魔力変異か、この期に及んで…
こういうことは竜種には良くあることなのだろうか?
疑問はあるが今考えることじゃなかった。
確実に今までより強くなっているだろう。見た目からも魔力からもそう感じる。
ただ、魔力変異で魔力を消耗したのかどこかしら弱さも感じられた。
長引かせると回復されるかも知れない。戦いの中で経験を積んで強くなる可能性だってある。
新たに目覚めた力、それに慣れる前に仕留めておきたい。
―術式大規模化…
相手の動きを完全に封じ込める魔術を構築していく。
―鉄・水・土、複合術式…
動きを止めた後はセリアに留目を任せよう。
―鉄強化、水弾性化、土質硬化…
魔力波により俺がこれから強力な魔術を放つとみんなに伝える。確信を得られるようにするための下地作りだ。
「俺がヤツの動きを止める。初撃はまかせた 」
返事はないが魔力波で応じたことがわかる。
さて、最終局面といこうか…
#
レインがこれから放つ魔術の性質を理解するとそれに合わせて各自がどう動くかを決断していく。
結果として相手を待ち受ける形となった。
ミリスとレグルスが左右に開くように動き出す。
それを皮切りにギルゼインは正面から突進を仕掛けてきた。
全身から以前にも増して強力な炎を吹き上がらせ迫る。
熱と炎の塊が空気を揺らめかせ、地面を焼き溶かしながらセリアへと向かう。
解き放たれた矢のように、一直線に駆けるその姿から竜もまた短期の決着を望んでいるようだった。
シアはミリスが作り出した土壁の残骸に取り付くと大規模空術を起動させる。
生み出した竜巻が土塊を崩し砂嵐を作り出すと蛇のように動き出して炎を包み込んだ。
魔力を含んだ砂嵐と炎が互いに打ち消しあう。完全に消すことはかなわずとも炎を弱める。
セリアは再び雷光を纏いギルゼルンに向かう。シアの魔術による追い風を受けて矢のように駆けた。
両者が激突する瞬間、竜は前肢を振るい爪による斬撃を放つ。
それをセリアは大剣で受け止めた。そこを起点に衝撃波が広がっていく。両者の足元の地面が割れ砂塵が舞い上がった。
互いに動きを止め合うと一拍遅れてミリスとレグルスがギルゼルンに仕掛ける。
先に仕掛けたのはミリスだ。
(大地抉穴《トア・ハスク》! )
魔力を存分に込められたメイス、その頭部を竜の後ろ足を支える地面に叩きつけた。地面は大きくくぼんでいき二本の後肢と共にそこへミリスも落下していく。
自分すらも巻き込んで竜の動きを止めにいった。
「オオッ! 」
それと同時に風の鎧を身に纏ったレグルスが軸足に斬撃を打ち付ける。
足を払われ、竜は肩から地面に倒れた。だが、攻撃に魔力を使い尽くしたレグルスの隙を狙って爪を振るう。
攻撃を察知して振り返るが防ぐ間はなかった。爪の先が腹部を襲うと鎧を引き裂く。その先の肉を切り裂いてレグルスを弾き飛ばした。倒れ伏し、大量の血が地面に流れる。
―鉄水《てっすい》縫線《ほうせん》・磔結《たっけつ》縛殺《ばくさつ》
犠牲を払って作られた束の間の好機、それを狙いレインは完成した魔術を繰り出す。
六本のワイヤーが伸び、それを背中の水槽から伸びた魔水で覆う。それがギルゼルンの体を地面へと縫い付けた。地中と竜の周りを交互に通り絡みつく。
閃光のように駆け巡り一瞬のうちに
竜は逃れようともがく。全身から吹き出す炎を強める。自身を縛るものを焼き尽くそうとしているのだろう。
(させるかっ! )
―低温熱変換
高温に対抗するために熱変換を使い水の温度を低下させて焼き切られるのを防ぐ。
炎を吐かせてなるものかと首を重点的に締め上げた。
そうして作り出した数拍の時間、セリアは魔力を十分に高め雷術を練り上げていた。
今回の戦闘では最大の魔力の上昇…
両手に持つ大剣がまばゆい電子の光を放つ。
天に向かって突き上げるように
地面に倒れ伏し、縫い付けられ動きをとめた竜、その首の中程に向けて儀式のような美しい所作で斬撃が放たれた。
甲殻、鱗、肉、骨。すべてをさしたる抵抗もなく両断していき、刃は通り抜けていった。
首を完全に断った時、遅れて血液が噴き出していく。
徐々にその勢いは弱まり、ゆっくりと地面に血だまりが広がっていった。
#
首を切断されてからギルゼルンを覆う炎は消えていった。
血を失っていくにつれて身体から力が失われ、ワイヤーを通して伝わってくる抵抗がなくなっていく。
竜の死を確認すると俺も力を抜いて魔術を解除した。
いつもなら使用した魔水は廃棄するのだが今回は人目があるから回収していく。
疲れた肉体には少ししんどい。
だが、一般的な水術使いは自分の使う魔水は同じものを使い続けるようなので無造作に捨てるのはマズい。
魔鉄ワイヤーも引き戻して回収する。首に巻き付けていたものがきれいに切断されていた。
最後の一撃で一緒に斬られたようだ。
「すまないな。斬りやすそうな場所を選んで切断したら一緒に斬ってしまった 」
切断面を見ていたらセリアから声を掛けられた。切断されたその先を手渡してくる。
「いや、鉄術で修繕出来る。そう難しくはない 」
切れ端を受け取ると切断面を接触させた。そこに魔力を集中すると鉄術を発動させ結晶同士を結合させる。
切断面がきれいだったから思いのほか簡単だった。残りの魔力はもうほとんどないに等しかったから助かるわぁ…
「それにしてもすごいな。いつの間にかいろいろなことが出来るようになっているな 」
「リオンの協力もあるけどな…それよりレグルスは大丈夫なんだろうか? 」
結構派手にやられていたように思う。出血量もそれなりになっていたことだろう。セリアのあれで仕留められなかったら真っ先にやられていたな。
「あのぐらいなら大丈夫だろう。ミリスもいるしな 」
そうだ、ミリスはどうなったんだろう?
視線を地面に空いた穴に向けるとちょうどそこから這い出して来るところだった。
駆け寄って助けようとすると足から力が抜けてその場に
思っていたよりも疲弊していたようだ。気が抜けると体勢を維持出来なくなる。
その間に穴から抜け出してきた。
むぅ…ワイヤーの修繕は後で良かったな…
若干の気恥ずかしさを感じている俺をよそにミリスはレグルスの方に歩み寄る。
「ミリス、疲れているところを悪いがレグルスを見てやってくれるか? 」
「はい。問題ありません 」
ミリスの鎧はへこんだり割れたりしていた。穴の中でギルゼルンの後ろ足により攻撃を受けていたのだろう。
よく見ると顔には血の跡が付いていて鎧の隙間から覗く衣服も所々焼け焦げている。
痛々しい感じもするがその足取りには力を感じる。
なかなかタフだな…
倒れているレグルスに近づくとナイフで鎧の留め具を切断して鎧を剥がし、衣服を切り裂いて損傷部をあらわにする。
レグルスの腹部は大きく避けて腸が腹圧により飛び出していた。
出血は回復術によりすでに抑えられているものの、はみ出している腸は竜の爪によりズタズタに切り裂かれている状態だ。
…なかなかにグロいな
裂けている腸を手で持って繋ぎ合わせると治癒術により局所的に修復していく。
腸を繋ぎ終えるとそれを手で腹の中に押し戻しつつ治癒術で内部に引き込んだ。元に収まっていき、完全に戻りきると最後に外部の裂傷を治して治療は終了した。
手際がいい。ものの数分で治療を終えてしまった。その間、表情一つ変えずに淡々と作業をしている感じだった。
衛生騎士長と言うぐらいだからこのぐらいの、あるいはもっとひどい外傷にも日常的に接してきているのだろう。時には人の死にも。
この中で一番肝が据わっているのかもな…
重傷を直してもらったレグルスはミリスに礼を言うと起き上がり腰のポーチから何かを取り出した。蓋をひねり開封し口にくわえて吸い出すように飲み始める。
まさか…ゼリー飲料か?
地球にもあったパウチ容器とほぼ同じもののように見える。
騎士団の支給品なのか? 店では見たことがないな… 最近出来たものなんだろうか?
プロテインとか鉄分とか入っているんだろう。失った血を再生するために飲んだと思われる。
俺も腹が減ってきたな…
周りを見渡すと思い思い休憩を取り始める。
ポーチから携帯食料を取り出して食べながら周りを観察してみた。
シアは魔術を放った直後から休憩していたな。次に備えて回復させていたのか…
セリアも座って休憩しているが魔力にはまだ余裕があるように思える。あれでもまだ出し切ったというわけではないようだ。
…まさか一人でもやれたというわけじゃないだろうな?
流石にそれはないか…
それからギルゼルンの遺体に目線を向かわせる。
首を切断され力なく横たわる姿を見ているとなんだか遣り切れない思いが湧いてきた。
困難な闘いではあったと思うが全身全霊をかけて戦ったかと問われれば疑問が残る。
当初の想定よりも楽に勝てたといえば語弊が生じるかも知れないが死闘の末の勝利とまでは言えない。
誰も死ななかったのは良いことだ。余力を残した勝利だと言える。
これだけの戦力が集まればここまでの事が出来るのか…
集団の力、そのすごみは理解出来る。だが…
出来ることなら一人で戦って勝ちたかった…
今の自分にそれだけの力は無いことは理解している。
しかし、もっと力を身につければいつか一人でも勝負が出来たのではないか?
そんなことを考えてしまう。
…まあ、考えたところでどうしようもないな
ギルゼルンはもう、死んだ。次なんて無い。
振り切るために周囲の景色を改めて見てみる。
断崖絶壁で囲まれた円形の草地。こいつの他にはネズミのような小動物ぐらいしかいないだろう。気配からもそれはわかる。
ここに来るまでの道中も大型の魔物はいなかった。こいつが空気中の物質を取り込んで蛋白質なんかを合成出来るならほとんど物を食べる必要はないのかもしれない。
生活圏はかなり狭くても生きていけると思う。前回、渓谷の外で遭遇したのはどういうことだろうか?
確証はないが緑熊と遊んでいたのかもしれない。
なんとなくだがそう思えた。
あのタイミングで熊と遭遇したのはまったくの偶然ではなかったのか?
そんなことを考えていたらセリアが動き出した。
ギルゼルンに接近していくと胸のあたりに立ちナイフで切り込みを入れる。
その切り込みの中に腕を突き入れると少し探るような動作をしてから引き抜く。その手にはかなり大き目の魔石が握られている。
腕に付いた血を落とすとみんなに向かって指令を出していく。
「それでは一度拠点に帰還するとしよう 」
休憩が終わり来た道を戻る。
一番重傷だったレグルスの足取りも問題なさそう。回復力はやはりこちらの世界の人間、それも副騎士団長を拝命しているだけのことはある。
帰りの道中も行きと同じく魔物に遭遇することはなかった。
竜を恐れて近づいてくるものはいないのだろう。
今後はどうなるのかわからないが。
先頭を歩くのは当然のようにシアだったが行きの時よりも行軍ペースは速い。
あれでもまだ慎重だったのか…
◇
拠点に帰還すると各自で思い思いに休憩を取ることになった。
自室にこもると装備の状態を確認する。攻撃をまともに食らったことはないが雷神装により服の布が所々焦げてほつれていた。
ヤツが周囲にまき散らしていた熱と炎の影響もあるだろうが魔術の制御が甘かったのが主な原因だろう。
即席の魔術ではやはり限界がある。あとで改良しておこう。
さて、服をどうやって修繕しようか…
亜空間でも良いがここは一つ、木術を応用して修繕してみよう。
魔術で実際に出来るようにしておけば今後疑われた時に実演してみせることが出来る。
魔力を通して該当箇所の感触を掴みつつコアで魔術回路を組み合わせていく。足りない部分は魔石で作り出していきコアに情報を送る。
何十回も繰り返してようやく最適化への道が見えてきた。
さらに繰り返していくと布を修繕する魔術が完成する。
綿製品なら修繕が可能となった。
早速、使用して修繕を行うと見た目ではわからない程度に直すことが出来た。ただ、完全に直すには外から失われた分の繊維を持ってくる必要がある。
亜空間の中には糸があるのだが、今はやめておこう。
考えすぎかも知れないがシアに何かを勘づかれるような気がした。
◇
いつの間にか時間は夕食時になっていた。
しまったな、ミリス一人に任せてしまったか…
台所に行くとすでに夕食の準備は整っていた。
パンにスープに焼いた肉だ。
魔物の肉と言う話だった。中級ぐらいのトカゲの魔物の肉らしい。腐敗しにくいから常温でも持ってこられる。
それを鶏肉のソテーのように皮目をパリパリに揚げて香草と塩で味付けしている。
魔力を多く含んだ魔物の肉ほど美味いというのは迷信らしいが、食べるとなんとなく味わい深い気がする。力が湧いてくるようなそんな感じがした。
ただの迷信ではないのかも知れない。いや、プラセボ効果か?
まあ、結論づけるのは早い…
もっと上位の肉を食べてみた方がいいな。違いのわかる人間になろう。
いままで狩った魔物も肉を少し取っておけば良かったな…
夕食が終わると片付けの手伝いをして自室に戻り早めに眠った。
◇
翌日は支援部隊の到着を拠点で待つことになる。
騎士団と狩猟ギルドの連合からなり、補給物資を運んできたりギルゼルンの遺体を回収する任務を請け負う。
ギルド職員が大半を占めるらしいが護衛に騎士が数名と狩人が数名参加していると言う話だ。
狩人については北部の雪が降るような地域で活動している人が来るらしい。
雪が積もっても狩りを続ける者はいるが、それを嫌がって狩りを休止にする者もいる。
そんな狩人に声をかけて雇ったそうだ。中級上位ぐらいまでのランクになるという。
補給部隊が到着すると物資を受け取り整理していく。
ギルドの職員に料理担当がいるので食事の用意は任せてその日は休息に当てた。
その次の日は夜が明ける前に解体師と運搬係を戦闘職全員で護衛しながら遺跡へ出発する。
到着すると解体師達は手際よくギルゼルンの解体を始めていった。
運びやすい大きさに分割すると梱包して拠点へと運ぶ。
本格的な解体はモノがモノだけにしっかりした施設に運び込んで行うらしい。
拠点に到着すると解体師と運搬係は数名の護衛と共に魔境を離れていった。
残ったギルド職員達は俺たちのサポートをする。そのサポートメンバーを護衛するために数名の騎士と狩人が拠点に残った。
いよいよ明日から遺跡の内部の調査か…