機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第142話 山猫

全体的に毛は長めで胸元と手足にとりわけ長いふさふさした毛が生えている。灰色と黒を基調とする毛色だがそこだけ白色をしている。

 

大きさは大型犬ぐらいか。ライオンや虎よりは小さいだろう。

 

魔力の感じから言って中級上位…上級下位ぐらいか…

大きさの割りに魔力が高いな…

 

スピードと隠密性重視の一撃必殺タイプなのか、高度な魔術で戦うタイプなのか…?

 

ここら辺に本来いない生き物であるならば狩人としては狩るのが正解なんだろう。だが…

 

戦う…という選択肢はない

 

なぜなら…

 

 

 

モフモフしてえ…

 

 

 

あの胸元の毛とか最高だと思うんだ。背中の毛はすべすべしてそうだな。頭から尻尾の付け根にかけてスゥッと撫でてみたい。

 

そんな俺の気配を察知したのか突如として山猫はこちらを振り向く。

 

バッチリと目が合ってしまった。

 

向こうは驚いているのか目を見開いてこちらを凝視している。

 

ここは友好的にいこう。

 

コンニチハ、僕、悪イ人間ジャナイヨ…

 

見つめている目をゆっくりと閉じてゆっくりと開く。それを繰り返してみる。

 

ダメか…警戒したままだな

 

それならば…

 

顔を背けて視線をぷいと横に逸らしてみる。

 

敵ジャナイヨ~

 

必死に友好をアピールする。だが、その瞬間にシュバッと茂みの中に跳んでいってしまった。

 

ああ… モフモフなでなでしたかった…

いや、まあ、できる目はこれっぽっちもなかったけれど…

 

場に一人きりになると、なんとなくの喪失感が襲ってくる。やりようはあったのではないかと後悔しているのかも知れない。

 

逃がした魚は大きいってやつか…針にもかかってなかったような気がしないでもないが…

 

少しばかりその場に立ちすくんだ後、気を取り直して調査を再開する。

 

まあ、調査を続けていけばまた会うこともあるだろう…

 

 

翌日は期待に胸を膨らませながら調査を行っていく。

 

また、会えるといいな~♪

 

次はモフモフさせてくれるといいな…無理か…

せめてなでなで…

 

そんなことを考えながら調査していくとあの山猫らしき魔物の痕跡を発見した。

 

これは爪でひっかいて付けられた傷だな。狩りの時に付けてしまったんだろう。そこまで古くないようだ。

 

爪とぎの後なんかが見られないのは縄張りを作る習性がないのか、それとも縄張りが別の場所にあるのか? あるいは爪とぎをする習性がないのか?

 

痕跡を隠して生きていて、たまたま接触出来ただけなのかも知れない。なんとも言えないな、、、

 

まあ、今大事なのはどうやらここからそう遠くない場所にあいつは存在していてもう一度会える可能性があるって事だ。

 

……あれ? 主旨が変わっている……?

 

気のせいだ、気のせい

 

目的は魔境全般の調査だから間違いじゃない。決して猫に固執しているわけじゃないな、うん。

 

納得が得られたところで調査を再開していく。

 

ちゃんと他の魔物の痕跡も調べて記録していき地図上に分布を現していく。

 

まだ情報は足りていないがどうやら川の向こう側からこちらに向かって影響が伝播してきているらしい。

 

今度は川寄りの地区を中心に調査をしてみるか…

 

その方針に従って二日ほど調査を進めていったあるとき、再びあの山猫と接触することができた。

 

木の上で休憩を取っているようだ。枝の上で、その枝が伸びる先に向かって水平に寝そべる。相当気が抜けているようで片足がだらんと枝からはみ出して垂れ下がっていた。

 

油断しているな…今ならかなり接近しても気がつかないんじゃないだろうか…

 

ただ、音や匂いに敏感だろうからな。そこら辺の対策をしなければならない。

 

魔術だ…魔術でならそこら辺を何とか出来る。しかし、魔力を察知されるとそれはそれで相手に気づかれてしまう。

 

極薄い魔術で音を消して匂いを閉じ込める。それを念頭に魔術を構築していくか…

 

あのコウモリとの戦いが頭の中に思い起こされる。あいつは魔術で音や光をねじ曲げていたが同時に魔力の気配まで消していた。なかなかあそこまでやるのは難しい。今も出来そうにない。

 

簡易的な隠蔽魔術になるがないよりマシと考えよう。

 

―微風旋空術式、遮絶風牢

 

体の周りを柔らかな風が薄く纏わり付き音と匂いを外界と遮断していく。

 

俺からも周りの音と匂いがわからなくなるんだな…当然の話だが。

 

準備が整ったところでゆっくりと慎重に接近していく。

 

音は遮断しているもののそれは小さな音だけだ。大きな音を立てれば遮蔽を貫いていく。あくまで減衰させているだけでしなない。

 

そ~っと、そ~っと…

 

細心の注意で足を運んでいく。途中に生えている草とかの木の枝葉なんかは身に纏う風によって向こうからひとりでに避けていくような感じで躱していく。

 

やがて隣り合う手前の木まで辿り着くとそれを登って同じ高さまで登ることを決意する。

 

まずは様子を見よう…

 

掌と足の裏を水で覆って木の幹に取り付くとカメレオンのようにゆっくりと登っていく。

 

登っているのは山猫から死角になる側だ。おおよそ同じ高さまで登ってくると木の幹から乗りだして様子を確認する。

 

…寝ているな

 

一定のリズムで背中が上下している。胸のあたりは同様に膨らんだりしぼんだりしていた。

 

これは…チャンスか

 

一度地面まで降りて山猫の寝ている木の下までやってくる。見上げるとだらんと垂れ下がる足が見えた。

 

今、眠っているその真下にいる。

 

ここから登っていけば枝が邪魔をして死角になる。気づかれにくくはなるがそれだけで果たして十分と言えるだろうか?

 

木を登っていけば当然震動なんかはダイレクトに伝わってしまう。

 

大丈夫だろうか? リスクが高いな…

 

わずかに逡巡(しゅんじゅん)するが結論は直ぐに出た。

 

虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。リスクを冒す価値がある。

 

いざ行かん…

 

先ほどにもまして慎重に登っていく。視線の先には御御足(おみあし)が見える。その先端には真っ黒な肉球が鎮座していた。

 

それを食い入るように見つめながら幹を伝ってにじり寄るように登っていく。

 

フハハハハッ、待っていてくれよ…

 

どれほどの時間がたっただろうか? 実際は二、三分ぐらいしかたっていないと思うが、体感では十分以上に感じた。

 

長かったな…

 

しかし、今、俺の目の前にはぷっくりとした大きな肉球がぶら下がっている。

 

野生動物だから肉球は硬くなっているかと思ったが流石は異世界。魔力による強化と魔石による恒常性によって肉球は柔らかさと弾力を維持しているように見えた。

 

黒い肉球の表面は艶があり柔らかく光を反射する。

 

これは… 滅多にお目にかかれない逸品、というやつだ

 

触ってみたい…

 

だが、触ったら起きてしまうんだろうな…

 

いや、ちょっとツンツンするだけなら…

 

迷いながらも凝視していると肉球から語りかけてくるような気がしてくる。

 

ぷにっぷにだぜ、ぷにっぷにっ!

 

触ってもいいですか?

 

おうよっ! どんとこいっ!

 

では、失礼して…

 

手を伸ばしていく。いや、熱に浮かされるように無意識に手が伸びていたのかも知れない。

 

俺の意思は関係なく、何か大きな力に引き寄せられる。そういうものなんだろう。

 

後数センチ、そんな時にふっと目の前から肉球が消える。

 

なん…だと…

 

ハッとなって上を見ると枝から顔を出した山猫と目が合った。

 

しまったっ! 欲望が魔力となって漏れ出ていたかっ!

 

山猫は俺を見てギョッと目を見開いて固まっている。

 

ここからどうする? まだ挽回のチャンスはあるのか?

 

咄嗟に目をゆっくりと閉じてご挨拶に転じる。

 

しかし、目を完全に閉じた瞬間に枝を蹴って跳躍する振動が幹から手足に伝わってきた。

 

ああっ……残念…

 

逃げられてしまった。

 

当然と言えば当然か… 俺だとしても逃げる…

 

魔力は遠ざかって行ってる。頑張れば後を追うことはできそうだが全力で追いかけたら完全に敵として認識されるだろう。

 

いや、もう既に敵だよ… 最初から完膚(かんぷ)なきまでに敵だよな、狩人だし…

 

周辺に影響を与えてしまうしな。

 

諦めて調査を再開する。

 

 

予想していた通り明らかに妙な痕跡を発見することが増えていった。

 

やはり川の向こう、東側から来ているようで間違いなさそう。

 

さらに数日、調査を続けていくとより多くの情報が得られた。それを元に全体像を予想していくと、どうやら北東の方角に原因があるように思える。

 

暴風雨(ヴェドラトル)が向かうとされる方角で間違いないようだな…

 

やはりレドの見立て通りレザンの影響のようだ。となると時間が経てばやがて影響は消えていくものだろう。

 

こればかりは時間に任せなければどうにもならない。一匹二匹、間引いたところでたいした影響はない。

 

あれから山猫とは会っていない。気配を感じることは何度かあった。しかし、こちらが接近していくと直ぐに遠ざかってしまう。嫌な相手として覚えられているようだ。

 

全力で気配を消していても察知されるのはなんでだろうな。それだけ鋭敏な感覚を持っているのだろう。

 

第六感のようなもので感じているのかもな。それだけ嫌われていると言うことか…。

 

生理的に無理…えっ、まさかそこまでっ!?

 

…いや、やめよう…深く考えない方がいい

 

とりあえずはこれまでの調査で得られた情報をまとめて、一旦ギルドに報告に行くとしよう。

 

調査を切り上げた翌日、村に向けて出発していく。

 

なるべく早くレドに報告してやりたい。そんな考えもあって高速で森の中を駆け抜けていく。

 

その途中、ふと気になる気配を感じ、慌てて立ち止まった。

 

? …なんだ?

 

気配を探ってその方向に慎重に進んでいくと魔物の気配だとわかる。

 

今いる場所は中層でも表層に近い場所にあたると思われる。ほとんど表層と言っていい。

 

こんな場所にいていい魔物ではないな…

 

魔力の大きさから当たりを付ける。中級下位よりやや上ぐらいか。初級狩人では荷が重すぎる。

 

狩っておこう…

 

そう決めるとその気配に向かって進んでいく。途中から木の上を伝って接近し、視認出来る距離に入った。

 

レガル・ゼファか…

 

黒い毛並みの狼が一匹で森の中を歩いている。獲物を探しているのか地面をふんふんと嗅いでいた。

 

群れから独り立ちしたばかりの個体だろうか? 魔力も体もそれほど大きくない。

 

その分、毛は柔らかそうな気がするな。毛皮は高く売れそうだ。

 

木の上から接近し、相手の隙を狙って待機する。そして、仕留めるために魔術を構築しておく。

 

―操鉄術式、

 

相手は何かを発見したようで地面から顔を離す。あらぬ方向に顔を向けて硬直したように動きを止める。

 

…今だ

 

自由落下に任せるように木の上から飛び降りると落下途中で魔術を発動させた。

 

―鋼線縛結《こうせんばっけつ》

 

狼の真後ろに着地すると同時に拘束が完了する。毛皮を傷めないように加減して拘束するのが難しい。さっさとケリを付けよう。

 

―闘気術、

 

一瞬のうちに前に回ると魔石とその奥の心臓目がけて攻撃を叩き込んでいく。

 

送波連撃(そうはれんげき)

ートトトッ…

 

三回軽く胸元を叩くようにして闘気を送り込んでいき魔石と肉体の繋がりを断ち切ると同時に心臓を止める。

 

狼の体から力が抜けていき、目から光が失われると拘束を解いて地面に横たえた。

 

こいつも追い立てられてここまで来ているんだろう。ちょっとかわいそうだが放っておくと人に被害が出そうだから仕方がない。

 

山猫は殺さないのに、狼は殺すんだな…

 

不意にそんな心の声が聞こえた気がする。

 

狼は人里近くに出ていたから…山猫は稀少っぽい気がするから…

 

いろいろ理屈は()ねることができるがどれも小賢しい気がするな。

 

結局の所、狩るも狩らないも俺の気分次第でしかない。単なる我が儘だ。生きるとはそう言うことだ。

 

何かを犠牲にしなければ生きられないから、何を犠牲にするか選ばないといけない。その選択権を得るための力だ。

 

得られた権利をどう使うかが自分自身の好みに()ってしまうのは仕方がないこと…。

 

仕方がないと割り切るとき、それが我が儘を通すときなんだろうな

 

“仕方がない”は諦めの言葉…何かをやめるときの言葉かと思っていた。だが、真逆に近い意味もあったんだな…

 

ああ、ここでいつまでも考えていてもしょうがない

 

早いとこ、レドに伝えに行かないとな…

 

 

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