大蛇丸、そしてダンゾウとの凄惨な死闘を終え、作戦部隊の大多数は木ノ葉へと帰還の途についた。
だが、重傷者や医療班、俺の直属護衛部隊、そしてシスイ、カカシ、サスケ、ホヘト、イタチについては、ひとまず火の国北部にあるシラカワ商会の拠点へと向かうことになった。
イタチには猟犬の外套を着せ、顔が割れないようフードを目深に被らせている。
田の国の外縁に広がる森を抜け、拠点へと急ぐ暗い夜道。周囲への警戒を怠らずに進む俺の後方で、イタチの背には意識を失ったサスケが背負われていた。サスケの抉られた脚には、タシが応急処置として分厚く包帯を巻きつけているが、そこから微かに血の匂いが漂ってくる。本格的な再生医療を施すには、設備の整った施設へ運び込む必要があった。
「……ん」
不意に、微かな呻き声が聞こえた。サスケが目を覚ましたのだ。
俺は歩みを緩めず、その様子を背後から黙って観察した。背中のサスケが息を呑み、全身を強張らせる。直前まで、イザナギの幻影とはいえ兄の死という絶望の中にいたのだから無理もない。
だが、顔に当たる布の感触、一定のリズムで揺れる背中、そして微かに香る体臭に気づいたのだろう。
「……兄さんの、匂いだ」
混乱から抜け出しきれていない掠れた声で口走ったサスケは、イタチの首に腕を回し、その背中にすがりつくように抱きついた。まだ、夢の中にいると錯覚しているのかもしれない。
イタチは歩みを止めず、「ああ」とだけ短く答えた。
しかし数秒後。自分の視界の端に、俺やシスイ、カカシたちが並んで移動していることに気づいたサスケが、息を止めて固まった。
そして、直前に何があったのかを思い出し、背中から飛び降りる。
「おい、怪我をしているんだから無理するな」
俺がそう声をかけるが、サスケはそれどころでは無い。
「そんなことより、これはどういうことだ!何故兄さんが生きている?!タチの悪い幻術なら殺すぞ!」
「そんなことするか。正真正銘、イタチだ。ただ幻術なら使ったさ……イザナギを」
そう告げると、サスケはさっきまで戦っていたダンゾウを思い出したようだ。
「なら、兄さんは……」
「片目と引き換えに生き延びたさ」
そういう片目が白く濁ったイタチの言葉を聞いて、サスケの眼から涙が流れる。
俺達は、何も見なかったことにして前を向き、また歩き始めた。
そして、俺とシスイ、そしてイタチがどう考え、どう動いていたのか説明することにした。
*
話しているうちに、あっという間に拠点へと到着した。
イタチはサスケを担架に下ろした直後、大きくよろめいた。すぐに彼も別の寝台に乗せられ、別室の検査に回される。イザナギを使い、限界をとうに超えていた彼には絶対安静が必要だった。
タシと医療班は、サスケが運び込まれた手術室へと向かい、すぐさま『治活再生の術』による治療を開始した。
分厚い扉が閉ざされ、室内の様子は窺えない。だが、扉越しでも微かに伝わってくる練り上げられたチャクラの気配と、張り詰めた沈黙が、中で行われている高度な術の難易度を物語っていた。サスケ自身の髪を媒体として細胞比率を変え、欠損した脚の肉を再生させる。術者同士の完璧なチャクラコントロールと連携が求められる術だ。
俺は廊下の壁に背を預け、ただ静かに結果を待った。
数時間後、扉が開き、汗だくになったタシが疲労の色を滲ませて出てきたことで、俺は術の成功を確信した。
*
その翌日、タシによる本格的な診察が行われた。
サスケの治活再生の術の経過は良好で、すぐに違和感もなくなるだろうとのことだった。だが、問題はもう一人の方だ。
「イタチ君。ちょっと、こっちに座りなさい」
医療班長であるタシの声は低く、明らかな怒気を孕んでいた。彼女の手には、入院してすぐに行われた検査の結果が握りしめられている。
「……あなた、今までどうやって立っていたの?」
タシの言葉に、イタチは気まずそうに視線を逸らした。
かつて大蛇丸のアジトを先回りする形で、俺が商会の裏ルートから薬を流していたおかげで、表向きの症状は抑えられていた。だが、実態は薬で強引に病の進行を留めているだけに過ぎない。まともな治療も受けず、万華鏡写輪眼によってチャクラの負荷をかけ続けられた肉体は、ボロボロの状態だった。
「木ノ葉へ帰還させるのは、当分先だな」
俺はカルテを覗き込みながら告げた。いきなり彼が里に戻れば、過去の経緯から政治的な混乱を生む。受け入れの地盤を整えるまでの間、イタチはこの拠点で根本治療のための入院生活を送らせるのが一番理にかなっている。
「で。次はシスイ、お前だ」
「隊長、俺は平気ですよ。どこも異常はありませんし」
万華鏡写輪眼が身体に悪影響を及ぼすことが明らかとなった以上、見過ごせない。それに、こいつはこれまで何度忠告しても自分は平気だと言い張って精密検査を避け、うちは一族の名誉挽回のために奔走し続けていた。ここで確実に診ておかなければならない。
「いいから座れ。うちは一族の『自分は平気だ』は信用ならん」
俺の命令により、シスイも強制的に検査を受けさせることにした。何故この一族は、痛みを隠して無理ばかりするのだろうか。
だが、診察を始めたタシは、不思議そうに首を傾げた。
「……本当に、異常なしね。万華鏡を開眼しているのに、視神経への過度な負担も見られないわ」
それもそうか、と俺は納得した。シスイの『別天神』は、一度発動すれば再び力が戻るまでに途方もない歳月が必要になる。普段から乱発できる性質の術ではないため、日常的な身体への負担が極端に少ないのだろう。
「一応血液検査とかもするけど、シスイさんは問題無さそうです」
「だから言ったでしょ?」
イタチとタシに対して自慢げにするシスイの頭を、俺は軽く小突いた。
全員の診察を終えたタシは、カルテを閉じ、真剣な眼差しでイタチとサスケに向けて言い放った。
「他の問題があるから先延ばしにしてたけど……結論から言うわ。イタチ君の左眼は、イザナギの代償で、すでに失明している。そしてサスケ君、あなたの万華鏡写輪眼も、いずれ使い続ければ遠からず同じように光を失うことになるわ」
厳しい宣告だった。だが、俺はその解決策をすでにイタチと話し合っていた。
「解決策は一つしかない。そうだなイタチ?」
「ええ。サスケ、写輪眼にはもう一つ上がある。それは『永遠の万華鏡写輪眼』だ」
永遠の万華鏡写輪眼。
それは、万華鏡写輪眼を開眼した者が、一族の近しい血縁者の万華鏡写輪眼を移植することで到達できる究極の瞳術。互いの力が交わることで、本来ならば使うたびに失われていく視力が維持される。
イタチの説明に、サスケが顔を上げた。
イタチがゆっくりと自身の懐に手を入れる。取り出したのは、特殊な培養液で満たされた小さなケース。その中で、一つの写輪眼が静かに浮かんでいた。
「……これは、父さんの眼だ」
サスケが息を呑む。
「あの夜。父さんたちの眼がダンゾウや暁に奪われることだけは許せず、俺自身が密かにくり抜き、管理していた」
イタチはケースをサスケの前に差し出し、静かに告げた。
「俺の右眼である『天照』と、父さんの『思兼命』をお前に移植する。これで、お前は永遠の光を手に入れられる」
それは、弟を第一に考えるイタチらしい提案だった。
だが、その言葉の意味を理解したサスケの顔が、怒りに歪む。
「……兄さんはどうするんだ?」
「俺は……最悪、片目でも構わない。お前の眼は万が一に備えておけ。お前が光を取り戻して生きてくれるなら、それで……」
「ふざけるな!」
サスケの怒号が、病室に響き渡った。これまでなら反発するだけだった少年は、真実を知り、兄の度重なる自己犠牲を理解したからこそ、激昂していた。
「兄さんはいつもそうやって! 自分ばかりを犠牲にして、全部一人で背負い込もうとする! 俺に『お前は俺の光だ』と言ったのは嘘だったのか!」
サスケはイタチの胸ぐらを掴み、その眼を真っ直ぐに睨みつけた。強く握りしめたサスケの手は、かすかに震えている。
「俺の両目を兄さんに移植してくれ。今度は、俺の眼が兄さんの光になる番だ。……もう絶対に、一人で背負わせない。俺たちは二人で生きるんだ!」
悲痛なまでの決意が込められたサスケの言葉に、イタチは大きく目を見開いた。
言葉を返そうと口を開きかけるが、弟の気迫を前に、イタチの声は出ない。やがて、彼は観念したように目を伏せ、困ったような微かな笑みを浮かべた。
「……お前には、敵わないな」
かつて殺し合う運命にあった兄弟が、互いの光を取り戻すために眼を分け合う。その決着を、俺とシスイは黙って見守っていた。
「念のため、イタチ君の体調を調べて、大丈夫そうなら明日にでも移植しましょう。早くした方が回復も早くなるかもしれないからね」
タシもそう告げた。
*
さらに翌日、手術が行われることとなった。
執刀はタシが行う。高度な再生治療を応用し、細胞を活性化させることで新たな視神経を自然に結びつけ、定着させていく手術だ。
分厚い扉の外で、俺とシスイは長い時間を待った。中からは微かなチャクラの波動だけが断続的に伝わってくる。数時間が過ぎ、ようやくタシが手術室から出てきて、深い息を吐き出した。その額にはびっしりと汗が浮かんでいる。
「……終わったわ。神経の定着も良好よ」
タシの報告を受け、俺たちは彼らを隔離された特別病室へと移した。
両目に包帯を巻かれたイタチとサスケが、隣同士のベッドで寝ている。サスケは疲労から深く眠り込んでいるが、イタチの方が先に意識を回復させた。
俺とシスイは、イタチのベッドの傍らにパイプ椅子を引き寄せて座っていた。
やがて、ベッドの上で身を起こしたイタチが、包帯の下からシスイの方へ顔を向け、静かに口を開いた。
「シスイ。俺が預かっているお前の左眼……『別天神』だが、そろそろお前に返そうと思う」
それは、かつて南賀ノ川の崖から身を投げる直前に、シスイがイタチに託した眼だった。だが、シスイは首を横に振った。
「いや、それはお前が持っていてくれ」
「だが……」
「ヨフネ局長が、波の国で商会や巨大な賭場を作り、世界中から集めた資金を今回の作戦などに投じている。もうこれは、ただの外交局長の枠を超えた準備だ」
シスイの写輪眼が、俺の意図を射抜く。
「局長がそれほどの備えをしているということは、遠からず、脅威が迫っているという証拠だ。だからこそ、別天神は二箇所に分散して存在していた方がいい。……そうでしょう、局長?」
俺は無言で肩をすくめ、肯定も否定もしなかった。
だが、そのシスイの推論を聞いたイタチは、包帯の下で僅かに息を呑んだのが分かった。
イタチは暁に潜入し、「マダラを名乗る男」の危険性を誰よりも近くで見てきた。彼が抱えていた危惧と、俺が進めていた準備の意図。その二つが、シスイの言葉によって繋がったのだ。
イタチの口元から、ふっと力が抜ける。それは、納得と、かつての隊長と親友への信頼の笑みだった。
「……ええ。俺も暁という組織の動向から、いずれ尋常ではない事態が起きると危惧していました。奴らの最終目標は『嘘のない世界』を創ることだと言っていますが、その意図は俺にも分かりません。ただ、その目的のために各国の尾獣を集めており、すでに二体が封印されています。全てを知るわけでもないのに、推察でそこまで準備を進められるのは流石ですね」
二人が勝手に買い被っているが、俺はその信頼が嬉しかった。
*
それから数日後。眼の包帯が取れる日。
病室には、俺とタシ、そしてすでに声を殺して泣いているシスイがいる。
そしてイタチのベッドの傍らには、イズミの姿があった。
事件以降、彼女は波の国で身を潜め、ずっと彼を待ち続けていた。俺がこの拠点に到着した日に連絡を入れておいたので、火の国まで駆けつけ、この瞬間に間に合ったのだ。
まずはイタチの包帯から解かれることになった。隣のベッドでは、サスケが自分の包帯を巻かれたまま、黙ってその音を聞いている。
ゆっくりと包帯が解かれ、新しい光を得たイタチが最初にはっきりと捉えたのは、彼を信じ、遠く離れた地でずっと待ち続けたうちはイズミだった。
「ただいま」
過酷な任務を終えた青年の、穏やかな声。
「おかえりなさい」
イズミは涙で声を震わせながら、両手で顔を覆って泣き崩れた。
その二言と、彼女の泣き声だけで、二人がようやく帰るべき場所を取り戻したことが痛いほど伝わってきた。二人が落ち着いたタイミングで、タシが声をかける。
「……どうやら、問題なく見えているようね」
主治医としてのその一言が、空気を日常へと引き戻す。
次に、サスケの包帯も解かれた。サスケはゆっくりと目を開け、瞬きを繰り返して新しい視界の焦点を合わせる。
「……これが兄さんと父さんの眼」
そう呟き、自らの掌を見つめてから、サスケはベッドから立ち上がり、兄とイズミと無言で抱擁を交わした。
皆が落ち着いてから、俺達は今後のことについて話し合った。
当面の間、サスケとイタチ、それにタシ達の医療班はこの拠点に残ることとなった。イタチの処遇については綱手様と相談しなければならないし、イタチから得られた暁の情報も急いで木ノ葉に持ち帰り、対策を練る必要がある。
俺は一部の重傷者を除き、動ける負傷者達もまとめて里に帰ることにした。
俺がその帰還手続きで動いている間も、イズミはイタチの側から離れなかった。積もる話もあるだろうし、イタチの精神の回復には彼女の存在が不可欠だ。
しかし。
波の国で完全に仕事人間になっていたイズミは、わずか三日で「帳簿の確認が気になって眠れない」と言い出し、病室に書類の山を持ち込んで、イタチが寝ている間に仕事をし始めたのだ。
「……イズミ。そこは関税の計算が少し合っていないぞ」
俺が病室を訪れ、ベッドの脇で帳簿と睨み合っているイズミの肩越しに指摘した時のことだ。
「あ、本当だ。ありがとうございます、お父さん」
「……ん?」
「……あ」
身分偽装である『シラカワの娘』として、イズミが無意識に俺を『お父さん』と呼んだ。
普段なら問題ないはずだが、今はそれを知らないもう一人がいる。
そして、いつの間にか目を覚ましていたそのイタチが、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
感情のやり場を完全に見失ったような、何とも言えない複雑な顔。その黒い瞳が、俺とイズミを交互に見つめている。
(……ふっ)
俺は必死に肩を震わせ、笑いを噛み殺した。万華鏡写輪眼を持つ男のあの間抜けな表情は、間違いなく傑作だった。
*
それから、里に帰って来た俺は、報告のため火影の執務室に来た。
執務室の重い扉を開けると、そこには徹夜で事後処理にあたっていたであろう綱手様と、目の下に隈を作ったシズネが山積みの書類と格闘していた。
「……概ね、報告の通りです。ダンゾウは完全に排除、大蛇丸は封印。サスケとイタチは現在、特別病室で治療と監視下に置いています」
「そうか……ご苦労だった、ヨフネ。これでようやく、里の膿を出し切ることができた」
綱手様が深く息を吐き、机に両肘をついて額を押さえた。その声には、火影としての重責から少しだけ解放された安堵が滲んでいた。
だが、俺たちがその束の間の平穏を味わえたのは、ほんの数分のことだった。
「――綱手! 緊急事態じゃ!」
窓枠に唐突に現れたのは、自来也様が口寄せした妙木山の連絡蛙だった。
そのただならぬ雰囲気に、綱手様が弾かれたように顔を上げる。
「何があった!」
「暁が動き出しおった! 標的は十中八九、尾獣を抱える人柱力じゃ。すでに各国の防衛担当には自来也の諜報網から忠告を出してあるが……連中の動きは早いぞ」
暁の本格始動。そして、各国の防衛。
「綱手様。俺はこれより、直属の護衛中隊を率いて砂隠れに向かいます」
「何故だ?」
「イタチから『封印する尾獣は九尾が最後』と聞きました。逆にいうと、居場所がわかっている一尾が最初の可能性が高い。そう考えました」
未来を知っているからこそ、得られた事実から逆算しただけの推論だ。
風影であり、一尾の人柱力である我愛羅。
何も手を打たなければ、彼が暁のデイダラとサソリのコンビに襲撃され、命を落とす。しかし、これは避けられる悲劇のはずだ。
「それは分かったが、砂にはすでに自来也からの警告が届いているはずだ」
綱手様が眉を吊り上げて制止しようとするが、俺は首を横に振った。
「警告だけで防げる連中ではありません。換金所の掃討作戦で分かった通り、奴らは各地に多くのスパイを抱えています。今は奴らの資金源をあらかた断つことができましたが、これまでの奴らの準備を考えれば、すでに『手引きする裏切り者』が潜伏していると考えるべきです。内側から開けられれば、砂は一日と持ちません」
「……ッ」
「砂隠れは現在、木ノ葉の重要な同盟国であり、重要な取引相手でもあります。ここで風影を失うようなことがあれば、築き上げた西側の安定が根底から崩れる。俺が行きます」
俺の言葉に込められた絶対に退かない意志を感じ取ったのか、綱手様は短く舌打ちをした後、鋭い瞳で俺を睨み据えた。
「……分かった。行け。だが、これ以上の無理は許さん。動ける者だけを連れて急行しろ」
「御意」
俺は深く一礼し、すぐさま踵を返して執務室を後にした。
廊下を歩きながら、インカムのスイッチを叩く。疲労などとうに麻痺していた。
『ヤマト、聞こえるか。動けるメンバーを即座に招集しろ。行き先は砂隠れだ』
応答を待たず、俺は次々と指示を飛ばしていく。一秒の遅れが、我愛羅の命取りになる。
『トルネ、フー、サイ、シン。お前たち四人はサイの鳥に乗って先行しろ。砂隠れの入り口に潜伏し、監視に徹するんだ』
『了解しました。……局長、暁が現れた場合は?』
インカム越しにトルネの冷静な声が返ってくる。俺は足を止めず、冷酷に告げた。
『戦闘は避けろ。ただし、もし砂の警備網の中に暁を手引きしようとする裏切り者がいたら、即座に処分しろ。見張りの砂忍には俺の委任状を突きつけて強制的に撤退させろ』
『防衛線を放棄させるということですか?』
『そうだ。そしてお前たちも、地上にトラップを敷設しながら退け。ただし、隠す必要はない。わざと見える形で、解除する気すら失せるような陰湿で面倒な罠を執拗に張り巡らせろ』
相手は芸術家肌のサソリとデイダラだ。面倒な地上の罠を嫌い、知識にある通り上空からの侵入に切り替えるはずだ。敵の選択肢を奪い、最も敵が油断する上空へと意図的に誘導する。
『……了解しました。先行します』
通信が切れる。俺たちも急いで準備して向かわないと。
(side:油女トルネ)
砂埃が舞う乾いた風の中、俺たち四人は『迷彩隠れの術』によって完全に風景と同化し、砂隠れの里の入り口を見下ろす岩肌に張り付いていた。
遅れて出発した局長達も、すでに俺たちを追い抜いて里の中枢へと向かっている。
ヨフネ局長から下った命令は、「裏切り者の処分」「砂忍を伴っての撤退」、そして「敵を上空へ誘導するためのトラップ敷設」。
すべてが、これから起こるであろう暁の襲撃を前提としたものだ。あまりにも具体的すぎる指示に、俺の中には微かな疑問があった。
本当に、そんなピンポイントで暁が現れ、しかも内部に裏切り者がいるなどという都合の悪い状況が重なるのだろうかと。
だが、その疑念は、監視を始めてわずか一時間足らずであっさりと打ち砕かれた。
「……動きがありました。一人、こちらに向かってきます」
白眼を持つフーが、微かに声を潜めて報告する。
視線の先、砂隠れの里の内側から歩いてきたのは、砂の幹部らしき男だった。彼は警備に当たっていた砂忍たちに近づくと、何事か言葉を交わす。
次の瞬間だった。男が袖口からクナイを滑らせ、見張りの砂忍の首を掻き切った。
「サイ、シン!」
俺が指示を出すよりも早く、兄弟は動いていた。
男の凶刃が見張りの首に届く寸前、サイの描いた墨の蛇が男の腕に巻き付き、二人目に向かっていたその軌道を逸らす。同時に、死角から音もなく踏み込んだシンが、男の鳩尾に容赦のない一撃を叩き込んだ。
「ぐはッ……!?」
男――砂の幹部である由良が、くぐもった悲鳴を上げて砂の上に崩れ落ちる。
「由良様、何を!?」
間一髪で命を救われた見張りの砂忍たちが、突然現れた俺たち木ノ葉の暗部と、倒れた上官を交互に見てパニックに陥っていた。
俺は迷彩を解き、彼らの前へと進み出た。
「木ノ葉隠れ、外交局直属護衛隊です。この男は、外部からの襲撃者を手引きしようとした裏切り者です」
「な、馬鹿な! 由良様が裏切るなど……!」
「事実です。そして、間もなくここに『暁』の刺客が現れます。これは、木ノ葉の外交局長うたたねヨフネからの親書です」
俺は懐から巻物を取り出し、見張りのリーダーらしき男に突きつけた。
「あなたたちはその親書に書いてあるようにトラップを設置しながら里の内部へ撤退し、風影様の護衛に回ってください」
「だ、だが、我々の任務はここを……」
「退けと言っているんです」
俺の声に、一切の感情を乗せなかった。かつて『根』で叩き込まれた、冷徹な暗殺者の気配。それに気圧されたのか、砂忍たちは互いに顔を見合わせ、やがて倒れた由良を抱え上げて退いていった。
「……局長の読み通りでしたね」
サイが、筆を回しながら無表情に言う。
「ああ。本当に……あの人はどこまで見えているんだろうな。だが、感心している暇はない。来るぞ」
風に乗って、暁の気配が近づいてくるのが分かった。
俺たち四人も即座に散開し、局長の指示通り「わざとらしいトラップ」の敷設に取り掛かる。
隠す必要はない。むしろ、これでもかというほど主張するように。
解除不可能ではない。だが、一つ一つ処理していくにはあまりにも時間がかかり、精神をすり減らすような、陰湿な罠の数々。
準備が完了した直後、案内役として残った砂忍の一人が、あからさま過ぎる仕掛けを見て怪訝そうに尋ねてきた。
「こ、こんなに分かりやすくて良いのですか?」
「罠があると分かった方が、敵は警戒する。それに……」
俺が言いかけたその時、谷の入り口に二つの影が現れた。
一人は、黒地に赤雲の外套を着た、金髪の少年。
もう一人は、布で顔を隠した異形の傀儡。
間違いない。暁のデイダラとサソリだ。
俺たちは岩陰に身を潜め、呼吸を殺して彼らの動向を監視する。
すると、何かを話し合った後、デイダラが巨大な鳥を作り出した。二人はそれに飛び乗ると、デイダラは嘲笑うように地上を見下ろした。
鳥が羽ばたき、砂隠れの里の上空へと舞い上がっていく。
「……こうやって、ルートを限定できる」
俺が先ほどの答えを口にすると、砂忍は驚愕に息を呑んだ。
(……誘導、成功)
「サイ、局長に伝令だ。奴らよりも先に伝えたい。一番早い奴を飛ばせ」
「はい」
「俺たちも急いで里に向かうぞ」
*
(side:うたたねヨフネ)
里外縁に潜伏しているトルネ達を追い越し、俺たちは、砂隠れの役所にある広い会議室へと足を踏み入れた。
俺は暁の侵攻について説明していたのだが、円卓を囲むバキ、テマリ、カンクロウら砂の幹部たちの顔には、確かな自信が窺えた。
木ノ葉の猟犬部隊の訓練手法を取り入れた訓練は、嫌になるほど鍛え上げる過酷なものだ。そして何より、緑化計画の責任者として自ら行動で示し、正式に就任した風影・我愛羅という強力な盾がある。
これらが組み合わさった現在の砂隠れの戦力は、かつてないほど充実していた。「いかなる大軍の侵攻も許さない過去最高レベルだ」と幹部の一人が誇らしげに語る。
俺は手元の資料に目を落としたまま、淡々とその成果を肯定した。
「確かに、強固にはなっています」
だが直後、俺は感情を交えない声で告げた。
「……だが、『赤砂のサソリ』が攻めてきたらどうする?」
砂隠れに名を残す天才造形師にして抜け忍。その名を突きつけられた瞬間、会議室の空気が張り詰めた。
「な……っ!」
最悪の想定に、上役であるバキが、思わず立ち上がった後、疑問を投げかけてくる。
「なぜ暁の内部構成や動向をそこまで正確に把握しているのだ!?」
俺は視線を上げることなく、平坦な声で追い打ちをかける。
「暁はすでに各国の要職に多数のスパイを潜り込ませている。砂隠れも例外ではない」
息を呑む彼らに対し、俺はゆっくりと顔を上げ、薄く笑みを作った。
「だが、スパイがいるのはこちらも同じです」
金で雇われた暁のスパイが他にいないとも限らない。今はまだ、イタチが木ノ葉に合流したことは伏せておく。
我愛羅は腕を組んだまま、黙って話を聞いている。俺が主導するこの流れについて考えているのかもしれない。気付けば、皆が我愛羅の方に注目していた。
しかし、そんな沈黙の空気など関係なく、窓の外から一羽の墨鳥が音もなく飛び込んできた。サイが放った『超獣偽画』の伝令鳥だ。俺が巻物を開くと、鳥はそこへ飛び込み文字となる。
「……考えている暇はあまり無いようです。想定より早い。敵は空から接近中。やはり敵の一人はサソリだそうです」
「空からだと!?」
想定外の奇襲ルートに、会議室が動揺に包まれる。俺は机を強く叩き、場を一喝した。
「落ち着け。そのために今まで訓練してきたはずだ」
その言葉に、テマリとカンクロウがハッと息を呑む。
「敵のもう一人は岩隠れの抜け忍、爆発する粘土を扱うデイダラだ」
俺は卓上の地図を指差しながら、簡潔に指示を出す。
「風影殿には自身の身を一番にしながらも、巨大な砂の盾を展開し、里の上空で迎撃に徹してもらいたい。万が一、砂をすり抜けた攻撃があった場合は、テマリ殿が率いる風遁部隊が広範囲の風で空中で起爆、あるいは吹き飛ばし、里への被害をゼロに抑える」
テマリが短く頷く。迎撃態勢は問題なさそうだ。だが、カンクロウが顔に焦燥を浮かべ、最も重い懸念を口にした。
「空からの攻撃はそれで防げる。……だが、それでは防戦一方じゃん?!そっちから教えてもらった、凧型の傀儡だって上空から攻撃を降らせることはできるが、それだけだ! 今の里の戦力で、上空への攻撃は限られている! そもそも、そんな遠距離攻撃なんて……」
彼らの言う通りだ。砂隠れには現状、はるか上空の敵を正確に撃ち落とす手段が乏しい。
俺は静かに椅子から立ち上がった。腰に帯びた雷刀『牙』の感触を確かめるように手をかける。
「心配するな。敵を引きつけ、防御さえできれば問題ない」
気負いも、焦りもなく、俺は告げた。
「俺が撃ち落とす。落ちてきた敵はそちらに任せる」
砂隠れの面々にそう宣言し、俺は暁を狩るために会議室を後にした。
*
(side:デイダラ)
砂隠れの里を囲む巨大な岩壁の入り口。
そこにいたサソリの旦那のスパイが、いともあっさりと殺される様子を遠目で確認できた。
「……旦那、スパイにする奴を間違えたんじゃないの? うん」
オイラが鼻で笑いながら揶揄うと、隣に立つ不気味な傀儡の中に潜むサソリの旦那が、低く不機嫌な声を返す。
「そんな雑魚じゃなかったはずだ。現に責任者となっていた」
「でも瞬殺されてたじゃないか、旦那」
「確かにな……。ただ、計画に対する影響はない」
「確かに旦那の言う通りだな。ん? 砂の奴ら何してんだ?」
「おそらくトラップだろうな。見えても問題ない。むしろそのことで足止めするつもりなんだろう」
「でも無駄なんだな、うん」
オイラは両手のひらについた口へ起爆粘土を含ませた。チャクラを練り込みながら、クチャクチャと噛み砕く感触が手のひらから伝わってくる。すぐに吐き出された粘土は、見る間に巨大な鳥の姿へと形を変えた。
壁の方からこちらを警戒し、術を構えている忍たちもいるが、オイラはそいつらを嘲笑うかのように鳥の背に乗り込み、悠然と空へと舞い上がった。
「伝令を出されたら面倒になる」
「そうだな、うん」
サソリの旦那の言葉に頷き、オイラは眼下の防衛線に向けてパラパラと小型の粘土爆弾をばら撒いた。
凄まじい爆発が砂の壁を吹き飛ばし、悲鳴が上がる。奴らは空からの強襲など見たこともないのだろう。これで終わりだ。
オイラは結末を見届けることもなく、粘土鳥を反転させ、里の中心部へと一直線に向かった。
*
道中、当然ながら何の妨害もなく進む。
すり鉢状になった広大な里の上空に到達し、周りを見渡しても、遮るもののない青空が広がっているだけだ。
ふと、頭上に微かな影を感じて太陽を見上げると、そこには十六羽の鳥が、統制された編隊を組んで飛んでいた。
「……ん? 鳥だ?」
「この里にあんな鳥はいない」
サソリの旦那が警戒の声を上げたその瞬間、上空の鳥たちから何かがパラパラと落ちてくる。
「あいつら、糞しやがった!」
「馬鹿か。あれはクナイだ。……上のは傀儡だな」
旦那が即座に反応し、その名の通り蠍のような尾の形をした傀儡を動かし、降り注ぐ無数のクナイを弾き飛ばす。だが、クナイの柄には起爆札が巻きつけられており、弾かれた先から次々と自分達の周囲で爆発を起こし、激しい熱と爆風が襲いかかってきた。
「どこのどいつだ! オレの真似しやがって。殺すぞ、うん!」
「あっちは俺がやるから、お前は傀儡師を探して殺せ。壊してもまた出てこられたら面倒だ」
サソリの旦那の冷静な指示に、オイラは忌々しげに舌打ちをする。
まあいい、やることは変わらない。元々里を派手に壊して、風影を誘き出すつもりだったのだ。
「任せろ」
オイラは眼下を見下ろした。空の傀儡を操るなら、障害物のない一番高い建物に陣取っているはずだとあたりをつける。
あらかじめ作っておいた大量の蜘蛛型の粘土爆弾を、風影の執務室があるであろう一番高い塔に向けて一斉に投下した。
空中で不気味に膨張しながら地上へ向かい、今まさに着弾するかと思われたその時。
突如として巨大な砂の壁が現れ、塔を覆い隠して爆発を完全に防ぎ切った。
黒煙が晴れ、サラサラと拡散していく砂の壁の向こうから、腕を組んだひとりの少年の姿が現れる。
「思ったより早いお出ましなんだな、うん」
オイラは口角を吊り上げた。あれが砂の我愛羅。一尾の人柱力か。
標的の姿をはっきりと確認したオイラは、高密度のチャクラを練り込んだとっておきの粘土を取り出し、巨大な鳥の爆弾へと変えて我愛羅へ向かって一直線に放つ。
だが、我愛羅の操る砂の絶対防御は硬く、決定打には至らない。激しい空戦と砂の触手の攻防が続く中、オイラはあることに気がついた。
我愛羅は自分への攻撃を防ぐだけでなく、里の建造物や住人に爆発の被害が出ないよう、常に砂で射線をカバーしながら立ち回っているのだ。
「厄介だけど、これならどうする?」
オイラはわざと我愛羅のいない方向へ、里の居住区に向けて無数の粘土爆弾を放った。
奴はそれを見てハッと顔色を変える。そのまま砂を操作して自分の防御を薄くしろ。その隙に本体を攻撃してやる。
そうほくそ笑んだオイラだったが、我愛羅は自身の瓢箪から砂を出そうとはしなかった。
「なんだかんだ、里の奴らを見殺しにするとはな!」
嘲笑した次の瞬間。
下から強烈な突風が突き上げ、風と共に打ち上げられた大量の石つぶてが空中の粘土爆弾に直撃し、里に届く遥か手前で全て起爆させられてしまった。
ただの突風じゃない。砂の忍たちによる、風遁の連携防衛だ。風に舞う土煙の向こうで、我愛羅が誇らしげにこちらを見据えている。
「はっ、それで勝ったつもりかよ。いつまで防げるか楽しみだなァ!」
今度こそ逃げ場のないほどの爆弾を大量にばら撒いてやる。
オイラがポーチに手を入れた瞬間、我愛羅の砂が生き物のようにうねり、瞬く間に里の空全体を覆うような規格外の巨大な砂の盾へと変貌した。
「全体を守るつもりかもしれないが、そんな薄くして。舐めてるな、うん」
オイラが起爆を命じようと印を結びかけた、まさにその時だった。
巨大な砂の盾の、豆粒ほどのほんの一部が、チカッと不自然に光った。
「……あ?」
空気を切り裂くような轟音が遅れて鼓膜を叩いた時、オイラの視界は唐突に真っ赤な飛沫で染まっていた。
ポーチに伸びていたはずの自分の右腕が、肩の付け根ごと、忽然と消え失せていたのだ。
焼けた肉の断面から、鮮血が吹き出し、焦げたような臭いが鼻をついた。
「チッ!」
背後で、サソリの旦那が舌打ちをする音が聞こえたが、こちらはそれどころじゃ無い。
「ぐっ、あ、アァァァアアアッ!?」
遅れて襲いかかってきた激痛に意識が飛びそうになる中、体勢を崩したオイラは、歯を食いしばりながら眼下の砂の盾を見た。
先ほど不自然に光った砂の壁の一部に、小さな穴が空いている。
そして今、その穴の先から、再び青白い雷光のような凄まじい光が、こちらに向かって瞬き……
*
(side:うたたねヨフネ)
俺は地上に落ちたデイダラの遺体を見下ろし、小さく息を吐いた。
「ネジ。確認しろ」
「……はい。白眼」
背後に控えていたネジが、瞳の周囲に葉脈を浮き立たせて男の身体を透視する。
「チャクラ経絡系の活動、完全に停止しています。……分身などではありません。間違いなく本体です」
「周囲に他のチャクラ反応もありません。完全に沈黙しました」
ネジに続き、山中フーからも感知報告が上がる。俺は安堵の息を一つ吐いた。撃ち抜く前から結果は分かっていたが、念には念を入れなければ足元を掬われる。
デイダラを撃墜した直後、彼が乗っていた鳥型の粘土から、もう一人の暁である『サソリ』が空へと放り出されていた。俺はすかさず雷刀『牙』にチャクラを込め、その雷の残滓が空気を震わせる中で対空狙撃を放った。だが、空中で展開された巨体の傀儡が盾となり、本体を撃ち抜くまでには至らなかった。サソリはそのまま、里の郊外へと落下していった。
「やはり、対空狙撃は慣れないな」
手に残る反動を確かめながら俺が小さくぼやくと、ネジが真面目な顔で首を振った。
「それでも一発目から当てました。流石ですね」
「お前の眼と、フーのサポートのおかげだよ」
労いの言葉を交わしつつ、俺は熱を持った雷刀を鞘に納める。
「落ちたもう一人のところへ向かいますか?」
ネジの問いに、俺は首を横に振った。
「いや、あちらは手出し無用と言われている」
「ですが……」
「砂隠れの面子も立てる必要があるのさ。それに、サソリの逃走経路だけは塞いでおく」
「いや、ここまでやっておいて、面子って……」
納得のいかない様子のネジに、俺は苦笑して答える。
「感情の問題だ。それに、サソリはここの抜け忍だからな。彼ら自身の手で決着をつけたいだろう」
「……分かりました」
「お前たちは周囲の警戒を怠るなよ。残党やスパイが潜んでいる可能性もある」
*
サソリの逃走経路を塞ぐように合流した護衛中隊の他のメンバーとともに部隊を展開していると、周囲を窺うようにしながら里から離れていく砂隠れの忍を発見した。
呼び止めると突然攻撃を仕掛けてきたため、即座に取り押さえて身元を改めた。どうやら暁が潜り込ませていたスパイだったようだ。
拘束したスパイを砂隠れに引き渡そうと手配を進めていると、上空から本隊との通信用の鷹が舞い降りてきた。
「局長!」
届けられた小さな巻物を受け取ったフーが、顔を上げる。
「我愛羅様とチヨ様、それにカンクロウ様が、暁の『サソリ』を討ち取ったとのことです」
その報告に、俺は張り詰めていた肩の力をゆっくりと抜いた。
暁の構成員を二人とも完全に討ち取った。しかも味方の死者はゼロ。これ以上ないほどの完璧な勝利だ。
「……そうか。なら、俺たちの出番はもうないな。合流するぞ」
俺たちは警戒を解き、歓声の上がる戦場へと駆け出した。
到着した現場は、勝利の熱気と砂埃に包まれていた。瓦礫と化した岩場の中央で、全身傷だらけで息を切らしたカンクロウがこちらに気づき、安堵と疲労の混じった表情で皮肉げに口角を上げる。
「……遅かったじゃん、木ノ葉の」
その傍らには、絶対防御の砂を周囲に漂わせた我愛羅と、静かに息を吐くチヨ相談役が立っていた。彼らの足元には、胸に『蠍』の文字が刻まれた少年の姿をした人形が転がっている。これで完全に、勝利した。
そう、確信した時だった。
突如、里の中枢にある塔の一部が、轟音と共に爆発して黒煙を上げた。
「なっ……!?」
「中央塔だぞ! 何が起きた!?」
俺たちは即座に踵を返し、黒煙の上がる塔へと駆け込んだ。
現場は凄惨だった。塔の警備に残っていた砂の忍が三名、血まみれで倒れている。うち二人はすでに事切れていたが、かろうじて息のある一名にタシが駆け寄り、即座に医療忍術の青い光を灯して治療を開始した。
「……何があった!?」
俺が問いただすと、生き残った忍は血を吐きながら途切れ途切れに答えた。
「い、いきなり……塔の内部に、渦巻き状の仮面を被った男が、空間から現れた……! 幻術をかけられた仲間が、宝物庫へ案内してしまい……」
「宝物庫だと!? 何を奪われた!?」
「一尾が、封印されていた……茶釜を……。侵入に気づいて戦闘になったが、まるで攻撃がすり抜けて……」
間違いなく、オビトだ。
時空間忍術。結界も、城壁も、距離さえも無に帰す反則的な瞳術。どんなに強固な盾を用意しようと、奴は空間をすり抜けてくる。
「茶釜が奪われただけか!? 他の忍具や巻物は無事なのか!?」
先に駆けつけていた砂の暗部たちが宝物庫を確認し、息巻いて報告する。
「全ては照合できていませんが、他の重要な宝物は無事です!」
その報告を聞いて、カンクロウや砂の忍たちは「最悪の事態は免れた」「古い茶釜一つで済んだならマシだ」と安堵の表情を浮かべていた。
だが、俺はそうはいかない。
やられた。
手薄となったところを、完璧に狙われてしまった。
オビトの目的は十尾の復活であり、そのために必要なのは「尾獣のチャクラ」だ。完全な一尾そのものでなくとも、長年一尾を封印し続け、膨大なチャクラの残滓がこびりついた茶釜をスペアとして回収されてしまったのだ。
砂隠れの忍たちが被害の少なさを喜んでいる中、俺はただ一人、最後の最後で奴に出し抜かれ、取り返しのつかないミスを犯した自分の浅はかさに、奥歯を噛み締めて激しく後悔していた。
オリジナル設定
フガクの左眼『思兼命』
うちは事件の夜、公式外伝にてフガクはうちは一族がこのまま推移すればどうなるかという未来をイタチに見せた。
詳細な能力や名前などは不明だが、当作では『自身が知る情報を元に未来の可能性を演算してくれる能力』として取り扱います。
知っている情報を元に演算されるため、万能ではない。
命名について
八意思兼神(ヤゴコロオモイカネ)は知恵の神で、天照が岩戸に隠れた時に作戦立案をした神。
「加具土命」を参考に、「思兼命」(オモイカネ)と命名しました。
今後について
第二部が本格的に始まり、矛盾がないように作りたいと思っていますが、都度更新では取り返しがつかなくなりそうな気がして来ました。
そのため、お休みをいただいてその間に最終話までの詳細なプロットを作り上げることにしました。
次回更新は11月11日を予定しています。
ちなみに最終話は、なぜか先に書き上げてしまい、完成しています(本当になぜ)