、歩みを続ける。本戦まで、あと三週間。

 やるべきことは、まだ山積みだ。

 

 

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