同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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076.破壊

 

 

 火影邸の執務室には、古いインクの匂いと、三代目ヒルゼン様が吹かすパイプの紫煙が静かに漂っていた。

 

 本格稼働を始めた十一局体制の中枢を担う面々が円卓を囲む中、俺は手元の報告書を一枚めくり、淡々と口を開いた。

 

「結論から申し上げます。とうとう田の国が音を上げ、大蛇丸の情報をこちらに売ってきました」

 

 俺の報告に、五代目火影である綱手様が執務机の奥でふっと口角を上げる。

 

「ほう。大国に対抗する武力を求めて、大蛇丸なんかを匿った小国が……ついに耐えきれなくなったか」

「当然の結果ですね。食を疎かにした者に待つのは飢えだけさ」

 

 腕を組んで深く頷いたのは、兵站局長である秋道チョウザさんだった。彼はふくよかな顎を撫でながら、軍需と物流のプロとしての見解を述べる。

 

「田の国は名前の通り、忍界最大の米の生産地だ。だが、どんな理由があったにせよ、木ノ葉側に付く決断が遅れ、時流に完全に取り残された。ヨフネの作戦のおかげで、今や波の国を中心に、木ノ葉、雲、霧の三大国と、米の生産量二位である茶の国が米の流通に関して手を組むことに成功したからな」

「ええ。米の市場から締め出された田の国は、自国の頼みの綱である米を二束三文で買い叩かれる始末です。まともな医療物資も正規のルートでは買えず、足元を見た業者に縋るしかなくなり……ついに音を上げた、というわけです」

「あの米騒動の裏にこんな作戦があったとは、夢にも思わんじゃろうな」

 

 財務局長であるホムラの爺様が、まるで化け物でも見るような目で俺を見た。

 俺は涼しい顔で受け流し、手元の資料を卓上に広げる。

 

「そんな田の国からの情報により、大蛇丸の現状は判明しました。奴は木ノ葉崩しに失敗し器を入れ替えましたが、現在は状態を安定させているようです。また、田の国側もただ黙って大蛇丸の隠れ蓑になっていたわけではなく、独自に調査を行っており、奴らが把握している『拠点の位置情報』や『食糧などの納入記録』を提出してきました」

「だが、その拠点情報を素直に信じるわけにはいかねぇな」

 

 軍政局長の奈良シカクさんが、首の後ろを掻きながら口を挟んだ。

 

「あの猜疑心の塊みたいな大蛇丸が、ただの隠れ蓑にすぎない田の国の上層部に、自分の寝首を掻けるような情報を握らせるはずがねぇ。田の国から得られた拠点情報は、せいぜい奴らの末端の動きを誤認させるための囮だろうよ」

「ええ、おっしゃる通りです。だからこそ、それらの情報はすぐに情報局へ回しました」

 

 俺が円卓の向かいに視線を向けると、情報局長である山中いのいちさんが、新たな広域地図を円卓の中央に広げて目を細めた。

 

「ああ。田の国が提示してきた拠点情報が大蛇丸の『囮』であることは想定内だ。だから、うちの解析班でそれらを最大限活用させてもらった」

「活用、だと?」

 

 綱手様が怪訝そうに眉をひそめる。

 

「はい。これまで、軍政局の猟犬部隊と砂隠れの忍たちが血眼になって田の国周辺を捜索し、怪しい拠点候補を大量に洗い出してくれていました。……そこから、田の国が掴まされていた囮の拠点と被っている箇所を、すべて『外れ』として消去したんです」

 

 シカクさんが「なるほどな」と感心したように息を吐いた。

 

「膨大な候補地から、わざわざ一つずつ裏取りして囮を潰す手間が省けたってわけか。で、残った本命候補に、別の情報をぶつけたんだな?」

「その通りだ」

 

 いのいちさんが、地図上の三つの地点に赤いピンを突き立てる。

 

「残った候補地に対し、嘘を混ぜにくい『食糧の納付記録』を照らし合わせた。人間である以上、飯は食わなきゃ生きていけないからな。そしてさらに、シラカワ商会が弾き出した、一般的な実験器具や生活物資の『流通記録』。……これら軍事、物流、経済の情報を我々情報局で比較して、さらに絞り込んだ」

 

 情報を単体で見るのではなく、各局から上がってきた記録を一つの場所で統合し、照らし合わせる。これこそが、防衛と情報が直接連携する新しい十一局体制の真骨頂だった。

 

「結果、最も信憑性の高い怪しい地点が三箇所割り出せた。このいずれかが、間違いなく大蛇丸とダンゾウが潜む現在の本拠地だ。……だが、ここから先を一つに絞り込むには決定打に欠ける」

 

 円卓を囲むメンバーたちの間に、重い沈黙が落ちる。誰もが手元の地図を睨みつけ、僅かな息遣いだけが室内に響いた。

 シカクさんがふと思いついたように、円卓の地図を見下ろしながら口を開く。

 

「……それなら、大蛇丸の『器』の弱点と、物流の『物理的な限界』から絞り込むことは出来ないか?」

 

 シカクさんは卓上の広域地図に置かれた三つのピンを見つめ、静かに言葉を継いだ。

 

「さっきヨフネも言ったが、大蛇丸は他人の肉体を乗っ取っている状態だ。当然、肉体の拒絶反応を抑え、状態を維持するための特殊な丸薬や医療器具を大量に消費しているはずだ」

「……なるほど。希少な消耗品ほど、流通ルートは追いやすいですね」

 

 俺が応じると、シカクさんは短く頷いた。

 

「ああ。情報局と医療局の記録を合わせればいい。『特定の薬品』を極秘裏に買い付けているルートや、過去の発注履歴を辿れば、三つの候補地のうち『今まさに大蛇丸が籠もって薬を消費している場所』が浮き彫りになる。もう一つは、物理的な『距離の限界』だ。大蛇丸もダンゾウも、自分たちで直接買い出しには行かない。末端の連絡員や使い走りが動いているはずだ。だが、人目を忍んで重い物資を運ぶ以上、人間の体力と移動時間には必ず限界が生じる」

「……なるほどな」

 

 執務机の奥で腕を組んでいた綱手様が、好戦的な光を瞳に宿して身を乗り出した。

 

「だが、田の国周辺の裏市場へ流れた薬品の記録は膨大だ。今すぐ洗い出せる量じゃない。……シズネ!」

「はい、綱手様!」

 

 控えていたシズネが背筋を伸ばす。

 

「すぐに医療局の解析班を動かせ。外交局にいるタシの医療班も呼べ。あいつらなら商会の帳簿の読み方にも慣れているはずだ。大蛇丸が他者の細胞を無理やり定着させるための強力な劇薬と、肉体の拒絶反応を抑える特殊な丸薬……医療忍者でなければ気付かないような違和感を見つけるんだ」

「承知いたしました!」

 

 

*

 

 

 数日後。

 火影邸の執務室には、乾いた紙の束が擦れる音と、濃いコーヒーの匂いが充満していた。

 

 徹夜明けで微かに目の下に隈を作ったシズネとタシが、分厚い資料の束を抱えて俺たちの前に立っている。数日間、膨大な帳簿と睨み合い続けた疲労がその表情には滲んでいたが、二人の瞳には確かな成果を掴んだ光が宿っていた。

 

「……洗い出し、完了しました」

 

 タシが手元の資料を円卓に置く。

 

「個人で使うには量が異常に多く、かつ過去五年の履歴を確認し、急激に発注が増えている商会がありました。滝隠れと草隠れの国境付近にある、偽装された小さな薬問屋です」

 

 シズネが地図上の地点を指し示した。

 

「表向きはただの問屋ですが、波の国の経済圏から弾かれた後、この商会だけが田の国方面へ異常な量の拒絶反応を抑える薬を流しています。しかも、その発注の頻度は木ノ葉崩しの後をピークに徐々に下がっている……情報通り肉体への定着が順調なのかもしれません」

「でかした、お前たち。……ヨフネ、いのいち。この商会が薬の受け渡しに使っている『荷受け地点』は特定できるか?」

 

 綱手様の視線を受け、俺と情報局のいのいちさんが同時に頷く。

 

「シラカワ商会の情報網と照合済みです。……ここです」

 

 俺は地図上の、田の国南部の外れにある小さな廃村に新たなピンを刺した。

 

「これが、奴らの連絡員が極秘の薬を受け取っている、現在の裏の荷受け地点です」

「よし、情報は揃ったな」

 

 シカクさんが手元の定規で地図の縮尺を確認し、筆を走らせる。

 

「田の国南部にあるこの荷受け地点を中心として、連絡員が誰にも見つからずに日帰りで往復できる最大の距離を、地図の縮尺と人間の脚力から逆算する」

 

 薬の荷受け地点を中心に、連絡員の「移動の限界」を示す円が地図上に描き込まれる。

 円の境界線が、三つあった候補地のうちの二つを完全に除外し……ただ一つ、鬱蒼とした深い森の奥深くにある地点のみを囲い込んだ。

 

「……ここだ。その限界距離の円の中にある地点。この場所こそが、大蛇丸とダンゾウが潜む、真の本拠地の可能性が高い」

 

 各局から上がってきた断片的な記録を繋ぎ合わせた結果、初めて本拠地と思わしき場所が特定できた。

 

「各局の連携が、見事に機能しておるのう」

 

 窓際で紫煙を吐き出していたヒルゼン様が、呆れたような、それでいて頼もしげな苦笑いを浮かべた。

 

「各局がそれぞれの仕事をした結果です。里に仇なす者には、相応の負債を清算してもらうまでですから」

 

 俺がそう応じると、綱手様が「やれやれ」と頭を抱え、ホムラの爺様はため息をついた。

 

「……ですが、悠長に余韻に浸っている時間はありません」

 

 俺が声音を落とすと、室内の空気が再び鋭く冷え込んだ。

 

「自来也様からの情報網でも、暁が本格的に動き出すと見られていた時期がいよいよ近づいています。……それに、一ヶ月前に滝隠れのシブキ殿から入った凶報を忘れてはいけません。七尾の人柱力である『フウ』が、護衛していた上忍二人とともに中忍試験の帰路で暁に討伐され、捕縛されています」

 

 その言葉に、綱手様が忌々しそうに眉をひそめ、三代目が重い息を吐いた。

 かつて滝隠れで出会った、無邪気に誰とでも友達になろうとしていた少女の顔が脳裏をよぎる。俺が危惧し、先手を打ってシブキ殿と情報共有の約束を取り付け、こちらの監視網も敷いていた。

 

 だが、それでも最悪の事態は防げなかった。

 胸の奥底で、冷たい怒りが静かに渦を巻く。あれだけの策を講じても、暁の理不尽な暴力には届かなかった。彼らの武力は、我々の想定を上回っている。その敗北感が、次なる作戦を後押ししていた。

 

「暁という脅威が動き出した以上、世界は確実に混乱に陥ります。その時、大蛇丸やダンゾウという『背後の憂い』を残しておくことは、木ノ葉にとって致命傷になりかねない」

 

 俺は地図上の、最後に残った一つの赤いピンを見据えた。

 

「暁への対抗に全力を注ぐためにも、後顧の憂いはここで完全に絶つ。……これが、木ノ葉が他の任務を置いて総力を挙げ、大規模な作戦を展開できる『最後のチャンス』になるかもしれません」

「……ああ。この機を逃せば、永遠に背中を刺される恐怖に怯えることになるな」

 

 シカクさんが持ち前の気怠さを完全に消し去った、軍師としての鋭い声で応じた。

 

「軍政局と猟犬の総力を結集し、一撃で仕留めるぞ」

「はい。俺の直属中隊もこの作戦に投入します」

 

 俺の言葉に、シカクさんとタシ、そしてシズネやいのいちさんまでもが力強く頷いた。

 

 

*

 

 

 拠点の特定が出来た後、医療局は束の間の休息へ、兵站局は作戦に向けて物資の準備に、情報局は更なる情報の裏付けを行うため、各々の局へと戻って行った。

 

 慌ただしい足音が遠ざかり、重厚な扉が閉ざされる。人数が減って静まり返った執務室には、古いインクの匂いと、三代目・ヒルゼン様が吹かすパイプの紫煙だけが重く漂っていた。

 

 残った面々で、いよいよ具体的な作戦立案を行うことになる。

 円卓を囲むのは、ヒルゼン様、五代目・綱手様、軍政局長のシカクさん、猟犬連隊長のシスイ、そして外交局長である俺の五人と、それぞれの補佐役のみだ。

 

「部隊の編成ですが、練度の低い中忍や下忍の投入は一切見送るべきです」

 

 俺が切り出すと、シカクさんが渋い顔で頷く。

 

「違いないな。敵の本拠地には、大蛇丸の配下はもちろん、木ノ葉崩しの際に確認された実験体もうろついているはずだ。加えて、ダンゾウに付き従った『根』の残党もいる。奴らは追い詰められれば一切の躊躇なく自爆してくる。中途半端な戦力を投入すれば、混乱に乗じて余計な犠牲者が生まれるのがオチだ。それに、ダンゾウが絡む以上、下手に人数を増やせば余計な情報が里に広まる懸念もある」

「ええ。なので、事情を知り尽くしている猟犬部隊を主体とし、あとは各局から引き抜いた信頼できる上忍クラスのみを投入すべきです」

「そうだな……だからこそ、人員選定において大前提として一つ条件がある」

 

 シカクさんは円卓の面々を鋭く見渡した。

 

「今回の作戦において、元『根』に所属していた忍は、部隊編成から除外する」

 

 その言葉に、ヒルゼン様が微かに目を細めた。

 

「ダンゾウの息がかかっている可能性を危惧してのことか」

「はい。ヨフネの中隊にも、元『根』の育成層であったトルネやフー、サイとシンが配属されていますが、今回の名簿からは外させてもらいます。相手はあのダンゾウだ。舌禍根絶の印のように、本人たちすら無自覚な未知の暗示術や呪印が仕込まれていないという保証はどこにもない。内通や同士討ちの危険性は、万が一の懸念すら排除すべきです」

「可能性がある以上、仕方ないですね」

 

 俺が同意すると、シカクさんは手元の白紙の編成表をペン先で叩いた。

 

「情報の中継地となる後方の『司令部』も、確実に信頼できる身内だけで固めさせてもらう。先の木ノ葉崩しで機能した司令部体制を敷く。俺と山中いのいち。そこに、感知水球の運用が可能な飛竹トンボを中核とする」

 

 シカクさんの口から次々と名前が挙がり、指揮系統が組み上がっていく。

 

「トンボが感知水球で地中も含めた敵の動きを丸裸にし、それを俺たち司令部が解析する。そして、いのいちを介して包囲部隊と突入部隊へ時差なく指示を飛ばす。……これで現場は迷いなく動けるはずだ」

 

 そこまで決まったところで、綱手様が腕を組みながら鋭い視線を向けてきた。

 

「だが、外部からの介入はどう防ぐ? 時間がかかれば敵の増援が来るかもしれんぞ」

「ええ。だからこそ、戦闘部隊とは別に、敵の感知外の森を大きく囲むように『包囲部隊』を配置します」

 

 そう言いながらシカクさんは手元の広域地図に、本拠地を中心とした半径数キロに及ぶ広大な円を描き込んだ。

 俺が補足するように説明する。

 

「田の国からは、今回の件に関して武力行使と作戦行動の許可を出させています。国境の制約や他国の目を気にすることなく、堂々と広域に陣を敷くことは可能です」

「しかし、肝心なのはここからだ」

 

 シカクさんが地図を見下ろし、顔をしかめた。

 

「外堀を完璧に埋めたとしてもだ。環境的に、敵の本拠地は地下深くへ複雑に広がっている可能性が高い。そんな敵に有利な環境にわざわざ突入すれば、いくら精鋭でも犠牲が出る可能性が跳ね上がるぞ」

「あえて敵の有利な環境で戦う必要はないと思っています」

 

 俺は冷徹に言い放った。

 

「それができれば一番だが、どうする?」

「本拠地を、敵ごと押し潰しましょう」

 

 ヒルゼン様の咥えていたパイプから、ふつりと紫煙が途絶えた。シカクさんが編成表を叩いていたペン先の音も止まる。

 

「……おいおい。敵も地下の崩落の危険性くらいは承知しているはずだぞ。土遁などの衝撃には備えているはずだ」

「ええ。ですから、その想定を上回る圧倒的な質量を上から叩きつけようと思います」

 

 俺が横へ目配せをすると、猟犬連隊長のシスイが無言で一枚の分厚い紙を円卓に広げた。

 

「俺が指示して開発を進めていた、特殊忍具の設計図です。……これを、打ち込みます」

 

 シスイが広げた図面を一瞥した綱手様とシカクさんが、絶句したように目を見開いた。それは、地下施設を物理的に破壊するためだけに作った、忍界の常識を外れた規格外の『兵器』だ。

 

「……お前、いつの間にこんな物を……」

「大蛇丸に逃げられた後からです。二度と逃がさないと決めていましたから」

 

 俺が淡々と答えると、ヒルゼン様が深いため息をつき、シカクさんが頭を抱えるように額を押さえた。

 

「なるほどな……。しかし、これだけでは……」

「ええ、これだけではありません。これが、俺と猟犬であらかじめ作成しておいた対地下施設の破壊作戦の全概要です」

 

 俺がさらに数枚の作戦図を展開すると、シカクさんは図面を食い入るように見つめ、やがて獰猛な笑みを浮かべた。

 

「これなら……確かに。敵全てを倒すことは出来ないだろうが、馬鹿正直に突入するよりかは遥かに安全に戦えるはずだ。懸念だった穢土転生も封じることができる」

「……そうだな。この方法を採用しよう」

 

 綱手様が力強く頷き、シカクさんへ視線を向けると肝心の議題に入る。

 

「さて、では本拠地を物理的に押し潰した後に残るであろう大蛇丸とダンゾウを仕留めるための、主力部隊の編成に移ります。主力部隊二つで目標それぞれに対応する形を想定しています」

 

 シカクさんが地図の上に二つの赤い駒を置くと、猟犬連隊長であるシスイがスッと手を挙げた。

 

「一つ目の部隊は、俺が率います。人員ははたけカカシ、うちはサスケ、そして日向ホヘトを指名します」

 

 その言葉に、シカクさんが「なるほどな」と感心したように息を吐いた。

 

「写輪眼三人に、白眼一人か。過剰戦力にも程がある……と言いたいところだが、相手が相手だ。それに強力な瞳術を持つ者同士でなければ邪魔になるかもしれないな」

「ええ。それに……俺たちはあの夜見ました。ダンゾウが、回収した写輪眼を自身の肉体に移植し、死を夢に書き換える禁術『イザナギ』を使う姿を」

 

 俺はシスイを見据えた。

 

「ダンゾウの動きについては、不自然なチャクラの流れを、ホヘトの白眼で絶対に見落とさせるな。イザナギの発動回数を正確にカウントし、最後の一回まで確実に削り切れ」

「了解しました、隊長。……あ」

 

 シスイが真剣な顔で頷いた直後、ハッとして言葉を詰まらせた。

 

「局長だ。あいつの白眼を存分に活かしてやれ」

 

 俺が微かに口角を上げて訂正すると、シスイは気恥ずかしそうに首の後ろを掻きながら「ありがとうございます」と笑った。周囲のメンバーたちも、張り詰めていた肩の力をほんのわずかに抜いて息をつく。

 

「となると、二つ目の部隊はヨフネの班か」

 

 綱手様が腕を組みながら問いかけてくる。

 

「それなんですが、今回はシスイの代わりに猟犬部隊を指揮しようかと思います」

「どうしてだ?」

 

 俺の言葉が意外なのか、シカクさんが怪訝そうに聞いて来る。

 

「今回の戦場は遮蔽物も少なく、混戦になる可能性が高いからです。今回の主戦場において、俺の狙撃は役に立ちそうにありません」

「だが、お前には雷刀もあるし、近接戦闘能力でも、対応力でも、木ノ葉では随一だ」

 

 シカクさんの評価が高いことに喜びつつも、苦笑いしながら答える。

 

「それでも、俺にはチャクラがありません。継戦能力に欠けるんです。その欠点を補うために、俺は猟犬部隊を創りました」

 

 俺の言葉にみんなが唸るように黙った。

 

「対応力はあるつもりですので、中隊規模の猟犬を編成させてもらえれば、大蛇丸とダンゾウ、どちらかの戦闘支援に回ることが出来ます」

「……お前の意図は分かるが、それでは誰が残りの片方を相手にする?」

 

 重苦しい沈黙を破ったのは、窓際でパイプを吹かしていた三代目だった。

 老いた火影は静かに円卓へと歩み寄り、俺たちを見つめた。

 

「二つ目の部隊には、ワシが出よう。護衛には、暗部の者をつける」

「ちょっと待ってくれ!」

 

 綱手様が驚愕に目を見開くが、ヒルゼン様は静かに首を振った。

 

「ワシが撒いた種じゃ。かつての弟子と、かつての戦友……この二人の責任を、若者だけに押し付けるわけにはいかん。それにヨフネが辞退せずとも、名乗り出るつもりであった」

 

 三代目火影としての、いや、一人の老いた忍としての覚悟だった。感傷に流されるべきではないと頭では理解しつつも、旧世代の背中が放つ静かな覚悟に、俺は深い敬意を抱かざるを得なかった。

 

「そこまで言うなら、これ以上は止めないが……死ぬなよ先生」

 

 綱手様のその言葉に笑って答える三代目に、俺から忠告をしておく。

 

「ただ、自分の班だけで対応しようとしないで下さい。周りには即座に反応できる俺たちが展開しているので、必ず使って下さい。簡単に死ぬような鍛え方はしていません」

「過保護じゃの。だが、分かった」

「三代目が出てくださるのなら、戦力としては申し分ありません」

「任せておけ」

 

 そう言って笑う三代目の姿は、頼もしさがあった。

 

「ヨフネ、お前の率いる中隊に何か希望はあるか?」

「まず俺の班には、山中サンタ、日向ネジ、そして……香燐を加えます」

「まさかお主……!」

 

 香燐が草隠れでどういう非道な境遇にあったかを知る三代目が、血相を変えて身を乗り出した。

 

「まだあの子は子供だぞ! それにあの子の体質を利用するなど、正気の沙汰ではない!」

「ええ。俺も最初は外すつもりでした。ですが、香燐本人が参戦を強く直訴してきました」

 

 俺は一切の揺らぎのない声で、綱手様とヒルゼン様を見据えた。

 

「彼女は『何かあればいつでも私の力を使ってほしい。誰かに命令されて道具として消費されるんじゃない。私は、私の意志で、みんなを助けたいんだ』と。それに彼女ももう間も無く十七歳、サスケと同じ歳です」

 

 大蛇丸やダンゾウが、人間を実験体や使い捨ての道具としてしか見ていないのに対し、俺たちは彼女の「意志」を尊重してきた。草隠れで使い捨ての道具として扱われていた彼女を救い出したからこそ、その決意を無下にはできなかった。

 

 ……それに俺だって、自分の班の回復役にするためだけに助けたわけじゃない。ただ大蛇丸の配下を削りたかっただけだ。

 

「……分かった。アタシからはこれ以上言わん。彼女の覚悟を、しっかり守り抜いてやれ」

「分かりました。残りは十二人については、他の具体的な編成が決まってから、シスイと打ち合わせします」

 

 香燐の参戦も許可され、その他の編成についてもひと段落したタイミングで、シスイが挙手をして、発言する。

 

「……最後に一つだけ、共有しておくべき懸念事項があります」

 

 シスイがそう言って広域地図へ視線を落とすと、シカクさんたちが怪訝そうに眉をひそめた。

 

「以前、暁よりも先回りして大蛇丸の拠点を潰せた際には、綱手様が調合してくれた『イタチの薬』を跡地に置いていくと決めていましたね」

「ああ。万華鏡写輪眼でないと見抜けない幻術で隠しているって話だったな」

「ええ。たまに置いた薬が回収されているかを確認することで、イタチたちの移動ルートをおおよそ把握できています。途中、まだ潰していない拠点はいくつかあるのですが……今回作戦の舞台となる本拠地は、完全にそのルート上に位置しています」

 

 シスイは地図上の赤いピンを指差した。

 

「つまり、作戦中にイタチたち暁と鉢合わせる可能性がある」

「ほう……」

 

 綱手様が口元に意地悪な笑みを浮かべ、冗談めかして言った。

 

「なら、いっそイタチに大蛇丸の討伐を任せるか?」

「火影様、ダンゾウが逃げては意味がないんですが」

 

 シカクさんが即座に、呆れたような声で釘を刺した。

 

「大蛇丸だけ、あるいはダンゾウだけやっても意味がありません。あの二人を同時に倒すことにこそ、この作戦の意義があります」

「分かっている。言ってみただけじゃないか」

 

 綱手様が少し拗ねたようにそっぽを向くと、シスイが静かに口を開いた。

 

「周囲の感知水球で包囲する部隊には、もし作戦中に暁が接触してきた場合、『監視と報告に徹しろ。本隊で対処する』とでも伝達しましょう。これなら、現場の忍たちも不信感を抱かずに命令に従うはずです」

「ああ、それがいい。無用な混乱は避けるべきだ」

 

 シカクさんが同意すると、シスイはさらに言葉を継いだ。

 

「念のため、今回も俺がイタチ宛てのメッセージを添えた薬を置いてきましょうか?」

「それは構わんが……なんと伝える気だ?」

 

 綱手様が怪訝そうに尋ねる。

 俺とシスイは視線を交わし、微かに口角を上げた。

 

「それは――」

 

 俺がその内容口にすると、円卓に一瞬の重い沈黙が落ちた。

 やがて、シカクさんが渋い顔で唸るように言った。

 

「上手くいくとは限らない……が、お前を信じよう」

 

 シカクさんが俺たちの案を聞いて難色を示してはいたが、最終的にはそう納得してくれた。

 

「では大枠が決まりましたので、あとは細部を詰めていきましょう」

 

 これからの掃討戦に向けた準備は、夜更けまで静かに続けられた。

 

 

 

*

 

 

 

 作戦会議の終了から十日後。

 

 田の国の深い森。大蛇丸とダンゾウが潜むと目される本拠地から離れた場所で、俺たちは監視班からの報告をひたすら待っていた。拠点が割れたところで、ターゲットが全員揃わなければ意味がない。

 

『報告。大蛇丸が監視網に引っ掛かりました。一人で拠点に向かうものと思われます』

 

 一週間が経った時、ようやく田の国に配置した監視網に大蛇丸単独の姿が確認された。拠点から見てちょうど北に位置する監視員からだ。

 

『よし、視線を絶対に向けるな。そのまま木ノ葉と反対方向に向かえ』

 

 山中一族の思念伝達で素早く指示を出す。言葉を発する必要がなく、脳内で直接会話できるこの術のおかげで、ここまで表面上は悟られずに済んでいる。

 

「これで大蛇丸が拠点に入れば、ダンゾウと大蛇丸が揃うな」

「はい。監視して一週間で揃ったのは、運が良いと言うべきですかね」

「俺たちにとってはな」

 

 上忍班長のシカクさんとやり取りを交わしながら、俺は現在一番過酷な役目を担っているであろう日向トクマの顔を思い浮かべた。

 

「あいつは偵察が得意とはいえ、一人で一週間も拠点の入り口に張り付くのは精神的にまいるだろう」

「少しでも負担を軽くするために、林の国から術を買ったんです。ここは踏ん張ってもらいますよ」

 

 俺の言葉に、シカクさんが怪訝そうな顔でこちらを見た。

 

「術を買ったと言うが、いくらで買ったんだ? お前個人が出したと聞いたが……」

「ええ。林の国の憎き敵でもあるダンゾウ討伐のためと言うと、少し値引きしてくれましたよ。だいたい二千万両位でしたかね。あとは米騒動での損失補填の関係で、ちょっとだけ口利きをしてあげました」

「は……?」

 

 シカクさんは、大きくため息をつき、頭を抱え込むようにして天を仰いだ。波の国の一件などで俺が稼いでいることを知っている彼でも、流石に眩暈がしたらしい。

 

「お前、本当にどこからそんな金引っ張ってきてるんだ……。個人の財布から二千万両って、大名じゃあるまいし……」

「勝手に貯まったお金ですし、部下の命の安全が買えるなら安いものですよ」

 

 実際、極めて安い買い物だった。林の国の暗殺部隊である般若衆から買った術は『迷彩隠れの術』である。周囲の光の反射をコントロールし、己の姿や影を完全に風景と同化させる高度な隠密術だ。肉眼では何もない空間に見えるため、通常の視覚で捉えることはほぼ不可能に近い。

 

 トクマはその術を使い、身動きをほとんどしないまま極度の緊張状態を維持して監視を続けている。この一週間、チャクラを完璧に抑え込みながら潜伏し続ける忍耐強さは、彼特有の特筆すべき才能だった。

 

 

 

 数刻後、そのトクマからとうとう報告が入った。

 

『大蛇丸が本拠地に入っていく姿を確認しました。ダンゾウが出て来た様子もありません。こちらの手配書に載っている中で確認出来ていないのは、大蛇丸の側近である薬師カブトのみです』

 

 カブトの不在。今後の戦局を考えるならあまりにも痛いが、これを理由に作戦の中止を求めることなどできなかった。里の目標はあくまで大蛇丸とダンゾウの同時討伐なのだ。それに、既に拠点に籠っている可能性もある。

 

「ようやくだな。これ以上は待てない」

 

 俺が僅かに眉をひそめたのを見てか、シカクさんが静かに告げた。

 

「すでに監視は向こうにもバレていると想定して行動すべき段階だ。一気にいくぞ」

 

 俺は黙って頷いた。

 

『全部隊に通達。包囲網を完成させよ』

 

 俺の指示が飛んだ直後、拠点のある森の外側を完全に囲い込んだという報告が、各班から次々と飛び込んでくる。

 

『包囲網完成。感知水球の準備にかかります』

 

 飛竹トンボからの念話を聞き、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

「シカクさん、俺も準備に入ります」

「ああ、こっちの指揮は任せておけ」

 

 そう言って、シカクさんはこちらを見ずに軽く拳を突き出して来た。彼にしては珍しい熱の入った行動に少し笑いながら、俺は自分の拳をコツンと合わせた。

 

 

*

 

 

『見張り、八名。処理完了』

 

 俺が上空の持ち場に着く頃、先行部隊から報告が入る。そして、この部隊の『眼』を担うトンボが、包囲網を展開する部隊によって刻まれた術式を起点として、敵の拠点をすっぽりと覆い隠す巨大な『感知水球』を起動させた。

 

 これで、結界の内側で動くすべてのチャクラが、水面の波紋のように可視化される。さらに、山中いのいちさんによって、水球が捉えた情報は瞬時に必要な部隊員の脳内へと共有される。

 

『感知水球、起動しました』

 

 これで整った。

 

 俺は元『根』のサイが描いた巨大な鳥獣戯画の上に、祖母であるうたたねコハルと共に乗っていた。暗示のリスクを考慮して直接の戦闘を禁じられているサイは、操縦のみに徹している。

 

 見下ろす森の地中深く、そこに大蛇丸とダンゾウがいる。

 

『テッセン、準備はいいか』

 

 俺が呼びかけると、同じく上空を旋回する十体の鳥型傀儡を操る傀儡部隊の隊長、テッセンが応じた。

 

『問題ない。いつでも』

『よし。……第一陣、開始』

 

 合図と共に、周囲を飛ぶ十体の傀儡のうち、五体の腹部に刻まれた口寄せの術式から、巨大な金属の杭が投下された。空気抵抗を極限まで削ぎ落とした、円柱の形状。無駄な風切り音すら立てず、重力に引かれた五本の杭は、拠点を覆うように五角形を描いて、地面へと深々と突き刺さった。

 

 だが、当然落下エネルギーだけでは、強固な地下施設を貫くには足りない。

 

「打ち込めッ!」

 

 地上で待機していた秋道チョウザさんが吠えた。

 

『超倍化の術!』

 

 チョウザさん、チョウジ、そして猟犬部隊に所属するマルテンの三人が、同時に肉体を巨大化させる。マルテンの目には、上空からでも確かな怒りが見えた。

 

 かつてダンゾウの凶刃から俺を庇い、命を落とした秋道シトウ。彼に憧れて猟犬を志したマルテンにとって、この一撃は単なる作戦ではない。秋道一族としての誇りと、シトウの無念を晴らすための、猟犬としてのけじめだ。

 

「くたばれッ!!」

 

 マルテンの巨腕が、チョウザさんとチョウジの拳と共に、突き刺さった杭の頭頂部を凄まじい超質量で打ち据える。

 

 ズンッ! と、大気が震えるような重い打撃音が響き渡り、大地が激しく波打った。数トンに及ぶ金属の杭が、分厚い岩盤をへし折る凄まじい振動と共に、一気に地中深くへとめり込んでいく。

 

 そして同時に、残る二本の杭にも全く質の異なる打撃が叩き込まれようとしていた。

 

「しゃーんなろォォォォッ!!」

 

 鉄板の入った黒い革手袋を締め直したサクラが、杭の上に跳躍し、極限までチャクラを練り込んだ右拳を振り下ろす。火影として里を離れられない綱手様に代わり、弟子である彼女が直々に推薦され、この一撃を任されていた。

 

 師から受け継いだ『桜花衝』によるチャクラの爆発的な解放は、杭の周囲の岩盤を木っ端微塵に粉砕する。凄まじい風圧と破砕音を伴って、杭が地面に呑み込まれていく。

 

 最後の一本。日向ヒザシが、静かに杭の上に降り立った。

 

「……日向は木ノ葉にて、最強」

 

 柔拳の構えから、掌底が杭の芯を正確に捉える。

 

『八卦・空掌ッ!』

 

 高密度に圧縮されたチャクラの衝撃波が、金属の杭の内部を伝導し、地中の岩盤を直接内部から破壊しながら、杭を滑るように奥深くへと押し込んでいく。それを五発、六発と、寸分の狂いもなくただ一点に連続で打ち込まれる。

 

 かくして、五本の杭は完全に地中深くまで打ち込まれた。

 

 直後、工兵班が杭の上部にある突起にワイヤーを括り付け、さらに奈良家が影縛りの術でワイヤーの影を踏むことで、杭をその場に完全に固定する。

 

「打撃手、退避!」

 

 工兵班を率いるダエンの声に合わせて、チョウザさんとマルテンが巨体を解除し、掃討部隊への合流へと走る。チョウジはシカマルの元へ。サクラはタシ率いる医療班へ。ヒザシは結界班の護衛につく。

 

 彼らが杭から離れたタイミングを見計らい、俺は片手で起爆の印を結んだ。

 

 次の瞬間。

 

 足元の森全体が、大きく波打つように跳ねた。

 五本の杭の先端に仕込んでいた指向性起爆札が一斉に起爆したのだ。爆発のエネルギーは上には逃げず、下方向へと収束された衝撃波が地下施設の天井を粉砕し、地中の空洞が連鎖的に崩壊していく。地鳴りを上げながら、森の地表が巨大なすり鉢状に陥没していった。

 

「婆さま、頼む!」

「言われんでも!」

 

 婆様はサイの鳥の上で、巨大な金属杭を口寄せして取り出した。先ほど打ち込んだ物よりも短いが、貫通に特化し、中心部に指向性起爆札と数万発の散弾を仕込んだ特注の杭だ。

 

 俺では、僅かな重量しか念動力で浮かせることができない。だが、格の高い狐を憑かせている祖母の強力な神通力であれば、この巨大な杭を空中に固定することが可能だ。

 

 俺は心臓の真上に刻んだ『疑似経絡』を起動し、チャクラの出力を通常の倍へと引き上げた。かつて先代水影との戦いで暴走していたこの術も、今では何とか制御することが可能となっていたが、代償は極めて重い。皮膚の下で経絡系が焼け焦げるような激痛が走り、腕の筋肉が内側から断裂しそうな熱を帯びる。

 

(まだだ……チャクラの出力を落とすな、耐えろ……!)

 

 奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばり、俺は痛みに震える右腕を無理やり固定した。

 

――雷遁・超電磁砲

 

 放たれた巨大な杭は、発射と同時に音速を遥かに超え、閃光となって空を切り裂いた。

 

 空気を焼き焦がしながら落下した杭は、五角形の中心部、陥没して蓋をした土砂ごと、地下施設の最深部を完全に粉砕しながら深々と突き刺さった。着弾の勢いが止まったタイミングで、杭の内部に仕込まれた指向性起爆札が炸裂する。数万発の散弾が嵐のように撒き散らされ、拠点の内部を引き裂いた。

 

 第一弾で主要な柱をうまく破壊できたのか、俺の攻撃で地下から分厚い土煙が噴き上がった。

 

「……サイ、婆さまを連れて里へ戻れ。お前の役目はここまでだ」

「了解しました」

 

 サイは無言で俺を地上へ降ろすと、即座にコハルを連れて木ノ葉の方角へ飛び去っていった。

 地上に降り立った俺は、激痛とチャクラの枯渇によってその場に片膝を突いた。

 

「隊長!」

 

 香燐が駆け寄り、自分の白い腕を真っ直ぐに差し出してくる。俺は躊躇いながらもその腕に噛みつき、彼女の莫大なチャクラを吸い上げていく。

 

「隊長! 遠慮せずにもっと……! 私なら平気だから!」

「……ありがとう。でも、俺はもう満タンだよ」

「あ、えっと……」

 

 俺を慕ってくれる彼女の必死さと申し訳なさが入り混じった言葉に小さく礼を言い、俺は痛みの引いた腕で立ち上がり、戦場を見据えた。

 

『第二段階、注水!』

 

 作戦は止まることなく継続しており、ダエンが最前線で冷徹に号令をかけていた。

 

 合図と共に、上空で待機していたテッセン、コカゲ、テンテンら傀儡部隊が動く。十体の鳥型傀儡の腹部から、次なる口寄せの巻物が解放された。

 

 そして瀑布のような大量の水が、上空から一気に降り注ぐ。水は、陥没したすり鉢状の大穴を通って、破壊された地下施設へとすさまじい重量と共に流れ込んでいく。

 

 数分も経たずに、地下空間は冠水した。

 

『工兵班、やれッ!』

 

 ダエンが叫ぶ。

 五本の杭を起点に、ダエン率いる工兵班が一斉に土遁を発動した。特定の周波数で地面を激しく揺さぶり、水と土砂を強制的に混ぜ合わせる。液状化現象だ。強固だったはずの地盤が、瞬く間にドロドロの泥の海へと変貌する。

 

「押し潰せェッ!」

 

 液状化した土壌に対し、工兵班が四方から凄まじい圧力の土遁をかける。逃げ場のない地下空間が、泥の重みと土圧によって、一気に内側へと潰れていく。だが、その強烈な流動の中でも、奈良家の影縛りによって固定された五本の杭は微動だにせず、泥の海に沈み込むことはない。

 

「結界班、展開!」

 

 護衛のヒザシの声に応じ、五本の杭の上に、結界班の忍たちが一人ずつ飛び乗った。

 彼らは足元にチャクラを流し込み、五大性質変化を用いた強固な陣を構築する。

 

『五行封鎖陣!』

 

 青白い光が五角形を描き、液状化した戦場全体を覆い尽くした。

 

 この術は、木ノ葉が再編された時から防衛局の結界部に頼んで開発してもらっていた、今回の作戦の肝となる術だ。物理的な障壁ではない。対象の空間移動、口寄せ、逆口寄せなど、あらゆる『時空間忍術』のみを妨害する特殊な結界。

 

 結界内では味方も口寄せを使うことはできないが、事前に呼び出しておけば良いだけだ。ただ暗器使いなどの戦闘には支障をきたすため、彼らは編成から除外させてもらった。

 

 これにより、大蛇丸やダンゾウが空間を跳躍して逃亡する手段は完全に塞がれた。そして何よりも、これで死者を呼び戻す禁術・穢土転生を封じることが出来た。

 

「工兵班、撤退!」

 

 役割を終えたダエンたち工兵班が、流れるように後方へと下がる。代わって前に出たのは、油女シビ先生率いる地中攻撃部隊だ。

 

「……ヤマト、行くぞ」

「はい、シビ先輩」

 

 シビ先生率いる油女一族の袖口から、チャクラを喰らう寄壊蟲が黒い霧のように泥の中へ這い入っていく。同時に、ヤマトが木遁の根を地中深くまで張り巡らせ、瓦礫の隙間に残った敵を串刺しにし、物理的に拘束していく。

 

 時空間忍術を封じられ、地下を液状化で押し潰され、蟲と木の根に追い立てられた敵に、残された道は一つしかない。息をするために、地上へ這い出る。それだけだ。

 

 

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