同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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056.兜割

 

 

 俺達はようやく、四紫炎陣の結界のすぐ外周へ到達した。

 

 近くに来ると、紫色の炎が今まで感じられなかった熱風を放っていた。その影響か中の様子は見えているが少し歪んで見えた。

 そして鼻を突くのは、むせ返るような濃い血の匂いだった。

 

 紫炎の向こう側に、大蛇丸と三代目の影が見える。そして結界の四隅では、音の四人衆が片膝をついた状態で、結界を維持していた。

 彼らの足元には、黒装束に身を包んだ木ノ葉の暗部が二名、無惨な物言わぬ骸となって転がっていた。

 

 かつて俺が三代目に進言し、常に護衛させていた精鋭たちだ。彼らは結界が張られる間際、己の命と引き換えに敵の陣形を崩そうと特攻したのだろう。

 

 事実、結界を維持する四人衆の姿は万全ではなかった。多由也の脇腹からは血が滴り、次郎坊や鬼童丸の服には、深く抉られたような損傷が残っている。暗部たちの決死の特攻は、確実に奴らの肉体とチャクラを削り取っていた。

 

 しかし、結界は完成してしまった。外周を取り囲む生き残りの暗部たちは、己の術が紫炎に弾かれるのを見て、血が滲むほど強く拳を握りしめていた。

 

「……ヨフネ上忍」

 

 俺たち猟犬部隊の到着に気づいた一人の暗部が、絶望に満ちた声で口を開いた。狐の面の下から、歯を食いしばる音が聞こえる。

 

「我々の失態です。仲間が一人結界の完成間際に入ったものの、すでにやられてしまいました。外の二人も、奴らの足止めに命を散らしました。結界下部からの侵入も試みましたが、結界は立方体状に展開されており、それも叶いませんでした。民間人の多くが敵の術で眠らされている状況では、建物ごと破壊するわけにもいかず……もう、我々ではこの結界に手出しができません」

 

 結界の内側、三代目の足元に転がっているもう一つの黒装束の遺体。それを見て、俺は冷徹に状況を俯瞰し、静かに首を振った。

 

「犬死じゃない。よく見ろ」

 

 俺は結界の四隅を顎でしゃくった。

 

「あの四人衆が負っている傷と疲労は、彼らが命を賭して削り取ったものだ。そのダメージと隙が、これから奴らの命取りになる」

 

 正規暗部たちが、弾かれたように顔を上げる。

 

「ここは俺たち猟犬部隊が引き継ぐ。お前たちは外周の防衛線を死守し、余波から里を守れ」

 

 俺の言葉に、暗部たちは深く頭を下げた。誇りを傷つけられた無念と、仲間を失った悲哀。そのすべてを俺たち猟犬部隊に託すように、彼らは血の滲む声で懇願した。

 

「……三代目様を、どうかお願いします」

「任せておけ、北へ回り込むぞ」

 

 背負うものの重さを雷刀の柄に込め、俺は背後の鬼兄弟と猟犬の隊員たちに短く指示を出した。結界を物理的に破るなら、南側にいるチャクラを吸収する次郎坊の正面は避けるべきだ。狙うのはその対角線上、北の角で陣を維持する多由也だ。

 

 俺たちは一切の足音を殺し、瓦屋根の死角を縫うようにして北側へと回り込んだ。

 そして、紫炎の壁の目の前に立った業頭と冥頭を見下ろし、多由也が鼻で笑う。

 

「雑魚が粋がるな! 影クラスが束になっても破れねえ結界だぞ、バーカ!」

 

 業頭は多由也の嘲倒に一切の感情を動かさず、無言で兜割の分厚い刃を結界の表面に押し当てた。パチパチと紫炎が刃を炙り、金属が燃えるようななんともいえない臭いが漂うが、業頭の腕は微動だにしない。護衛の暗部たちが残した僅かなチャクラの乱れ、結界の『綻び』を刃先で正確に捉えている。

 

 その刃の峰に向かって、後方に立つ冥頭が全身の膨大なチャクラを込め、筋肉がちぎれんばかりの力で巨大な槌を振り下ろした。

 絶大な破砕音が、闘技場全体の空気を震わせた。

 直後、絶対に破れないはずの四紫炎陣の表面に、巨大な亀裂が走る。

 

「……は?」

 

 多由也の顔から嘲笑が消え、間抜けな呆け顔に変わった。自身の絶対の盾にヒビが入るという現実を、脳が処理しきれていない。

 

 兜割がもたらす一点への物理的な破壊力と、暗部が命懸けで作った結界の綻び。二つの要因が重なり、結界の強度は完全に限界を超えた。

 

 鬼兄弟がもう一度息を合わせて振りかぶることで、硬質な何かが砕け散るような音と共に、紫色の炎の壁が広範囲にわたって崩壊し、熱風が霧散する。

 

 兜割の刃は結界を粉砕した勢いを殺すことなく、そのまま前方へ振り抜かれた。多由也は悲鳴を上げる間もなく、自分が両断されたことすら理解できないまま、上半身と下半身が分かれて屋根の上にドサリと崩れ落ちる。大量の鮮血が瓦を赤黒く染め上げた。

 

 四隅の一角が崩れたことで、闘技場を覆っていた四紫炎陣全体が連鎖的に霧散した。

 炎の壁が消え去り、初代火影の術によって生み出された巨大な樹木群と、その中心で対峙する大蛇丸たちの姿が完全に露出する。

 

 絶対に邪魔されないはずの結界を破壊された大蛇丸が、驚愕と苛立ちの混じった目をこちらへ向けた。その蛇のような細い瞳が俺を捉え、歪な笑みを浮かべる。

 

「……どこまでも私の予測を覆す。本当に厄介な子ね。彼ら程度じゃ、足止めにもならなかったかしら」

「自来也様は三代目の所へ急いでください!」

 

 大蛇丸の声を掻き消すように俺が叫ぶと同時、自来也様はすでに印を結び終えていた。白煙と共に中型の蝦蟇が呼び出され、そのまま大蛇丸の視線を引くように鬱蒼とした木々の中央へと跳躍していく。

 

「遅くなって悪かったな、ジジイ!」

 

 自来也様が凄まじい覇気を放ちながら、三代目の元へと飛び込んでいった。

 

「多由也がやられた!? 馬鹿な!」

 

 結界の解除と仲間の死に気づいた残りの三人が、一斉に俺たちへ向き直った。その肌の色が赤黒く変色し、角や異形の器官が膨れ上がる。呪印の解放だ。

 俺は三代目の元へ向かうべく一直線に屋根を蹴ったが、両サイドから異形と化した二名が間へ割り込んできた。

 

 東にいた蜘蛛のような姿の男、鬼童丸が、口から黄金色の粘着糸を吐き出してくる。空中で網状に広がるそれを見て、俺は雷刀に雷遁のチャクラを纏わせ、力任せに切り捨てた。

 

「チッ……俺の糸をあっさり切り裂くか」

 

 自身の強力な粘着糸が容易く両断されたのを見て、鬼童丸が忌々しげに舌打ちをする。俺はあえて無謀な接近戦には付き合わず、十メートルほどの距離を保ったまま雷刀の刃を鬼童丸へと向けた。

 

「なら、これならどうだ! 空気に触れて硬質化したこの『蜘蛛粘金の鎧』は、チャクラすら通さねえ絶対防御ぜよ!」

 

 鬼童丸が六本の腕を広げ、全身の毛穴から黄金色の金属を分泌し、己の体を覆い尽くす。白眼の柔拳すら弾き返す強固な装甲。相手は遠距離からの物理攻撃など通じるはずがないと確信し、再び勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「……消えろ」

 

 俺は刀身に極限まで収束させた雷遁チャクラを解放し、今日二発目となるレールガンを発射した。

 

 音速を超える合金弾が空気を切り裂く。鬼童丸が痛覚を感じる間も、己の最強の盾が薄紙のように貫かれたと理解する間もなかった。絶対防御の装甲ごと、分厚い胸の装甲から上が跡形もなく消し飛ぶ。血と肉の雨が屋根の上に降り注ぎ、首を失った異形の死体が重い音を立てて倒れ伏した。

 

 その直後、足元の屋根が突如として隆起し、俺と鬼兄弟、そして数名の猟犬の周囲を分厚い土のドームが覆い尽くそうとした。離れた位置にいた大柄な男、次郎坊の土遁だろう。

 

 瞬く間に周囲が囲まれ、カビ臭い土の匂いが充満する。おそらくチャクラを吸い取る気だろう。壁に触れてもいないのに全身からチャクラが少し吸い取られるような悪寒が走った。

 

「舐め……すぎだ……!」

 

 完全に覆われる寸前、息を荒らげる業頭と冥頭の声が響く。結界の破壊で体力を消耗していた彼らだが、その闘志に陰りは一切ない。

 

 兜割の刃と槌が再び壁に向かって叩きつけられる。チャクラを吸われながらも、意地で放たれたその一撃が、強固な土の壁を一瞬にして粉々に吹き飛ばした。

 

「馬鹿な……! 結界の破壊で、奴らのチャクラはとうに底を突いているはず……! こんな雑魚が、俺の『土牢堂無』を力技で破るなど……あり得ない……っ!」

 

 己の最強の捕獲術を、満身創痍の相手に純粋な暴力だけで叩き割られた次郎坊が、信じられないものを見る目で後ずさる。護衛の暗部から受けたダメージも蓄積し、その動きはひどく鈍かった。

 

 俺は土埃を抜け、怯える次郎坊へ一気に距離を詰める。雷刀を振るう。相手が反射的に防御に上げた太い腕を両断し、返す刀の軌道で、そのまま次郎坊の首を刎ね飛ばした。

 

 残るは一人。西側にいたはずの、鬼のような顔を持つ男、左近が見当たらない。

 不意に、背後から不自然なほどの濃い血の匂いが漂ってきた。

 

 振り返った俺の視界に映ったのは、弟の冥頭を庇うように立ち塞がり、その背中に異形の頭部をめり込ませた兄、業頭の姿だった。

 

「……チッ、動きの鈍い図体から狙ったが、庇いやがったか」

 

 業頭の背中の肉を食い破るようにして顔を出した左近が、忌々しげに舌打ちをする。寄生鬼壊の術。土牢堂無の破壊で体力を消耗した冥頭の隙を突き、融合しようとした左近を、業頭が己の身を挺して受けたのだ。

 

「兄者ァッ!!」

 

 冥頭が絶叫し、兜割の槌を握りしめる。

 業頭の口から大量の血が溢れ出し、その皮膚の下を左近の細胞がズルズルと這い回る醜悪な音が響いた。内側から細胞を侵食され、肉体を強引に乗っ取られようとしている。

 だが、業頭は顔を苦痛に歪めながらも、狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。

 

「へっ……こいつ、俺の体に入り込みやがった。……このまま内側ごと、俺を潰せ、冥頭」

 

 死に瀕しているにも関わらず、業頭は自身の体を全く気遣う様子もなく、冥頭へ兜割の刃を差し出した。

 

(……業頭はもう助からない)

 

 俺の指揮官としての冷徹な思考が、瞬時に最悪の結論を弾き出す。ここで左近を引き剥がす手段はない。

 

「先に行け……」

 

 血まみれの業頭が、笑いながら俺を見た。その意を汲んだ冥頭が、血の涙を流しながらも兜割の槌を構え、兄と融合した化け物を見据える。

 

「こいつ程度……」

「「俺たちが倒す」」

(……すまない)

 

 俺は口に出すことなく内心で深く詫び、彼らに背を向けた。ここで立ち止まれば、彼らの覚悟も、暗部たちの犠牲もすべて無駄にすることになる。

 

「頼んだぞ!」

 

 俺が応えると、鬼兄弟は揃って深く頷いた。

 俺は三代目の元へと急ぎながら、インカムに手を伸ばす。

 

「トンボ、霧隠れの忍は援軍だと各部隊に改めて伝えてくれ。今、鬼兄弟が敵を足止めしてくれている」

 

 返事を待つことなく、俺たち猟犬の十二名は樹木群の奥へと突入した。

 

 

 *

 

 

 前方で大蛇丸と対峙する三代目の姿が見える。そして、その周囲には複数の影分身が展開されていた。

 転生者としての記憶が、強烈な警鐘を鳴らす。

 

 三代目のチャクラ量で、今さら影分身などという消耗の激しい術を多用する意味はない。あれは、術者自身の魂を代償にして対象を封じ込める究極の禁術、屍鬼封尽を使用するための準備行動だ。死神はまだ呼び出されていないようだが、猶予はない。

 

 三代目に、あの術だけは絶対に使わせるわけにはいかない。俺は奥歯を噛み締め、雷刀を握る手に一層の力を込めた。

 

 初代火影の樹海が広がる闘技場の屋根の上で、戦況は完全に二分されていた。

 三代目が初代火影の猛攻を単独で抑え込み、自来也様が大蛇丸と二代目火影の二人を同時に相手取っている。だが、伝説の三忍といえど、影クラス二人を同時に抑え込み続けるのは不可能に近い。大蛇丸の潜影蛇手が自来也様の動きを一瞬縛り、その隙を突いて二代目火影が印を結ぼうと動いた。

 

 射線を遮るものはない。俺は自来也様が二代目の死角に回り込んだ瞬間に合わせ、雷刀の切先を二代目へと向けた。

 

 極限まで収束させた雷遁のチャクラを撃ち出す。

 音速を超える合金弾が、二代目の頭部を正確に狙って飛翔した。

 

 だが、弾丸が到達するその刹那、二代目は初動のチャクラを感知したかのように首を捻り、音速の一撃を紙一重で回避した。

 しかし、俺はその回避動作に明確な違和感を覚えた。

 

 おそらく、時空間忍術である飛雷神の術は使わなかったのではない。使えなかったのだ。大蛇丸の不完全な術式による縛りが、二代目本来の反射速度と術の選択を著しく制限している。

 

 レールガンの直撃は避けられたが、音速の飛翔体が引き起こす凶悪な衝撃波までは避けきれない。大気を切り裂く衝撃が二代目の右半身を強烈に打ち据え、その肉体を大きく削り取った。

 

 傷口から塵が舞い、死者の体はすぐさま再生を始める。だが、二代目の体勢が崩れたことで、自来也様は複数を相手取る最悪の状況から脱することができた。

 

「トンボ! すぐにこの近くで結界を張れる忍を集めてくれ! 影同士の戦闘の余波が外に漏れれば、里へのダメージが計り知れないことになる!」

 

 俺はインカムに向かって怒鳴りながら、屋根の上を滑るように移動した。

 

『っ! 了解しました、各部隊から結界班を急行させます!』

 

 今、俺が連れている部隊のうち、穢土転生を封じる『布縛りの術』を使える封印班は二名のみ。俺を含めた戦闘員は残り十名だ。しかも、その二名の封印班は三代目の援護に回さなければならない。

「三代目! 封印班と護衛を一人ずつ付けます! 一時的で構いません、初代様の動きを封じてください!」

「分かった!」

 

 三代目が金剛如意を振るいながら短く応える。

 

「二代目様は、俺たちが受け持ちます!」

 

 俺は九名の猟犬を率いて、再生を終えた二代目火影と対峙した。

 青い甲冑に身を包んだ伝説の忍は、こちらを見据えたまま何も発言してこない。やはり、大蛇丸の術によって意識と行動を強く制限されているらしい。

 それならば、勝機は十分にある。伝説の忍相手に、無謀な接近戦に付き合うつもりはない。徹底した中・遠距離からの制圧で完封する。

 

「フォーメーションDだ」

 

 俺の静かな指示に、九名の猟犬が一切の無駄なく散開した。

 数名が瞬時に土遁の印を結び、二代目の周囲を囲い込むように分厚い土の壁を隆起させる。相手の機動範囲を物理的に狭め、射線を誘導するための檻だ。

 

 二代目の実力なら一瞬で破壊できる壁だが、その「破壊する一挙動」こそが俺たちの狙いでもある。

 壁際に追い詰められることを嫌った二代目が、即座に後方へ跳躍した。同時に、三代目との戦闘ですでに屋根の上に溜まっていた大量の水を操り、口から散弾のような水弾を放ってくる。

 

 水断波の変形か。高圧洗浄機を極限まで圧縮したような、人体など容易く両断する鋭利な水遁の弾幕が迫る。

 

「水陣壁! 三重にしろ! 二代目の術を甘く見るな!」

 

 俺の指示と同時に、前衛の三名が連続して水遁の壁を張り巡らせた。

 凄まじい衝撃音が響く。二代目の放った水弾は、一枚目と二枚目の水陣壁を容易く貫通し、三枚目の壁でようやくその威力を殺しきって相殺された。凄まじい水圧同士の激突により、周囲一帯が熱湯のような水蒸気に包まれる。

 

 不完全な術式による制限を受けてなお、この威力。一つ一つの術のレベルが次元を超えている。

 だが、防げるのであれば問題はない。

 

「牽制を続けろ! 足を止めさせるな!」

 

 猟犬たちが壁の死角から火遁と雷遁の波状攻撃を放つ。殺傷ではなく、あくまで二代目の回避ルートを限定し、俺の射線上へと誘導するための緻密な弾幕だ。

 

 統率された猟犬のシステムが、影という強大な「個」の動きを完全にコントロールし始めた。

 誘導された二代目の足が、土遁の壁に挟まれた僅かな隙間に着地する。

 そこが、俺の思い描いた絶対の包囲網だった。

 

「……終わりだ」

 

 極限まで圧縮したチャクラを解放し、今日四発目のレールガンを発射する。

 大蛇丸の不完全な術式による僅かな行動の遅れが、二代目に回避を許さなかった。音速の合金弾が、水遁の壁ごと二代目の左半身を綺麗に消し飛ばすことに成功した。

 

 再び塵が集まり、再生が始まろうとする。

 だが、その隙を与える俺たちではない。

 左半身を吹き飛ばされた二代目の残る右腕と両足に、猟犬の隊員が投擲した大量の起爆札付きクナイが突き刺さった。

 

 連続した爆発が二代目の四肢をバラバラに弾け飛ばす。熱量と衝撃が塵を吹き飛ばし、再生が全く追いつかない。

 完全にダルマ状態となった二代目を見下ろし、俺は後方の封印班にハンドシグナルを送った。

 

「布縛りの術」

 

 大きな布を巻物状にして抱えている部下の手元から、特殊な繊維で編み込まれた分厚い布が勢いよく伸び、再生途中の二代目の肉体を何重にも簀巻きにしていく。

 

 その布が首元まで到達し、封印が完了しようとしたその時だった。

 封印の間際、大蛇丸の支配の術式が一瞬だけ弱まったのか。あるいは、二代目自身の強靭な精神力が術を凌駕したのか。

 布の隙間から、赤い瞳が静かに俺を捉えた。

 

「……見事だ、若いの。名前はなんという」

 

 殺意のない、純粋な忍としての問いかけだった。

 俺は構えていた雷刀を下ろし、伝説の忍に向かって真っ直ぐに答えた。

 

「うたたねヨフネです。コハルの孫です」

 

 二代目の瞳が、僅かに見開かれたように見えた。かつての自分の教え子たちが、これほどまでに優秀で冷徹なシステムを操る忍を育て、強固な里を築き上げたことへの密かな誇り。その感情が、二代目の口元に微かな笑みを浮かべさせた。

 

「そうか。……良き忍だ」

 

 その言葉を最後に、二代目の顔まで完全に布が巻き付けられた。部下が封印の札を貼り付け、術式が固定化される。

 俺は一呼吸だけその場に立ち尽くし、かつてこの里の礎を築いた偉大な火影に向かって、目礼した。

 

 

 *

 

 

 俺達が封印に成功したのとほぼ時を同じくして、三代目の金剛如意が初代火影の肉体を大きく粉砕し、その動きを完全に止めた。

 

「封印班、展開! 直ちに初代様を固めろ!」

 

 三代目の鋭い号令と同時に、待機していた封印班が影から躍り出た。彼らは一切の躊躇なく布縛りの術を展開し、初代火影の巨躯を呪符の書かれた布で幾重にも包み込んでいく。

 

 こちらも二代目様と同じく封印の札が貼られる直前、大蛇丸の術による縛りが一瞬だけ緩んだのか、初代火影の瞳に確かな理性の光が宿った。

 

「……すまないな、猿飛。手間をかけさせた」

 

 静かな、だがかつての師としての温かみを含んだ声。

 その呼びかけに、三代目の肩が微かに震えた。老いた火影は悲痛な表情を隠すように深く目を伏せ、再会できたことへの名残惜しさと、己の手で恩師を縛らねばならない哀しさ、そして声を聞けたことへの純粋な喜びを絞り出すように漏らした。

 

「……滅相もございません。再び、お声を聞けて……嬉しゅうございました」

 

 三代目の深く重い頷きを最後に、布が初代の顔を完全に覆い隠し、封印の札が貼られた。

 俺は感傷に浸る間もなく、周囲の状況を冷徹に把握する。

 

「お前達は封印班を護衛し、二体を抱えて直ちに戦場から離脱しろ。里の被害状況を確認し、負傷者の救護に回れ。大蛇丸にこれ以上の手出しはさせるな。……行け!」

「「「了解!」」」

 

 猟犬が、封印を終えた二名と巻物を囲うようにして即座に跳躍した。彼らは一切の感情を挟まず、与えられた任務を遂行するためだけに霧の中へと消えていく。

 同時に、インカムからトンボの切迫した報告が響いた。

 

『隊長! 結界班を急行させていますが、この規模の戦闘を完全に覆う大規模結界の構築にはまだ時間がかかります!』

「分かっている。それまで暗部に外周を死守させろ」

 

 周囲を見渡せば、闘技場の外周にいる暗部たちが決死の覚悟で土遁の壁を幾重にも築き、影クラスの戦闘による余波を食い止めていた。彼らの働きがなければ、里の被害は今の数倍に膨れ上がっていただろう。

 

 戦場に残ったのは、俺と、三代目、そして自来也様の三人だけだ。

 目の前には、全てを失ってなお毒々しい殺気を放ち続ける大蛇丸が、蛇のような細い瞳でこちらを睨みつけていた。

 

 

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