同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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006.予選

 

 

 死の森の中央に聳え立つ塔。その中心部は、外の湿気とは無縁の、冷やりとした石造りの回廊になっていた。

 

 七十二時間のサバイバルを生き残った受験者たちが、広間に整列している。

 泥に塗れ、衣服を裂き、疲労困憊の体を引きずって辿り着いた者たち。その数は、当初の想定を大きく上回る五班、十五名となっていた。

 

 俺たち第四班もその列に加わり、正面の壇上を見上げる。

 そこには、担当上忍である油女シビ先生をはじめとする指導者たち、そしてこの里の頂点、三代目火影・猿飛ヒルゼンの姿があった。

 

 火影の背後には、鋭い眼光を放つ男――志村ダンゾウの姿も見える。まだ健在なその双眸は、眼下の我々を品定めするようにぎらついていた。

 

(……揉めているな)

 

 俺は周囲の喧騒を遮断し、彼らの口元の動きと雰囲気から状況を推測する。

 意外なことに、強硬派に見えるダンゾウの方が、むしろ我々を擁護するような仕草を見せていた。

 

「ヒルゼン、全員合格でよかろう。数は力だ」

 

 ダンゾウの低い声が漏れ聞こえる。

 

「これだけの数が生き残ったのだ。戦力不足に悩む里としては、貴重な駒だ。多少未熟であっても、戦場に放り込めば使いようはある」

「ならん。それはあまりに早急すぎる」

 

 三代目がパイプを燻らせながら、静かだが断固とした口調で首を振った。

 

「彼らは里の未来そのものだ。実力の伴わぬまま中忍という立場を与え、過酷な任務へ送ることは、親として、火影としてできん。……愛ゆえにこそ、ここでは厳しく選別せねばならんのだ」

 

 効率的に「数」を確保したいダンゾウ。

 情ゆえに「質」を見極め、若者の命を守りたいヒルゼン。

 それはまるで二次試験での俺とアスマを見ているように感じた。皮肉な対立構造だが、今の最終決定権は火影にあるようだ。

 周りにいた試験官に何か告げて試験官が俺たちの前に立つと、三代目は一つ大きく頷き一歩前へ出て会場全体を圧するような威厳ある声を響かせた。

 

「皆、よくぞこの過酷な第二の試験を突破した。……と言いたいところじゃが、今年は優秀な者が多く、想定以上の班がこの塔へ辿り着いてしまった」

 

 三代目の言葉に、会場がざわめく。

 

「しかし、本戦には各国の要人が観覧に来る。いたずらに試合数を増やし、諸君らの未熟な姿を晒すわけにはいかん。……よって、これより『第三次試験の予選』を行う」

「予選……だと?」

 

 隣でトンボがサングラスの位置を直しながら呟いた。

 

「マジかよ。まだやんのか」

「この予選で、真に本戦へ進むべき者を絞り込む。心して掛かるように」

 

 三代目の合図と共に、前にいた試験官たちが印を結ぶ。

 

 重苦しい地響きと共に、広場の床から次々と巨大な構造物がせり上がってきた。

 それは壁というよりは、一辺がニメートルはある巨大な正立方体の「箱」だった。

 

 表面は金属のような光沢を帯びており、土遁チャクラによって極限まで密度を高められた「特注品」だ。それが各班の前に、絶望の象徴のように立ちはだかる。

 

「ルールは単純じゃ。この『箱』を破壊するだけじゃ」

 

 試験官が進み出て、無慈悲な条件を提示する。

 

「攻撃チャンスは一人五回まで。術や武器の使用は認めるが、五回の攻撃で破壊、あるいは貫通できなければ失格とする」

「……冗談だろ。あんな鉄の塊みたいな箱、どうやって壊せってんだ」

 

 受験者の一人が悲鳴に近い声を上げた。

 無理もない。三日間のサバイバルを経て、多くの受験生のチャクラは枯渇寸前だ。

 

 アスマが苛立ち紛れに箱を拳で叩くが、カンッという硬質な音と共に、衝撃でアスマの拳が赤く腫れ上がっただけだった。箱の表面からは、極限まで練り上げられた土遁チャクラの重苦しい圧迫感が漂っている。

 

「硬ってぇ……! 岩盤どころじゃねえぞ、これ」

 

 力任せに殴れば、箱が砕ける前にこちらの骨が砕ける。

 チャクラを練り上げて特大の忍術をぶつければ壊せるかもしれないが、チャクラを他の受験生達よりも温存できたとはいえ俺のチャクラ量で普通に術を使えば、表面を削り取るのが関の山だろう。

 

(……五回、か)

 

 俺は箱の前に歩み出る。

 この試験の意図は明白だ。「火力」の測定ではない。枯渇したリソースの中で、いかにして強固な障害を排除するかという「攻略法」を求めている。

 

「よし、やるか」

 

 俺はトンッと足にチャクラを込め、一番近くにある見上げるほど巨大な箱の上に飛び乗った。

 周囲の受験者たちが「え? 上に乗ってどうするんだ?」と怪訝な顔をする中、俺は忍具袋から小さな革袋を取り出す。

 

 中身は砂鉄だ。俺はそれを箱の上面に、サラサラと広げた。

 黒い砂鉄が、灰色の天板の上に薄く広がる。

 俺は膝をつき、両手をその砂鉄の上から冷たい箱の表面に押し当てた。

 

 体内に残るわずかな雷遁チャクラを、攻撃として放出するのではなく、微弱な「振動」として箱へ流し込む。ビリビリとした痺れが指先から腕へと伝わっていく。

 

(……聴診開始)

 

 あらゆる物質には、固有の振動数がある。

 どれほど堅牢な物体であっても、ミクロの視点で見れば原子の結びつきに過ぎない。その結合のリズムに干渉し、外部からの振動を同調させれば、小さな入力で大きな崩壊を引き起こせる。

 

 前世の科学知識における、「共振破壊」の原理だ。

 俺は指先から送るチャクラの周波数を、ラジオのチューナーを回すように慎重に変化させていく。

 低周波から高周波へ。

 箱の表面で、砂鉄がザワザワと蠢き始めた。

 

「……攻撃一回目」

 

 不意に、試験官の冷淡な声が響いた。

 

「は?」

 

 下から見ていたトンボが素っ頓狂な声を上げる。

 

「おいおい、今のはただ触って確かめただけだろ!?」

「チャクラを用いて対象に干渉した。それは立派な攻撃行動とみなす」

 

 試験官は事務的に手元のバインダーにチェックを入れた。

 周囲から「うわ、厳しすぎだろ」「一回無駄にしたな、あいつ」という嘲笑混じりの囁きが聞こえる。

 だが、俺は動じない。

 

 想定内だ。むしろ、この一回で答えは出た。

 目の前の砂鉄が、ある特定の周波数でピタリと静止し、美しい幾何学模様を描き出していた。

 クラドニ図形。振動の節と腹が可視化されたのだ。

 俺の掌を通じて、巨大な質量を持つ箱そのものが「震えている」感触が返ってきている。

 解析終了。

 

「……二回目だ」

 

 俺は短く宣言し、砂鉄が示した幾何学模様の中心点――振動の「腹」にあたる部分に、右の拳を突き立てた。

 左の手のひらは共鳴状態を維持したまま、ほんの少し出力を上げるだけでいい。

 

 ────共振発勁

 

 キイイイイイン……!

 耳鳴りのような高周波音が、一瞬だけ周囲の空気を震わせた。

 直後。

 ズンッ、と腹の底を揺らすような重い音が箱の内部から響いたかと思うと、表面に無数の亀裂が走った。

 

 爆発的な粉砕ではない。

 まるで、箱が自らの重さを支えることを放棄したかのように、サラサラと砂状に分解されていく。

 分子間の結合を断ち切られた超高密度の土塊は、雪崩を打って崩落した。

 

 俺は崩れ落ちる箱からふわりと飛び降り、地面に着地する。

 背後で激しい土煙が上がり、むせ返るような土の匂いと共に、頑強だったはずの箱はただの土の山へと変わっていた。

 

「な…… うそだろ……」

 

 アスマがナックルを構えたまま、ポカンと口を開けてこちらを見ている。

 

「一回目は撫でただけだったのに…… たった二手で壊しやがった……」

 

 試験官も一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を引き締め、再びバインダーにチェックを入れた。

 

「第四班、ヨフネ。…… 合格」

 

 俺は服についた砂鉄と埃を払いながら、深く息を吐いた。

 

(よし、計算通りだ。……だけど、指先が痺れて感覚がない。精密な周波数制御は、想像以上に神経を焼き切るな)

 

 一回目の「調査」で敵の構造を丸裸にし、二回目の「本命」で確実に仕留める。

 派手さはないが、俺に今できることはこれしかなかった。

 

「悪いな、ヨフネ。俺たちはここまでみたいだ」

 

 土遁などを使い破壊を試みたトンボの前には突き出た岩を物ともしない箱が鎮座していた。そして、武器を使った攻撃を五回済ませたシズネが、悔しそうに肩を落とす。

 

 医療や感知に特化した彼らにとって、この純粋な破壊試験はあまりに相性が悪かった。

 

「気にするな。適材適所だ」

 

 俺が短く声をかけた直後、背後から静かな声が響いた。

 

「ヨフネの言う通りだ」

 

 シビ先生だった。彼はトンボとシズネの前に立ち、サングラスの奥の目をわずかに細める。

 

 「お前たちは死の森で、己の役割を全うした。感知し、癒し、チームをこの塔まで生きて届けた。……中忍としての素養は十分に示している。恥じることは何もない」

 

 その淡々とした、しかし確かな労いの言葉に、シズネの目からポロリと涙がこぼれ、トンボがぐっと唇を噛み締めた。これが、火影様の言う「愛ある選別」の結果だ。俺は一人、彼らの思いを背負って次のステージへ進むことになる。

 

 

 *

 

 

 予選終了後、俺たち合格者は、一ヶ月後に行われる本戦の組み合わせ表を確認していた。

 掲示板に張り出されたトーナメント表を指でなぞる。

 

 第一回戦:ヨフネ vs 犬塚ツメ

 

 その隣の山には、日向一族の名前がある。順当に勝ち上がれば、二回戦でぶつかることになるだろう。

 そして、反対側のブロックには猿飛アスマと夕日紅の名前があった。

 

「よう、ヨフネ! 見たか?」

 

 背中をバシッと叩かれる。振り返るまでもなく、猿飛アスマだ。彼は予選の箱を、風遁を纏った拳とチャクラ刀で強引に粉砕して予選を通過していた。

 

「俺とお前は別ブロックだ。……つまり、会うなら決勝ってことだな」

 

 アスマは白い歯を見せてニカっと笑う。

 

 「お前のあの変な壊し方、すげぇけど地味だな! ま、決勝で派手な勝負しようぜ!」

 「……アスマのこと、ライバルなんて一度も思ったことないんだけど」

 「ははっ! 照れんなって! じゃあな!」

 

 アスマは一方的に宣言すると、紅の元へと走っていった。

 

(……決勝、か。気の早い話だ)

 

 俺はため息をつき、改めて自分の初戦の相手を見る。

 犬塚ツメ。獣人化による高速戦闘のエキスパート。俺が印を結ぶ前に距離を詰め、その鋭い爪で喉笛を掻き切られるだろう。

 

 さらに二回戦で当たるであろう日向一族。白眼でこちらのチャクラの流れを読み切り、柔拳で経絡系を絶たれれば、俺のようなチャクラ量の少ない忍は文字通り詰む。

 

 アスマのような無尽蔵の体力もチャクラもなければ、ツメのような瞬発力もない。まともに打ち合えば、数分で俺のチャクラは尽きる。

 

 シズネたちは裏方任務に回るため、これからの一ヶ月間、俺は完全に一人だ。

 

(つまり、俺が勝つための条件は一つだけだ)

 

 相手が回避行動を取る隙すら与えない『圧倒的な初速』。そして、防御ごと強引に貫き伏せる『絶対的な火力』。

 

 相手の間合いの外、はるか遠距離からの「短期決戦」。それ以外に、俺がこの化け物揃いのトーナメントを勝ち抜く術はない。

 

「……やるしかないか」

 

 俺は喧騒を離れ、塔の出口へと向かう。

 俺の武器は知識だ。雷遁と風遁の性質変化と、前世の物理学。

 これらを掛け合わせ、今の自分に足りない物を補える術を見つけないといけなかった。

 

 

 *

 

 

 翌日。

 俺は木ノ葉の繁華街にある、埃っぽい忍具屋のカウンターに任務で貯めた給料をすべて叩きつけていた。

 

 「親父さん。パチンコ玉の倍くらいのサイズで特注の『鉄球』を作って!百個くらい!」

 「はぁ? クナイでも手裏剣でもなく、ただの鉄の玉を百個だと? 一体何に使うんだい坊主」

 「……ちょっとした、実験だよ」

 「ただの鉄球で良いならあるが、本当にこれで良いのか?」

 

 呆れ顔の親父さんが出してきたのは、まさに俺の求めていたサイズの鉄球だった。すぐに購入を決め重い麻袋を受け取ると、俺はそのまま里外れの演習場、川沿いの開けた場所へと向かった。

 

 「……さて、実験といくか」

 

 俺は河辺で、受け取ったばかりの冷たい鉄球を手のひらで転がす。

 雷遁の性質変化自体は、この中忍試験でもしっかりと活躍出来るくらいのレベルにまで昇華できた。

 俺が構想しているのは、電磁気学における『ローレンツ力』の応用だ。

 

 二本の伝導体のレールに電流を流し、その間に発生する磁場との相互作用で、弾体を亜音速まで加速して射出する。前世の世界でも実用化はされていなかった兵器、電磁砲。

 

(当たり前だけど、人間が生身でやるにはハードルが高いよな)

 

 俺は夜を徹して書き殴った設計の巻物を広げる。

 レールの代わりとなる「チャクラの道」の形成。弾体の選定。そして何より、発射の反動と熱から自分自身を守るための処理。

 

 俺は右手に雷遁チャクラを集中させる。

 青白い電弧が指の間を走り、空気がオゾン臭く焦げ付く。

 

 「形態変化からの性質変化…… イメージは『レール』」

 

 左手の指先から伸びるチャクラを、平行な二本の極へと編み上げていく。

 

 「第一試射」

 

 俺は鉄球を弾けるように親指の上にセットし、蓄積した電荷を一気に開放した。

 

 破裂音と共に、手元で火柱が上がった。

 

 弾体は前へ飛んだが、速度は通常のクナイ投げと大差ない。それどころか、加速の際に生じた超高温の摩擦熱と空気抵抗で、鉄球は発射直後にドロドロに溶けてしまっていた。

 

 さらに悪いことに、発射の反動が右腕の骨を軋ませ、熱風が指先の皮膚を焼き焦がす。焦げた肉の嫌な匂いと共に、鋭い激痛が走った。すぐに自分に治療をする。

 

 「ぐっ……! 出力調整のミスか。いや、それ以前の問題だ」

 

 俺は痛む手を川の水に浸し、冷却しながらブツブツと独りごちる。

 圧倒的な速度を出せば、当然空気の壁にぶつかる。「気合」では物理法則は覆せない。

 

(どうする。空気抵抗をなくし、摩擦熱を抑えるには……)

 

 水面に映る自分の顔を見て、俺はハッとした。

 俺は雷遁だけじゃない、もう一つの性質変化がある。

 

 「……『風』か」

 

 雷のレールを覆うように、風遁で筒(チューブ)を形成する。筒の内部の空気を外へ排出し、極限まで「真空」に近い状態の砲身を作り出せば、空気抵抗も摩擦熱もゼロに等しくなる!……かもしれない。

 

 そして反動への対策。

 婆様から習った「必要な箇所に必要なだけチャクラを集中させる身体強化」。発射の瞬間だけ、右腕の骨格と筋肉に全チャクラを集中させ、大砲の台座のように固定するのだ。

 

 「……もう一度」

 

 俺は濡れた手を拭い、再びチャクラを練り上げる。

 右手には暴れ狂う青白い雷遁。左手には、それを包み込むように旋回する目に見えない風遁の刃。二つの相反する性質変化を同時に維持することは、脳の処理領域を焼き切るほどの負荷を伴う。

 

 ズキッ、とこめかみに割れるような痛みが走る。鼻からタラリと血が流れた。

 地味で、根気が要り、華やかさの欠片もない作業。

 だが、この積み重ねだけが、天才を持たざる凡人が高みに届くための唯一の道だ。

 

 本戦まであと三十日。

 この孤独な実験の繰り返しが、あのアスマや日向といった天才たちの喉元に食らいつく牙になる。

 

 放たれた鉄球が音の壁を突破し、川の水面を真っ二つに割りながら対岸の巨大な岩を粉々に吹き飛ばした。

 

 威力は申し分ない。でも今のままだと隙が大きすぎる。それにチャクラも使いすぎるから一日何発も連射することもできない。そして、右腕は火傷で焼け爛れ、感覚は全くない。全くもって使い物にならない術だ。

 

 だが、その圧倒的な破壊の跡を見つめながら、俺は焦げた唇の端を吊り上げた。

 

 ムダ撃ちはできないため、一発一発考えながら、痛みに堪えながらメモをひたすらにとって精度を上げていくしかない。

 

 俺の孤独な戦いは、すでに始まっていた。

 

 




 
忍界歴29年
第一次大戦後の平和な時期を経て、各里の国力が回復してくると、国同士の経済的な不均衡が目立つようになる。
自国の経済を潤すために、より広い領土や資源、任務(市場)を確保したいという欲望が各国で高まり、武力によって権利を拡大しようとする動きから『第二次忍界大戦』が勃発。
第二次忍界大戦の特徴の一つは、火・風・土の三大国に囲まれた「雨隠れの里」が主戦場になったことである。
また、新世代の台頭も著しく、木ノ葉においては自来たちの三忍やはたけサクモなどが名を上げた。

猿飛ヒルゼン(37)、綱手(20)、波風ミナト(5)
 
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