(別視点)
シアが次の部屋への入り口から中を覗くと、そこには更に広い空間が広がる。
今までの様相とは異なりなんとも壮観で落ち着いた空間になっていた。
入り口から真っ直ぐに伸びた橋が反対側に続き、その先に次の部屋へ続く出口がある。
部屋の中は清らかで透き通った水が一面に張られていて橋の上面に迫るほどだ。
橋は水に浮かんでいるように見える。
水は意図的に張られているようだ。わずかに水の流れがあった。どこからか供給されていて、入ってきた分をどこかに流している。
水が溜められているためか部屋の空気はひんやりとしていて清浄な雰囲気を纏っていた。
シアは魔力域を広げていき広範囲を把握しながらゆっくりと進んでいく。
(いる… 水の中か… )
水中までは領域を広げることが出来ないが水面を伝って魔物の存在を確かに感じている。
やがて橋の中程まで来ると
(アキアトル…それもかなり大きい )
気配から魔物の種別を判断するとより一層気を引き締めて相手の出方を待つ。
相手の攻撃を確認してより確かな情報を得ると決めた。精神を研ぎ澄ますと構えを取って周囲を警戒する。
静かに張り詰めたような時間が過ぎていくと
仕掛けてくる、そう直感して感覚を研ぎ澄ます。
同時に盛り上がった水面から棘が生まれた。一度、天井に向かって垂直に伸びると途中で曲がる。素早く直線を描きながら鋭い先端がシアへ迫っていく。
それを目で捉えることなく紙一重で躱す。
初撃をわずかに身体を後ろに傾けて避けると鼻先を掠めるように通り過ぎていった。
そこを皮切りに次々と水の棘が迫り来る。
前、後ろ、左右…あらゆる方向に軽く飛ぶような足運びで動いて躱すと、時には実を低くし、回転を加え、上体を反らし、柔軟な運動を加えて避けていく。
その姿は舞台で演舞を披露する踊り子のようだ。
躱された水の棘は形を失って水中に戻るものもあれば橋の上を濡らすものもある。
足場は徐々に摩擦を減らすように水浸しになっていった。
それをシアは身体に薄く纏った空術の
飛散した細かな水の玉が灯りを反射して空中で煌めき舞踊に華を添える。
相手は焦れたのか、それともこの舞踊の終幕を飾ろうというのか…シアの四方を囲むように一斉に大量の棘を伸ばした。
それを大きく飛んで躱すと後方宙返りをして橋に着地する。その瞬間、反動と勢いを利用して振り返りながら走る。入り口へ矢のように駆けていく。
その背中に向けて水の棘が伸ばされるが届くことなくシアは仲間の元へと帰還することとなった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「水のアキアトル…強い… 」
戻るなり端的にそう言うと皆が難しい顔になる。
あれかぁ…
確かにアキアトルなら魔力さえあれば生存出来るからこんな環境でも十分に育つことが出来るだろう。
状況を詳しく精査するためにみんなして次の部屋の入り口にいき、少し離れた場所から覗いてみる。
部屋の中は床が大きく下がっていて一面に水が蓄えられていた。
透き通っていて底まで見渡すことが出来る。反対側の壁を見るに水深は三メートルぐらいはありそうだ。
部屋の広さもあって水量はかなりのもの。
これ全部魔水だな、それも質がかなり良い…
そのアキアトルによって魔水化していると考えられる。この水が全部そいつの身体になり得ると言うことか? 支配力は相当なものだと太鼓判が押せる。
まだ魔核は確認出来ていない。しかし、かなり大きいと確信した。
じっと見つめているとなんだか胸の奥がうずくような感じがしてくる。水恐怖症ではないはずだ。学校のプールの授業はむしろ好きな方だった。
俺の魔石は水のアキアトルの魔核を使用したものだ。刻まれている魔力回路か何かが反応しているのだろうか?
なんとなく水魔術でガチンコ勝負したくなってきた。
まあ、そうは言っても俺に勝ち目はなさそうだ…
水のアキアトルに水術勝負を挑んでもな…
プラスアルファが必要だ。
どうしたものか?
◇
休憩場所に戻ってきて今後について話し合う。皆の表情はあまり優れないものだった。
「撤退も視野に入れて考えるべき… 」
最初に口を開いたのはシアだった。実際に強さを図っての判断だろう。その言葉の意味は重い。
「水の中で水と戦うようなもの。勝ち目は薄い 」
冷静で的確な指摘だと思う。地形的に不利な面が大きいな。それだけならまだしもかなり育っていて強力な個体になっている。
人数と力でのごり押しは無理だ。やるなら相当な被害を覚悟しなければならないだろう。
素早く通り過ぎて先を確認しに行く手もないことはない。しかし、その先で価値のあるものを発見した場合、後から来る学術隊が通れるように討伐しなければならない。
いや、価値云々は関係ない。どの道、調査はやるだろう。
討伐は必須か…
「一度戻って専門の狩人を中心に部隊を編成し直すか? 」
「その場合は編成までかなりの時間を要します。早くて半年、一年以上はかかるかと… 」
セリアとレグルスが話を進めていく。
一旦引く流れになりかけているな。
あまり間に入るのは気が進まないが一応言っておこうか…
「話の途中ですまないが一つ良いか? 」
「なんだ、レイン? 」
「俺に考えがある。有効かどうかはわからない。結果を保証することは出来ないが試してみたい 」
セリアの目を正面から見つめて言う。
セリアは少し考えた後、俺に続きを促した。
「聞かせてもらおうか、その考えを… 」
◇
それから数日がたった。
遺跡九階層、水の間と名付けた例の部屋の前に沢山の大きな壺が並んでいる。
あれから一旦、拠点に戻り、ギルド職員に依頼して物資を運び込んでもらった。
往復するに当たって護衛は調査隊で勤めた。何往復もして遂に必要な分が揃った形だ。
さて、ようやく作戦開始だな…
背中の水槽を外して脚甲を脱いで裸足になる。
脇差しも置いていこうか…
小道具を入れたポーチも外しなるべく身軽になっておく。
準備が整うと皆に作戦開始を宣言した。
「それでは作戦を開始する。合図をしたら順次行動を開始してくれ 」
「ああ、心得た。思いきりやってくれ 」
セリアの言葉に頷きで応えると俺は橋の上を駆けていく。途中で跳躍して橋から水面に向かって飛ぶ。
足から水面に向かって落下し、足の裏が触れる瞬間、水術で水を固めて着地した。
グニュンッ…
ゼリーとかこんにゃくのような感触を足裏に感じながらヤツの存在を探っていく。
気配は薄い…だが感じる…
俺の魔石の中にヤツに反応している部分があるようだ。
徐々にこちらに接近してきている。こちらに興味を示している感じがする。
やがて目の前の水面が大きく盛り上がってきた。高さ3メートルほどに盛り上がりそこで動きが止まる。
透き通った水の体の中、その中心に魔核が確認出来る。
テニスボール大の水晶のように透明な球体…
やはりデカいな…
その中に星のように煌めくいくつもの光がゆっくりと動いている。
前と大体同じか…攻撃パターンも似たり寄ったりだと思うが魔力の桁が違いすぎる。
取り込まれたら危険だな…
目の前のコイツ、固有名ルセト・ミルは俺という存在をどう判断したらいいか戸惑っているようだった。特に動き出すことなくこちらをじっと観察している。
このままお見合いをしているのも無駄だな…
思いきり威嚇の波動を送ってやる。
―ぬぅんっ
その瞬間、水塊全体がビクンと震えて硬直する。
いきなり
その隙に攻撃させてもらう…
“絶雷”に魔力を思いきり込めて相手の足元?に横薙ぎに叩きつける。大きな抵抗を手に感じながらも振り抜いて反対側に刃を通した。
大きく抉るように俺の魔力がルセト・ミルの構体を分解して砕いていく。
重い…
かなり濃密な魔力が込められている。崩すのは容易ではないが、その分、相手の魔力を減少させる幅は大きい。
簡単にそうさせてはくれないだろうけど…
果たしてどれほどの魔力を持っているんだろうか?
長期戦も視野に入れなければ…
初撃を喰らってフリーズから立ち直ったのか相手はこちらに敵意を伴った魔力を向けてくる。
意思がないのに敵意か…
こちらがそう解釈しているだけかも知れないが実際の行動とリンクしているからその理解でいいだろう。
ルセト・ミルは魔核正面の構体から水のレーザーを俺に向けて放ってきた。
大きく横に跳んで躱すとやはりその後を追いかけてくる。
前に跳んで距離を詰めるとこちらに追跡するための角度を大きくしなければならないから避けやすくなる。だが、接近した分、威力は大きくなる。
後ろに跳んで距離を空けると小さい角度変化でこちらを追跡出来るから避けにくくなる。だが、威力は小さくなる。
一瞬で判断して水面を凹ませるように踏み込むと反動を利用して後ろに大きく跳んで距離を空けた。
―操水形成・強化術式、
水面に降り立つ瞬間に魔術を発動する。
―硬水鎧《こうすいがい》・錐角《すいかく》
刀を正面に突き出し、ランスに似た形の、巨大な
シュワァァァァ……!
より強く硬質化させた先端部分が水流を貫いた。
高圧の水流はランスの側面に沿うように流れて広がっていき俺の後方で砕けて水滴になって散っていく。
その攻撃はすでに学習済みだ…
サンショウウオに追い回されたことが懐かしいな
…そうでもないか
ルセト・ミルは効いていないとみるや出力を上げ出した。
俺も出力を上げて対抗していく。
相手の魔力消費よりこちらの方が断然消費が少ない。このまま続けてくれた方がいいんだけどな。
―むっ
水中に広げた魔力域に反応があった。
触手をこちらに伸ばしてきている。横から後ろから…多面的に攻めようという魂胆だろう。
対抗術式をぶつけていき手当たり次第にキャンセルしていく。
一分ほど続けただろうか。水レーザーを止めて触手攻撃を放ってこなくなる。
ルセト・ミルはこちらの出方をうかがっているのか、どう攻撃するかを考えているのか静止した状態になる。
見た目からその思考がわからないし、魔力からも読み取れる情報が少ない。
通常の魔物とはまた違った対処を強いられる。
やりにくい相手だ…
攻めあぐねていると水の盛り上がりが下がっていき完全に水面に解けていく。相手は次の攻撃を決めたらしい。
どうくるか?
そう思う間もなく水中をかなりのスピードで一直線に魔力が向かってくる。
魔力圧が高い。
こちらの領域をものともせずに突破して接近してきた。魔核ごと、本体すべてで突撃してきているようだ。
真下から殺気を感じて大きく上に跳躍すると次の瞬間に元いた場所を囲うように水がせり上がって包み込んでいく。
取り込まれたらマズい…
抜け出す方法はあるが魔力消費が大きい。掴まるわけにはいかないな…。
瞬時に分析していると空中にいる俺に向かって囲い込みに使った水がそのまま伸びてきた。
水位はそう大きく変化していない。中は空洞のようだ。
チッ、省エネ使用か…
もっと大技を出してくれば良いものを…
相手がこちらの狙いに気づいているような嫌な気分がして心の中で毒づく。
あまり情報を与えたくないが…
―空射加速
そう考えつつも攻撃のために空術を使用する。重力加速度に加えて更に加速すると触手が伸びる根元に降り立った。
風を纏わせた刀を両断するように振り抜く。
―空刃術式、断空牙
切断され魔力を絶たれた触手がただの水に返り落下する。水面に水柱が立っていく。
そろそろいいか…
反撃を避けるために再び後方に跳んで空中に躍り出ると魔力波で合図を送った。仕掛けを実行に移してもらう。