同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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007.本戦

 

 

 一ヶ月。

 それは、季節が一つ進むには短く、孤独に押し潰されるには十分すぎる時間だった。

 

 俺は里外れの河原で、ただひたすらに試射を繰り返し、指先の皮が何度焼けては再生したか分からない日々を過ごした。

 この術をどう思いついたのか、そんなことを聞かれても答えられなかったため、一人で作業することを余儀なくされた。

 

 そして迎えた、中忍試験本戦の日。

 会場となる円形闘技場へ向かう道すがら、俺は祭りのような喧騒に眉をひそめた。

 

 屋台が軒を連ね、焼きイカや林檎飴の甘辛い匂いが漂ってくる。色とりどりのノボリがはためき、行き交う人々はこれから始まる「殺し合い」を極上の見世物として消費しようと目を輝かせていた。

 

 (……悪趣味だな。まあ戦時下の息抜きも兼ねているのかもだけど)

 

 誰に聞かせるでもなく心の中で毒づく。

 胃の腑が鉛を飲み込んだように重い。緊張だ。

 俺がこれから挑むのは、この里のエリートたち。血統、才能、伝承――すべてを持てる者たちだ。対する俺の懐にあるのは、鉄球と、異世界の知識だけ。

 

 震えそうになる指先を握り込み、俺は選手控え室ではなく、第四班が待機しているはずの観客席の一角へと足を向けた。ちょっとみんなの元気をわけてもらいたくなった。

 

「――お、来たわよ! 噂の引きこもり!」

 

 観客席の通路を歩いていると、聞き慣れた声が飛んできた。

 シズネだ。隣にはサングラスをかけたトンボ、そして腕組みをして仁王立ちしている担当上忍、油女シビ先生がいる。

 

「ヨフネ! 久しぶりね。……ちょっと、なんか顔つき変わった?」

 

 シズネが俺の顔を覗き込む。

 

「やつれただけだよ。この一ヶ月、会話した相手といえば夜中まで開いてる忍具屋の親父と婆様だけだったからな」

「うわ、暗っ」

 

 トンボが苦笑しながら、バンと俺の背中を叩いた。

 

「水臭いぜ、ヨフネ。アスマたちの修行には俺たちも付き合ったんだぞ? お前だけ行方不明になりやがって」

「ごめん。……俺の術は、完成するまで他人に見せられる代物じゃなかったんだ」

 

 俺は視線をシビ先生に向ける。

 先生はサングラスの奥の目を逸らし、明後日の方向を見つめていた。襟元が高すぎて表情は読めないが、纏っている蟲たちがどこか寂しげにざわついている気がする。

 

「……シビ先生。ただいま戻りました」

「……うむ」

 

 短い返事。

 

「あの、報告が遅れてすみません。その、色々と調整が難航しまして」

「……別に、気にしていない。私は大人だからな」

 

 先生はボソッと言った。

 

「弟子の自主性は尊重する。たとえ……他の上忍に探りを入れられても、信頼して放任していると、強がるしかなかったとしてもだ」

「……めちゃくちゃ根に持ってるじゃないですか」

「拗ねてない。……ただ、少し寂しかっただけだ」

「それを拗ねてるって言うんですよ」

 

 俺はようやく口元を緩めた。この面倒くさくも温かいやり取りが、張り詰めていた神経を少しだけ解してくれる。

 シズネが笑いながら、「はいこれ」と包みを渡してきた。

 

「三日月屋のコロッケパン。朝ごはん食べてないでしょ? 試合前にエネルギー入れときなよ」

「……助かる。気が利くな」

「でしょ? 私の奢り!」

 

 俺はコロッケパンを胃袋に流し込み、深く息を吐いてから闘技場へと向かった。

 

 

 

 

『それでは続いて第二試合、うたたねヨフネ 対 犬塚ツメ! 両者ここへ!』

 

 スピーカーから流れる審判の案内と同時に、俺とツメさんは観客席からフィールドへと飛び降りた。ツメさんは愛犬の黒丸を連れているが、この時の黒丸はまだ隻眼ではなく、両目が健在だった。

 

「へっ! 分かっちゃいたけど、こんなガキとはね。悪いが速攻で勝たせてもらうよ」

 

 ツメさんが好戦的な笑みを浮かべ、四つん這いの姿勢をとる。獣特有の強い匂いが風に乗って漂ってきた。

 

「その無い胸、借りさせて頂きますよ。下忍の大先輩!」

 

 俺はクナイを構えながら、あえて安い挑発を口にした。

 煽り耐性? そんなもの持ち合わせていない。煽られたら煽り返す。それに、相手の冷静さを奪えれば儲けものだ。

 そして、幸いなことにツメさんがプルプルと震え出した。

 

「ぶっ殺す!!」

『第二試合……始め!!』

 

 審判の合図と同時、激高したツメさんが数本のクナイを投げつけてきた。

 

「おお、こわっ」

 

 減らず口を叩きながら、俺は飛来するクナイを自身のクナイで全て叩き落とす。この人、意外と上手い戦い方をするからな……と警戒した直後だった。

 

「っと、起爆札かっ!」

 

 弾いたクナイの一つに起爆札が巻き付けられているのを見て、俺は舌打ちしてその場から大きく後退した。

 

 ドォンッ!!

 

 爆炎と土煙が舞い上がる。

 

「『通牙』!」

 

 爆風を切り裂き、擬獣忍法でツメさんの姿に変化した黒丸が、回転しながら突っ込んできた。

 

「っち!」

 

 俺は間一髪で横に飛んで躱す。

 犬塚流の通牙は、言ってしまえば回転をつけた体当たりだ。威力が高いのはもちろんだが、その真価は相手が「避けようとした時」に発揮される。

 

 敵は高速の体当たりを嫌って避けようとするが、その際に強化した爪や脚の側面で削るように攻撃される方が、実はダメージが大きいのだ。

 先ほどの回避で肩口を掠められ、服が破れたことで、想定していたその弱点が確信に変わる。

 

「よく躱したね。でもこれならどうだい? ……擬獣忍法・四脚の術! そんでもって、『牙通牙』ぁっ!!」

 

 今度はツメさん自身も身体を強化し、黒丸と左右から同時に回転突撃を仕掛けてきた。

 空気を無理やりねじ切るような轟音。挟み撃ちを狙われるが、俺はツメさんの方を無視し、あえて黒丸の竜巻の方へと走り出した。

 

「ヨフネ君、何考えてるの!? 危ないよ!!」

 

 観客席から、トンボの悲鳴に近い声と、取り乱したようなシズネの大声が聞こえた。

 

 (まあ、見てなって!)

 

 俺は口角を上げ、右腕の筋肉と経絡に極限までチャクラを集中させる。婆様の理不尽な修行で培った、局所的な身体強化の怪力。

 

「うらぁあッ!!」

 

 俺は叫びながら、突っ込んでくる黒丸の回転の中心を真っ向から殴りつけ、そのまま地面へと叩き落とした。

 

「キャンッ!?」

 

 回転を止められ、地面でワンバウンドした黒丸の身体を迫ってくるツメさんの方へと蹴り飛ばした。

 

「っち! 小癪な!」

 

 ツメさんは舌打ちして回転を解き、空中で黒丸を受け止めた。そして着地と同時に離脱を図り、広範囲に広がる煙幕玉を投げつけてきた。

 

 濃密な紫色の煙が爆発的に広がり、視界が完全に奪われる。

 

 (それにしても、この煙幕だと何にも見えないな……と、向こうは俺がそう思っていると考えているだろうが、甘い!)

 

 俺には袖口に隠した管狐のコン平がいる。試合の開始と同時にコン平の分身を離れた場所に放っておいたのだ。コン平を通じて、相手のいる方角は正確に把握できている。

 

 (新術を使うつもりはなかったんだけど……他から見えないこの煙の中ならちょうどいいかもしれない)

 

 俺は煙の中で、ポーチから直径一センチほどの鉄球を取り出し、念力で空中に固定した。

 両掌に雷遁を限界まで圧縮する。

 

 青白い火花が指の間を走り、空気を焦がす強烈なオゾン臭が広がる。俺は両手の間に「電気を通しやすい道」を作り出し、臨界点に達したチャクラを一気に開放した。

 

 ──雷遁・電磁砲!

 

 雷鳴。

 いや、それは音速を超えた物体が空気を引き裂く爆音だ。

 マッハ3の衝撃波が、フィールドを覆っていた紫色の煙幕を一瞬で吹き飛ばす。

 

 俺の両手の間から放たれたオレンジ色の光の矢が、黒丸の顔の右側を掠め――そのまま背後の闘技場の石壁を粉砕した。

 

 観客席まで揺らすほどの轟音と粉塵。

 

「ギャンッ!?」

 

 マッハの衝撃波をモロに受けた黒丸は、回転を弾き飛ばされ、悲鳴を上げながら地面を転がった。

 

 (くそっ……! 張り切って撃ったせいでチャクラのコントロールをミスった!)

 

 撃ち出した俺の腕も、マッハの風圧で身体が後ろに弾き飛ばされそうになり、肩の関節が外れかけるほどの激痛が走った。

 

 煙が晴れたフィールドには、顔の右半分を血に染めて倒れ伏す黒丸と、壁に空いた巨大なクレーターを見て呆然と立ち尽くすツメさんの姿があった。

 

「お、おい黒丸! どうしたんだよ! 無事か!?」

 

 ツメさんが地に膝をつき、愛犬に必死に声をかける。

 だが、今は試合中だ。俺は痛む腕を隠しながらクナイを逆手に構え、動揺するツメさんの背後に立った。

 

「……降参か?」

 

 冷たい金属の感触を首筋に当てられ、ツメさんは絶望したように肩を震わせた。

 

「するから……! 降参するから、早く黒丸を……!」

『……勝者、うたたねヨフネ!』

 

 審判の名前を読み上げる声が会場に響き渡る。

 一体何が起きたのか分からない観客からは、パラパラとした戸惑い気味の拍手が起こるだけだった。

 

 (……何となく、悪役にされた気分だ)

 

 俺はクナイを収めた。これで、原作通りに黒丸は右目を失い、隻眼になってしまうかもしれない。

 彼女らに背を向けて会場をあとにする中、反対側の出口から医療班が駆けつけ、黒丸が担架に乗せられて運ばれていくのが見えた。

 

 黒丸の顔の右側に術の余波が直撃していたことが分かった。直撃は免れたようだが、衝撃で負傷してしまったようだ。

 俺は歓声の薄い通路を抜け、消毒液の匂いが漂う医務室へと向かった。

 

 

 

 

 部屋に入ると、ベッドのパイプ椅子に腰掛ける間もなく、目の前の光景に息を吐いた。

 二つのベッドには、全身に包帯を巻かれた猿飛アスマと、夕日紅が並んで横たわっている。

 

「……ざまあないな」

 

 アスマが天井を見上げながら、自嘲気味に呟いた。

 彼の対戦相手は不知火ゲンマ。経験と実力で勝る先輩忍者相手に、アスマは善戦したが及ばなかった。紅もまた、並足ライドウ相手に完封負けを喫していた。

 

「よくやった方だろ。ゲンマさんの足、片方引きずらせたんだから」

 

 俺はアスマの枕元に置かれた林檎を剥きながら慰める。

 

「うるせえ。……負けは負けだ。親父の前で、カッコいいとこ見せたかったんだけどな」

 

 アスマが悔しげに顔を歪める。その横顔は、いつもの飄々とした雰囲気とは違い、年相応の少年の弱さを覗かせていた。

 

「俺には才能があると思ってた。風の性質変化も、誰より早くコツを掴んだ。……でも、上には上がいるんだな。それに、お前のあの壁を吹っ飛ばした術……マジで何なんだよ」

 

 紅がアスマの手を、布団の上からそっと握った。

 

「……私たちが弱かったんじゃないわ。相手が強かったのよ。また、強くなればいい」

「……ああ。そうだな」

 

 二人の間には、敗北を共有した者同士の、湿度のある空気が流れている。

 俺は剥き終わった兎型の林檎を皿に置くと、立ち上がった。

 

「イチャついてんじゃねーよ、負け犬ども」

「ぶっ! い、イチャついてなんか!」

 

 紅が真っ赤になって飛び起きようとし、痛みに呻く。

 アスマは顔を赤くしながら、話を逸らすように真剣な眼差しを俺に向けた。

 

「……ヨフネ。次は日向だろ。あいつら、マジで化け物だぞ。お前のあの術も、発動前に潰されるかもしれねぇ」

 

 俺は医務室のドアノブに手をかけ、背中越しに答えた。

 

「……日向は、俺が絶対にぶっ飛ばすから。二人とも、寝て待っててよ」

『うたたねヨフネは会場に来てください』

 

 呼ばれた俺は、急いで医務室から出て、再びフィールドに戻ってきた。

 今度の相手は、日向一族の分家に連なるという少年。

 白い着流しに、特徴的な白眼。彼は開始前から既に「白眼」を発動させ、俺の全身の経絡を透視していた。

 

「さっきの雷遁は確かに脅威だ」

 

 日向の少年が静かに告げる。

 

「しかし、あの術は発動までにチャクラを極限まで練り上げる必要がある。私の眼には、君のチャクラの流れがすべて見えている。……撃たれる前に経絡を絶てば済む話だ。君の敗北の未来しか映っていないよ」

「未来が見えるのか。便利だね」

 

 俺はツメ戦のダメージが残る痛む腕で、腰のポーチに手を伸ばす。

 

「でも、その眼は『見えすぎる』のが弱点なんだよ」

『始め!』

 

 開始の合図と同時、日向の少年が滑るように間合いを詰めてくる。

 日向流柔拳。触れれば終わる即死圏内へ、恐ろしい速度で侵入してくる。

 

 (速い……! ツメさんの突進とは違う、洗練された踏み込みだ!)

 

 俺は咄嗟に後ろへ飛ぶが、躱しきれない。

 

「八卦……!」

 

 指先が俺の左腕を掠める。その瞬間、バチッと経絡を突かれ、腕の感覚が麻痺した。

 

「くそっ……!」

 

 チャクラの巡りが乱れ、思うように気が練れない。触れられれば終わる。俺は必死に後退しながら、ポーチから鉄球を取り出した。

 

 俺はそれを念力で空中に固定する。

 相手が足を止めた。その白眼には、俺が再びあの術の準備に入ったことが見えているはずだ。

 

「無駄だと言ったはずだ! その術がどこを狙っているかは白眼の前では丸裸だ」

「白眼って、何でも見えちゃうんだろ? ……だったら、これ避けてみろよ!」

 

 恐怖を押し殺し、必死に強がって叫ぶ。俺は両手に雷遁チャクラを集中させた。

 

 麻痺した腕のせいでコントロールがブレる。青白い火花が指の間を走り、空気を焦がす強烈なオゾン臭が立ち込める。

 

 (イメージしろ。二本の伝導レール。磁場と電流の法則)

 

 俺は左手と右手を平行にかざし、その間に鉄球をセットした。

 日向の少年が一気に踏み込んでくる。彼の眼には、俺の両手の間に莫大なチャクラが渦巻き、磁場が形成されているのが見えているのだろう。

 

 だが、見えているからこそ、どこを狙っているか分かり、避ける自信もあるのだろう。

 俺の全身から脂汗が噴き出す。少しでも磁場のバランスを崩せば、弾は撃ち出される前に俺の手の中で爆発し、両腕が吹き飛ぶ。

 

「これで、終わりだッ!」

 

 決死の思いで、俺は臨界点に達したチャクラを開放した。

 

 ──雷遁・電磁砲!!

 

 音速を超えた物体が空気を引き裂く爆音が轟く。

 俺の両手の間から放たれた閃光が、オレンジ色の残像を引いて一直線に伸びた。

 彼が見えると言ったのは嘘ではなかった。鉄球そのものではなく、チャクラの流れを見て発動タイミングを見切られ大きく顔を逸らされた。

 

 彼の頭から離れた位置を、光の矢が掠める。

 

 先ほどの戦いと同じように背後の石壁が爆散した。

 観客席まで揺らすほどの衝撃。粉塵が舞い上がり、会場が静まり返る。

 

 そして鉄球は完全に避けたはずの日向の少年が耳を押さえてうずくまっていた。押さえた手からこぼれ落ちるように左耳から、ツー……と赤い血が流れる。

 

 もし彼が避けなければ頭部が消し飛んでいた。それでも電磁砲により生み出される衝撃波までは白眼では見えなかったようだ。その事実に、最強を自負する日向の心が、音を立てて折れた。

 

「……なんだ、今の……」

 

 彼が震える声で呟く。

 

「撃つのは分かった。見えていたのに……」

 

 マッハ3。音速の三倍。その衝撃波はチャクラで強化していなければ防ぎきれない。彼が真っ向から術を破ってみせようとしなければ俺は負けていた。すでに連発した俺自身への反動によって限界に達していたからだ。

 

 マッハの風圧で身体が後ろに弾き飛ばされそうになり、バキッという嫌な音と共に両腕の骨に細かいヒビが入る。経絡からジュッと肉の焦げる臭いが立ち昇り、肩の関節が外れかける激痛に、俺は「がああっ!」と悲鳴を上げそうになるのを奥歯を噛み締めて耐えた。

 

 俺は煙を上げる指先を冷ましながら、痛みを隠して三発目の鉄球を装填する構えを見せた。

 

「……次、いくぞ」

「ま、待て! ……参った!」

 

 日向の少年が膝をつき、手を上げた。

 完全な戦意喪失。

 

『勝者、うたたねヨフネ!』

 

 審判の声が響いても、観客はしばらく言葉を失っていた。

 やがて、誰からともなくどよめきが起こり、それは次第に熱狂的な歓声へと変わっていった。

 俺は震える手を隠すようにポケットに突っ込み、深く息を吐いた。

 

 (……成功だ。だが、代償は大きすぎる)

 

 それでも、俺は証明した。

 持たざる者が、知恵と努力で天才を凌駕する瞬間を。

 観客席のシビ先生が、サングラスをずらして驚愕しているのが見えた。

 医務室の窓から、アスマたちが身を乗り出しているのも見える。

 俺は彼らに向かって、小さくピースサインを送った。

 

 さて、あとは決勝。

 不知火ゲンマ。彼との戦いでこの術は使えないだろう。

 だが今の俺なら、負ける気がしなかった。

 

 






忍界歴32年
クシナが渦の国から木ノ葉の里に連れてこられる。
自来也が長門達に修行をつけ始める。

猿飛ヒルゼン(40)、綱手(23)、波風ミナト(8)
 
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