家まで帰ってくるとなんとなくギートが飲みたくなったので
飲みながらふと、セリアと最初にオープンカフェで食事をしたときの事を思い出した。
この際だから今までのことを
王都までの移動の間や狩猟免許の取得、ラディフマタル森林、学院、カンヴァル湿原、リューミオン渓谷、遺跡…
ああ、王都での防衛戦もあったな…
一番大きな怪我を負ったのがあの時か。魔力をほとんど使い切った状態で不意打ちを食らったのが痛かった。当たり所が悪かったら死んでいたな。
ギートを飲み干すと回想にも一区切り付ける。
そろそろ作業を始めるか…
机に向かうと手紙を書き始める。リーンとリオンに宛てた手紙だ。
二人揃っているときじゃないと後々面倒だからな。確実に二人同時に会える機会を作っておきたい。
手紙で日時と場所を指定して会えるように取り計らう。返信が来なければわからないがあの二人の行動パターンはなんとなくわかっている。
何とかなるだろう…
◇
学院に向かう道中、多少の緊張はあったがなんとか落ち着いていけている。
学院に到着するとそのまま目的地に直行した。
閉ざされている扉をノックすると中から返事が返ってくる。部屋の主であるリーンだ。その声色はどことなく硬い。そう感じるのは俺が緊張しているせいだろうか?
「開いているわ 」
「失礼するぞ 」
一応返事をして扉を開けて中に入る。中にはリーンとリオンが揃って二人がけのソファに座っている。
リーンはどことなく硬い表情をしている。魔力からもそう感じる。
リオンはそれを感じているのか居心地が悪そうにしている。リーンに引っ張られて緊張している感じだろうか?
どちらかと言えばリオンの方が緊張しているように感じられるのがちょっと可笑しい。軽く吹き出しそうになるが無理矢理押さえつけて平静を装う。
リーンの機嫌が少し下がったな…
『なにが可笑しいのよ』
視線と表情がそう物語っている。
すまないね…
対面に座ると俺の方から話を切り出す。呼びかけたのは俺だしな。
「今日は時間を作ってもらってすまない 」
「レインの方からこういった形で呼び出してくるのは珍しいね。何かあったのかい? 」
手紙には特に理由は書いていなかった。リオンには心当たりがないようでそれを問いかけてくる。
「俺の秘密について話しておこうと思ってな 」
俺の言葉を聞いてリーンはビクッと体を震わせると目を見開いてこちらをまじまじと見てくる。魔力波も乱れているな。
やはりリーンにはバレていたか…
セリア達に正体を明かしたときの反応、それを見たときなんとなくリーンも俺の正体を見たんじゃないかと思った。
緑の熊と戦っている時しかないな。そう言えば遠くを見る魔術があると言っていたような気がする。周りに人が居ないからみられていないと考えるのは早計かな。
いや、リーンとかリオンぐらいか、そこまでの使い手は。他にいるとしてもそう多くないよな。油断は出来ないけど。
「リーンは知っていたようだな。俺の正体を… 」
「……… 」
無言で俺を見つめたままになっている。どう答えていいかわからないって事かな。
「別に心配しなくてもいい。正体が知られようが知られまいが俺は俺でしかないし何も変わらない。今まで通りの関係でいたいんだ。そちらが望めばだけれどな… 」
なんともない感じでリーンに語りかけるが表情は硬いままだ。
そりゃそうだな。簡単にはいかない。
これからだよこれから…
「ちょっと僕には何のことだかわからないな。順を追って話してくれないかな? 」
リオンがほっとかれていることに抗議をしてくる。
抗議って程でもないか…
まあ、呼んでおいてほったらかしじゃ困るよな
ぼちぼち話していくとしよう。
「そうだな…まずは俺がこの国に来たところから話していくとしよう… 」
セリアに話したように魔境に石だけの状態でいたところから話していく。やはり
一通り話が終わる。
リーンは相変わらず黙ったままだった。リオンは
「馬鹿げた話にも思えるけど冗談で言っているわけでもないんだよね? レインがわざわざそんな話をするとは思えないし 」
「冗談でもこんなことは言わないな。信じられないのは当然だろうし理解しがたいのもわかる…
ただ、ここまで話して冗談で終わってもらっては困るんでな。今、目の前で証拠を見せることにしよう 」
―
ソファから立ち上がり姿を変える。セリアにも見せた人型の土のアキアトル、その姿だ。
コアから直接見る二人の顔は流石に驚愕をあらわにしていた。
部屋の中は気まずい空気が支配しているような気がする。少なくとも俺にとってはだが。二人が何を思っているかわからないのが気がかりだ。
とりあえず動いてみせるか…
やあって感じに右手を挙げてみる。
初めまして、こんにちは…
…ダメかな。あまり反応がない。とりあえず人間体に戻るとしよう。この状態では話せない。
―
人間の姿に戻ると二人はいくらか落ち着いたみたいだ。見た目って大事だな。
「これで信じてもらえたか、リオン? 」
「あ……うん、そう…だね 」
…あんまり飲み込めてないみたいだな
「もう一回見せようか? 」
「い、いや、いいよ。少し考えさせてくれるかい? 」
思考を巡らせて落ち着こうとしているらしい。流石、研究者と言ったところだな。どんな結論を導き出すというのか?
「魔術ではないみたいだね。瞬間的に入れ替わっているようだった。まさかとは思うけどこことは別の空間と物質の遣り取りをしている…? 」
……ご明察。亜空間のことまで言うつもりはなかったんだけどな。この分だといろいろ説明していかないと話が進んでいかないかもしれない。
「良くわかったな。俺は亜空間と呼んでいるんだがそこに物質を収納することが出来る。こんな風にな… 」
「リーン、この魔石が何の魔石かわかるか? 」
ここに来てまだ一言も話していないリーンに話しかける。話をしよう。魔力波だけじゃ伝わらない部分もある。
「……大きさから言ってかなり大きな魔物ね…かなり強い魔物…上級上位ぐらいはあるでしょうね……まさかっ 」
思い至ったようだな。ハッとした顔になる。いつもの調子を取り戻してきているな。
「そのまさかだ。あの時襲ってきた熊の魔石だ 」
「やっぱり倒していたのね… 」
「やっぱり見ていたんだな。俺が別の姿に変わるところを… 」
「あっ… 」
リーンはちょっとばつが悪いと言った顔になりこちらから目を逸らす。
「……ごめんなさい 」
いたたまれなくなったのか謝って来る。リーンにしては珍しいことだ。
「謝ることじゃないさ。あの時、既に俺の中ではリーンやリオンには正体を明かしてもいいんじゃないかって思えていたからな 」
俺の言葉にリーンは背けていた顔を戻して何かを言いたそうにするが言葉にはならないようだ。それに代わるようにリオンが問いかけてくる。
「どうして正体を明かす気になったんだい? 」
そうだな…この際だからきっちりと最初から話していくことにしようか。遠回りになるかも知れないがこの二人ならば最後まで聞いてくれるだろう。
「俺が人間の中で活動して行くに当たって常に一つの懸念が頭の中にあった。正体がバレて排除されるんじゃないかと言う懸念だ…
狩人として活動していく中でその懸念を払拭するためには、正体がバレる前にある程度の関係性を構築していく必要があると俺は考えた 」
リーンもリオンも黙って俺の話を聞いてくれている。結論を急がないと決めてくれたようだ。
「その関係性は端的に言うと利害関係だな。協力すれば利益になり敵対すれば損害になる。利益と損害の差が大きければ友好関係を築きやすくなる。そういった考えだ…
狩人になって活動していくときはそれを念頭に置いていた。普通の狩人が好まない場所を狩り場に選んだのはそれが理由だ。ギルドには恩を売っておきたかったからな
だからこそ獲物をすべてギルドに卸していたし、報告書もきっちり上げていた。俺の正体に繋がる部分は隠してもいたけどな… 」
「レイン…ドルガルスの報告書……もう一つあるんでしょ? 後で見せなさいよね… 」
気づいたか、勘のいいやつめ…
だが、気づくということはだいぶ調子が戻ってきたようだ。
そう言うところ、好きだよ
「あとでな 」
「必ずよ 」
今は話を続けよう。
「リーンからの接触があったときは正直どうするか迷ったよ。研究者ともなればどんな魔術を使うのかわからなかったからな…俺の正体を見破るような魔術が存在する可能性もある
だが、やりようによっては知識を得たり味方を作る機会にもなり得ると思った。そこでリーンからの申し出を受けることにした
貴重な魔石をただで譲ったのはそういった下心もあっての話だ。あまり言いたくはないが、な… 」
「どうして正直に話すことにしたの? まあ、あの時のレインの狙いについてはわかっていたけれど… 」
「話せることはすべて話すと決めたからな。心の内を話しておかなければならないと思ったし話しておきたいという気持ちもあるんだ
リーンやリオンの依頼を受けたのも利害関係の構築が目的だったがそうじゃない部分も確かに存在していた…人間としての付き合いを求めていたんだろうな… 」
魔境の中で一人で生きるのもいつか退屈になりそうだ。人が人であるためには人との交流がある程度なんだろう。
四六時中だと疲れてしまうけれど…
「正体を明かす気になったのは黙っていることが不義理であると感じてきたからだ。二人との関係に心地よさを感じる一方で苦しい部分もあった。本当の自分を晒した上で改めて二人と関係を構築したいと思うようになったからだ 」
それを聞いた二人の反応が気になる。
なんか不安になっているな、俺…
覚悟は決めていたはずなんだが…
「私たちが嫌だって言ったらどうするの?」
リーンが真剣な顔で投げかけてくる。場に緊張が走った。
リオンは一瞬リーンを
―それならば俺は姿を消して二度と二人の前に現れない
―残念だけれど…
そんな言葉が口から出かかるが噛み殺す。
そうじゃない、そうじゃないだろう
相手を尊重? まだ人間関係始まってもいないだろう
諦めてんじゃねぇよ。いつから敗北を良しとするようになった?
ここからだよな…レインメーカー
「どうもしないな。今まで通り、ただ仕事を受けるだけだ。そう簡単に関係が切れると思うなよ? 」
俺の言葉にふたりは黙り込む。
どうよ?
「…ふっ…ふふっ……あははははっ… 」
少し緊張して構えていたら、突然、リーンが
調子、戻ったな…
「どういう笑いだ? 」
「そうね、それでこそレインよ! 安心したわ! 」
「そいつはなにより 」
いつも通りのリーンがそこにいる。今までと変わらない関係から始められそうだな。
「リオンもそう言うことでいいか? 」
「そうだね。レインの正体がなんであれ僕は今まで通りの付き合いがしたいかな…それと… 」
唐突に背筋を正して改まる。こっちも思わず姿勢を正してしまう。
「今回の遺跡調査が無事に進んでいるのはレインのお陰だそうだね。まだ終わったわけじゃないけど死者が出なくて良かった
だいぶ思っていたことと違うようだけど、レインは僕の希望通りに何とかしてくれた。改めてお礼を言わせて欲しい
本当にありがとう。レインと出会えて良かったと思う。これからもよろしく 」
こちらをしっかりと正面に見据えてにっこりと微笑んで気持ちを伝えてくる。
そこに打算とかはないんだろうな。文明はかなり進んでいる。人々も生物として強く病気なんかはない。それでいてなお魔境という脅威が存在していて命をかける場面は
命に対しては何処までも真っ直ぐだ…
「ああ、俺の方からもよろしく頼む。出来れば俺の能力については触れないでもらいたい 」
「えっ… 」
えってお前、俺を研究するつもりだったのか?
露骨に残念そうな顔をしやがって…
「まあ、リオンらしいな 」
研究者だもんな、好奇心は止まらない…猫を殺すかもしれないが
そういうところは嫌いではない。むしろ好感が持てる。
「ところでレイン。さっき仕事を受けてくれるって言ってたわよね? じゃんじゃん依頼させてもらっていい? 」
「えっ… 」
しまった…言葉をもう少し選ぶべきだったか?
しかし、あの時は勢いが必要だった。後悔はしていない。
「まあ、ほどほどに頼む。依頼は節度を持って常識の範囲内でな… 」
「しかたないわね 」
いつものリーン節だな。なんか落ち着く。
俺もいつものをやっておくとしよう。
「関係が続いていくなら魔石代のお返しも続いていくよな、リオン。いろいろよろしく頼むぞ 」
「……それはリーンに言ってくれるかな? 」
「えっ… 可愛い妹にそんなこと言うの? 」
「……まあ、しょうがないね。レイン、ほどほどに頼むよ。節度を持って常識の範囲内でね 」
よし、いつものだ
「ところでレイン。さっき見せてくれた姿はこの間と違うわよね? また、あれを見せて欲しいんだけど… 」
あれ、ちょっと歯切れが悪くなったな…
こういう態度は珍しい。
何だろうか?
「かまわないが…ちょっと待ってくれるか… 」
なるべく要望には応えたいがこの部屋に出現させて大きさ的に大丈夫だろうか?
天井の高さがギリギリだな。屈んだ状態で出せば大丈夫そう…
ソファから立ち上がり横によけると準備が整う。
「それじゃあやるぞ、
一瞬の後に大柄な武者鎧を纏った鬼の姿が現れる。片膝をついた状態で頭を垂れるような格好だ。
一番、様になるのがこれだった。
リーンは俺の姿を見るとソファから立ち上がり目の前に立つ。
互いの視線が交わった。俺が見下ろしてリーンが見上げる。
リーンの表情は真剣だった。
おもむろに口を開く。
「レイン…私を助けてくれてありがとう 」
―
返答をするために人間体に戻る。
「俺から言い出すまで待っててくれたんだよな…辛かっただろう。待たせて… 」
いや、違うな…
「待っていてくれてありがとう 」