同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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063.幕間(六)

 

 

【集まる牙】(side:犬塚キバ)

 

 

 五代目火影となった綱手様の下、新しく建設されている行政庁舎の前に新しく張り出された『十一局体制』の役職の触れ書きに、多くの人たちが群がっていた。周囲からは、人々の熱気と汗の匂い、そして里のあちこちにまだ微かに残る焼け焦げた匂いが漂ってくる。

 

「おい、見たか? 新設された『外交局』の長……うたたねヨフネだってよ」

「ああ。まだ二十代だろう? 猟犬の隊長として上層部から評価されているとはいえ、中枢入りは流石に早すぎないか?」

「それに、あいつが抜けたら猟犬はどうなるんだ? せっかく良い状態を維持できている部隊だぞ」

「そこは代理をやってたシスイあたりが引き継ぐんじゃないか? それより俺が不思議なのは、なんで軍務の中枢じゃなくて『外交局』なんだってことだよ。強大な軍事力を持ちすぎるのを警戒されて、上の政治闘争で外されたってことか?」

「いやいや、お前ら分かってないな。あの人は、外交局長として里の外で活躍させた方が絶対良いんだよ。金のない砂隠れからもきっちりと金を毟りとったらしいぞ」

「うわ……えげつねぇ」

「ああ。しかもそれだけじゃない。波の国であった噂も本当かもしれないぜ。強欲な商人が遺した裏の販売網を完全鎖国中の霧隠れに売り飛ばして、見返りに『感知水球』って代物を強引に巻き上げたらしい」

「マジかよ……。他国の外交官に同情するぜ。あんな『死神』相手に交渉させられるんだからな」

 

 群集の少し後ろ。ざわめきの中で交わされる大人たちの生々しい会話を、俺は、頭に赤丸を乗せたまま静かに聞いていた。

 ヨフネ先生がとんでもない実力者だってことは、俺たちもよく知っている。だけど、こうして国や他里を相手に回した功績を改めて突きつけられると、俺たちとの途方もない差に、流石に驚きと畏れを隠せなかった。

 

 そして、俺の視線は自然と、隣に立つ油女シノの肩へと向かった。そこに重ねられているのは、新しく支給された緑色の中忍ベストだ。

 今回の功績が評価され、シノは中忍に昇格した。いつもと同じように冷静に掲示板を見上げているが、そのベスト姿は確かな部隊長の風格を纏いはじめている。

 

(……シノは中忍になって、ヨフネ先生は里を動かす上層部、かよ)

 

 同期の中で、シカマルとシノだけが先に上へ行った。俺はまだ、下忍のままだ。

 悔しさと焦りが、胸の奥でギリギリと音を立てて渦巻いていた。「クゥン……」と、俺の沈んだ感情を察取った赤丸が、頭の上で心配そうに喉を鳴らした。

 

 

 

 

 場所を移し、いつもの演習場。

 指定された任務通達の十分前、俺たちは集合し、静かに待機していた。

 風が木々を揺らす音だけが響く中、俺は沈黙に耐えきれず、赤丸の首筋を撫でながらぽつりと口を開いた。

 

「……ヨフネ先生、本当にとんでもなく上の人間になっちまったな」

「ああ。今日の呼び出しは、第八班の解散と、新しい担当上忍への引き継ぎの通達と考えるべきだ。なぜなら、局長という里の中枢の激務と、俺たち下忍の小隊長が両立できるはずがないからだ」

 

 シノが淡々とした声で、冷静な予測を口にする。

 頭では分かっていたことだ。だが、実際に言葉にされると寂しい。

 ヨフネ先生は厳しい人だった。おかげで同期よりも早くチャクラのコントロールも身につけることができた。俺は、あの人の下でもっと強くなりたかった。

 

「……それでも、私はヨフネ先生に教わったことを忘れません」

 

 俯いていたヒナタが、両手をぎゅっと握りしめて顔を上げた。

 その目の奥には、前までのおどおどした気弱な雰囲気はない。

 

「先生は、私に前を見る方法を教えてくれました。だから、どんな部隊に行っても、誰の下についても……私は、先生の教えに恥じない忍になります」

 

 ヒナタの真っ直ぐな言葉に、シノも静かに頷いた。

 

「同感だ。俺も、先生の鉄則である『過信せず、準備を怠らないこと』を貫く。なぜなら、それこそが俺たちが叩き込まれた戦い方だからだ」

 

 二人の言葉に、俺も拳を強く握る。

 

(俺は何を焦ってんだ。シノが中忍になったなら、追い抜くくらい強くなりゃいいだけじゃねえか)

 

 胸の奥でくすぶっていた劣等感が、熱い闘志へと変わっていく。

 

「……へっ、違いないな!」

 

 俺は赤丸を頭の上で踏ん張らせて、牙を剥き出してニッと笑った。

 

「誰が新しい担当になっても、絶対に一番になって、俺たちの名前をあの局長室まで届かせてやるぜ!」

「バウッ!」

 

 赤丸も俺の闘志に呼応するように、力強く吠えた。

 

「時間通りに集合しているな。お疲れ、お疲れ」

 

 風に乗って、新しい匂いがした直後。

 演習場の入り口から、静かな足音と共にその声が響いた。

 いつものヨフネ先生だった。だが、俺の鼻は今までにもまして濃くなった『紙とインクの匂い』を感じ取っていた。

 

「ヨフネ先生……!」

 

 俺たちは一斉に姿勢を正した。

 

「さっそく本題だ。もう知ってるだろうけど、俺は外交局長に就任した。それに伴い、第八班の担当上忍を外れることになった」

 

 先生が感情のない声で淡々と告げた。分かっていたことだが、やはり解散か。

 だが、先生の言葉はそこで終わらなかった。

 

「俺は今後、直属となる新しい『中隊』を新設する。他国への公式訪問時の護衛や里に来た重要人物の警護など、俺の手足となる部隊だ」

 

 先生は、俺、ヒナタ、そしてシノの目を順番にじっと見据えた。

 

「猟犬はそのまま軍政局所属になるから動かせない。猟犬以外で俺のやり方を、理解している人員が必要だ。……お前たちも来い」

 

 解散じゃない。

 これは、師匠から弟子への、最高に危険で、最高に光栄な『直属部隊への勧誘』だ。

 俺の胸の中にあった焦りなんて、その一言で完全に消し飛んでいた。

 

「……望むところだ。なぜなら、そのための準備は常に怠っていないからだ」

 

 シノがサングラスを押し上げ、不敵に笑う。

 

「はいッ! どこへでもお供します!」

 

 ヒナタも力強く答える。

 

「へへっ、俺たちを舐めんなよ、先生! どこまでも食らいついてってやるぜ!」

 

 俺は満面の笑みで牙を剥き出し、頭の上の赤丸も「バウッ!」と力強く吠えた。

 その俺たちの姿を見て、ヨフネ先生はほんの少しだけ、目元を和らげた気がした。

 

「頼もしくなったな。じゃあ外交局に案内するからついて来い」

 

 先生は踵を返し、いつものように背を向けた。

 里の重鎮だの外交局長だの、どれだけ遠くに行っちまっても関係ない。いずれ俺はシノも、先生の背中すらもいつか必ず追い抜いてやる。

 

 

 

 

 

【親として】(side:夕日真紅)

 

 

 十一局体制が発表され、本格的に稼働し始めた頃。

 私は、修練場に並んで立つ四人の少年たちを静かに見つめていた。

 年長のトルネとフー。そして彼らより少し年下の兄弟、サイとシン。

 

 彼らはかつて、志村ダンゾウが率いた根に囚われていた。現在、ダンゾウは行方不明のままであり、抜け忍として扱われている。根が解体された後、行き場を失った育成期間の幼い子供達は、私が責任者として引き取り、面倒を見ることになったのだ。

 

 九尾事件の夜、九尾の爪を前に死を覚悟した私だったが、それが振り下ろされる寸前にオレンジの光が九尾の耳を貫き、爪が逸れたことで私は生き残った。

 当時はまだ、目の前にいる子供達と同じ年頃だった少年、うたたねヨフネの介入がなければ、私は確実に命を落としていた。あの日拾った命の意味は、この行き場のない子供たちを闇から掬い上げ、育てるためにあったのだと今になって思う。

 

「サイ。今のは踏み込みが甘い。実戦なら死んでいるぞ」

「はい、真紅様。申し訳ありません」

 

 厳しい指摘に、サイが頭を下げる。硬さはあるが、この子が普通の子供のようにしゅんとした表情を見せたことが嬉しい。

 

 私は彼らを、忍として生き抜けるよう手加減なしで厳しく鍛え上げた。だが同時に、彼らが本来持っていたはずの感情を絶対に否定せず、不器用ながらも親代わりとしての愛情を注ぎ続けてきた。

 

「だが、カバーの動きは良かった。お前たちは、互いをよく見ている」

 

 私が労うように彼らの肩を順番に力強く叩くと、四人は表情こそ変えなかったが、ピンと張り詰めていた肩の力をわずかに抜き、真っ直ぐに私の目を見つめ返して深く頷いた。

 そんな彼らも、ついに正規の部隊へ配属される日が来た。

 私は悩んだ末に、彼ら四人をうたたねヨフネが局長を務める『外交局』の直属部隊へ送る決断を下した。

 

 

 

 

 行政庁舎にある外交局長室。

 私に連れられた四人は、ヨフネの前に並ぶと、私語を一切発さず、気配を殺して直立不動で待機した。

 ヨフネは私から手渡された資料をパラパラとめくり、小さく息を吐いた。

 

「ああ、この子たちか……」

 

 その何気ない呟きに、私は僅かに目を細めた。

 彼らの過去や能力は、私を含む極一部の人間によって完全に隠蔽したはずだ。それを、ヨフネはまるで最初からすべてを知っていたかのように振る舞った。

 

(……この若き局長は、一体どこまで見透かしているのだ)

 

 老兵としての直感が、目の前の男の底知れなさに静かな警鐘を鳴らす。だが、ヨフネは四人を見据え、淡々と告げた。

 

「お前たちの能力は、これからの外交局を支える重要な歯車だ。俺の命令に従い、任務を遂行しろ」

 

 四人は無言で深く頷く。この人は感情論を排し、明確な理論で動く。過剰な人付き合いを求められないこの冷徹なシステムこそが、彼らには合っている。

 ヨフネはそれに続けて、言い含めるように告げた。

 

「まず、俺の許可なく死ぬことは絶対に認めない。何があっても、必ず生きて帰還しろ。足掻け」

 

 その瞬間、四人の少年の瞳が、僅かに見開かれた。

 根に拾われ、暗部として任務についた彼らにとって、使い捨ての駒ではないと最初に言われたことは、少なからず衝撃を与えたようだ。

 

 トルネとフーが、張り詰めていた空気を解き、ホッとしたように僅かに目元を和らげた。サイとシンもまた、互いの無言の視線で安堵を共有しているのを、私は見逃さなかった。

 私の手元から離れても、この子たちはもう大丈夫だ。彼らは、自分たちで生きていける確かな居場所を見つけたのだ。

 

 

 

 

 引き継ぎを終え、局長室を後にした私は、廊下の窓から復興が進む木ノ葉の街並みを見下ろした。

 大通りの雑踏の中、見覚えのある二つの影が並んで歩いているのが見えた。非番なのだろう、私服姿のアスマと、彼に寄り添うように歩く娘の紅だ。

 

 妊娠八ヶ月を迎え、大きく膨らんだお腹を愛おしそうに撫でる娘の顔は、かつてないほど穏やかで、母親の喜びに満ちていた。アスマもまた、照れくさそうに、だが誇らしげに彼女を支えている。

 

 私は窓から目を細め、心地よい風を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「……しっかり生きていくんだぞ」

 

 私の口からこぼれたのは、部下を見送る上官の言葉ではなく、巣立っていく息子たちへの、祈りだった。

 役目を一つ終えた私は、施設に残る他の子供達も送り出すべく、建物を後にした。

 

 

 

 

 

【爪を研ぐ】(side:はたけカカシ)

 

 

 木ノ葉の里が五代目火影・綱手様の下で本格的な復興作業を進めている頃。

 俺は、教え子であるうちはサスケを連れて、真新しい行政庁舎の廊下を歩いていた。

 

 横を歩くサスケは、さっきから無言のまま、真っ直ぐに前を見据えている。歩調はどこか急き立てられるように速く、無意識なのか拳を固く握りしめていた。

 第七班のメンバーは今、それぞれの岐路に立たされている。ナルトは自来也様に見込まれ、過酷な修行の旅に出た。サクラは綱手様に直談判し、医療忍者としての教えを請うている。

 

 イタチへの復讐に燃え、何より力を求めているサスケにとって、同級生たちが伝説の三忍の下で飛躍の足がかりを掴んだことは、焦燥以外の何物でもないだろう。自分だけが置いていかれるという焦りが、その背中からひしひしと伝わってくる。

 向かっているのは、新体制で設立された『外交局』のトップの執務室だ。

 

「失礼するよ」

 

 ノックをして局長室の扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは、うずたかく積まれた書類の山に埋もれ、白目を剥きかけながらペンを走らせている文官、赤門マナブの姿だった。

 人が入ってきたことにも気づかず、ひたすらに書類を処理し続けるマナブに(相変わらずの激務だねぇ)と内心で同情しつつ、俺は部屋の奥へと視線を向けた。彼の上司である外交局長もまた、マナブ以上の速度で膨大な決裁書類の山を片付けている最中だった。

 

「時間通りだな、カカシ。それにサスケも」

 

 巨大な執務机の奥から、同期であるうたたねヨフネが顔を上げる。

 昔からどこか達観していた変わり者の同期が、今や里の中枢を担う局長様だ。人生、何があるか分からない。

 

「で? 局長様が、しがない上忍と下忍に何の用かな」

 

 俺が尋ねると、ヨフネは引き出しから一枚の辞令を取り出し、机の上に滑らせた。

 そこには『外交局直属・護衛中隊への配属を命ず』と記されていた。

 

「綱手様から、直々の指示だ」

 

 ヨフネは至って真面目なトーンで告げた。

 

「おそらく綱手様はカカシ、お前を近いうちに軍政局の要職に据えたいと考えている。だが、お前は暗部時代が長すぎた。表舞台で『誰もが納得する明確な任務実績』が不足している。このまま引き上げれば、上層部や他部署から反発が起きる」

「……なるほどね」

 

 俺はポリポリと頭を掻いた。要するに、他国との交渉や実戦が発生しやすく、手っ取り早く「表の功績」を作りやすい外交局へ俺を放り込み、箔をつけさせようという五代目火影の親心だろう。

 

「安心しろ、ずっと俺の下に置くつもりはない。間もなく霧隠れ方面への超S級の依頼が発生する見込みだ。これを成功させれば、一年も経たずにどこかの部署へ転属になるはずだ」

「……霧隠れ、ね」

 

 俺は一つ、ため息をついた。先日、ヨフネが霧隠れの『忍刀』を戦場へ持ち込んでいたのを知っている。水面下で何を企んでいるのやら。

 

「それに、カカシ」

 

 ヨフネは俺の目を真っ直ぐに見据え、容赦なく言い放った。

 

「暗部を抜けてから、お前、随分と体が鈍ってないか? ここらで実戦の勘を取り戻し、体を仕上げておけ」

「……やれやれ、手厳しいね」

 

 俺は苦笑した。図星だ。平和ボケしていたわけではないが、かつての暗部時代のような血生臭い修羅場からは遠ざかっていた。自分の現状を的確に見抜かれていることに、内心で舌を巻く。

 

「……ヨフネさん」

 

 ずっと黙っていたサスケが、不意に口を開いた。

 

「その部隊の任務は、他国での実戦がメインになるということですか?」

 

 年上の忍に対しても滅多に敬語など使わないサスケが、ヨフネには真っ直ぐな視線を向け、静かに問いかける。サスケにとって、ヨフネとシスイは別格の存在なのだろう。

 

「そうだ。外交局直属といえば平和的な任務かと思うかもしれないが、この世の中、外交官の命など容易く狙われる。要するに木ノ葉で最も『命のやり取り』が頻発する最前線だ」

 

 ヨフネが答えると、サスケは僅かに口元を歪め、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「……好都合です。里の中で馴れ合いの演習を繰り返すより、他国の忍と命を懸けて殺し合える方が、よっぽどいい修行になる」

 

 だが、ヨフネはサスケのギラついた言葉を静かに制した。

 

「サスケ。暴れるのは構わない。だが、勝手な行動で味方を危険に晒すな。俺の部隊のルールを守れるなら、好きに牙を研げ」

 

 それは冷徹な警告ではなく、味方の命を何よりも重んじるヨフネらしい釘の刺し方だった。

 

「……了解しました」

 

 サスケの瞳には、鬱屈とした焦りではなく、確かな闘志が燃え上がっていた。

 

「そういうわけだ。二人とも、準備をしておけ」

「了解。……お手柔らかに頼むよ、局長」

 

 

 

 

 局長室を退室し、再び行政庁舎の廊下を歩く。

 サスケの足取りは、ここに来た時のように重く焦りに満ちたものではなくなっていた。ナルトたちへの対抗心だけでなく、純粋に新しい戦場で強くなることへの熱を帯びている。

 

「さーて」

 

 俺は額当てを触りながら、隣を歩く教え子に声をかけた。

 

「ヨフネを失望させないように、俺たちも本格的に修行しますかね」

「ああ……やってやるさ」

 

 力強く頷く教え子の顔を見て、俺はずっと気になっていたことを口にした。

 

「……なあサスケ。お前、俺には敬語なんて使わないのに、ヨフネにはきっちり敬語なのはなんで?」

「人徳だ」

「おいこら」

「悔しければ遅刻をするな」

 

 迷いなく即答した教え子に、俺は思わずジト目を向ける。

 ナルト、サクラ、そしてサスケ。

 第七班がそれぞれの場所で強くなるための、新しい舞台は整った。

 

 

 

 

 

 

【手のかかる同期】(side:シズネ)

 

 

 綱手様が五代目火影に就任し、医務局の体制も大きく変わりつつある頃。

 深夜、私に割り当てられた執務室のドアが、バンッ!と勢いよく開かれた。

 

「シズネ! 頼む、診てやってくれ!」

「ちょっとガイさん!? 病院じゃなくて、どうして私のところへ……!」

 

 驚いて顔を上げると、ボロボロになったマイト・ガイが、意識はあるものの頭部から血を流しているテンテンを抱え込んで飛び込んできた。その後ろには、同じく土埃と擦り傷だらけの日向ネジが続いている。

 

「同期で一番優秀な医療忍者を頼るのは当然だろう! さあ、早くテンテンを診てやってくれ!」

「……もう、仕方ないですね。こっちへ寝かせて」

 

 ガイさんに微塵もおだてているつもりはなく、本心からの言葉だと分かるからこそ、私は思わず少しだけ照れてしまった。

 

(決しておだてられたから引き受けたわけじゃないわよ、絶対に!)

 

 内心で誰にともなく言い訳をしながら、私は急いでテンテンの治療に取り掛かった。

 診てみれば、幸いにも全員怪我自体は大したことはない。ただ、全身に細かい傷を負っており、危ない場面を潜り抜けてきたことは一目でわかった。

 

 一通りの手当てを終え、私はふうと息をついてガイさんを睨んだ。

 

「一体何があったんです? そんなに厄介な敵だったんですか?」

「いや……実を言うと、恥ずかしながら敵の罠に俺が嵌ってな。全員を危険に晒してしまったのだ」

「はあ?」

 

 私が目を丸くすると、ガイさんはしゅんと肩を落とした。

 

「普段であれば全く問題ない敵だった。ただ……俺の不注意だ」

「何してるんですか、全く」

「ガイ先生は最近、ミスが多いんです。……リーのことが心配で」

 

 傍らで包帯を巻いていたネジが、静かに、だが的確に指摘する。

 現在、彼らのチームメイトであるロック・リーは、いまだ入院中だ。

 

「面目ない……」

「心配なのは分かりますけど、担当上忍ならしっかりして下さい」

「本当に面目ない……。俺が気合いを入れ直すために、ここから逆立ちで里を一周して……」

「それでリー君の心配をしなくなるとでも?」

「いや、まあ……」

 

 言い淀む暑苦しい同期を見て、私は少し考える。

 そして、ふと思いついたことを口にした。

 

「……ちょうど今、ヨフネくんが新しい中隊を編成中で、有望な下忍や中忍を集めているところです。彼も猟犬の隊長を降りて、今度は外交局の局長ですからね」

「ふむ?」

「だから、テンテンとネジも一旦彼に預けてみては?」

「いや、しかし俺の教え子達だ。最後まで……」

「その教え子を危険に晒したのは誰ですか」

「んぐ……」

 

 図星を突かれたガイさんが言葉に詰まる。私はさらに畳み掛けた。

 

「リー君が退院するまでまだ二ヶ月はありますし、退院してもリハビリは続きます。教え子たちを預ければ、その分リー君についてあげられると思えばいいじゃないですか」

「いや、しかし……」

「そもそも、下忍だからと言ってずっと同じ班で固定されるとは限らないでしょう?」

「いや、しかし……」

「……ヨフネ局長の指導を受けられるなら、俺は受けたいです」

 

 不意に、ネジが真っ直ぐな目でそう言った。

 それに釣られるように、ベッドで身を起こしたテンテンも声を上げる。

 

「私も!猟犬の隊長だった人なら、色んな武器や戦い方を知ってるはずだし、みんなみたいに新しい技を覚えたい!」

「いや、しかしな……」

「『いや、しかし』ばっかりうるさい!」

 

 私はビシッと指を突きつけた。

 

「私は推薦するだけよ! ヨフネくんが受け入れるかどうかはまだ分からないんだから!」

 

 

 

 

 ドタバタと騒がしかったガイ班が退室し、深夜の執務室に再び静寂が戻る。

 私は大きくため息をつき、机の上に視線を落とした。

 

 ランプの微かな灯りに照らされているのは、分厚い設計図だった。

 先ほど噂話に上がった当人、新設された外交局の局長であり、かつての同期であるうたたねヨフネから持ち込まれた依頼書だ。

 

『この術式を人体に定着させることが可能かどうか、医療忍者の立場から検証して欲しい』

 

 そこに描かれていたのは、彼が昔から抱え続けている「チャクラ不足」という弱点を、克服するための術式だった。

 

 ただ、医療者の目線で見れば、その術はお世辞にも推奨できるものではない。

 この術式を経絡系へ定着させるには、呪印と点穴が深く結びつく必要がある。経絡や点穴は白眼でもないと見ることはできないが、神経組織と密接に関わっていることが分かっている。

 つまり、術者は意識を完全に保ったまま、激痛に耐え抜かなければならない。

 

(……あれ? もしかしてヨフネくん、自分が『痛い』ことを見落としてない?)

 

 私はハッとして図面を見直した。この理論には、破綻がなかった。

 ただ一つ、『生身の人間がどれだけ痛みに耐えられるか』という視点が、この術式からはすっぽりと抜け落ちているのだ。

 

 この手術の被検体は、ヨフネくん自身だ。

 アカデミーの頃から二十年近く、彼が執念で「超精密な制御」を維持する訓練を続けてきたことは知っている。その異常な制御力があれば、この術の制御は可能だろう。

 

「……悔しいけど、理論上は可能ね。でも、死ぬほど痛いわよ、ヨフネくん」

 

 私は机の上の設計図を見つめながら、「あの天才のようで、どこか自分のことは見落としがちな同期は、ちゃんとこの痛みを分かっているのかしら」と、呆れと微かな心配を混じらせたため息をついた。

 

 





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