同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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077.八岐

 

 

 拠点の破壊に成功し、俺たちは固唾を飲んで地上で待機していた。

 

 そこに、泥を跳ね除け、大蛇丸やダンゾウの部下たちが激しくむせながら次々と地上へ飛び出してきた。

 

 土遁を得意とする者や、呪印の力で肉体を強化した実験体たち。彼らの目は泥に塗れ、突然の生き埋めから逃れた安堵と、酸素を求める生存本能で血走っていた。

 

 だが、彼らが這い出た先は、決して安全な地上ではなかった。そこは、網の目を張る二百名以上の猟犬たちが待ち構える、冷酷無比な必殺の陣だ。

 

『座標、ほ-四、三名浮上』

『了解。処理する』

 

 感知水球の共有網を通じ、敵がどこから這い出てくるかの情報は、遅滞なく必要な班に共有されている。這い出てきた敵の背後に、音もなく四人一組の猟犬が降り立ち、無慈悲に敵を仕留めていく。

 

 敵が振り返るより早く、クナイが頸動脈を切り裂き、土遁が足を縛り、雷遁が心臓を焦がす。大蛇丸の配下たちが呪印の力を解放しようと肌に黒い紋様を浮かび上がらせるが、その変化が完了する前に、文字通り首が飛ぶ。

 

 怒声も、悲鳴も、熱い言葉もない。息も絶え絶えに地上へ逃げ延びた者から順番に、確実な連携によってただの肉塊へと処理されていく。血と泥の混じった不快な匂いが、戦場に立ち込めていた。

 

 俺の横には、長きにわたる因縁を清算するために集結した三つの主力部隊が集中力を高め待機している。

 

「……雑魚の掃除が終わる。そろそろ本命が来るぞ」

 

 

*

 

 

 アジトのあった森は、爆撃によって木々はなぎ倒され、土砂がむき出しになっており、その西側には、三代目が率いる小隊。東側には、シスイ班が。そして戦場の中央。俺の中隊が、どちらにも行けるように待機していた。

 

 そして突如、俺と三代目の間に広がる不自然に平坦な土砂が、内側からの膨大な圧力によって爆発的に噴き上がった。

 

「来ます!」

 

 香燐の鋭い警告と同時、空高く舞い上がった泥の雨の中から、殺気を放つ大柄な男が飛び出してきた。両腕と顔の半分を仮面にも似た異形に変形させたその男は、着地と同時に周囲の地面を殴り付け、重い呼気を漏らしながら周囲を睨みつける。大蛇丸の呪印のオリジナル、重吾だ。

 

 だが、俺の視線はその直後に地中から現れた「もう一人」の姿に釘付けになった。

 

 重吾の背後を追うように、ひどく静かに、まるで何事もなかったかのように優雅な足取りで地上へ滑り出た青年。病的なまでに白い肌、額の二つの赤い点。そして何より、その背中から突き出した異様に変形した骨格。それを見た瞬間、俺の心臓が冷たく跳ねた。

 

(あれは君麻呂か? 本来なら、とうに病で死んでいるはずのあいつが、なんでここに……!)

 

 一目で分かる。かつて全滅したはずの霧隠れの狂気、血継限界を持つ「かぐや一族」の生き残りだ。

 全身から放たれる死の気配。動揺を悟られぬよう表情筋を凍りつかせながら、俺は素早く周囲の気配を探った。

 

 いない。

 

 俺の警戒リストの最上位に位置する男、薬師カブトの姿が見当たらない。第四次忍界大戦におけるあの男の厄介すぎる暗躍を思えば、ここで仕留めておきたかったが、すべてが予定通りとはいかないようだ。まずは目の前の標的を処理するしかない。

 

 そして最後に、まるで泥の底から湧き出る蛇のように、大蛇丸がヌルッと這い出てきた。

 

「……随分と、派手な歓迎をしてくれるじゃない」

 

 若々しい青年の顔を晒した大蛇丸が、気味の悪い金色の瞳で俺たちを舐め回すように見渡した。

 

 その異様な威圧感に飲まれそうになった瞬間、山中一族の思念伝達が届く。猟犬本部に詰めているシモンからリアルタイムの戦況が届く。

 

『東側にダンゾウおよび配下十八名も地中より現れました。地中の敵はシビ隊長率いる部隊により制圧。地上に這い出た実験体および配下も、全て捕獲・討伐済みです』

 

 シモンの事務的で冷徹な声が、俺を冷静にさせてくれる。

 

『現状を精査。残存戦力、約百八十名。下忍・中忍と負傷者を除き、前線で確実に機能する実戦戦力は五十名。これより部隊を再編します』

 

 目の前で大蛇丸が嗤っている裏側で、着々と陣容が整えられていく。

 

『シスイ班が展開する東側へ、事前の行動予測に基づき、猟犬四十八名を三つの中隊に分けて結界の外の森側から投入。ダンゾウとその配下十八名に対し、数的優位を確保します。三代目と局長の隊で、中央の三人を抑えてください』

 

 被害ゼロ。戦力比の確定。包囲網の構築。

 

 俺は小さく息を吐き、指揮官としての理性を引き戻した。

 

「これでもね、君には感謝しているのよ。ヨフネ君」

 

 大蛇丸が不気味に微笑み、俺を真っ直ぐに見据えて語りかけてきた。

 

「私を追ってくるあの鬱陶しい『暁』の連中から金を巻き上げたそうじゃない。おかげで最近はゆっくり研究出来たわ。それに、あの不死と言われた角都を倒すなんて」

 

 この状況でも余裕がある大蛇丸に対し、俺は双剣『雷刀・牙』の柄に手をかけ、一歩も引かずに冷酷な声で返した。

 

「不死身だろうが、心臓を潰せば死ぬ。それだけの話だ」

「相変わらず、可愛げのない口を利く子」

 

 大蛇丸がクックッと喉の奥で笑う。その隣で、煙管を手にした三代目ヒルゼンが、重々しい足取りで一歩前へ出た。

 

「大蛇丸……今度こそワシの手によって間違いを正す時だ」

 

 老いた火影の声には、かつての愛弟子への深い悲哀と、拭いきれない後悔が滲んでいた。だが、大蛇丸はどこか楽しげに、残酷な笑みを深める。

 

「お久しぶりね、猿飛先生。相変わらずその老いた体に重荷を背負って……見ていて痛々しいわ」

「……」

「感謝しているとは言ったけど、私の家をこれほど派手に壊してくれるなんて酷いじゃない?」

 

 大蛇丸はゆっくりと両腕を広げた。

 

「一時しのぎのつもりで奪ったこの器だけど……彼らの特異体質は、案外気に入っていてね。こんな芸当も見せられるのよ」

 

 直後、大蛇丸の肉体が不気味な音を立てて蠢き始めた。すでに左近・右近の肉体を己の器として乗っ取っている大蛇丸の身体が、グロテスクに変異していく。

 

 右肩の皮膚が内側から裂け、もう一つの頭部、もう一つの胴体、腕、足が、まるで脱皮でもするようにズルズルと這い出してきた。

 

 寄生鬼壊の術。

 

 大蛇丸が、文字通り「二人」の全く同じ大蛇丸へと分裂し、不気味に舌舐めずりをしながら左右に展開した。人間としての原型すら捨て去ったそのおぞましい生態に、戦場の空気が一段と冷え込む。

 

 だが、歴戦の忍である大蛇丸や、死の境地を知る君麻呂とは異なり、精神的に追い詰められている者がもう一人いた。

 

「……あ、あァ……!」

 

 周囲を囲む三代目、シスイ班、そして猟犬たちが放つ殺気に当てられ、重吾の精神が限界を迎えた。

 

「殺したい……血ィ……!」

 

 会話の最中、重吾が唐突に頭を抱え、凄まじい絶叫を上げた。限界を迎えた精神が吹き飛び、彼の上半身が赤黒い異形へと爆発的に変異していく。

 

 大蛇丸が「おや」と僅かに視線を向けたその瞬間には、重吾はすでに理性を失い、狂気に満ちた咆哮と共に俺たちの陣形へ向かって猛烈な突進を仕掛けてきた。

 

 俺は即座に雷刀を抜き放ち、全隊へ向けて怒号を飛ばした。

 

「総員、戦闘開始!!」

 

 俺の声を皮切りに、猟犬の隊員たちが一斉に土遁と起爆符を展開する。

 暴発した重吾の突進に合わせるように、君麻呂が無言で自身の肩口から鋭い骨の刃を抜き放ち、二人の大蛇丸が地を這うような神速で襲い掛かってくる。

 

 同時に、遥か東側の森の奥から、無数の閃光と連続する爆音が轟き渡った。シスイ班がダンゾウの部隊と激突した音だ。

 

 張り詰めていた糸が弾け飛び、木ノ葉の運命を決する一戦が始まった。

 

 

*

 

 

 重吾が暴走する中、猟犬部隊は正面からの力比べには決して応じなかった。彼らの戦術は、相手の力を利用し、着実に削り落とすことに特化している。

 

『前衛、踏みとどまれ! ネジ、動きを読め!』

 

 山中サンタの張り詰めた声が戦場に響く。日向ネジの白眼が、巨体を覆うエネルギーの流れを正確に捉えていた。

 

『左に来ます!』

 

 ネジの情報に従い、土遁使いが泥沼を発生させて踏み込んだ重吾の足元を崩す。巨体がバランスを崩した一瞬の隙を突き、油女ムタの操る寄壊蟲が黒い影となって群がり、暴走するチャクラを微量ずつ吸い上げながら起爆札のトラップへと誘導していく。

 

 理性を失った重吾を翻弄し、自滅へと向かわせる狩りだ。

 だが、その緻密な連携の死角を縫うように、冷たい殺気が空気を引き裂いた。

 

「っ、しゃがめ!」

 

 俺の警告と同時、空気を切り裂く甲高い音と共に十発の白い弾丸、指先から放たれた骨の弾『十指穿弾』が、猟犬たちの陣形を強襲する。

 

 即座に双剣『雷刀・牙』を抜き放ち、火花を散らして数発を弾き落とす。刀身から伝わる異様に重い衝撃で手首の骨が軋んだ。

 

 土埃の向こうから、病的なまでに白い肌をした青年が滑り出てきた。彼が自身の肩口から引き抜いた鋭い骨の刃は、不気味なほどの美しさを湛えている。君麻呂は重吾を庇うように優雅な足取りで前へ歩み出た。

 

「大蛇丸様は新たな器を得られたことで、死の淵にあった私を再び癒してくださった」

 

 青年の静かな声が、喧騒の戦場に異様に響く。

 

「完治には至っていない。私があの方の器になる悲願は絶たれたままだ。……私よりも弱い者の肉体に、あの方が留まっている現実が、ひどくもどかしい」

「重吾の相手は、サンタたち『防衛・削り』の二小隊に任せる! 俺たちはあの骨野郎を叩く!」

 

 俺は即座に指示を飛ばし、手元に残る精鋭二小隊を引き連れて君麻呂へと戦線をシフトさせた。

 

 かつて第三次忍界大戦で戦ったかぐや一族は、自らの戦闘意欲に振り回されていたが、こいつは違う。

 霧隠れを恐怖に陥れた血継限界「屍骨脈」。その真価は、俺の想像を遥かに超える脅威だった。

 

「柳の舞」

 

 君麻呂が呟いた瞬間、その動きから予備動作が消え失せた。関節の存在を感じさせない、水のように滑らかで変幻自在な体術。

 右から来ると思わせた骨の刃が、不自然な角度でねじ曲がり、俺の脇腹を抉りにくる。雷刀で辛うじて受け流すが、骨の刃と雷刀が交錯するたび、火花と共に痺れが腕に蓄積していく。

 

 猟犬の精鋭たちも死角からクナイや風遁の刃を浴びせるが、君麻呂の皮膚の下に形成された骨の装甲に阻まれ、すべてが浅手で弾き返される。

 

「椿の舞」

 

 骨の剣が乱舞し、猛烈な刺突の嵐が俺たちを襲う。猟犬の組織的な連携をもっても容易には踏み込めない。圧倒的な個の力の前に、俺は徐々に防戦へと追い込まれていった。

 

「うたたねヨフネ。大蛇丸様は幾度も貴方の名を口にされた」

 

 激しい打ち合いの中、君麻呂の瞳に暗く重い憎悪が浮かび上がる。

 

「感情を排した合理性。忍はかくあるべきだと、あの方は貴方を高く評価しておられた」

 

 君麻呂の首筋に刻まれた呪印が、どす黒く浸食を始めた。

 

「力を使うたび、私の骨は己の肉体を蝕む。その度に大蛇丸様に治していただかなければならない……この不完全な体が疎ましい。だが!」

 

 白い肌が赤黒く染まり、背骨が皮膚を突き破って恐竜の尾のように伸びる。異形へと姿を変えた彼から、冷たく重いチャクラが戦場を圧迫するように膨れ上がった。

 

「あの方の関心を惹く貴方の存在の方が、私はひどく妬ましい。……ここで排除する」

 

 君麻呂が、両手を深く地面に突き立てる。次の瞬間、大地が深い悲鳴を上げた。

 

「早蕨の舞」

 

 周囲一帯の土砂を突き破り、無数の鋭い骨の槍が地表を埋め尽くすように隆起してくる。

 

「退がれ!」

 

 隊員たちが一斉に跳躍して後退する。骨の林は瞬く間に広がり、連携の要である立ち回りの空間を物理的に奪い取っていった。

 

 逃げ場を失いかけた俺の視界の端、骨の林の奥から、君麻呂が滑るような軌道で姿を現した。骨の槍を足場に跳躍し、鋭利な刃を俺の首元へと突き出して肉薄してくる。それは前世の記憶にある、彼が死の直前に見せた狂気にも似た執念そのものだった。

 

 迎え撃つ俺は、雷遁チャクラを集中させた。周囲に浮かせた鉄球に込める。

 この至近距離で真正面から撃てば、貫通した弾体が背後の味方を巻き込む危険がある。俺は瞬時に体勢を極端に低く落とし、見上げるように射角を絞り込んだ。蓄積したチャクラを一気に開放する。

 

 空気を切り裂く破裂音と共に、青白い閃光が君麻呂の顔面を捉えた。焦げた肉の臭いが鼻を突き、頭部の一部が砕け散って後方の宙へとぶち撒けられる。

 

 だが、致命傷を負ったはずの君麻呂の体は、止まらなかった。死を超越した執念と嫉妬が肉体を突き動かし、残された右腕の骨の刃が、俺の脳天を割ろうと無慈悲に振り下ろされてくる。

 

「っ……!!」

 

 死の恐怖が、俺の理性を吹き飛ばした。

 電磁砲の連射は、貴重なチャクラをごっそりと削り取る。だが、理屈など知ったことではない。

 

 俺は続けて二発、三発、四発と追撃の電磁砲を至近距離から叩き込んだ。閃光が連続して弾け、骨の装甲と肉体を力任せに粉砕する。

 

 胴体を大きく吹き飛ばされ、君麻呂の体がようやく糸が切れたように崩れ落ちた。骨の林の隆起がピタリと止まり、その驚異的な執念が沈黙する。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 激しい耳鳴りの中、焼け焦げた右腕を押さえながら荒い息を吐く俺の耳に、インカムから無機質な報告が飛び込んできた。

 

『――大蛇丸の配下一名、活動停止。拘束を終えました』

 

 視線を横へ向けると、そこには巨大の男の姿はなかった。サンタやネジたちによる徹底した死角からの削りと、暴走による激しい消耗戦の果てに、重吾の体内の自然エネルギーは底を突いたのだろう。

 つい先程まで圧倒的な暴力の化身だった狂気の巨体は、すっかり子供のようなサイズに縮こまり、地面に倒れ伏して気絶している。

 

 猟犬の隊員たちは、勝利の安堵や驚きを微塵も顔に出すことなく、ただの物体を処理するように無言で重吾へ特殊な拘束術式を幾重にも施していく。

 

 君麻呂の死と、重吾の捕獲。

 

 チャクラを消費し、本日二度目となる不快感に歯を食いしばって堪えながら、俺は息を整えた。

 自分に割り当てられた任務の処理に、思いのほかチャクラと体力を削られてしまった。だが、まだ立ち止まるわけにはいかない。

 

 俺は痛む手首をさすりながら、未だ激しい忍術の光が明滅し続けている死闘へと、重い視線を向けた。

 

 

*

 

 

(side:三代目火影 猿飛ヒルゼン)

 

 地響きのような激突音が轟く。

 そのヨフネたちが大蛇丸の配下と激突した音を合図にするように、二人に分裂している大蛇丸の片方が高速で印を結び、自らの血を地面へ叩きつけた。

 

 地面が蠢き、泥の中から不気味な文様が広がる。冥界から死者を呼び戻す禁術、穢土転生。

 

 だが、土砂が棺桶の形を取ろうと隆起した直後、供給されるはずのチャクラが突如として霧散し、泥くれとなってボロボロと崩れ落ちた。

 大蛇丸の若々しい顔に、明らかな苛立ちが見て取れる。

 

「小賢しい真似を……」

「お前の考えることなど、ヨフネが見通しておるわい、大蛇丸」

 

 ワシは、手に構えた猿猴王・猿魔の化身である金剛如意棒を静かに構え直した。かつての師弟の間に、もはや交わす言葉は残されていなかった。

 

「本当に面倒な忍に育ったわね、あの子。猿飛先生、もうさっさと死んでも悔いはないんじゃない?」

「まだまだ現役じゃ。お主を殺せる程度にはの!」

 

 二人の大蛇丸が地を蹴り、人間離れした速度で襲い掛かる。

 だが、その凶刃がワシに届くより早く、背後に控えていた暗部三人が猟犬のごとき精密さで動いた。

 死角からのクナイ投擲、土遁による射線の限定、そして足元での起爆符による牽制。彼らはただの盾ではない。ワシが術を練るための「コンマ数秒の間」をこじ開けるために、身を挺して任務を遂行する。

 

 暗部の牽制で作られた一瞬の隙に、ワシは息を吸い込む。

 

 火遁の炎と風遁の烈風が絡み合い、灼熱の旋風となって大蛇丸を飲み込んだ。

 だが、業火を切り裂いて飛び出してきた大蛇丸の姿は、常軌を逸していた。

 

 前に立つ大蛇丸は、焼け焦げた右半身が脱皮のように表面の皮が崩れ、中から無傷の新しい体が這い出してくる。しかもその間にもう一人の大蛇丸が、背後で風遁の印を結んでいたのだ。

 

 ただの分裂ではない。それぞれが独立した意志と並列の思考を持ち、寸分の隙もなく襲い来る消えない影分身のような猛攻。

 

 金剛如意棒を振るうワシの額に、じわりと嫌な汗が滲み始める。

 長期戦となりそうな予感。僅かな判断の遅れが死に直結する重圧が、老いた肉体の底力を削り取っていく。

 

 

*

 

 

(side:うたたねヨフネ)

 

 極度の緊張から解放されて息が上がり、視界がチャクラ不足でチカチカと明滅していた。

 

「隊長!」

 

 駆け寄ってきた香燐が、自身の白い腕を差し出してくる。俺はまた一瞬の逡巡を挟みながらも、その肌に噛み付いた。

 

 口内に広がる血の鉄の味。直後、急速に修復されていく感覚が全身を駆け巡った。

 彼女の能力は劇薬にして特効薬だ。だが同時に、部下を都合の良い回復アイテムとして利用している己の冷徹さに、静かな嫌悪感が胸を掠める。

 

「済まん、助かった」

 

 三代目の攻撃で大蛇丸が炎に包まれた様子を見て、俺は横に控えていた山中サンタの肩を掴んだ。

 

「傀儡部隊に『例の物』を散布するように伝えてくれ」

 

 サンタが黙って頷き、思念伝達で即座に指示を飛ばす。

 

 伝達の完了を確認し、俺たちは未だ激しい忍術の光が明滅し続けている死闘へと駆け出した。

 

 

*

 

 

 三代目の呼吸が限界を迎えようとしていた。

 二手に分かれた大蛇丸の連携が、ついに暗部の防衛網を突破し、老いた火影の死角から凶悪な蛇の牙を突き立てようと肉薄する。

 

「終わりよ、猿飛先生」

 

 大蛇丸の金色の瞳が、勝利の歓喜に歪んだ。

 その刹那。

 空気を切り裂く青白い閃光が、ヒルゼンに迫っていた大蛇丸と彼の眼前を一直線に撃ち抜いた。

 

 超音速の電磁砲による狙撃と見て、大蛇丸は舌打ちと共に素早く飛び退く。

 

「勝手に終わらせないで下さい」

 

 俺の声に呼応するように、一瞬の隙を逃さなかったヒルゼンが、全霊のチャクラを込めた金剛如意棒でもう片方の大蛇丸の胴体を力任せに殴り飛ばした。

 

「遅かったではないか、ヨフネ」

「すみません。でも三代目こそ、まだ一人も倒せてませんよ?」

「お前のために待っておっただけじゃ」

 

 互いに殺意をぶつけ合いながらも、大蛇丸を前にしたこの空間には、不思議な高揚感があった。

 

「君麻呂と重吾をやったのね」

 

 土煙の向こうから、大蛇丸の冷たい声が響く。

 

「そんなチャクラなのに、馬鹿の一つ覚えのように打つばかり」

 

 そう言いながら、二人の大蛇丸がお互いに歩み寄りながら言葉を紡ぐ。

 

「大戦から時が経ち、猟犬からも離れた」

「波の国では商売人の真似事」

「そのくせ私の邪魔ばかり」

「お前が何故そこにいる」

 

 並び立った二人の大蛇丸が、同時に地を蹴って走り出した。

 

「「私は君が嫌いよ」」

 

 殺意と共に迫る大蛇丸に対し、猟犬の隊員たちが即座に火遁を放って牽制するが、大蛇丸はそれを水遁で容易く打ち消す。

 

 間髪入れず、次は横からヒルゼンと暗部が連携して火遁・豪炎の術を放つ。すると、もう一人の大蛇丸が強烈な風遁の竜巻を生み出し、炎と風が混ざり合った巨大な炎の竜巻となって空高く舞い上がった。

 

 凄まじい熱波に猟犬たちが後退し、即座に水遁で消火にあたる。炎と水が衝突し、戦場に尋常ではない量の水蒸気が立ち込めた。

 

 一瞬、視界が白く染まり大蛇丸を見失う。時空間忍術を封じられている状態であっても、あの男の純粋な戦闘力はあまりにも厄介だ。

 

『局長!地中です!下がって!』

 

 日向ネジの警告が脳内に響く。俺は即座に後方へ跳躍した。

 

 地中から這い出た大蛇丸が、俺の首を掴むように腕を伸ばしてくる。間一髪で回避したと思った瞬間、その大蛇丸の腕の中からもう一人の大蛇丸の腕がヌルッと生え出し、俺の喉元に絡みついてきた。

 

 体術で蹴り飛ばそうとするが、大蛇丸は軟体動物のように身体をグネグネと曲げて衝撃を逃がす。そのまま全身に巻きつかれそうになった瞬間、横から突き出されたヒルゼンの金剛如意棒が大蛇丸を強引に吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされた大蛇丸が空中で体勢を立て直し、土遁の印を結ぶ。周囲の地面から無数の岩の槍が隆起し、串刺しにしようと襲い来る。

 

 俺たちが散開して回避する隙を突き、暗部たちが一斉に土遁を発動した。

 頭上に巨大な蓋の形をした土塊が出現し、そのまま大蛇丸を叩き潰そうと落下する土遁・おとし蓋。広範囲を圧殺する重い轟音が響いた。

 

『奥に大蛇丸二体』

 

 サンタの心伝身の術が、土煙の奥の状況を的確に伝えてくる。

 ポツリと、頬に冷たいものが当たった。雨だ。雨はあっという間に勢いを増し、戦場を叩きつけるような豪雨へと変わっていく。

 

 仕留めきれない。大蛇丸が独立した並列意識を持つ「二人」となった時、その防御網はあまりにも分厚い。強力な術だけでなく、僅かな動きや視線でこちらを牽制し、常に回避や反撃の猶予を作り出してしまうのだ。

 

 だが、それでも。

 

 準備は、すでに整っていた。

 

 俺は工兵班に指示を出し、更地となった足元の地面から、周囲の木々よりも高い一本の石柱を隆起させ、俺自身を上空へと押し上げさせた。

 

 そして、腰に下げた二本の忍刀、雷刀『牙』を抜き放つ。刀身にいつもより多めのチャクラを流し込み、派手な放電音を鳴らして空へと掲げた。

 

 雷刀から放たれた雷の軌道が、上空を覆い尽くす巨大な積乱雲へと真っ直ぐに伸びていく。

 

(……繋がった)

 

『局長』

 

 サンタから呼びかけが入る。

 

『全戦闘員、衝撃体制。大蛇丸から離れろ。感知できる者には大蛇丸を見逃すなと伝えてくれ』

『はい』

 

 戦闘開始直後から上空の傀儡部隊に行わせた大量の放水。地上の激闘で飛び交った数々の水遁や火遁。大蛇丸にわざと撃たせた風遁と、それが巻き上げた炎の竜巻。

 

 そして何より、俺がこの場に来る前にテンテンに散布させた『例の物』、それはパウダー状にした砂鉄だ。

 

 空中に漂う砂鉄は雲の種となり、積乱雲まで育った。

 

 大蛇丸との苛烈な術の応酬は、この気象条件を作り出すための材料となった。

 

 その結果、上空には尋常ではない密度と濃度の黒い雷雲が発生していた。

 そして、雷を操る雷刀を避雷針としたことで、その膨大な雷のエネルギーは今、俺の支配下にある。

 

『麒麟』

 

 俺は雷刀を大蛇丸へと真っ直ぐに振り下ろした。

 

 空気を引き裂く轟音と共に、雷雲から巨大な雷の獣が形態変化を伴って顕現する。天をも震わす咆哮を上げ、雷獣は標的へと真っ直ぐに落下した。

 

 俺にとっては最小のチャクラ消費で済む、それでいて躱すことのできない最高火力。本来は、サスケが至るはずの究極の奥義。

 

 その光速の一撃は、二人の大蛇丸に回避する隙すら与えず、戦場を消し飛ばす圧倒的な破壊力と共に直撃した。

 

 

*

 

 

 光速の雷撃が戦場を薙ぎ払い、網膜を焼くような閃光が弾けた。直後、大気を引き裂く爆音が轟き、激しい衝撃波が周囲の空間を容赦なく破壊し尽くす。

 

 聴覚が麻痺する中、俺は衝撃で崩壊していく石柱から跳躍した。土煙と瓦礫が舞う中を地面へと着地し、周囲に散開していた猟犬の中隊と合流を果たす。

 

 視界を覆う凄まじい砂埃と爆煙。その中で、日向ネジだけは両目の周囲に葉脈のような青筋を浮かべ、白眼を展開したまま直立していた。彼は爆風に煽られながらも、大蛇丸がいた座標から一度も視線を逸らそうとしない。

 

「チャクラは消えかけていますが、生きています!」

 

 徐々に聴覚が戻り始めた耳に、ネジの切迫した声が飛び込んできた。

 

「二人の大蛇丸のチャクラが、一つに引かれ合っている……大蛇丸はまだ死んでいません!」

 

 ネジの警告と同時だった。

 雷撃によって焼け焦げ、クレーターと化した泥土の中から、異様な質量の肉塊が凄まじい勢いで膨れ上がってくる。二つの肉体がドロドロに溶けて互いに癒着し、骨と肉を強引に再構築しながら、山のように巨大な八つの首を持つ異形のバケモノ、『八岐大蛇』へと変貌を遂げた。

 

 もはや、大蛇丸の本体がどのような体型をしているのかすら分からない。

 

 粘液を滴らせながら、八つある巨大な頭の一つから、大蛇丸の本体が半身を這い出させた。

 

「私は不死だ! こんなところで、この私が死ぬわけにはいかないのよ!」

 

 血を吐くような、狂気に満ちた絶叫が戦場に響き渡る。

 

 八岐大蛇の圧倒的な暴威と禍々しいチャクラが、周囲の空気を重く圧迫した。

 

「ヨフネ、もう一度あの術は使えるのか?」

 

 三代目が、金剛如意棒を強く握り直しながら短く聞いてきた。

 

「使えますが、一度放電したため電気が溜まるのを待つ必要があります」

 

 俺が冷静にそう答えると、三代目は鋭い眼光を八岐大蛇へと向けた。

 

「ならば今は、ワシらで食い止めるしかあるまい!」

 

 英雄としての覚悟を決めた声だった。

 その直後、八岐大蛇の出現に焦燥を駆り立てられたのか、後方で結界と守護の任務に就いていた奈良一族や日向一族の隊員たちが、前線へ加勢に動こうとした。

 

「動くな!」

 

 俺は即座に怒号を飛ばした。

 

「奴が時空間忍術で逃げる可能性を潰せるのはお前たちだけだ。……お前たちが要だ!」

 

 結界班が動揺を抑え、再び持ち場に釘付けになるのを確認した。

 

 そんな中、地響きを立てて荒れ狂う八岐大蛇に対し、誰よりも早く動いたのは、秋道マルテンだった。

 

 超倍化の術によって巨大化したマルテンが、正面から八岐大蛇の巨体に強引に組み付く。彼の全体重と腕力を振り絞り、もがき苦しむバケモノの頭二つを大地へと押さえ込んだ。

 

 その決死の拘束を合図に、俺たちは残る頭部へ一斉攻撃を仕掛ける。

 

 地中からの攻撃を終えて合流したヤマトが『木遁』で巨大な樹木を生み出し、頭の一つを強固に縛り上げる。同時に油女シビ率いる油女一族が蟲の大群を放ち、背後で暴れるもう一つの頭を抑え込む。

 

 マルテンの広大な背中を足場にして駆け上がった三代目が、巨大化させた金剛如意棒を容赦なく振り下ろす。三つの頭部が重い破砕音と共に次々と粉砕されていく。

 

 俺自身も、短い雷刀『牙』に雷遁の性質変化と形態変化を同時に流し込んだ。刀身から青白い閃光の長刃が形成される。俺はそのまま一足で踏み込み、迫り来る一つの頭を冷徹に一刀両断した。

 

 だが、潰され、斬り落とされたはずの頭部の断面から、赤黒い肉芽が蠢き、瞬く間に新しい頭として再生していく。攻撃が通用しない生命力を前に、部隊に焦りの色が混じり始める。

 

「奴の再生にはチャクラが消費されています! 無限ではありません!」

 

 白眼で八岐大蛇の体内を観察し続けていたネジが、チャクラ消費を看破して報告した。

 

 無限の不死ではなく、有限の生命力。そうと分かれば、俺たちのやることは明確になった。だが、問題は時間の猶予だ。暴れ狂う巨体を力任せに押さえ続けるマルテンの顔には、すでに限界の苦悶が浮かんでいる。このままではチャクラを削り切る前に、こちらの陣形が崩壊する。

 

 俺は次の手を決断した。

 

『テッセン! 予備を落とせ!』

 

 サンタに近寄り、結界外の遥か上空に待機している傀儡部隊のテッセンへ、心伝身の術で指示を飛ばす。結界内では時空間忍術が使えないが、結界の外から物理的に自由落下させる分には何の問題もない。

 

 指示を出してすぐ、風を切り裂く轟音が、上空から急速に迫ってくる。

 拠点を物理的に押し潰すために用意させていた、規格外の巨大な杭の予備だ。

 

「マルテン、離れろ!」

 

 俺の警告を受け、マルテンが間一髪で拘束を解いて後方へ飛び退く。

 直後、大地が跳ね上がるほどの重低音と地響きと共に、落下してきた巨大杭が八岐大蛇の太い胴体に深々と突き刺さった。

 

 そして、拠点を破壊した時と同じようにマルテンがその巨大な両手で杭を更に打ち込み、大蛇を大地へと縫い付けた。

 もがき苦しむ八岐大蛇に対し、ヤマトがすかさず両手を合わせる。

 

「木遁・黙殺縛りの術!」

 

 巨大な樹木が杭を起点にして急速に成長し、八岐大蛇の巨体に幾重にも絡みつき、大地と一体化させるように力ずくで縛り上げた。

 

 杭と木遁の二段構えによる拘束。

 

 その好機を逃さず、三代目と暗部三人が即座に八岐大蛇の四隅へと散り、『結界四方封陣』を展開し始めた。さらに、待機させていた結界班を素早く呼び込み、外側にもう一つの四方封陣をズラして重ね合わせる。

 

 大蛇丸の膨大なチャクラを逆利用し、暴れるほどに強固に締め上げる絶対牢獄、『結界八方封陣』の準備が進められていく。

 

 だが、結界が完成へ向かうその間も、俺たちは攻撃の手を休めない。

 

「私は……こんな所で死ぬわけにはいかないのよ!」

 

 拘束されながらも絶叫し、抜け出そうと首を伸ばしてくる大蛇丸の本体。俺はその眉間へ向けて、超電磁砲を容赦なく叩き込む。

 

 音速の弾丸が肉を吹き飛ばし、変化を解いた猿魔が頭蓋を砕く。

 

 再生しては潰す、切り落とすを繰り返す。単純に見えるが、蛇の頭は暴れ続けており、死と隣り合わせな状況には変わりない。

 

 それでも、幾度目かの再生の直後、大蛇丸の動きが目に見えて鈍り始めた。

 

 俺が雷刀を手にしたまま警戒していると、三代目がこちらを向いて声をかけた。

 

「ダンゾウの元へ向かえ。こちらはワシらで十分じゃ。それに体力勝負となった今、お主がおっても役に立たんしの」

 

 冗談めかした言葉だったが、そこには信頼が込められていた。俺は三代目の背中に軽く頭を下げ、封印の完了を待たずに地を蹴った。

 

 シスイやサスケたちが死闘を繰り広げているであろう東の戦場へ向け、俺はサンタと香燐だけを連れ、全速力で跳躍した。

 

 

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