こんな風に笑ったりもするんだな…
そこまで付き合いが長いわけでもないが意外な一面を見たような思いだ。
もっと冷静で大人びた人だと思っていた。お腹を押さえて悪戯が成功した子供のように笑う様子に親しみが湧く。
まったく…
―
「ひどいな…取れたらどうするつもりだったんだよ 」
人間体に戻ると未だに笑っているセリアに苦情を申し立てる。言うほど不快だったわけじゃないけれど…むしろ悪くない気分だった。
「取れたらか… そうだな、私の部屋にでも飾っておこうか。宝石のように綺麗だしな…いっそのこと宝飾加工して身につけるのもありだな。良いお守りになりそうだ… 」
「石だけでも意識はあるし視界はあるからな。生活のすべてを俺に見られることになるぞ 」
「見たいのか? 」
悪戯っぽく笑いながら流し目でこちらを見てくる。
それがわかっていて何故ドギマギしてしまうんだろう?
そして、セリアは俺のことを十八歳の人間の男として見ているんだろうか?
これは少なくとも人間に対する
「見たいと答えるのが礼儀なんだろうな、人間の男としては… 」
「ふふっ、なんだその可愛げのない答えは…恥じらうとかもっとこうあるだろう。思春期の青年らしい反応というものが 」
「まあ、ただの石だからな 」
「駄目だ… 」
ドキリとした。ひどく真剣で憂いを含んだその言葉に冷や水を浴びせられた気分になる。
セリアの表情を確認すると無表情の中にわずかに悲しげな微笑みをにじませている。
「そんなことを言うな…お前は人間だよ。未熟な部分もあるが真っ直ぐでいて思慮深くもある。好奇心と探究心に
「褒めすぎだ 」
直視していられなくなって明後日の方向を振り向きつつぶっきらぼうに答えてしまう。
こう言うところが未熟なのか…?
「時には
(*)言動が変わっていると言うこと
「…それは人じゃなくて犬だな 」
「犬か…私に飼われてみるか? 」
言われてそのイメージを膨らませてしまった。狼の魔石はある。新たに構築して……それも悪くな…いや、それは駄目だ!
「…俺は人間だ。飼われるのはごめんだな 」
「そうだな。お前は人間さ。それがわかれば十分だ 」
……手玉に取られているような気分だ
でもなんだか悪くない…
あれ? そうだ…何の話をしていたんだっけ?
話を元に戻そう…
「話の続きをしてもいいか? 」
「むっ、もっと
やっぱりそうか。まったく…
「俺が例のやつだと言うことは納得してくれたな? それを前提に話すぞ… 」
セリアを確認すると
「人に発見された後は討伐隊に追われることになった。それは、セリアもギルドの報告書で知っているだろう? 」
俺の言っていることとセリアの知っていること…
軽く頷いて続きを話すように指示してきた。
「人との衝突を避けてしばらく身を隠そうと思った俺は、魔境の奥の方に避難していたんだ。そこにいる魔物と戦いながらな…
ほとぼりが冷めた頃、人間社会と接触を持ちたいと思って街を目指したんだ。俺とセリアが出会ったあの街だ。確かリルゴと言ったな… 」
「ちょっといいか? 」
「ああ、いいぞ 」
「あの姿のまま町に行ったのか? 騒ぎになっていなかったことを
やはりそこが気になるか。
「姿を変えられるんでな。ウサギやネズミの姿になって行動していたんだ。見てみるか? 」
殺して死体に
「ああ、見てみたいな 」
「…わかった。今やるから見ていてくれ 」
―憑依
一瞬で姿を変えると椅子の上に野ウサギがちょこんと座る形になる。
どうだろうか?
この世界の人間は感染症とかは基本的に無効化出来るからばっちいとは思われないはずだ。ノミやダニも魔物には取り付けない。
だが、魔物だしな…
ちょっと忌避感があってもおかしくはない。魔物使いが従魔にするものとも若干異なるようだし。
心配していたらセリアがこちらに椅子から立って近づいてきた。その表情は興味津々といった感じ。
おっ、このラブリーな姿に魅了されたか?
まあ、それは半分冗談ではある。ウサギとは言うものの魔物だし愛玩用の品種ではない。
そこまで可愛くないんだよな…
ただの好奇心だろうと思って成り行きを見守っていたらさもそうするのが当然のように両脇に手を差し込まれ上に持ち上げられた。
おお…?
そのままどっかりと俺の元いた場所に腰掛けると流れるような動作で膝の上に俺を乗せる。
えっ、えっ…
混乱していると頭を撫でられたり耳の付け根あたりをクシクシと指先で掻かれた。
あ~~っ、そこそこ、力が…抜けていく
飼い猫だったムギに同じ事をしてあげていたことを思い出す。
自分で上手く掻けない場所は他人に掻いてもらうと気持ちいいのはウサギも猫も同じらしい。理由は良くわからんが…
ああ~~、
野生が溶けて流れ落ちていくような感覚。いや、失っていってるのは人間の尊厳か…
それはいかん!
はたと気がついて危機感を覚えると快楽に抗いつつ膝の上から飛び出すとローテーブルの上を蹴ってセリアが元いた反対側の椅子に飛び乗り人間の姿に戻る。
―
あぶなかった…
あのまま続けられてはマズかった。どこかに行ってしまって戻ってこれなくなるような恐怖を感じた。
猫が撫で過ぎると攻撃してくるのはひょっとして猫でいられなく事への危機感と反発なんだろうか? そのまま続けられると猫としての大事な何かを失ってしまうと本能が悟ってしまうからなのかもしれない。
一応、セリアに抗議をしておこう。
「いきなり何をするんだ 」
ジト目で
大切なものを失うところでしたよ。ウサギにとっては大切ではなかったかも知れないが…
「すまない。ついやってしまった。小さいころ動物を飼ってみたいと思ったことがあってな…自分を抑えられなかった。わざとではないんだ。許せ… 」
言葉ではそう言うものの悪びれる様子もなく堂々としたもの。
故意犯か…それも常習性がある。名探偵の出番だな。自白を迫るタイプの。
…嫌だな、そんな名探偵は
「まあ、いいか。過ぎたことだ 」
「おや、もう終わりか。私としてはもっと追求して欲しかったんだが。からかい甲斐がないな。撫でられてどういう気持ちだったか本音を聞きたかったんだが… 」
犯人が探偵だったパターンか。恐ろしいことだ…
「話を続けるぞ 」
本音を言えば気持ちよかった。終わって残念な気持ちもある。俺が動物なら素直にまたしてよ!って言えるんだが人間としての矜持がそれを許さなかった。
因果だね。人間も動物だよ…
「そういう訳で姿を変えながら情報を集めていったんだ。この国は俺がいた場所とは異なるからな…
情報を集めながら元の姿を作り出していった。十分にこの国のことがわかったと判断したとき人間の姿になって街に入ってみたんだ
まあ、不安はあったよ…見ず知らずの人間を受け入れてくれるかどうかはわからなかったからな… 」
「そうしているときに私とギルドで出会ったという訳か 」
「ああ、あのときは正直助かった。すぐに収入を得られる術がなかったからな… 」
「レインは気づいていなかったと思うが、あの時のお前はかなり不安そうな顔をしていた…残念そうと言うか不機嫌そうな雰囲気もあったな 」
えっ…そうなの?
「そんな顔をしていたか? まあ、確かに飯にありつけそうになかったからな。そんな顔をしてもおかしくはなかったが… 」
「そこに私がつけ込んだというわけだ。釣れた魚は大きいと思っていたんだがな…実際、大きかったし想像を超えて成長もした。あのときの私はまさかお前がこんな秘密を抱えていたとは想像だにしていなかったよ 」
「…後悔したか? 」
「まさかっ、 あのときの私の
どうやら信頼は完全に取り戻せたようだな。一時はどうなるかと思ったが案ずるより産むが易しだ。
いや、どうかな…
俺が積み上げてきたことが実を結んだからだと言っていいだろう。自惚れているのかもしれないが今はそう思いたい。
「あとは知っての通りだな。狩人として活動するようになった。セリアの言う通りだったよ。なって良かったと思う 」
話に一区切り着くとしばし沈黙が支配する。気まずい感じはない。お互いに今までのことを噛みしめているような、そんな時間だ。
不意にセリアからの問いかけで沈黙が破られる。
「なあ、レイン。一つ頼みがあるんだがいいか? 」
ずいぶんとかしこまった感じだな。無茶な頼みではないと思うが…
「いいよ 」
軽い感じで返事をしてみた。
「私を助けてくれたときのあの姿になってみてくれるか? 」
なんとなくセリアからワクワクしているようなソワソワしているような感じが伝わってくる。
「ああ、かまわない 」
椅子から立ち上がり少し開けている横に移動すると亜空間の中で波動漏れ防止用の魔鉄製コアカバーを設置する。
いよいよ換装をしようとするがセリアの期待のこもった視線を前にするとちょっと気恥ずかしい思いがあった。
ご期待に添えるように気を引き締めよう。
「
姿が変化するとセリアの両目は見開かれる。期待に添えることが出来たようでなりよりだ。
しかし、今の俺はあのときのまま頭だけが装甲に覆われそれ以外は剥き出しの、いわば未完成の状態だ。
あの場面では勢いで晒したけれど裸を見られているようで落ち着かない気持ちもある。
装甲を作っておけば良かったか? いや、あのときと同じにしておくべきな気もする。これで良かったんだろう。
セリアは椅子から立ち上がりこちらの真正面に立つと上から下へと視線を這わせてじっくりと俺の姿を確認していく。
…そう言えばほとんど背中しか見せてなかったな
この際だからしっかりと見てもらうか、俺の勇姿を…
念願だった鋼鉄の体。
鉄を手に入れるために人間社会に入っていったと言ってもいい。
これまでの苦労が偲ばれた。
人に見せる機会はこの先そうそうないだろうからな。この際、よく見てもらおう。
セリアは一通り見て満足したのか俺と目線を合わせてじっと見てくる。
その表情は真剣なものだった。
「この間と様子が違うようだな 」
様子が違う? どういうことだろうか?
黙っていると続ける。
「さっき見せてくれた赤い結晶が見当たらないようだが… 」
ああ、そう言うことか
「この体だと上手く制御出来なくてな。剥き出しのままだと騒ぎになりそうなんでここに入れてある 」
胸の中心に設置されているカバーを指し示して答える。
「そう言うことか…あのとき感じたものを感じられないのはそのせいなんだな… 」
つぶやくようにそう言うとカバーに手を当てて指でなぞる。
カバーの奥に存在している
「私はあの瞬間、死を覚悟していた。別に死にたかったわけでもないがその時は否応なく訪れるものだ
狩人として…騎士として、常にそのことと向き合っていた。まだまだ生きてやりたいことはあった…
それを諦めなければならない絶望、それを感じていたが同時に別の思いがあることに気がついた… 」
そこで一度言葉を句切る。言うべきか迷っているのかも知れない。
振り切るように続けた。
「これで解放されると言う思いだ。生きることはいいことばかりではない。つらい苦しみもある…
死によってそこから解放されるのもまた事実なんだろう。あのとき私は確かに開放感のようなものを感じていたように思う 」
てっきり生きることに何の疑問も持っていないものだと思っていた。俺の勘違いか…いや、勝手にそういう希望を抱いていたのかも知れない。強くなりさえすれば苦しみはなくなるはずだと…
俺はセリアに自分の願望を投影していたのだろうか?
「今まで死ぬような目には何度か遇ってきたが生を諦めたのはこれが初めてだった。自分自身の弱さに改めて気づかされたよ… 」
少し自嘲気味の笑みを浮かべるが直ぐに屈託のない笑顔になる。決意を述べるように続けた。
「生き残ることが出来て改めてもっと生きていたいと思うことができた。レイン、私を救ってくれてありがとう 」
ありがとうか…
簡単な言葉ではあるがその一言で報われたような気がする。この一言にセリアの言葉に出来ないような思いが込められていると感じられた。
「ようやく伝えることが出来た…
私に機会をくれたこと、感謝する…そして、伝えるのが遅くなってすまない。本当はあの時、直ぐにでも伝えるべきだったんだろうな…
お前が振り返らずに遺跡の中に入っていったとき、このまま会えなくなるんじゃないかと思った。実際それは杞憂に終わったが後悔している
あの時、お前を呼び止めることが出来れば良かった。ありがとうと、素直にこの一言が言えていたらわだかまりが生じることもなかっただろう 」
言えないな…
あの時は遺跡の探索と考察に夢中になっていた。
割と忘れていたなんて言えない…
でも、セリアも俺と同じように悩んでいたんだな。それを知ることが出来て良かった。
結果的に時間をおいて良かったのかも知れない。自分自身について考えることが出来た。
「気にすることはないさ。もう伝わったよ。俺の方からも礼を言わせてくれ。ありがとう。セリアのお陰で俺は俺のまま生きていけそうだ 」
―
人間の姿に戻るとどちらともなく動き出して最初と同じように席に着く。
「喉が渇いたな。お茶でも入れさせよう 」
「そうだな、一息入れたい気分だ 」
セリアが部屋を出て何やら指示を出して席に戻るとしばらくしてお茶を持ったジョエルさんが入ってくる。
速いな…
あらかじめ用意していたんだろうな。セリアの指示だったのか、気を利かせて独自に準備していたのか? なんとなく後者な気がした。
お茶を入れ終わると退出して、セリアと二人きりになる。
お互い話すことはなくなりお茶を飲む音だけが部屋に響く。
時折、視線が合うがお互いに微笑みを浮かべるだけ。
落ち着いた、いい時間だった。