分厚い雲の切れ間から、微かな陽光が差し込み、血と泥にまみれた霧隠れの里の中心にある広場を照らし出している。
四代目水影・やぐらは死んだ。
長きにわたる恐怖政治の象徴が、照美メイの手によって引導を渡された。水影派の暗部たちは完全に武装を解除し、反乱軍の忍たちによって制圧された。
広場を囲むように集まってきた数千の民衆と一般の忍たちは、その信じられない光景を前に、深い沈黙に包まれていた。
あまりにも長く、そして深く続いた抑圧。隣人を疑い、感情を押し殺し、ただ息を潜めて生き抜くことだけを強いられてきた日々が、今、この瞬間に終わったのだ。
だが、極限の抑圧から解放された人間の群衆心理というものは、決して一瞬で歓喜へと切り替わるほど単純なものではない。
「……遅い」
沈黙の海の中から、誰かがポツリと、絞り出すような声を上げた。
「遅い……遅すぎるんだよ!!」
悲痛で、身勝手な怒号だった。声の主は、ボロボロの衣服を着た中年男だった。彼は目を血走らせ、広場の中央に立つメイへ向けて拳を振り上げながら叫んだ。
「俺の家族は昨日、暗部に連行されて殺されたんだぞ! あんたがたが、あと一日早く助けてくれていれば! 何が反乱軍だ、何が革命だ! 俺の妻と娘を返してくれ!!」
その悲痛な叫びを皮切りに、民衆の中に鬱積していたフラストレーションが一気に暴発した。
「そうだ!」
「なぜ今まで放っておいたんだ!」
「俺の息子だって先週、密告で処刑されたんだぞ!」
恐怖の対象であったやぐらが消え、彼らは自らを救い出してくれたはずの反乱軍へ向けて、行き場のない怒りと悲しみの矛先を向け始めたのだ。身勝手な八つ当たりでしかない。だが、それが血霧という狂気に蝕まれてきた人間のリアルな姿だった。
その理不尽な非難の嵐に、メイの傍らに立っていた青の顔が怒りで朱に染まった。
「貴様ら……!!」
青は激昂し、思わず腰の刀の柄に手をかけた。
「メイ様が、我々がどれほどの血を流し、命懸けで戦ってきたと思っている! 貴様らのような腰抜けどもが、安全な場所から石を投げる資格など――」
「青、やめなさい」
青の怒声を遮ったのは、他でもない照美メイだった。
彼女は血と泥にまみれた身体を引き摺るようにして一歩前へ出ると、青を手で制し、怒号を飛ばした先ほどの中年男の目の前まで歩み寄った。
「……遅くなって、本当にごめんなさい」
深く頭を下げて謝罪する。そして、顔を上げ男とまっすぐ目を合わせて宣言する。
「あなたの家族を救えなかったこと。この里の多くの命が理不尽に奪われるのを、今まで止めることができなかったこと。……あなたたちの悲しみを、私は一生忘れないわ」
一切の言い訳をしない。次期指導者としての最初の言葉が、自らの無力さへの謝罪だった。そのあまりにも真摯で、気高い姿に、中年男は振り上げた拳を震わせながら言葉を失い、広場を包んでいた怒号の嵐がピタリと止んだ。
静寂の中、メイはゆっくりと広場を囲む数千の民衆と忍たちを、強い光を宿した瞳で見渡した。
彼女は、よく通る、腹の底に響く声で語り始めた。
「四代目水影・やぐらは死んだわ。……この私が、私の手で引導を渡した」
メイの声が、石造りの壁に反響する。
「でも……あなたたちもよく知っているはずよ。この霧隠れの『一番強い者が水影になる』という絶対の掟を。今日、この瞬間から、私がこの霧隠れで一番。だから、私が五代目水影として、この腐りきった国を新しく導くわ!」
圧倒的な強者の宣言。その言葉に、再不斬や水月たち忍刀使いがニヤリと笑い、反乱軍の面々が背筋を伸ばし、民衆が息を呑む。
「私は、あなたたちの痛みがわかる」
メイは自らの胸に手を当てた。
「なぜなら私自身も、二つの血継限界を持って生まれたというだけで、日陰を這いずり回り、迫害に怯え、大切な家族や仲間を理不尽に奪われてきたから。やぐらの時代よりもずっと前から続く、狂った血霧の掟の中で、私は家族を人質に取られ、捨て駒の人間爆弾として死ぬことだけを強要されていたわ。……私も、あなたたちと同じ。この狂気を生み出した血霧の犠牲者の一人よ」
メイの声に、熱が帯びていく。彼女の言葉が、長年虐げられてきた民衆の心の最深部を的確に抉っていく。
「だからこそ、私がこの狂気を終わらせる。もう、隣人を疑って息を潜める夜は終わった。言葉狩りも、密告も、無意味で凄惨な殺し合いも、すべて今日、葬り去るわ! これからは、新しいルールを作る。力ある者が弱者を踏みにじる掟じゃない。誰もが顔を上げ、己の生まれに誇りを持って歩ける、絶対的に『平等なルール』よ!」
民衆たちの顔つきが変わっていく。怒りと悲しみで淀んでいた瞳に、信じられないものを見るような、微かな希望の光が灯り始めていた。
「そして……ただ血を洗い流すだけじゃないわ」
メイは、後方で静かに控えている俺たち木ノ葉の使節団へと、ほんの一瞬だけ流し目を送った。
「私は、この国を豊かにする。ずっと閉ざされてきたこの霧の海を開き、外の風を入れる。あなたたちが今日食べるもの、明日着るもの、そして子供たちが笑って暮らせる確かな『豊かさ』をもたらす手段が、今の私にはあるのよ!」
群衆の視線の端に、他国の忍である俺たちの姿が映る。民衆たちは「なるほど、すでに他国との国交と援助が取り付けられているのか」と無意識に悟った。俺たち木ノ葉の存在すらも、彼女は演説の説得力を持たせるための政治的な小道具として完璧に利用していた。
稀代の煽動者。彼女は生まれながらの指導者だ。
メイは両手を広げ、霧隠れの冷たい風を一身に受けながら、群衆へ向けて最後の宣言を放った。
「泣くのは今日で終わりにしなさい! 悲しみも、憎しみも、これまでの血霧の罪も、すべて新しい水影である私が背負う! だから、顔を上げなさい! 私についてきなさい! 共に……新しい朝を迎えましょう!!」
広場を包む、張り詰めたような静寂。
民衆たちは、あまりにも巨大な希望を前に、どう反応していいか分からず呆然としていた。
その時だった。
先ほど、「遅すぎる」と最初に怒号を上げたあの中年男が、今度は地面に額を擦りつけるようにしてボロボロと大粒の涙を流し、絶叫した。
「ああ……ああああっ! 五代目水影様……すまない……俺は、俺はあんたについて行くぞッ! 」
枯れた声で叫ぶその男の姿に、堰を切ったように周囲の民衆が同調した。
「五代目様、万歳!」
「新しい霧隠れ、万歳ッ!!」
「メイ様ァーーッ!!」
先ほどまでの身勝手な不満と怒りが、一瞬にしてメイに対する「狂信的な熱狂」へと反転した。数千人が一斉に涙を流し、泥まみれの英雄を称える拍手と地鳴りのような歓声が、霧隠れの空を震わせる。
建物の陰からその光景を見ていたカカシが、感嘆の息を漏らした。
「……見事な求心力だ。これなら、本当にあの血霧を一つにまとめ上げるだろうな」
だが、その横で俺だけが、ひっそりと冷たい笑みをこぼしていた。
(……ご苦労だったな。一番最初に怒号を上げ、一番最初に熱狂してみせた『あいつ』には、後で波の国の裏金から特別ボーナスを出してやらないとな)
長年の恐怖政治から解放された民衆は、一度「怒りのガス抜き」をしなければ、必ず後に不満を暴発させる。俺は群衆心理の動きを考え、メイの「謝罪できる器の大きさ」と「カリスマ性」を最大限に引き立たせるためのサクラを、事前に波の国で金を握らせて潜り込ませていたのだ。
メイには俺からはなにも伝えていない。彼女なら上手くやれる、これまでの付き合いからそう判断し信じた結果、最高の心のこもった演説だった。
霧隠れは完全に新たな時代へと足を踏み入れた。
*
クーデターの翌々日。
俺はチャクラ切れで昨日一日、休養させてもらった。カカシは術の反動でまだあまり動けないが、意識はしっかりしている。
そして、今。
執務塔の無事だった一室で、木ノ葉と霧隠れによる会談が行われていた。
部屋には、木ノ葉側から俺、護衛としてネジとヒナタ。霧隠れ側からはメイと青、そして再不斬が同席している。
「では、木ノ葉隠れと霧隠れの里の同盟に向けての確認です。木ノ葉はこれまでそちらの国宝である忍刀『兜割』『飛沫』『縫針』を返還。そしてこれまで、人材の紹介や医療支援。そして資金援助。海運の販売網と海運設備の提供、これらを行なってきました。この内容に間違いないですね?」
水影となったメイは認めるように頷き、青はこれまでの支援からどんな要求がなされるのかと、苦々しい表情をしている。
「同意を頂けましたので、次はこちらが求める物です。まずは前提として両里間の三十年間の不可侵条約の締結。その上で、海上および水の国周辺での任務の下請けをしていただくこと。同盟期間内において、霧隠れ港湾の木ノ葉の優先使用権。そして、今後五年間の関税免除……」
ここまで言うと、流石に青が立ち上がる。しかし、メイが手で制した。
「確認よ。優先使用権や関税については、これまでの援助の対価と言うことかしら」
「そうです。今までの援助については今後請求することはありません」
「分かったわ。問題ないわ」
「メイ様、いえ水影様!これまでの支援の大きさには感謝していますが、ガトーカンパニーの設備や販売網については、すでに売上の一部を波の国へ納める形で返済中です。なのに木ノ葉の貢献に挙げられるのは納得が……」
青がメイの制止を振り切り発言する。感情的には理解できるが、大事なことを見落としている。
「それではあの状況の、まだクーデターが成功するかどうかも分からない状況の貴方達に、口添えなしに波の国が運営を任せたとお思いですか?」
「ゔっ……!」
俺は、冷静に事実を挙げて黙らせる。先の知識のない者からすれば、やぐら達に話を持って行くのが普通なのだ。俺のこれまでの信頼と実績を担保にしていることを忘れてもらっては困る。
「……異論はないようなので最後に」
「まだあるのか!」
青は無視して俺は続ける。
「安心して下さい。これは貴方達にとっても利益のあることです。……暁という組織を知っていますね?」
それまで騒がしかった青が思わず息を呑み、対照的にこれまで壁に寄りかかり腕を組んで黙っていた再不斬も身体を起こす。
「知っているわ。私達は元々やぐらと暁とは協力関係にあると思っていた。でも、幻術にかけられていたことを考えれば、その組織が今の現状を作った元凶と睨んでいるわ」
血継限界を持つ者達が迫害されていたのは、マダラの影響下なのか定かではない。まあ、当たらずとも遠からずといったところか。
「その暁について、彼らは尾獣を狙っているそうです。先日は木ノ葉にもやってきました。そのうちの一人は……干柿鬼鮫です」
再不斬が、今度こそ完全に身を乗り出してきた。流石のメイも驚いている様子だ。
「彼はこの場にない最後の一振り『鮫肌』を持っていました。彼らの動向を探り、あわよくば解体するための協力体制を木ノ葉と砂はすでに築いています。霧隠れもそこに参加すること、それが最後の条件です」
俺がそう言うと、青はあからさまにホッとした表情をした。付き合いが長いから、気を許しているだけと信じたい。
「こちらからも、いくつか聞きたいことがあるわ。まずは、同盟が三十年なのは何故かしら?」
「この戦乱が収まらない世界において、恒久的な平和なんて存在しません。私の希望は、今の世代が存命中のこの三十年の平和です。それに期限があった方が、人は約束を守りやすい」
俺の言葉ではないが、本心ではある。メイや青も納得はしてくれたようだ。
「分かりました。同盟が切れる一年前に交渉することも明記しておきましょう。あと、もう一つ……貴方が持っている雷刀『牙』、それも霧隠れに返還してもらうことはできませんか?」
「それは、欲張り過ぎではないだろうか?すでにこちらは大幅に譲歩しているはずだ」
カカシがいない今、ネジには事前の打ち合わせで、木ノ葉の不利益になりそうな条件が出たら、あえて不満を口にするよう指示を出していたが、ナイスタイミングだ。
俺は内心で頷きつつ、タダで認める気はないという演技のため、手でネジを制しながら追加条件を出す。
「今、うちの者が言ったようにすぐには応えられない。ただ、私の死後、返還するということなら認めても良い。もちろん、私の死に霧隠れが関与していれば無効とします。そして、関税免除期間を五年から六年に延長することが条件です」
「……それで構わないわ」
メイは周りと目配せしながらも、条件をのんだ。
「もっとも、貴方が霧隠れに来てくれても良いのよ?」
「勘弁してください」
俺がそう答えると、少し空気が和んだ。
「ではこれらの条件を盛り込んだ条約書に署名した物を準備して下さい。それを持って我々は木ノ葉へ帰ります」
木ノ葉はこの条約には間違いなく賛成するはずだ。なにしろこちらが与えた物は、猟犬やシラカワ商会、そして俺個人の資産や行動の結果であり、里としては何一つ損をすることがない。
「ええ。異存はないわ。あなたたちのおかげで、この国は救われた。木ノ葉には感謝してもしきれないわ、ヨフネ外交局長殿」
メイが妖艶に微笑む。これで、俺の外交任務はこれ以上ない成果を収めたことになる。
「では、青。長十郎。少し彼と二人にしてちょうだい。木ノ葉の護衛の子たちも外へお願いできるかしら?」
メイの不意の指示に、青が「メ、メイ様!? このような得体の知れない狐と二人きりなど!」と噛み付いたが、メイは「下がりなさい」と一言で一蹴した。
ネジとヒナタも不安そうな顔をしながら、部屋を出て行く。青と再不斬も渋々とそれに続いた。
バタン、と分厚い扉が閉まる。
密室になった瞬間だった。
メイの纏っていた「水影としての態度」が、嘘のようにふっと消え去った。
彼女は重いため息をつき、執務机に手をついて、糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
「……やっと、終わったわ」
先日の演説で見せた気高く力強い姿はどこにもない。そこにあるのは、長年の重圧と疲労に押し潰されそうな、一人の弱々しい女性の姿だった。
「それにしても見事な演説でしたよ、五代目水影殿。民衆は完全にあなたに心酔している」
俺が完璧な外交官の笑みを浮かべて労うと、メイは潤んだ瞳で俺を見上げた。
「……やめて。今、この部屋に誰もいない時くらいは……メイと呼んで」
そう言って、彼女はふらつく足取りで立ち上がり、俺の懐へと力なく踏み込んでくる。そして、すがるように俺の胸板に額を押し当てた。
「えっ……と、メイ殿?」
「……私の血継限界のせいで、家族が人質に取られた。やぐらの時代より前から……狂った血霧の掟の中で、私は捨て駒の『人間爆弾』として死ぬことだけを強要されていたわ」
メイの声が微かに震え、俺の胸に彼女の体温と、僅かな涙の湿りが伝わる。
「死ぬしかなかった私と家族を、裏から手を回して絶望の淵から救い出してくれたのは、あなただった。……私に生きる理由をくれたのよ」
俺は動けない。胸に寄りかかる彼女の重みと、吐露される切実な過去の重さに、内心で激しく冷や汗を流していた。メイの言葉は止まらない。
「時が経って、私がクーデター派を立ち上げた時もそう。……私たちは飢えていたわ。資金がなく、傷ついた仲間の治療薬すら買えず、見殺しにするしかない現実に心が折れそうになっていた。そこに資金援助をしてくれたのも、あなた。バラバラだった民衆の心を一つにするための『忍刀』を揃えてくれたのも、あなた。そして……今日、これからこの国が生き直すために絶対に必要な『ガトーの海運網』という未来の血脈を与えてくれたのも、全部……全部、あなたなのよ」
メイは顔を上げ、俺の瞳を真っ直ぐに見つめた。
その妖艶な顔には、泥と血にまみれた英雄の面影はない。ただ弱々しい乙女のような顔があった。
「私の命も、家族も、仲間の命も、この国の未来も……全部、あなたが救ってくれた。こんなの……惚れないわけ、ないじゃない……」
吐息が触れるほどの距離。メイの白く細い指が、俺の胸倉をきゅっと弱々しく掴む。
「あなたが何を考えて行動しているのかは知らない。私に惚れた……というわけではないことくらい分かっている。それでも、その知略も、冷徹さも、あの化物を前にしても一歩も退かなかった強さも……全部、私が欲しい。木ノ葉を抜けて、私の右腕に……いえ、私の夫になってちょうだい。ヨフネ」
あまりにも重く、切実で、情念の込もった熱烈な告白。
俺は極限の選択を迫られていた。ここで外交辞令を使って逃げれば、彼女のプライドを傷つけ、今後の同盟関係にヒビが入る可能性がある。だが、今すぐ応えるには、俺には木ノ葉でやらなければならないことが多すぎた。
しかし、建前を抜きにすれば俺はこの女性に惹かれていた。
俺は小さく息を吐き、彼女の目を見つめ返した。
「……分かりました」
「えっ……?」
いつものように理屈でかわされると思っていたメイは、予想外の返答に目を丸くした。
俺は苦笑しながら語る。
「実は、面倒を見ている子から『鈍感すぎる』とひどく怒られたんだ。それからずっと、あなたからの好意と、この先の関係について真剣に考えてはいた」
「ヨフネ……」
メイの表情がパッと明るくなる。だが、俺はそこで一つ指を立てた。
「ただし。あと五年、待ってほしい」
「なんで? 五年も?」
「五年経てば、世界の状況が大きく変わる。俺はそれに備えなければならない。今は、木ノ葉を離れて動くわけにはいかない」
「それが何なのかは、教えてくれないのよね?」
メイがジト目で探るように見てくるが、俺は首を横に振った。
「今は無理だ。ただ、人を傷つけるためじゃない。みんなを守るためだと誓う」
「……五年も経てば、私、三十歳を超えちゃうのよ?」
婚期を逃すことへの恐ろしいほどのプレッシャーが込められた声に、俺は背筋を冷やした。
「……それも、すまないと思っている」
俺が素直に謝罪すると、メイは毒気を抜かれたように大きなため息をついた。
「……はぁ、まあ良いわ。お互い立場もあるし、初めて出会った時から、もうずっと待ち続けてきたんだもの。今さら五年くらい待ってあげる。これから国の立て直しで忙しくなるしね。……ただし!」
メイが俺の胸ぐらを強く引き寄せる。
「五年後、絶対に私を迎えに来なさいよ! もし約束を破ったら、ドロドロに溶かしてあげるから!」
その本気としか思えない圧に、俺は内心ビビりながらもコクリと頷いた。
「約束だ」
「……じゃあ、約束の誠意を見せて」
メイがそっと目を瞑り、顔を寄せてくる。
俺も腹を括り、彼女の腰に手を回すと、密室の静寂の中で、そっと長い口付けを交わした。
*
だが、その頃。
密室の外の廊下では、地獄のような光景が繰り広げられていた。
水影と木ノ葉の外交局長を護衛するという名目のもと、青、ネジ、ヒナタの三人は、扉の前で『白眼』を全力で起動し、室内の様子を警戒(ガン見)していたのである。
壁を透視した白眼の視界には、メイの熱烈な告白、そして長い口付けの一部始終を完全に見ていた。
「め、メイ様が……あああ、メイ様があんな男と……ッ!」
青は滝のように涙を流し、持っていたハンカチをギリギリと噛みちぎりながら崩れ落ちていた。
「……」
ネジは、見てはいけないものを見てしまった気まずさのあまり、顔を激しく引きつらせて視線をあさっての方向へと泳がせている。
「ふぁ……ふぁわわわ……」
そして純情なヒナタに至っては、顔を茹でダコのように真っ赤にして、頭から湯気を出しながら完全にフリーズしていた。
*
数日後。
霧隠れでの事後処理をすべて終え、俺たち木ノ葉の使節団は波の国へと帰還した。
シラカワ商会を預かっていたイズミと合流して、今後のことについて打ち合わせをするつもりだった。
「いやあ、無事に終わってよかった。兜割の返還と不可侵条約の締結、どちらも完璧だ」
俺は安堵の息をつきながら、ソファに腰を下ろした。
しかし、部屋の空気がどうもおかしい。カカシと何故かいるネジとヒナタが俺から微妙に距離を取り、気まずそうに目を逸らしている。
「……どうした、みんな?」
俺が首を傾げると、部屋の奥からイズミがゆっくりと歩み出てきた。
彼女の瞳から、光が完全に消えている。
「……五年後に、迎えに行くそうですね?」
殺気にも似た重圧を放つ、凄まじいジト目だった。
「えっ?」
「……随分とロマンチックな密室だったようで。何やらみんなが騒いでいたので、聞いてみれば面白い話をしてるじゃないですか。同盟のためとはいえ、流石はやり手の外交局長殿ですね。水影をそこまで骨抜きにするとは」
俺は顔面から血の気が引くのを感じた。
視線を泳がせると、部屋の隅でヒナタが「ご、ごめんなさい……」と顔を赤くして俯き、ネジが窓の外を見ていた。
白眼と読唇術。
どうやら、やり取りは完全に見られていたようだ。
「い、いや、イズミ、違うんだ。いや、違わないんだが、とりあえず話を聞け」
国家間の謀略を完璧に操り、尾獣の暴威すら凌いだのに、何故か不機嫌なイズミにタジタジになって、必死に弁解の言葉を紡ぎ続ける。
「それにお前が勧めてきたんじゃないか。何を不機嫌になる?」
「仮にも私は娘でしょうが!先に教えてよ!なんで他の人から聞かなきゃいけないのよ!」
事情を知らないネジとヒナタは『娘』という言葉に驚きながらもそこに触れられる状況ではなかった。
しかし俺は戸惑いよりもイズミが俺を親として認めてくれていることが嬉しかった。面倒ごとを頼み、波の国に一人残して行くような俺なのに。
「怒ってるのに、何ニヤニヤしてるの!」
思わず嬉しくて、顔がニヤけていたようだ。イズミをさらに怒らせてしまった。
カカシが「やれやれ」と肩をすくめ、ネジとヒナタが目を逸らす中、初の親子喧嘩は敗北で終わった。