次の日は夜明け前に起きて魔境の深部を目指していく。一度、偵察体で行ったことがあるがその時とはわけが違う。慎重に隠密を行いながら足を進める。
今までは魔物の気配を追いかけていたが今度は逆に魔物の気配を避けて移動する。
なるべく早く深い場所に行きたいところだな…
深部でどれほど探索すれば魔物を発見出来るか見当もつかない。
大型の魔物の他にもステルスバイパーのような妙な変異をした小動物系の魔物とかいるかも知れない。油断しているとそういった魔物に痛手を喰らわされることも考えられる。
昼食は諦めてひたすら進んでいくと日が落ち始めた頃に森の様子が変化してきた。木はより太く高くなり木々の間隔が広がっていく。
ちょうど寝やすそうな枝振りの木が見つかったのでそこで寝ることにする。枝の上に飛び移ると空術で虫とかを払った。
別に噛まれてもなんともならないんだろうけどちっちゃい虫に纏わり付かれるのはなんか嫌なんだよな…
安心して腰を落ち着けるようになると携帯食料を食べて眠りに就こうとする。
だが、目を閉じてもあまり眠くならない。夜の森の中が静かすぎて逆に静寂が気になってくる。
今日は風もない穏やかな日で葉の擦れる音もしない。ここら辺は雪は降らないが冬にもなるとやはり寒くなる。
鳴くような虫も活動をしない時期ではある。それを捕食するような生き物たちも活動は低下するのだろうか。鳥の声もしないな。
しばらくすると静寂に耳が慣れてきたのかようやく眠たくなってきた。
肉体が眠りに就くとコアで鉄術を発動させてワイヤーの結界を張りつつコアブーストの練習をする。
セルマ先生は魔力が流れる経路が破壊されているみたいなことを言っていた。
コアからの魔力の流入に既存の魔力経路が耐えられるように強化するか、別に新しくコア専用の経路を作り出していけば解決しそうな気がするがどうしたものか?
後者の方は二重で魔術を使う場合により効果を発揮しそうだがまた大怪我なんかして診察を受けるときに違和感を感じさせる結果になるかも知れないな。
それは前者のパターンも一緒か…結局両方やるのが強くなる近道なんだろうけど。
一度誤魔化すことは出来たから次も何とか躱すことは出来るはず。怪我をしないこと、つまり病院のお世話にならないことが最善であるならば、兎に角強くなるってのは間違いじゃない。
しかし、この先何が起こるかわからないのが一番の問題か。強ければすべて何とかなるという考えは危険だ。このコアの能力も万能じゃない。その時はその時と割り切って受け入れていくしか出来ないか。
強くなっておこう。狩人という仕事を選んだのは俺だ。これはそう言う仕事だ。
コアから少しずつ魔力を流していき既存の経路に沿って集中的に高めていく。それと並行して通る別の経路を形成するように魔力の流れを維持する。
魔力が抜けないようにしてはいるが徐々に抜けていき消費されていく。肉体の回復量からコアに還流して維持しつつ夜明けまで続けていった。
夜が明けると肉体を起こして木の上でそのまま携帯食を食べる。それからすぐに奥を目指して移動していく。
一日目と同じように日が暮れるまで移動するとなかなかに魔力の気配が濃い場所にたどり着いた。
森の様子はあまり変わらないが警戒を強めるには十分なプレッシャーを感じている。
少々きついな…
前日と同じように手頃な木の枝の上に登ると食事を取って眠りに就く。昨日より慣れたためか比較的早めに眠ることが出来た。
結界を張りつつブーストの訓練を行う。その間に周辺の気配を探りつつこれからについて考えを巡らせていった。
濃厚な魔物の気配はしている。だが近くにいるわけではなさそうだ。痕跡を消すようなことをしていないようにも思う。あの巨鳥が子育てをしている間にも縄張りを維持し続けているのかも知れない。
あの鳥はここら辺の魔物は襲わないと言うことなのだろうか? あり得ると言えばあり得るな。狩るのが難しい相手をわざわざ子育ての時に狙う必要はないだろう。
厳しい狩りになりそうだな。わかっていたことではあるが。
対策を練る時間は取れないかもしれない。遭遇したら即戦うことになりそうだ。
獲物の状態を気にする余裕はないかもな…
考えることがなくなると無心になって夜明けを待つ。やがて夜が明けてくると狩りの時間が始まる。
肉体を起こして朝食を取り森の中を歩いて行く。奥は目指さずにより魔物の気配が濃い場所を目指していく。これはそう遠くないうちに相まみえる事になりそうだ。
しばらく進んでいくと確かな魔物の存在を感じる。
これは… 俺に気づいているな…
遠くから観察して相手の能力を測りたかったが無理そうな感じだ。やはり正面切って戦うしかないか。
ならばとこちらも隠密はやめて接近していく。それに呼応するように威圧的な魔力が放たれる。
かなりの圧力だな…勝てるか?
ギリギリの戦いになりそうな気がする。まともな狩人ならこれ以前の段階で引いていただろう。
だが怖れを置き去りにするように足を進めていく。
あと50メートルぐらいの距離で相手の姿が見えてきた。少し開けた場所で十分な日光を浴びながら堂々と佇んでいる。
日光浴の最中だったのかも知れない。
すまないな、だが引かん…
その姿を観察しながら正面から歩み寄っていく。
鳥の魔物だった。それなりに珍しいかもしれない。単に情報が少ないだけかも知れないが。
鷹のような猛禽類を思わせる風貌だが、全体的なシルエットはダチョウのような地面を走る鳥のように見える。足は太くて丈夫そうだな。ヒクイドリを思わせる。
体高は3メートルぐらいか。大きさの割に魔力が大きいように感じる。全身は濃いめの茶色をした羽根に覆われていて地味な印象を受けた。
どんな魔術を使ってくるのか…?
鳥系だから空術は使ってきそうな気がするな。流石に空を飛ぶことはしてこないだろうけど。
15メートルぐらいの距離で対峙すると相手は威嚇を開始した。
頭を低くして尾羽を上に立てると広げてくる。それと同時に両腕を左右に伸ばして広げて身体を大きく見せるようなポーズを決めてくる。
目に付いたのは手羽先にあたる部分だ。日本刀をさらに湾曲させたような真っ黒な曲刀になっている。
あれを振り回してこちらを切り刻むような攻撃をしてくるんだろうな。
―キィアァァアァァ…!
甲高い鳴き声と共に爆発的な魔力波が押し寄せてくる。
声によって大気が震え、それが伝わって肌がビリビリと震える。
魔力波によって俺の魔力が乱されようとするがこちらも負けじと魔力を練り上げてお返しの威嚇を放つ。
最初の威嚇合戦は互角。もとよりこれで決着を付けようとは思っていないだろう。
“絶雷”を抜いて構えると向こうも威嚇のポーズを解いて突進してくるような構えを取ってくる。
片足で地面を掻くような動作を行ったままにらみ合いを行う。
やがて唐突に相手が仕掛けてきた。
地面すれすれに頭を下げたかと思うとこちらの眼前に一足飛びに迫る。
これは本命じゃないな…
こちらを掠めるように振り上げると次の瞬間に上から押し潰すような突きが迫ってくる。
左手で“守継”を逆手で抜き、二本の刀で挟み込むように嘴を迎え撃つ。
ギシィッ…
軋むような音を立てて何とか受け止めるが筋肉や骨が過負荷を訴える。
お、重ぇ…
まともにやりあうのは不利だ。
後ろに跳びながら受け流すように刀を払って抜け出すと、魔術を使って高速移動を開始した。
―空射加速
後ろに回り込んで尾羽を切り落とそうと斬撃を放つ。避けるのは困難なタイミング。
しかし、相手は高速で回転すると斬撃を躱し逆に回転を利用した刃翼での切り払いを仕掛けてくる。
クソッ…
迫り来る刃に合わせて回転しながら横に跳ぶ。刃は俺の脇を掠めるように撫でると回転に沿って通り抜けていく。
距離を取って体勢を立て直すと状況を確認する。
服の脇がスッパリと切れている。鎖帷子がなかったら肉までいかれていた。
あの回転の速さは魔術…それも空術だ。俺の使う空射加速と同質のものだろう。
それならば加速勝負と行くか。脇差しを鞘に収めて両手持ちをすると空術を使う。
―空射加速
俺が加速して相手に迫ると同時に、相手も同じように加速して迫ってくる。
―ガギィィィィッ…!
交差する瞬間にお互いの刃がぶつかり合うとけたたましい金属音が鳴り響く。
弾かれたのは俺の方だった。飛ばされて地面を転がされる。
追撃に備えて自分から更に転がるとその勢いを利用して起き上がりながら後ろに跳ぶ。その瞬間に空射加速で相手から距離を取る。
相手も同じように追いかけてくるとこちらも更に加速して距離を空けた。
魔術の腕はこちらが上だ。滑らかな曲線軌道で木々の間を縫うように移動していくと隙を見て相手の横から斬撃を叩きつける。
―ギイィィンッ…
それを相手は羽根を利用して空中で姿勢を制御すると刃翼で受け止めてくる。
流石は鳥と言ったところか器用に翼と尾羽を操ってこちらに合わせた滑らかな軌道で飛んでくる。
ガガガガガガガ………
お互いに空中を跳ね回り飛び回りながら刃を交えていくと森の間に連続した剣戟音が響いていく。
相手の隙を狙いながら方向を変えて切りつけていくがその都度対応されてしまう。
器用に左右の刃翼を時間差で繰り出してきたのを再び“守継”を抜いて受け止めるがこうなると攻撃力が分散して決定打を狙いにくい。
そして…
―ブンッ
うぉっ…
刀を受け止められた後に時折放ってくる蹴りがなかなかに厄介だ。
硬く鋭い、太い爪がついた足での攻撃は十分な魔力防御無しでは致命傷になりかねない。
迫り来る足爪を身体をひねって躱し後ろに回り込もうとする。だが、相手も風を羽根で受けてくるっと体を回転させ鋭い嘴を向けてくる。
この嘴も厄介だな…
首の関節と筋肉を利用して蛇の噛みつきのようなブレのないモーションで突きを放ってくる。硬く、鋭く、速い。
刀を交差して受け止めると距離を取って木々の間をすり抜けていく。
仕掛けでも作るか…
―
水術は見えないと判断して木の間に仕掛けを張っていく。状況の変化を考えて複数仕掛ける。
相手には気づかれていないようだ。これで場が整った。
何度か切り合いを行った後、頃合いを見て正面から切り込んでいく。
空中で左右から同時に斬りかかると相手は両刃翼を器用に操って斬撃を受け止める。そこから俺の刀を巻き込むように刃翼を広げてこちらの両手を外側に弾く。
がら空きになった胴に蹴りが放たれた。それに対抗してこちらも魔力を十分に込めた蹴りで迎え撃つ。
―ドッッッ!!
蹴りと蹴りがぶつかる衝撃で大気が揺れる。
相手の方が重い。身体の構造もあって空中でのぶつかり合いは有利。またしても俺は力負けして後ろに吹き飛ばされていった。
だが狙い通り…
―弾水網・反力投射
木の間に張った水の網により反発力を受けて止まる。そこから未だ空中に留まる鳥に向けて弾丸のごとく射出された。
さらに空射加速で速度を上げながら姿勢を制御し“絶雷”を振り抜いていく。
こちらの急激な速度変化に相手は反応が追いついていない。そんな相手の首めがけて刃は迫る。
―ザンッ…
刀を握る手に肉を裂く抵抗を感じつつ勢いで反対側に抜けていった。着地をすると足の裏が地面を削っていく。
手ごたえはあった… だが…
仕留めきれなかった…
直前で急に体勢が変化して首を躱された。背中をけっこう深く切り裂くことが出来たが致命傷にはほど遠い。
振り返るとヤツは傷を治すために静止していた。追撃をするチャンスではあるが飛びかかろうとすると違和感を感じて足が止まる。
…なんだ?
注意深く観察すると魔力の質が変化している事に気づく。
何が起きている?
―キィィィアァァァッ!!!
魔力が大きく膨らむと、大音量で妙な鳴き声を響かせた。
う、うるせぇ…
耳を塞ぎたくなるが耐えてじっと様子を見ていると鳥の姿に変化が見られる。
全身を覆う羽根の色が徐々に別の色に変わっていく。羽根の根元の方から光沢を放つ虹色に染まっていき、やがて羽先まで完全に変化した。
魔力の膨らみは当初より落ち着いたものの、感じられる魔力の性質は別の個体と思えるほど違うように思える。
こいつは… なんだ…?