機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第1話 プロローグ①

鋼鉄の巨人が二体、俺が見つめる前で向かい合っている。

 

二体は互いに構えたままお互いの出方をうかがっていた。武装は付いていない。体だけが唯一の武器だ。

 

胴体の胸部中央に備え付けられた衝撃センサーに、どうやって有効打を当てるか考えているのだろう。小刻みに動いて攻撃を誘ったり側面に回り込むように動いて立ち位置を変え圧をかけていった。

 

互いに探りを入れつつ仕掛けていくタイミングを計っている。

 

二機の間に空間が歪んでいるような気の揺らめきを錯視する。

 

会場全体に緊張が張り詰めていった。

 

―ゴクッ…

 

誰かがつばを飲み込む音が聞こえた…ような気がした。

 

それが合図になったかのように二体は動き出す。

 

互いに繰り出した拳が正面から衝突した。

 

―ゴッ…‼‼‼

 

轟音と共に衝撃が広い会場を揺らしていく。ビリビリと大気が震えたような気がした。俺の腹の奥が揺さぶられていく。全身で戦いを味わえるのは会場ならではのものだ。高いチケット代を払った甲斐がある。

 

深紅の機体、レッドライトニングが素早くジャブを二回繰り出すと、群青の機体、ネイビーストームがそれを腕でガードする。

 

そこからレッドライトニングが後退して距離を取ると今度はネイビーストームの攻撃が始まった。

 

左右の拳をリズミカルに繰り出していく。上体をぐりんぐりんと動かして様々な方向からパンチを浴びせる。レッドライトニングは防戦を強いられているように見えた。

 

ネイビーストームの猛攻を支えているのは下半身の安定性だ。足の運びもさることながらそれを可能にしているのは股関節の滑らかさだろう。複雑なアクチュエータの組み合わせがうまく機能している証左にほかならない。メカニックの苦労が(しの)ばれる。

 

観客は時折、会場に設置されたモニタに表示された衝撃蓄積値のバーを確認しながら勝負の行方を見守っていた。パイロットの安全を守るため胴体部の衝撃蓄積値が一定以上になると敗北が決定する仕組みだ。

 

打撃を受け続けているレッドライトニングの衝撃蓄積値は徐々に上がっていく。

 

怒涛(どとう)の展開に会場のボルテージは上がる。いつの間にか怒号が飛び交うようになっていた。

 

しかし、レッドライトニングもやられっぱなしではない。

 

防戦一方に見えて相手の攻撃をしっかり防いでいる。ダメージを最小限に抑えることに成功していた。

 

その姿は隙を伺っているようにも力をためているようにも見える。

 

何かをやってくれる…これから何かが起きる… そういう期待が俺の胸の中に生じてくる。

 

俺の、新堂(しんどう) (たくみ)の推しているチームはレッドライトニングだ。これから始まるであろう反撃に胸が高鳴っていく。

 

果たして反撃は成功するんだろうか?

 

ネイビーストームの猛攻が続き蓄積値が八割を超えてきた。まともに入れば一撃で勝敗が決するだろう。

 

そんな時、赤い閃光が動き出す。

 

放たれた拳を拳ではじき返した。ネイビーストームの姿勢が崩れラッシュが止まる。姿勢を立て直そうとアクチュエータが悲鳴のような音を立てる。

 

その間隙(かんげき)()って乾坤一擲(けんこんいってき)の閃光が放たれた。

 

 ―ガゴッッッッ…!!

 

真っ直ぐに伸ばされた右拳が胸部装甲の中心に吸い込まれ轟音を響かせる。

 

衝撃に群青の機体は後ろによろめいていく。倒れないよう必死に足を後ろに出してバランスを取ろうとした。

 

それを追うように前へと踏み込んだ深紅の機体が詰め寄り…

 

左の拳が中心を捉えた。

 

ネイビーストームは重苦しい音を立ててリングの床に倒れる。会場のモニタに表示された衝撃蓄積値は100%を示していた。同時に気体に内蔵された回路により電源が落ちているはずだ。機体は沈黙している。

 

数拍の間をおいて、場内にブザーが鳴り響く。モニタにでかでかと勝利チームの紋章が表示された。

 

同時にスピーカーから勝利者を告げるアナウンスが流れる。

 

『勝者っ! チーム…レッドライトニング! 』

 

深紅の機体がアナウンスに応えるように右手を高々と突き上げた。それを見て場内が湧きかえる。拍手と歓声が洪水のように空間を満たしていった。

 

堂々たる勝者の姿を見て思う。

 

俺もいつかあの場所に立ちたい…と…

 

隣を見ると親友の勝美浩一郎(かつみこういちろう)も輝くような表情でリングを見つめていた。俺と同じ気持ちでいるのだろうと予想する。

 

何故ならば俺もコーイチもこのロボット競技、ジャックス(JAXX:junk arts extreme versus)のファイターなのだから。

 

視線をリングに戻すと、喝采(かっさい)を浴びるレッドライトニングの姿が有機ELの白色光を受けて輝いていた。

 

 

観戦後、俺とコーイチは自販機の並ぶ談話スペースにきていた。

 

腕時計型の端末で代金を支払うと黒褐色の炭酸飲料に口をつける。喉を潤しながら二週間後に行われるジャックスの競技会と展示会についての話をしていく。

 

ジャックスとはもともとジャンクパーツからロボットを作成してどちらかが破損して行動不能になるまで戦うというアングラ競技だ。超電導モータと大容量コンデンサの普及もあり人気の高まりとともに一般の間に広がるようになる。そして、ルールがスポーツのように整備され正式な競技として発展していった。

 

先ほどの試合はジャックスの中でも最高峰、Aクラスの戦い…通称エイジャックスと呼ばれるものだ。俺たちが参加しているジャックスはDクラス。個人で参加できる小さなロボットで戦うもの…それも高校生の部門だ。

 

「コーイチ。そっちの機体の完成度はどんな感じだ? 間に合いそうか? 」

「うーん、総トルク規定さえクリアすればって感じかな。全体はあらかた完成していて後は調整だけだね。もっと上のクラスでやりたいよ 」

「高校生じゃDクラスが精一杯だよな。金もかかるが足がない 」

 

俺達はともに高校のジャックス部に所属する間柄。Dクラスの試合を2週間後に(ひか)えている。

 

ジャックスはクラスによって機体の大きさ、重量、モータ総トルクに制限がある。規定からはみ出すと当然失格となり不戦敗となってしまう。ギリギリの調整が勝負のカギになるのが普通だ。

 

「タクミの方はどう? 」

「こっちはVRゴーグルとコントローラのリンクがいまいち。まあ、試合前には完成させるさ 」

「…お互い試合はなんとかなりそうだね。その次の日の展示会はもちろんいくよね? 」

「当然。Aクラスの機体に乗れる機会なんてそうそうないしな。最新の脳波コントロールと神経電位コントロールを体験したい 」

 

しばらく雑談を続けた後、家路についた。

 

 

捕まったら終わりだな …

 

左腕が異様に大きい銀色の機体、レフトハンドが腕を振り回しながら迫る。VRゴーグル越しに見える敵機の姿に気分は高揚していた。

 

スピードで勝る俺の機体は一定の距離を保ちながら逃げ回る。だが、ただ逃げているだけじゃない。機体を動かしながらも冷静に照準を合わせていた。

 

照準があった瞬間、コントローラの発射ボタンを押す。ほぼ同時に右腕と一体になった空気圧式銃からプラスチック弾が発射され飛んでいく。敵機胸部に設置されたダメージセンサーに直撃すると蓄積値がわずかに上昇した。

 

互いのダメージゲージはゴーグルの端に表示されるようになっている。それを見ながら戦術を練ることが可能だ。

 

相手の動きと呼吸を合わせて次々に発射していく。クリーンヒットはなかなか出るものじゃないがそれでも着実にダメージを蓄積させていった。

 

弾は軽量で一発一発の威力は低い。それでも数を当てれば十分に稼げる。残弾が三発になる頃には残り四割ほどに迫っていた。次の段階に移る頃合いだ。

 

攻撃が当たらないことに業を煮やしたのかレフトハンドは動きが直線的になり大ぶりの攻撃でバランスを崩すことが増えている。さらに俺が放った弾に足を取られてバランスを崩した。

 

チャンス…

 

コントローラのトリガーを引きながらレバーを最大まで倒す。機体は俺の意思に応え、直ちに反応し動き出した。縮地(しゅくち)の要領で一気にトップスピードに達すると間合いに入る。相手は未だ立て直せていない。

 

ダッシュの勢いも加えて打撃モーションに移行する。

 

脚部から腰部、肩部から腕部へとアクチュエータの駆動を伝えていき右腕は加速する。敵のダメージセンサーめがけ銃口部をたたきつけた。

 

―ガッ!

 

直撃させた音が俺の耳にも届いた。その瞬間、敵ゲージが急上昇して規定値を超える。

 

俺の勝ちだ…

 

審判から試合終了の合図が鳴らされた。

 

会場にけたたましくブザーが鳴り響きモニタに勝者である俺の名前と機体名が表示される。それのに呼応するように会場の至る所から拍手が鳴り響いた。

 

ゴーグルを外し息をつくと会場に礼を行う。その後、リングにばら撒いたプラスチック弾を掃除して片づけた。キャリーケースに機体一式を丁寧にしまいこみ会場を後にすると休憩室へ向かう。

 

ジャックスの試合は1日に1回までが原則だ。

 

このルールは戦闘によるダメージの蓄積で機体に不具合が生じ、2戦目の試合開始前後に戦闘不能になることが多かったために作られたものだ。また、VRゴーグルを装着して操縦するため選手のなかにはVR酔いを起こすものがときどき現れる。その負担を軽減する目的も後から加わった。

 

だから、この後の試合はない。こうして俺の高校二年、夏の試合が終わった。

 

休憩室に来ると試合の様子を写すモニタに目をやる。コーイチの試合が気になったからだ。

 

もうすぐだな…

 

程なくしてコーイチの試合が始まった。最初は劣勢だったが隙をついて4本の隠し腕を出して相手を拘束し、一方的にダメージセンサーを殴り続けて勝利を掴み取る。

 

一見、色物に見える機体だが手堅く勝っている。コーイチの勝ち筋は大体そんな感じだった。あいつのすごいところだ。素直に感心する。

 

俺は自販機で黄色いパッケージが目立つ缶コーヒーを2本買うと勝利した友人の帰還を待つことにした。やがてコーイチが休憩室の入り口に見えると手を振って呼び寄せる。

 

買っていた缶コーヒーを手渡すと俺達はプルタブを開け一息ついた。これで二人とも夏の試合は終わりだ。

 

JAXXはランキングの順位で参加できる試合が限定される。俺たちは中学生の頃から頻繁(ひんぱん)に試合に参加し、今ではトップクラスのランカーとして名をはせていた。

 

本当はランキングを上げるためにもっと試合がやりたい。それを惜しむように今日の試合について感想を語り合った。

 

語りつくすと明日から始まる展示会の予定を確認して帰路についた。

 

 

次の日、展示会場のゲート付近で合流した俺達は腕時計型の端末で自動改札を通り会場内に入っていった。

 

道順に進むとパーツ関連の企業ブースが並ぶスペースにつく。

 

超伝導モータ、大容量コンデンサ、バッテリ、ケーブル、工具、金属3Dプリンターなどがゆったりとした間隔で整然と展示されている。

 

クラスC・D用のパーツは大抵、手のひらに収まる程度の大きさだが、最新のパーツはプログラミングなどのバイトをしている俺達にとってもそこそこ値の張る物だ。チラッと見るだけにとどめて足早に通り過ぎる。

 

次のエリアに抜けるとクラスB用の展示スペースにやってきた。

 

高さ2メートル近くある人型の鉄塊が無数に並びコンパニオンがいる空間は自動車モーターショーを彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

Bクラスになると個人での参加はほとんど見られない。おもに金銭面の事情で…。そのため、企業主体のプロチームが自社の宣伝も兼ねて参加している。興味を引くものもあり立ち寄ってみたい気持ちもあったが一番の目的はここではない。

 

少し露出が多めのコンパニオンから目をそらすように無言でその場を後にした。

 

クラスBエリアを抜けると本日のお目当て、クラスAの展示エリアに到着する。一際(ひときわ)広い空間になっていてこそにAクラスの機体が並ぶ。等間隔にそびえ立つ巨躯(きょく)はそれぞれのチームカラーに染め上げられ異様な圧を放っていた。

 

Aクラスではプロチームが観戦チケット代やグッズの売り上げ、ファンクラブ会員費、クラウドファンディング、複数のスポンサードなど様々な方法で集金している。

 

各チームとも先端技術の応用に挑戦し性能の向上や操縦者の技術向上に努めているおかげで技術メーカーも惜しみなく投資できるというものだ。

 

そのAクラス展示場の一角に円形に壁が設置されているスペースがあった。壁の高さは1メートル程だろうか、人が勝手に入らないように仕切られている。

 

その中に骨格フレームがむき出しでケーブルにつながれた機体が両膝(りょうひざ)をついてうなだれたような姿勢で鎮座(ちんざ)していた。

 

あれが最新式のコントローラを実装した試作機か …

 

円の外側にある受付には長蛇の列が並び、試乗を希望する人はまだかまだかと自分の番が来るのを待つ。試作機の後方にはタラップが設置されていてそこから背中のハッチにアクセスして乗り込むようだ。

 

「だいぶ並ぶな。クラスBのプロ操縦士もちらほらいるのか 」

「この間雑誌で見たヒダカ工機の操縦士もいるね。今度の技術はBクラスでも採用される可能性があるからね 」

 

2人は最後尾に並ぶと、視界に入るAクラス機体について議論したり、今後の自分たちの試合について会話をしながら順番を待った。列は()けていき、あと一人、今乗っている人が降りれば俺の番となる。そんな時だった…

 

……イイイイイイ………

…ミシ…ギギギギギ……

…なんだ?

 

異常音が聞こえてきた。試作機に異変が起こったようだ。動かせるのは上半身だけのはずだったが立ち上がろうとしているように見えた。機体全体が小刻みに振動している。

 

倒れないように固定がされているが想定外の負荷がかかっているためかボルトが徐々に緩んでいった。

 

「と、止めろ! 」

 

アテンダントの技師がモニタをチェックしていたもう一人の技師に指示を出す。すかさずキーボードに指令を打ち込むがモニタには赤くエラー表示が点灯したままだ。

 

「駄目です! 止まりません! 」

 

技師は何度か停止を試みるがいずれも失敗に終わった。その間にも固定ボルトは緩みを増し、機体の揺れが大きくなっていく。

 

「誰か、助けて! 」

 

今試乗しているのは小学生ぐらいの男の子だった。突然のアクシデントに少年はパニックを起こしてしまっている。

 

神経電位・脳波コントロールのため操縦席で慌てふためいている男の子にあわせて機体上半身は腕や首を振り回す。

 

まずいな …

 

このままでは暴走した試験機が場内を暴れまわってしまうかもしれない。そうすれば何人も死者がでるだろう。

 

危機感に突き動かされ、俺は(はじ)かれたようにタラップを駆け上がる。

 

「ちょ、ちょっと!タクミ! 」

 

コーイチが静止の声を上げたような気がした。だが、すでにタラップの頂上部手前まで到達している。今更止められない。この時、俺は無事に止める自信があった。

 

機体の揺れを見極め、機体背部のハッチにタラップから飛びつく。頭の中には機体の構造が浮かんでいた。

 

試作機でもAクラスの規格に沿っているはず…

 

通常のAクラスの規格であれば座席の右下部に緊急停止レバーが(そな)え付けられている。物理スイッチとなっていて、このレバーを引けば電源からのエネルギー供給が物理的に完全に遮断される。

 

機体を止めることはそう難しいことじゃない。

 

大きく揺れるコックピットの中で手すりにしっかりとつかまりながらレバーを探すとすぐに見つかる。目立つように赤く塗られたレバーは一目でその存在を確認できた。

 

揺れる中、慎重に表示を確認してからレバーを思い切り引く。金属がぶつかるような音がして電極の接触が切断された。コックピット内の電飾がすべて消えると脱出用の赤い非常灯がつく。

 

よしっ…

 

そこで気を緩めてしまった。それがよくなかった。

 

ふわっとした浮遊感のあと衝撃に襲われる。

 

横から殴りつけるような衝撃にコックピットから投げ出された。仰向けに落下しながら天井を見る。会場を照らす有機ELの光をまるでスローモーションのように眺めていた。

 

それがこの世で最後に見た光景となった。

 

 

 

 

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