朝からラディフマタル森林に向けて出発していく。
屋根の上からキャリアを外した状態にした水動車を性能の限界まで飛ばしていった。魔術の精度を上げて丁寧且つ高出力に水を回していくと振動はある程度抑えられる。だが、やはり不安になる挙動をしてくる。
この車も全面的に改修して性能を上げておきたいな…
もっとしっかりした法律が出来る前に徹底的に俺の魔術に会わせた改造を施して原型がわからなくなるぐらいに進化させてみたい。
外見が変わるぐらい改造したら絶対にどうしたのか聞かれるだろうな…
セリアに見つかったら説教をされそうだな。案外、リオンにも嫌みを言われるかも知れない。
『正体を隠す気があるのか?』『いい車だね。どこで買ったのかな?』
そんなことを言われてしまうかもな。正体を知る前だったら鉄魔術とかを使ったんだなって思ってくれそうだが今となっては心当たりがあり過ぎる。
マイナーチェンジぐらいがいいか…
ギルド支部に寄っていくと今回はレドがいたので少し話をしてみることにする…というか向こうから呼ばれた。
支部長室に通されるとそれなりに熱烈な歓迎をされる。
「よお! 良く来たなレイン 」
「ああ、久しぶりだな。何度か顔は出したがすれ違っていたからな 」
「すまんすまん。こちらもいろいろやることはあってな 」
「それはわかっている。別に責めているわけじゃない 」
「しかし、なんだな…だいぶ活躍しているじゃないか。極彩鳥なんてあそこにいたんだな。話を聞いたときは信じられなかったぜ。実物を見てからようやく話が飲み込めるようになった 」
「納得のいく狩りにはならなかったけどな。状態はあまり良くなかっただろう? 」
思えば随分と無茶な狩りをした。狩人としてはいいことじゃない。
「…だいぶ強かったみたいだな。やはり上級上位は厳しいか… 」
「そうだな…だがそれもやり方次第だ。それ以上の魔物でも必ず狩れるようになるさ 」
「そうか…誰かと組んだりするつもりはないのか? 」
「誰かと…? 」
考えたこともないな。俺には無理だし…それが出来ないから狩人になったとも言えるな。
「いや、なに。俺は昔、二人組で狩りをしていたんだ。二人なら上級上位も狩ることが出来ていた。お前が以前狩った黒い熊ぐらいなら難なく狩ることが出来ていたんだぜ。相手は嫁さんなんだが… 」
ただののろけ話か…
おっさんのだらしない顔は見るに堪えないな。だが、それだけ親しくなったと言うことでもあるんだろう。そう考えるとこういった話も悪くはない。
「話は終わりのようだな、俺はもう行くぞ 」
だが、打ち切る
「ちょ、ちょっと待ってくれ。本題はこれからだ 」
「本題? 聞こうか 」
それがあるなら早く言ってくれよ。
まあ、雑談も大事ではあるけどな…
「最近、あの森林に気になる変化が現れ始めていてな。おそらく例の暴風雨の影響だと考えている 」
「レザンのか…ここら辺は平年通りの被害ぐらいしか出ていないという話じゃなかったか? 」
「平年通りでも魔境に対する影響はやはりあってな…それも遅れて徐々に影響が出始めるのが通例だ 」
風が吹けば桶屋が儲かるとか言うやつか? いろいろ連鎖していってことが起きる。それでタイムラグが生まれると…
「なるほどな 」
「平年通りだったらそこまで問題にならないんだがな…影響はそこまで大きくない。だが、今回はいつもと違っている 」
思わせぶりだな。何かあったのか?
「と言うと? 」
「普通は表層まで影響が見られるのは珍しいんだが、少しずつ確認され始めている。まあ、ヤツがやってきた時期が大きくずれ込んでいるし規模も規模だからな。そのぐらいは当然あるだろう 」
「そうか、気をつけておくようにしよう 」
そこまで深刻ではないみたいだな。気に掛けるぐらいでいいか…
「話はそれだけじゃないんだ 」
「んっ? 」
「表層では普段見ることのない魔物や一般生物も確認されていてな。魔物の方はたいした強さじゃないし今は特に戒厳令は出していないんだが情報が欲しい 」
「わかった。深層の様子を探って報告を上げればいいんだな 」
「頼めるか? 」
「ああ、ちょうど今から行くところだしな。先に情報が知れて良かったよ… 」
「すまないな。くれぐれも気をつけてくれ 」
「無茶はしないさ。少なくとも死ぬような無茶は、な 」
「……そうしてくれ 」
今の間はなんだよ…
「それじゃあ、今度こそ行ってくる 」
レドと分かれるとすぐに森林へ向けて出発する。
さて、どうなることかな…
さっきの話を反芻しながら運転していきすぐに村に到着する。
車を駐めて出張所に一声かけると拠点まで一気に駆け抜けていき一時間ほどで到着できた。
だいぶ速くなったものだ…
力の成長を感じられたが喜んでばかりもいられない。移動途中での魔境の様子はいつもと異なるように感じた。それは拠点に来てより一層強く感じている。
何かが起きているのは間違いなさそうだな…
どうにも森の中がザワついているように感じる。レドから事前に情報を聞いたことでそういう目で見ているからとも考えられるが、魔力的な感覚には確かに捉えられているものがある。
そう言い切っていいだろうな。具体的に何がどうだとは言葉にすることが出来ないが。
感覚的には緊張感が増しているように感じている。縄張りに別の個体が入ってきたような、そんな場面が想起された。
パワーバランスに乱れが生じているって言う感じだろうか?
まあ、それはこれから調査していくか…
まずは、拠点に異常がないかを確認していくが特には気にするべき点はなかった。破損しているところもなく、魔物に付けられたような傷も見当たらない。
次に拠点周辺を探索していく。
何事もなければいいんだが…
そう思いつつも何かあるだろうと警戒しつつ確認を行う。
あれ? なんともない…
予想に反して何も発見出来ない。おかしい。
理由を考えてみると思い当たる節が一つあった。
俺がいる所為か!?
周辺にいる魔物からは俺が強力な魔物だと見られているのかも知れない。
拠点の周辺は俺の縄張りだと認識されていると言うことなんだろう。
拠点の安全は確保される一方で狩りはやりにくくなるような気がする。
狩人としてはあまり好ましくないかな…
俺自身は自分の匂いや痕跡に気をつけて消していっているつもりだったが消し切れていなかったらしい。
それなりに長いこと同じ場所にいるから仕方がないとも言える。ずっと魔境にいる生き物からしたらほんの少しの変化でも如実に感じられるのだろう。
どうやら本当に魔境の一部になってしまったようだ。
しかし、悪いことばかりでもない。深層の魔物が人間の生活圏に移動しづらくもなる。それは狩人という仕事の重要な意義でもある。
拠点の周りにいる魔物の目からみたら、強さの割りに浅い場所にいる変な魔物に移っているんだろうな、俺は。さぞや迷惑なことだろう。
すまないねぇ…
ま、どくつもりはないんだけどな
そう結論づけられたところで今度は奥地の探索を開始していきたい。
とはいうものの魔境は広い。闇雲に探索してもいい情報は得られない。
どうするかな?
地図を広げて眺めながら考える。
変化はどこからか伝播してくるものだ。玉突き的に影響が広がっていってると考えられる。まずは方向を確かめなければならない。
拠点に近い場所を広範囲に当たってみるか…
方針が決まると早速行動を開始していった。
◇
拠点から深層側へ向かって扇状に探索範囲を決定するとその中をゆっくりと注意しながら移動していった。
自分自身が影響を与えてしまうと調査にならない。
極力気配を消す。魔物から気づかれないように、刺激を与えないように隠密性に気を遣う。
これ程隠密性に気を遣ったのは狩人になりたての頃以来のことかも知れない。
当初より技術は遙かに上がっている。気を抜いていたとしてもあの頃を上回っている。しかし、いつの間にか
技術の向上に精神が追いついていないな…
今回のことでそれがわかっただけでもなかなかの幸運だ。
ギルドからの調査報告だけだと金銭的にはあまり儲からないがときにはこう言うのも悪くはない。
調査を続けていくと争ったような痕跡を発見した。
これは…小動物系の魔物が争った後だな
大きな痕跡ではないがそれなりに珍しい。争っているところを大型の魔物に見つかったら食われてしまう。
同種同士なら争わずに決着を付ける方法はあったりする。ここまでするのは過密になったからか、それとも普段接したことのない個体が現れたからか?
まあ、これだけじゃわからないな…
記録を付けて進んでいくと同じような痕跡が少ないながらもいくつか発見出来た。
これはなんかあるな…
夜になる前に拠点に戻って情報を整理すると翌日も調査に出かけていく。
より大きめの魔物が争っていた痕跡も発見する。
これは別種の魔物同士か…
ひょっとすると片方はここら辺にはいない魔物かも知れないな…
そう遠くないうちに接触する可能性もある。どんな魔物か目星を付けておきたいところだが周辺を探しても特定に繋がるような痕跡は発見出来なかった。
魔物が証拠を隠滅していったわけではない。
魔境の昆虫とか微生物とかの分解者は魔石を持っていなくても活発に行動するみたいだからな。
痕跡が消えるのも早いということなんだろう。
あきらめて移動していくと小動物が争っている場面に出くわす。ネズミ系の同種の魔物同士だ。
どこにでもいるようなヤツだな…
見た目では根付きのネズミなのか流れのネズミなのかまったく区別できない。単なる縄張り争いなのかそうじゃないのかわからんな。
…ネズミに憑依して接触してみたら何かわからないだろうか?
話が通じるかも知れない。
『やあ、君たちどっから来たんだい? 俺は北の方 』
…んな訳あるか
争っているときに接近したら二匹とも襲いかかって来るだろうな。魔物は漁夫の利を狙ってくるヤツをまず排除するように動く性質があるという話。
争っているところに割って入るのはマナー違反のようだ。とりあえず戦いの様子を見守ろう。
…なかなか見応えがあるな
小さい体で俊敏に動いている。お互いにフェイントを掛け合ったり先読みして機先を制したりしている。
ネズミでも駆け引きがあるんだな…
時折、動きを止めて威嚇し合ったり取っ組み合ってお互いに噛みついたりひっかいたりしている。
周囲には噛みつきやひっかきによって抜けた毛が散らばっていく。
どうやら本気で殺し合っているわけではないみたいだな。お互いに急所は避けているように思える。激しく攻撃し合っているように見えて出血はしていない。
血の匂いで他の魔物を呼び寄せるのを防ぐためなのだろうか? 何かしらの取り決めの元に行われている。そんな気がした。
…ん?
どうなれば決着が付くのだろうとワクワクして見続ける。すると何か別の気配がした。
何だろうな? これは魔物か…
この感じは俺を狙っているのではなさそうだ。たぶん俺の存在に気づいていない。
狙いは目の前で争っているネズミたちのようだ。
どんな魔物だろうか? このまま見続けてみよう。
さらに気配を薄めるように、周囲の魔力に溶け込ませるように気配を抑える。それからよく見える位置、且つ身を潜められる場所に移動していく。
俺の移動が終わったときだった。姿の見えない捕食者はちょうど仕掛けることを決断したようだ。殺気のようなものが感じられる。
いいタイミング…
注意深く見ているとなんとなくそいつの呼吸もわかるようになってくる。
―来るっ
ネズミがお互いに距離を取って威嚇合戦を始めた瞬間だった。茂みの中から何かが飛び出してくる。
ネズミたちもそれに気づいたようで逃げる素振りを見せた。だが、捕食者の方が圧倒的に速い。
一匹が首筋に牙を突き立てられ咥えられている。即死だっただろう。力なくぐったりとしている。
もう一匹は全力で逃げていったようで気配はもう感じられなかった。
二匹の生死を分けたのはただの運だな。たまたま近くにいた方が狩られた。それだけだ。
捕食者の方は獲物を誇らしげに咥えていた。凜とした
山猫の魔物という
なんだかときめいて来た…