夜は寝ながらも拠点の周囲を探っていく。
肉体を休めながらコアで周辺を探っているのだが、ギルゼルンがいなくなった所為か索敵にちらほらと魔物の気配が引っかかる。
あまり大きな気配ではないな。中級でも下位の部類かもっと下か…。徐々に本来の魔境の姿に戻りつつあるのかも知れない。
もっとも、元に戻る前にしばらくは荒れ模様を見せることになるんだろう。空白地帯に周辺から魔物が入り、競合が始まることでここも
その中で強い魔物が再び居座るという可能性もある。やはり人間の手で環境を整えて行く必要がある。
この任務が終わったら少し気にかけてみるのも良いだろう。もう一度、緑熊の同種と戦うことが出来るかもしれないしな。
◇
翌朝、朝食を取ると遺跡に向かって出発する。
渓谷までの道では何度か魔物の気配を感じたが襲ってくることはなかった。まあまあ大きめの気配もあったがすぐに消えた。
こちらの戦力が大きすぎるようだ。何もしなくても勝手に逃げていく。
渓谷に入ると、たまに断崖の上に大きめの気配を感じたがこちらは逃げることなく接近してくる。
姿は見えないがどうやらこちらを観察しているらしい。圧は感じないな。襲ってくる気は無いようだ。
まあ、ギルゼルンより強くなければ勝ち目はない。賢明な判断だ。それぐらいの冷静さがなければ生きていけない。
俺たちが去った後に縄張り争いでもなんでもしてくれればいい。それが魔境というならばこちらに止める理由はないし。
そんな魔物の気配をいくつか感じたあと遺跡に到着した。
ひょっとすると遺跡の内部に侵入した魔物がいるかも知れないな。
シアを先頭に進んでいくと魔物の気配を感じる。魔物と言ってもネズミみたいなヤツだった。
シアはそれ無視して進んでいく。
いつかこんな魔物を追いかけてもう少し大きめの魔物が入ってくるんだろうな。そして、それを追って更に大きな魔物が入り込むと…
俺たちが去った後に来る学術隊も大変そうだな。
…騎士団とかが護衛に当たるのか?
ギルドも狩人を派遣するだろう。立候補してみるか…
まだ終わっていないのに終わった後のことを考えている。確かにこの遺跡にルセト・ミル以外で手ごわい魔物がいるとは思えなかった。
だが、気を抜きすぎだな。リオンの忠告を思いだそう。
◇
特に何事もなく水の
せっかくだから戦いの跡を確認しておこうか…
塩はほとんど水に溶けていた。透明で澄んでいるように見える。底の方に溶け残ったものがちょっとあった。
壁には損傷などは見られない。かなり激しく戦ったかと思ったが相当丈夫に出来ているようだ。
なにでできているんだろう?
理力によって強度を上げていると言う可能性も考えられる。
戦闘があったとは思えない整然とした様子に神秘的なものを感じると同時にちょっと不気味にも思えてきた。
仕組みがわかれば平然とした気持ちで見ることが出来るんだが…
水の間を過ぎて反対側の部屋に入るとそこも手前の部屋と同じように何もない空間が広がる。目に付くのは階段だけだ。
そこから十階層に降りると再び幾何学模様を描くように通路が通っている。
進んでいくと突き当たりに階段を発見した。他の階段と何やら作りが違う。黒いつるつるした素材で出来ていて金色の装飾がなされていた。
なんか豪華な作りになっているな。他と比べて理力の気配が濃いようにも感じる。
なんとなくその先からただならぬ雰囲気が感じられた。
警戒をしながら階段を降りていくがなかなか次の階層にたどり着かない。
長いな…
深いところに次の階層があるのか? 階層の天井が高いのか?
階段を降りきるとやたらと天井が高い所にたどり着いた。
どうやら後者だったようだ。床や壁は階段と同じ作りになっている。金色の装飾が荘厳な雰囲気を醸し出す。豪華なのに悪趣味な感じではなく
ここは前室に当たるようだ。天井に比べて狭い作りになっていて階段の正面に入り口が見える。そこから次の部屋を見ると体育館みたいな大きな空間が広がっていた。
明らかに何かありそうな場所だ…
入り口の反対側正面には閉まっている扉が見える。
ここに来るまでに扉で隔てられている場所はなかった。
ここが、十一階層が終着点のようだ。
自然と大広間の前でみんなの足が止まっている。
なんとなくだがこの先に進むのは
どうするのかと考えていたらセリアが決断を口にする。
「皆はここで待機していてくれ。ここからは私一人で行く 」
一人でだと?
「それは危険だろう… せめて俺も一緒に行こう 」
「ダメだ…何かあったときは私一人の方が対処出来る 」
俺は足手まといと言うことか…
確かにセリアの方が俺より強い。そう言うのも無理はない。
だが対応力なら俺の方があるとは思う。多彩な魔術が使えるのはこういうときこそ真価を発揮するはずだ。
しかし…
これから何が起こるのか情報が少なすぎる。果たして対処可能な事態なんだろうか?
確証が持てない中、事態は俺の思いとは関係無しに進んでいく。
「では、行動を開始する。レグルス、後のことは任せた 」
「はっ! 」
姿勢を正すとレグルスは騎士風の返答をして了承を伝える。
任務中そういうのは表に出さなかったセリアだがここに来て騎士団の命令系統を出すことに違和感を覚える。
二人は何かを知っているんだろうか?
ゆっくりと歩いて行くセリアの背中をみているとなんだか遠くに感じてしまう。
不意にセリアの魔力が今までにないくらいに高まっていった。
全力を出し切って戦うと言う覚悟の表れだろうか?
魔力から鬼気迫るものを感じる。
確かな存在感を放つその一方で俺はどことなく不安定さを感じてもいる。
まるで消える前のろうそくの火のような…
ともかく何かが起きる前に介入することにしよう。
不安を振り払ってそう決意し、状況の変化を見逃さないように注意深く観察していく。
セリアが部屋の中程まで進んだ。すると部屋の中に変化が起きる。
おもむろに部屋の奥、扉の手前の天井が開きだした。
開ききって止まる。
そして、ぽっかりと開いた空洞、その奥の暗闇の中から何かがゆっくりと降りてきた。
始めは歪な黒い塊のように見えたそれは、俺のよく知るものだ。
人型…ロボット…
この世界にもそういった概念があるのか?
本来なら喜ぶべき所だが今は不安しかない。
一体どういうものだ?
周囲の反応をうかがうとシアとミリスは俺と同様に驚いているようだったが、セリアとレグルスには動揺は見られない。
やはり二人は何かを知っている…
人型ロボットは表面から微かな光を放っていた。理力…それにより推進力を得ていたのだろう。
直立姿勢で浮かぶように降りてきて音もなく地面に足を付けると首を少し傾けてセリアに視線を合わせるような仕草をする。
侵入者が何者であるのか分析しているようだ。
全高は8メートル程。細身の体型で全身は金属とも石ともつかない光沢のある材質で出来ている。おそらくこの階層を構成している素材と同一のものだろう。
その人型は魔力波を感知することが出来ないようだ。セリアの攻撃的で圧倒するような魔力にも特に反応を見せない。
やがで分析が終わったのか音声を発してきた。
「来訪資格が得られませんでした。速やかに引き返してください 」
共通言語だ。やはり旧文明から言語は変わっていないらしい。滑らかではあるが抑揚を感じない機械的なしゃべり方だ。
その音声に対してセリアは特に反応を示さない。引くつもりはないようだ。
「繰り返します。速やかに引き返してください 」
再度の退去勧告にも黙殺を決め込むと、数拍の沈黙の後、いよいよ実力行使が始まる。
「排除します 」
その宣言の直後、俺にもはっきりとわかるほど理力の高まりが感じられた。だが、魔物とは違う。攻撃の意思が感じられない。
俺の本能が嫌な予感を訴えてくる。だが、もう止められない。
人型が動き、構えを取ろうとした瞬間、セリアの魔力が爆発したように膨れ上がった。
体からまばゆい光を放ち、一瞬にして相手に迫る。振りかぶった大剣が青白い光に包まれて巨大化したように見えた。
人型に振り下ろされる。
光の刃は肩口から入り袈裟切りした。防御のために前に上げられた腕ごと切り裂いて腰のあたりから抜けていく。
切断された腕が床に落ちてけたたましい音が鳴り響いた。遅れてセリアが床に降りる。
セリアの勝ちか…
一撃にすべてを込めたのだろう。魔力は枯渇寸前なのか急激に魔力圧が低下している。
ほっとしている自分がいるが同時に嫌な予感を感じてもいる。
早くセリアの元にいこう…
そう思った矢先、人型に変化が起きた。
仄かな光に包まれると切り落とされた腕が浮き上がり切断面と接合する。
破損部で一際強い光を放つ。
まさか…修復しているのか…
袈裟懸けに斬られた大きな損傷も強く光る。
その様子からは致命的な損傷を受けたようには思えなかった。
逃げろっ!
セリアに向かってそう叫びたかった。だが、セリアの様子がおかしいことに初めて気がつく。
左足が、膝上あたりからその先が消失している。
いつ攻撃された?
おそらくセリアが攻撃を放った瞬間だろう。しかし、まったく知覚できなかった。
助けに行くべきだと思うが足が動かない。
この状態で勝てる算段が立たなかった。
修復中なら攻撃は出来ないはず…そう思うが果たして本当にそうなんだろうか?
水かワイヤーを伸ばしてここからセリアを回収するか…? 駄目だ、それが攻撃の引き金になるかも知れない。
可能性を探るほどに手詰まりを突きつけられる。
自分一人なら
俺はこんなにも弱かったのか…?
「レグルス! 引き返してこのことを国に伝えろ! 」
引き返す? 逃げろって言うのか? セリアを置いて…
シアは早々に決断をしたようだ。すでに階段まで下がって俺達を待っている。
ミリスもレグルスに促されて移動を始めた。
俺とレグルスの目が合う。
表情からは何も読み取れない。意図して無表情を貫いているんだろう。しかし、魔力のほうは雄弁に語っている。苦渋の決断だ。決して納得しているわけではないだろう。
他の二人も同様だ。
それでも決断した。
そういう覚悟を持ってここに望んでいるんだろう。
覚悟が出来ていないのは俺だけだ。
一緒に行動していて仲間意識のようなものが芽生えていたと思っていた。
だが今はひどく遠くに感じる。
決断出来ないでいる俺にセリアから声がかけられた。
「レイン 」
とても落ち着いた声だった。その声に振り返る。
肩越しに俺を見るその表情は微笑んでいるように見えた。
「私が自分の意思でやっていることだ。気にするな 」
その言葉に頭の中が真っ白になった。
いつだったか俺が口に出した言葉…
ああ、あの祝いの席でのことだ…
特にその意味も考えずに吐き出した、たいしたことのない言葉
それが最悪の場面で、寒気がするほどの思いが込められて自分に返ってくる。
その瞬間、頭の中に死のイメージが次々と映し出された。
天井の光、
白い空間、
白い男…
立ち上る煙、
白紙の遺書、
結局の所、俺は一文字も書くことが出来なかった。
シアは、ミリスは、レグルスは、そしてセリアは…
何か言葉を書き残したんだろうか?
書いたんだろうな、人生の中でいろいろなものを見てきただろう
どこかで区切りを付けてきたはずだ
オードは
その意味が今、わかったような気がする
まったく… なにが後悔するだけだよ…
いつの間にか人型の目の前まで来ていた。
レグルスとセリアが俺に向かって何かを叫んでいるように感じるが不思議とその声は聞こえない。
にじむ視界に人型を捉えながら俺は決断を下す。
―覚悟は、決まった
行こうか、レインメーカー…
気持ちが後戻りをしないためにはっきりと言葉に表す。
「
その声はなぜか自分の耳に異様なほど明瞭に聞こえた。