同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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009.青春

 

 

 それは、俺がまだアカデミーの生徒だった頃の話だ。

 転生者としての知識を持ちながらも、身体的な成長とチャクラ量の少なさに悩んでいた俺は、ある日の放課後、演習場の森で珍獣に遭遇した。

 

「青春ーーーッ!! 自分ルール発動ォォ!!」

「応援ありがとォー!!」

 

 鼓膜を破るような絶叫。

 鬱蒼とした森の開けた場所で、緑色の全身タイツを着た二人の男が、大木に向かって狂気的な回数の正拳突きを繰り返していた。

 

 一人は、里で「万年下忍」と陰口を叩かれているマイト・ダイ。

 もう一人は、俺の同級生であり、忍術も幻術も使えない「落ちこぼれ」の烙印を貼られているマイト・ガイだ。

 

 だが、その光景は嘲笑の対象などではなかった。

 彼らの拳が樹皮を叩くたびに、重い衝撃音が腹の底に響き、木が悲鳴のように軋む。全身から立ち昇る汗が蒸気となって揺らめき、彼らの周囲だけ気温が数度上がっているかのような錯覚を覚える。

 

 何より、そのチャクラの密度。

 練り上げられた身体エネルギーが、目に見えるほどの奔流となって渦巻いている。

 

(……なんだ、この圧力は?)

 

 俺は吸い寄せられるように彼らに近づいた。

 気配に気づいたダイさんが動きを止め、白い歯を光らせて振り返る。

 

「む! そこにいるのは……ガイの学友、ヨフネ君ではないか! 君も青春しに来たのか!?」

「……ええ、まあ」

 

 俺は咄嗟に話を合わせた。

 

「俺、チャクラが少なくて……強くなる方法を探してるんです。仲間を守るためにもっと強くなりたいけど、才能の壁を感じていて」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ダイさんは滝のような涙を流して俺の手を握りしめた。その手のひらは岩のように硬く、無数の豆が潰れては固まった歴史を刻んでいた。

 

「うォォ! ヨフネ君! その気持ちは痛いほどよく分かるぞ。だが君の青春は始まったばかりだ! 青春に後ろ向きはない。俺のように!」

 

 ダイさんは俺の肩をガシリと掴み、真剣な眼差しを向けた。

 

「短所が分かれば長所が光る! 君は今から光り出しているのだ! その歳で自分の弱さに気づけたのだからな!」

「……短所が、長所?」

「そうだ! くどいとは丁寧なこと! 五月蝿いとは賑やかなこと! 頑固とは一途なこと! わがままな人は……猫みたいな人!」

「おい、少しの感動を返せ! なんだよ特に最後のやつ! 猫みたいな人って長所なのか?!」

 

 俺は思わずツッコんでしまった。さっきまでの感動的な雰囲気が台無しだ。

 

「いやーまあ、要は考え方次第ってことだ! ハッハッハ!」

 

 ダイさんは豪快に笑い飛ばすと、一つの提案をしてくれた。

 

「そうだ、君も一緒に修業に来るかい? 俺が二十年かけて会得した唯一の技、『八門遁甲』について教えてあげよう!」

 

 八門遁甲。

 脳のリミッターを外し、肉体の限界を超えた力を引き出す禁術。

 俺は「これこそが凡人が天才を超える鍵だ」と確信した。

 

 とはいえ、前世の常識と理屈を愛する俺にとって、全身緑色の親子の隣で大声を上げながら汗を流すのは羞恥の極みだ。

 

(誰か知り合いに見られたら、社会的に死ぬ……!)

 

 と冷や汗を流しつつも、強くなるためだと腹を括り、羞恥心を投げ捨てて必死に食らいついた。

 結果として、数時間後。俺は河原の土手で大の字になってぶっ倒れていた。

 

 全身の筋肉が悲鳴を上げ、指先一つ動かせない。隣では、同じく息を切らしたガイが、夕日を見つめながらポロポロと涙を流していた。

 

「……ガイ、お前なんで泣いてんだよ」

「うっ、うぅ……ありがとう、ヨフネ! お前はアカデミーでもトップクラスの秀才なのに、俺の父ちゃんの教えを、笑わずに真っ直ぐ受けてくれた!」

 

 ガイが鼻水を啜りながら、俺に向かって力強く親指を立てる。

 

「今日からお前は、俺の永遠のライバル……の二人目だ!」

「……勝手に決めるな。俺はただ、自分の足りないものを補いたかっただけだ。あとそういうのは一人にしとけ」

 

 悪態をつきながらも、嫌な気はしなかった。忍術が使えないガイと、チャクラが少ない俺。真逆のアプローチで自分の足りないものを埋めようと足掻く似た者同士の間に、確かな絆が芽生えた瞬間だった。

 

 少し離れた河原では、ダイさんが未だに一人でスクワットを続けている。

 人間の筋肉には、自壊を防ぐためのリミッターがかけられていると言われている。だが、あの人の体は常に限界値のギリギリを叩き出し続けているように見える。

 

 前世の記憶が、一つの事実を脳裏に引っ張り出す。

 

(……俺は知っている。万年下忍と嘲笑されるあの人が、後に霧隠れの最強部隊『忍刀七人衆』を相手に自らの命を燃やし、その半数を道連れにすることを)

 

 理屈や才能を、純粋な暴力と命の熱量で凌駕する瞬間。ダイさんが放つ、空気が歪むほどのプレッシャーを感じながら、俺はいつか来るであろう「規格外のバケモノたち」との遭遇に、密かな戦慄を覚えていた。

 

 それから半年。

 俺たちは泥に塗れ、筋肉の断裂と再生を繰り返す日々を送った。

 そして、運命の分かれ道が訪れた。

 

「パパ! 感じます! 体の中の門が……開くのが!」

 

 ガイが咆哮と共にチャクラを噴出させた瞬間を、俺は目の当たりにした。

 彼の皮膚が赤く充血し、血管が浮き上がる。第一の門、『開門』の突破。

 

 さらに驚くべきことに、ガイはその純粋な努力と素直な精神で、第三の門『生門』までの開門を一気に成し遂げてみせたのだ。

 その圧倒的な体術能力により、ガイは俺たちを置いて早期卒業を果たし、下忍への道を駆け上がっていった。

 

 一方の俺は、第一門すら開けずにいた。

 夕暮れの森。俺は一人、座禅を組みながら自身の体内チャクラと向き合っていた。

 理論は分かっている。どこの神経伝達を過剰にすればいいかも計算できている。だが、俺の中の強固な「理屈」が邪魔をする。肉体の崩壊を予見し、生存本能が強烈なブレーキをかけるのだ。

 

(……くそっ。頭で考えすぎるのが、俺の弱点か)

 

 一人残された演習場で、俺は自分の不甲斐なさに唇を噛み、地面を殴りつけた。

 

「焦るな、ヨフネ君」

 

 気配もなく、ダイさんが俺の隣に座った。

 

「ガイにはガイの、君には君の『青春の速度』がある。……君はまだ門を開けないが、その身体は確実に変わってきているぞ」

 

 ダイさんは俺の拳についた土を払ってくれた。

 

「君の賢さは武器だ。だが、時にはその賢さが壁になることもある。……いつか、理屈を超えてでも守りたいものができた時、君の門は開くだろう」

「……俺は、諦めませんよ。時間がかかっても、いつか必ずこじ開けてみせる」

 

 あの日、ガイの背中を見送った悔しさと、ダイさんの温かい言葉は、今も俺の原動力の一部になっている。

 

 

 

 

 あれから数年。俺は十歳になった。

 中忍ベストの重みにも慣れてきた頃。俺は、シビ先生、トンボ、そして三歳上でカラスを使った索敵が得意な山城アオバと共に、これまで以上の頻度で任務に奔走していた。

 

 本来の班員であったシズネは綱手様と共に里を離れることも増えており、今までのように一緒に組むことは少なくなってしまった。

 

 シビ先生が別動隊に回る際は、俺が隊長として三人一組(スリーマンセル)を指揮することもある。任務ランクもCからBへと上がり、時にはAに近い危険地帯へ足を踏み入れることも増えた。

 

 ここ最近、里を取り巻く空気は急速に悪化していた。

 国境付近での小競り合いが増加し、任務の質が「依頼の遂行」から「敵戦力の排除」へとシフトしつつある。その背景にあるのは、霧隠れの里の不穏な動向だ。

 

 情報部の報告によれば、霧隠れではアカデミー卒業試験で同期を皆殺しにした「鬼」が現れたという。そして「血霧の里」という不吉な二つ名。

 

(……血霧。原作通りか)

 

 俺は中忍ベストのポケットに入れた手帳を指でなぞる。手帳はビンゴブックの簡易版だ。有名な忍になればこれに載ってくるためなるべく新しい物を持つようにしている。その中で最も多くの忍が載っているのは霧隠れだ。

 

 霧隠れの里の闇は深い。それは四代目水影・やぐらが就任する以前から、里の構造そのものに巣食っていた病巣だ。

 

 古くから続く徹底した「身分制度」。戦国時代からの功労者である名門一族が支配層を占め、それ以外の忍は消耗品として扱われる。さらに、氷遁や屍骨脈といった血継限界を持つ者を「災いを呼ぶ呪われた血」として迫害し、最前線の矢面に立たせる悪習。

 

 その歪みが、やぐらという操り人形(裏にいるマダラの暗躍)によって極限まで増幅され、「血霧」と呼ばれるまで凄惨な里へと至ったのだろう。

 

 第三次忍界大戦中ということもあり、その容赦のなさは肌で感じるところでもあった。

 

 ふと、先日の国境警備任務での出来事が、脳裏をよぎる。

 林の国の国境付近。般若衆との偶発的な遭遇戦。

 俺は開発した『電磁砲』を用い、敵を制圧していた。中忍試験の時は使うたびに自身へのダメージも蓄積してしまっていたが、戦場で使うたびに洗練され、前に比べて使用回数は増加していた。

 

 音速を超える鉄球は、敵の防御を紙のように貫き、戦局を決定づけたように見えた。

 だが、それでも守りきれなかった。

 レールガンの次弾装填には時間がかかる。両手でチャクラの回路を維持し、冷却しなければならない数秒間の隙。その一瞬の隙を突かれ、生き残った敵兵が特攻を仕掛けたのだ。

 

 臨時で組んだ別班の下忍――今回の任務で初めて言葉を交わした、真面目そうな青年だった。彼は俺の死角をカバーするために前に出て、敵の起爆札による自爆特攻をもろに受けた。

 

 爆風と熱波。肉が焼ける嫌な臭い。

 黒焦げになった彼の亡骸を前に、俺は立ち尽くすしかなかった。

 

 知識があっても、強力な術があっても、乱戦の中で全ての仲間を守ることはできない。俺がもっと速く動けていれば。連射ができれば。あるいは、体術で即座に敵を制圧できていれば。

 

(……レールガンは強力だが、万能じゃない。俺自身の基礎能力が足りていないんだ)

 

 もし、俺があの時、一瞬で肉体の限界を超えて動けていたら。八門遁甲。その習得は未だ道半ばだ。第一門すら、意識的に開くことはできていない。

 

 歴史の流れを知っていても、目の前の命を守れなければ意味がない。俺は焦燥感を抱えながら、次なる任務地へと足を運んでいた。

 

「……集中しろ、ヨフネ」

 

 シビ先生の静かな声が、俺を現実に引き戻した。現在、俺たちは同盟国である『波の国』の外れ、岩礁が連なる無人島エリアに来ていた。

 

 任務内容は、霧隠れの忍の潜伏調査。最近、この近海で霧の忍の目撃情報が相次いでいるという。波の国は火の国への玄関口だ。ここを橋頭堡にされれば、本土への侵攻を許すことになる。

 

 事態を重く見た里は、俺たちを含めた四小隊、計一個中隊を派遣していた。

 

 肌にまとわりつく嫌な湿気。視界を白く染め上げる濃霧。不気味なほど規則的に繰り返される、重い波の音だけが周囲を支配している。

 

 俺たちは気配を殺し、島内を探索していた。俺たちの索敵フォーメーションは完璧だ。どんな熟練の忍であろうと、この網の目を完全にすり抜けることは不可能なはずだった。

 

「トンボ、チャクラ反応は?」

「……いえ、ありません。鳥や小動物の気配だけです」

 

 トンボが首を横に振る。

 

「コン平はどうだ?」

「……何も。いつものような『嫌な感じ』もしないそうです」

 

 俺が腰に下げた竹筒から顔を出した管狐も、鼻をひくつかせるだけで反応はない。シビ先生が放った寄壊蟲たちが、黒い雲のように戻ってくる。先生は指先に止まった蟲と無言で会話を交わし、眉をひそめた。

 

「……妙だな」

「何か見つかりましたか?」

「足跡だ。島の南側の砂浜に、確かに忍の足跡があった。数名分、しかも新しい」

「なのに、本隊がいない?」

 

 代わりの班員として加わっている山中サンタが、不安げに周囲の濃霧を見渡す。

 

「罠の類も一切ありませんでした。まるで、そこに『足跡だけをつけに来た』みたいに……」

 

 その言葉に、俺の中で警鐘が鳴った。

 違和感の正体。忍が潜伏するなら、もっと痕跡を隠すはずだ。あるいは、逆にもっと野営の跡や食料の残骸といった生活の痕跡が残るはずだ。徹底して気配を消しているにしては、足跡だけが不用意に、目立つように残されすぎている。

 

 俺の中の理屈が、ある一つの恐ろしい結論を導き出した。隠蔽工作を必要としない存在。己の痕跡を隠す気すらない、圧倒的な自信と暴力の権化。

 

(……まるで、『規格外のバケモノ』が闊歩しているような……)

 

「……先生。一旦、港まで後退しましょう」

 

 俺は副隊長として、明確な撤退を提案した。

 

「この違和感、嫌な予感がします。他の小隊とも情報を突き合わせた方がいい」

「……うむ。同感だ」

 

 俺たちは慎重に撤退し、波の国の港にある合流地点へと戻った。既に他の三小隊も戻ってきており、どの班も疲労の色を浮かべていた。報告を聞けば、状況は全く同じだった。

 

『足跡などの痕跡は見つかったが、敵の姿は皆無』

 

 仮設テントの中で、四人の隊長たちが地図を囲む。ランプの明かりが揺れる中、シビ先生が重い口を開いた。

 

「……これは、陽動だ」

「陽動?」

 

 他の上忍が顔を上げる。

 

「あからさまに残された痕跡。そして、我々一個中隊をここに釘付けにするための『確実性の高い目撃情報』。……敵の狙いは、波の国ではない」

 

 俺は地図上の『波の国』から視線をずらし、その隣国へと目を向けた。火の国の南東。波の国とは海を挟んで反対側に位置する半島国家。

 

「……『茶の国』」

 

 俺の呟きに、全員の視線が集まる。

 

「そうだ。敵の目的は、波の国に戦力を集中させ、手薄になった茶の国から火の国へ侵攻すること……か」

 

 シビ先生が頷く。

 

「茶の国には、今、手練れの忍は配置されていないはずだ。それに、あそこは政治的に不安定だ。……狙われるとすれば、そこしかない」

 

 霧隠れの身分制度が生んだ歪み。功績を上げなければ生き残れない下層の忍たちが、手柄を求めて無謀な侵攻を企てる。その焦りと杜撰さが、この分かりやすい陽動に現れているのかもしれない。

 

 だとしたら、敵は死に物狂いだ。捨て駒になる覚悟で突っ込んでくる相手ほど、厄介なものはない。

 

 テントの外では、海風が強まり始めていた。遠くの空には、分厚い積乱雲が立ち込めている。嵐が来る。

 

 それは単なる気象の話ではなく、戦場の変わり目がもたらす血の嵐の予感だった。俺は拳を握りしめる。八門遁甲の修業で培った体力。レールガンという必殺の矛。そして、シビ班の洗練されたチームワーク。すべてを使って、今度こそ守り抜く。

 

「……行くぞ、第四班!」

 

 シビ先生の号令と共に、俺たちは雷鳴の轟く空の下へと飛び出した。

 

 






忍界歴39年
第三次忍界大戦勃発
カカシ5歳でアカデミー卒業

ヒルゼン(47)、綱手(30)、ミナト(15)
 
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