同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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おやすみいただき、ありがとうございました。
また、週一ペースに戻します。
 



066.血霧

 

 

 濃い霧が、俺達の視界を完全に塗りつぶしている。

 波の国を出港した木ノ葉の使節団を乗せた船は、波音ひとつ立てずに灰色の海を滑るように進み、いよいよ水の国の領海深くへと侵入していた。

 

 湿った冷たい海風をコートの襟で防ぎながら、俺たちは周辺の気配をひたすらに探り続けていた。数日前に波の国で浴びた、生きる活気に満ちた熱狂的な見送りとは天地の差がある。

 

「……嫌な匂いだな」

 

 俺の背後で、キバが鼻を押さえながら低く唸った。彼の足元で、赤丸も不安げに身を縮めている。

 

「気を抜くなよ、キバ」

 

 カカシが気怠げな声で応じながらも、その視線は濃霧の向こう側にうっすらと浮かぶ、巨大な岩礁の影に向けられていた。

 

「見えている岩礁の陰、あるいは断崖のくぼみ。あちらこちらに無数の視線が潜み、こちらを監視している。……俺たちが他国の領海に入った時点で、向こうからすれば招かれざる客だ。友好的な出迎えなど期待しない方がいい。戦闘の許可を出すまでは、何があっても動くなよ」

 

 カカシの静かな警告に、サスケが小さく息を呑む音が聞こえた。彼は無意識に、太もものクナイ入れへと伸ばしかけた手をピタリと止める。極度の緊張からか、それとも警戒のために写輪眼を使いすぎているのか、その眉間には深いしわが刻まれていた。

 

「サスケ、眼を閉じろ。堂々としていろ。動揺が敵に悟られるぞ」

 

 俺が振り返らずに低い声で指示を飛ばすと、サスケは深く息を吐いて瞳を黒に戻した。

 鎖国状態の里の中枢への立ち入り。四方八方から無機質な殺意を向けられる重圧。彼らがこれまで経験してきた任務や模擬戦とは、根本的に質が異なる。恐怖心をねじ伏せ、敵前で平静を保とうとすることこそが、実戦の極限状態でしか得られない経験則だ。

 

 俺はあえてそれ以上の慰めは口にせず、ただ前方の一点だけを見据えた。

 やがて、分厚い霧が晴れ、霧隠れの港が姿を現した。

 船体が接岸の衝撃で鈍い音を立てて揺れる。波の国とは打って変わり、タラップが下ろされても、出迎える者の歓声やざわめきは一切ない。港の冷たい石畳の上に等間隔で整列していたのは、感情が一切窺えない暗部たちだった。彼らの顔を覆う面の奥にある眼球は、こちらを凝視しているものの、瞬きひとつしていない。明確な敵意と、命令が下れば即座に首を刎ねるという殺気だけが、ねっとりと伝わってくる。

 

「木ノ葉の使節よ」

 

 港の石畳に降り立った直後、暗部の隊長格と思われる大柄な男が進み出て、機械のような抑揚のない声で要求を口にした。

 

「長旅ご苦労だった。だが安全のため、持参した象徴たる忍刀『兜割』は、ただちにこちらへ引き渡せ。我々が水影様へ確実にお届けする」

 

 手を差し出してくる暗部に対し、俺は微塵も歩みを止めず、口角だけで薄く笑い返した。

 

「断る」

 

 一言で一蹴する。無機質な暗部たちの間に、目に見えて剣呑な空気が走った。十数人の指先が、一斉に武器の柄へと動く気配がする。

 

「誠意とは、四代目水影殿へ直接お渡ししてこそ示されるものだ。代理の者に預けるなど、木ノ葉の外交儀礼にはない。……それとも、使節から港で力ずくで奪い取るのが霧の流儀か?」

 

 外交という大義名分を盾に、理詰めで突っぱねる。俺の背後で、カカシや元『根』のメンバーたちが音もなく重心を落とし、いつでも抜刀できる態勢をとった。彼らの動きには一切の殺気がない。それが逆に、感情を殺す訓練を積んだ霧の暗部たちに対する、強烈な牽制となる。

 

「……これは水影様の御意志だ。他国の人間が武装したまま中枢へ入ることは禁じられている」

 

 暗部が低く凄むが、すかさずカカシが一歩前に出た。

 

「おや、それはおかしいな。事前に交わした書状では、使節団の武装解除は要求されていなかったはずだが。そちらの連絡ミスか、あるいは水影殿の統率が末端まで行き届いていないのか。どちらにせよ、木ノ葉に対する非礼にあたるな」

 

 かつての因縁がある里に足を踏み入れたからか、普段よりも棘のあるカカシの嫌味を交えた追及に、暗部たちは面の奥で歯噛みするような微細な動作を見せた。水影から、無用な摩擦を起こすなという厳命が下っているのかもしれない。やがて、隊長格の男が渋々と手を下ろした。

 

「……案内する」

 

 背を向けた暗部たちに従い、俺たちは霧隠れの中枢へと歩を進めた。監視の目は港よりもさらに厳重になり、見えない糸で雁字搦めに縛られているような、息の詰まる軟禁状態での行軍が続いた。

 

 ついて行きながら俺は袖口に軽く触れた。雷刀『牙』については、予め両方の袖口に印を刻みいつでも口寄せできるようにしていたが、正解だったようだ。

 無闇矢鱈に持ち歩けばこちらも間違いなく没収されていたことだろう。

 

 

 

 

 案内されたのは、里の中心部に近い、石造りの宿舎だった。

 内装こそ豪華だが、実態は牢獄に等しい。窓は極端に小さく、出入り口は一カ所のみ。建物の外には絶え間なく暗部の気配が張り付いており、少しでも不審な動きを見せれば即座に多方向から突入してくる陣形が敷かれている。

 

 割り当てられた広い部屋で、俺たちは机を囲んでいた。部屋の外の廊下には、暗部の足音と衣擦れの音が規則正しく響いている。

 

「この宿舎は石造りで立派だな。お前達、くれぐれも面倒は起こすなよ?」

 

 俺は明るく、ひどく平坦な声で室内の設備を褒め称えながら、机の上に置いた右手でサインを刻む。

 

『窓外に監視六名、屋根に四名、廊下に二名。突入ルートは三カ所』

 

「ああ、分かった。長旅の疲れを癒すには最高の環境だな。ヨフネも体を休めろよ?」

 

 カカシが気の抜けた声で相槌を打ちながら、滑らかにサインを返す。

 

『即応体制。緊急時、前衛を担当』

 

「了解だ。シノは船酔い大丈夫か?」

 

『蟲を展開。探索、結界の起点』

 

「問題ない。何故なら、先ほど薬を見つけたからだ」

 

 突然始まったこのやり取りにも、頭の良いシノはすぐさま対応してきた。そして、この国に到着して間もないというのに、早くも結界の起点を発見したようだ。

 

「そうか、良かったな。もう無くさない様にしろよ。タシ、他に体調不良のものはいないか?」

 

『遮音結界展開、中止。待機』

 

「ええ。ただ、念のため様子を見ておきましょう」

 

 タシも流石にそつなくこなす。

 音声としての白々しい平和な会話と、ハンドサインによる伝達。俺たちは声帯から発せられる音とは完全に切り離された次元で、現在の状況を確認していく。元『根』のサイやトルネたちは、瞬き一つのタイミングすら合わせて情報を完全に共有し、微動だにせず俺の指示を頭に叩き込んでいた。

 

 その輪の中で、キバが手元で小さく首を傾げ、怪訝な顔で俺を見た。隣にいるテンテンも、状況を飲み込み切れないまま、外へ向けて発せられる気の抜けた世間話と、俺たちの手元で行われる情報交換を交互に見やり、目を白黒させて戸惑いを隠せない様子だった。

 彼女は相槌を打つべきか、サインを読むべきか迷い、不自然に頷き続けている。彼らにとって、この二重進行はまだ馴染みのない領域だった。

 

 俺は視線だけで二人を制し、動揺を顔に出すなと鋭く釘を刺す。そのままシノへと意識を向けた。  シノが、先程の報告に続いて新たなサインを送ってくる。

 

『蟲の侵入、完了』

 

 俺は僅かに顎を引き、続きを促す。シノは、波の国の不満分子に運ばせていた高級酒に紛れ込ませた寄壊蟲たちの動向を、的確なハンドシグナルで伝えてきた。

 

『建物、周辺地理、地図を作成』

 

 蟲からの伝達の難点は、情報の精度と可視化にある。地形を把握しても、それをシノ以外に伝えるにはハードルがとてつもなく高い。蟲からの情報を紙に書き起こすのには時間がかかるのだ。

 

「シノ、まだ完全ではないだろう? 先に横になっておけ」

「了解。何かあれば指示を」

 

 そう言って、シノは寝室に向かっていった。布団の中ででも地図を書き上げるつもりだろう。すでに里に張り巡らされた感知結界の起点の一つを割り出している。蟲たちは自身のチャクラを完全に秘匿し、起点の周辺で待機しているに違いない。

 

「サイ、明日の要望をまとめておきたい。書記を頼めるか?」

「了解です」

 

 そう言ってサイが広げたのは、通常の紙ではなく、彼の忍術に使う巻物と筆だった。

 俺たちはそこから、明日の会談での立ち位置や、霧隠れ側へ突きつける表向きの要望事項について、あえて外の監視に聞こえるよう、もっともらしい議論を交わし始めた。

 

 白々しくも熱を帯びた会議の声が室内に響く中、サイの筆は議事録の文字を綴る合間を縫い、極めて滑らかな動きで巻物の端に一匹の『墨のネズミ』を描き上げていく。

 それは、外で待機する反乱軍の元へ案内役として向かわせるためのものだ。

 やがて、ダミーの議題をすべて消化し終え、サイが筆を置いたのを確認したところで、俺は一息ついて声を区切った。

 

「よし、明日の打ち合わせはこんな所で良いだろう。みんな、明日に備えて休んでくれ」

 

 俺はサイに目配せをした。

 事前に決めていたことだが、サイは俺たちの就寝後、このネズミを宿舎の隙間から放ち、予め定めていた革命派との合流地点へと向かわせる。そうすることでメイ達は、蟲が割り出した感知結界の隙間を縫って里の中枢へ侵入することができる手筈となっている。

 

 口では「では、おやすみなさい。明日の式典が楽しみですね」と穏やかに告げながら、俺たちは音もなくそれぞれの配置につき、長い夜の警戒態勢に入った。

 

 

 

 

 翌朝。

 灰色の空から冷たい霧雨が音もなく降り注ぐ中、俺たちは厳重な警戒のもと、四代目水影が待つ執務塔へと向かっていた。

 

 宿舎から執務塔へと至る道中、俺たちは「血霧の日常」をこの目で直接見せつけられることになった。

 薄暗い路地裏で、一般の村人と思われる数人の男女が、暗部によって無感情に冷たい石畳へ押さえつけられていた。

 

「違う、俺は革命派なんかじゃない!」

「頼む、子供が家にいるんだ!」

 

 悲痛な叫び声が、虚しく壁に反響する。だが、暗部たちは一切の感情を交えることなく、拘束した彼らの首元へ冷たくクナイを押し当てていた。密告による処刑。そこには裁判も弁明の余地もない。ただの事務作業としての凄惨な粛清が、日常の風景として行われているのだ。

 

 路地から流れてくる鉄錆のような血の匂い。俺たちの行軍の足は止まらない。止まることは許されない。

 サスケが微かに足を止めかけ、キバが喉の奥で獣のような低い唸り声を上げるのを、カカシが背中で静かに遮った。

 

「……前だけを見て歩け」

 

 カカシの声音はひどく低く、そして冷徹だった。

 

「……わかるな?」

 

 若手たちがギリッと唇を噛み締め、やり場のない無力感と静かな怒りを瞳の奥に封じ込めて歩みを早める。他国への内政干渉という泥を被ることへの、彼らなりの重い動機付けだった。

 

 やがて、俺たちは執務塔の中枢へと通される。  案内されたのは、密室の謁見の間などではない。建物の最上階に設けられた、広大なバルコニーだった。眼下には、すり鉢状に設計された巨大な広場が広がっている。

 

 そこには、数百人規模の霧の忍たちや、住民達までもが、隊列を組んで整列していた。

 木ノ葉の使節団が、里の至宝である『兜割』を返しに来た。その事実を全軍の目前で見せつけることで、自身の権力を誇示し、内包する反乱分子への牽制とする。それが四代目水影・やぐらの、正確に言えばオビトに操られたやぐらの企みだった。

 

 数百人が一斉に見上げてくる圧を否応なく感じてしまう。敵地のど真ん中という絶対的な死地。サスケやキバたち若手の緊張が肌で伝わってくる。足がすくみそうになるほどの重圧。だが、昨日の港での牽制と、先ほどの粛清の目撃を経た彼らの目にはもはや怯えはなく、ただこれから起こる戦闘に向けた鋭い闘志だけが宿っていた。

 

 バルコニーの最奥。一段高い玉座に、巨大な花をあしらったような異形の杖を持った小柄な少年が足を組んで座っていた。四代目水影・やぐらだ。

 

「よく来てくれたね、木ノ葉の使節団の皆さん。歓迎するよ」

 

 子供のような外見と、愛想の良い笑み。だが、その小さな体躯から放たれるチャクラは明らかに異常だった。空気が鉛のように重くなったような錯覚を覚える。

 俺は完璧な外交官の仮面を被り、一歩前に出て恭しく頭を下げた。

 

「お招きいただき感謝いたします、水影殿。本日は、かつての戦争で失われた貴国の至宝、兜割の返還に参りました」

 

そう口上を述べながら、俺は懐から封印巻物を取り出し、俺たちと水影を隔てる空間のど真ん中――バルコニーの中央に用意されていた献上用の低い卓の上へと、恭しい動作で静かに置いた。

 やぐらの眉が微かに動く。周囲に控える護衛の暗部たちの視線も、一斉に卓の上の巻物へと釘付けになった。

 

 これが俺の打った第一の布石だ。『兜割』という至宝の巻物を盾として前方に配置したことで、敵はこのバルコニーごと吹き飛ばすような大規模な水遁や、爆発系の広範囲攻撃を撃てなくなった。攻撃手段は必然的に、近接での暗殺術に限定される。

 

 俺はやぐらと、互いの腹の底を探り合うような外交の辞令を交わし続ける。その背後で、ヒナタとネジが、会談前から発現させていた指定された白眼でやぐらを注視しているはずだ。現にやぐらが姿を見せてから、ネジとヒナタの呼吸が僅かに乱れるのを、俺の耳は聞き逃さなかった。

 

 俺は手元の僅かな動きで『騒ぐな。想定通りだ』と絶対の制止をかける。相手が完全に操られていると確信を得た以上、もはや芝居を長引かせる意味はない。俺は巻物を広げ、兜割を口寄せした。

 

 その瞬間。

 

 人々が集まっている広場の外縁部から、地響きを伴う大規模な衝撃が立て続けに伝わってきた。里のあちこちから黒煙が上がり、感知結界をすり抜けてきた照美メイ率いる反乱軍の突入を告げる鬨の声が響き渡った。

 

(……かつて大蛇丸によって故郷が焼かれた『木ノ葉崩し』の景色)

 

 俺が命懸けで防いだあの理不尽な戦火を、今は俺自身が他国に引き起こしているのだ。政治とはかくも残酷で、皮肉なものだ。だが、この業火の先にしか、新しい時代は訪れない。今回は、俺の手で確実に「革命」を成功させてみせる。

 

「なぜ、奴らが気付かれずに侵入できている!? もしや、木ノ葉の罠か!」

 

 眼下の広場に整列していた数百の忍たちが動揺にざわめき始める中、やぐらの護衛についていた精鋭の暗部の一人が叫び、真っ先に目の前の「囮」である使節団へ強烈な殺意を向けた。

 

 天井から、柱の陰から、十数人の暗部が一瞬にして刃を抜き、俺たちへ殺到してくる。国宝を盾に取られているため、彼らは水遁の印を結ばず、純粋な体術と刃のみで距離を詰めてきた。完全に想定された軌道だ。

 

 俺は表情一つ変えず、静かに、そして冷徹な号令を下した。

 

「――防衛陣形。自衛戦闘を許可する」

 

 その号令と共に、俺は周囲に迎撃用の鉄球を音もなく浮遊させた。

 俺は背手に回した指先で、『状況を報告しろ』とサインを送る。

 

 ヒナタが震える声で、フーの『心伝身の術』を介した念話で報告してくる。

 

『水影の頭部の経路系に異常があります……。それも後頭部から他者の巨大なチャクラが楔のように深く入り込んでいます』

 

 ネジも念話でそれに続く。

 

『通常の幻術による一時的な乱れではありません。術者のチャクラそのものが、水影の脳幹を支配し、自我を完全に上書きしています。もはや、あれは、精巧な操り人形です』

 

 白眼を通して視える光景は俺には分からないが、報告だけで悍ましいものだった。五影の一人が、生きながらにして完全な死体同然に操られているのだ。

 

「第一小隊、前衛に出るぞ!」

 

 敵はそんな報告を待ってはくれない。カカシが鋭く声を上げる。飛び込んできた暗部の一人が俺の首筋めがけて刀を振り下ろすより早く、カカシが瞬きする間もなく死角に潜り込んでいた。敵の筋肉の微細な収縮を写輪眼で先読みし、最短の体術で腕を弾き上げ、逆手に持ったクナイで敵の頸動脈を的確に切断する。返り血を一切浴びず、崩れ落ちる敵を盾にして次の敵の軌道を塞ぐ完璧な制圧。

 

 そこへサスケとネジが続く。サスケは写輪眼で敵の刃の軌道をコマ送りのように見切り、紙一重で躱して懐へ潜り込むと、容赦のない強烈な反撃を喉笛へ叩き込んだ。

 ネジは白眼の絶対的な視野で死角からの奇襲を完全に封殺し、流れるような八卦掌で暗部のチャクラ穴を正確に撃ち抜いていく。

 さらにシンが音もなく滑り込み、死角から忍刀で急所のみを正確に切り裂いた。カカシ小隊が、前衛の突破口を完全にこじ開ける。

 

「第二小隊、遊撃に回れ」

 

 トルネの低い声と共に、サイが瞬時に巻物を広げ、超獣偽画で墨の蛇を大量に放ち、敵の視界と足元を絡め取る。敵の足が止まった隙間を突き、キバが吠えた。

 

「ハッ、やってやるぜ、赤丸!」

 

 四脚の術で獣のように床を蹴り、壁や石柱を蹴っての立体的な『牙通牙』を放つ。回転突撃が空気を切り裂き、敵の陣形を強引に粉砕する。

 そこへシノの放つ寄壊蟲の不気味な羽音と、トルネのナノサイズの毒蟲が音もなく襲い掛かる。肌に触れた瞬間に細胞が崩壊し、紫に変色して苦悶の声を上げながら絶命していく暗部たち。

 

「俺の小隊は指揮と防衛に徹する」

 

 俺自身も浮遊させた鉄球を電磁誘導で射出し、後衛から回り込もうとした忍の頭部を正確に撃ち抜きながら全体の陣形を統制する。

 手に持ったままの兜割は一旦タシに預け、俺は袖口の術式から愛用の刀、雷刀『牙』を取り出す。

 

 テンテンも巻物から無数の暗器を雨のように射出して牽制をかけていく。

 フーは引き続き、会談中でインカムも付けられていない味方同士の連携のため、『心伝身の術』の発動を続けてくれていた。

 ヒナタは白眼で戦場全体を俯瞰し、防衛線の僅かな綻びを即座に念話で修正していく。

 

 その後方では、タシ率いる医療班が、壁を背にして絶対に敵を近づけない位置取りを徹底していた。  俺たちの中隊単位での組織的かつ精密な連携により、バルコニーに潜んでいた暗部たちは次々と物言わぬ骸へと変わっていく。俺たちが理詰めで構築した防衛網は、血霧のエリートたちをもってしても一切の突破を許さない。

 

 濃密な血の匂いが充満する空間。俺は視線を前方へ戻す。

 自らの護衛たちが次々と屠られていく様を、無表情で見下ろしていたやぐらが、ついに巨大な異形の杖を手に立ち上がった。

 

「……木ノ葉の猟犬。厄介な連中だね」

 

 愛想の良い少年の声。だが、その足元から立ち昇るチャクラは、先ほどまでの比ではない。

 赤黒く、粘り気のある、絶望的なまでに巨大なエネルギー。尾獣・三尾を宿した影が放つ、桁違いのチャクラの奔流が、バルコニーの空間を物理的な圧力として圧迫し始めていた。

 空気が軋み、肺が潰されるような重圧の中、俺は雷刀を手に取りながら、水影の言葉を否定する。

 

「あいにく、ここにいるのは猟犬じゃない。ただの鬼だ」

 

 俺とやぐらを遮る一つの影、カカシの背中を見ながらそう告げた。

 

 

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