勝てなかったか…
最後にじじいは片方の剣を捨て、もう片方で俺の刀を折りに来ていた。もしも、均等に力を込めていたら俺の刀が二本とも切り裂いていただろう。
やはり戦いが上手い…
カイルゼインは大剣を俺の首に当てる。
どうする気だろうな? そのまま殺す気なのか…
表情は読めない。魔力の揺らぎもなかった。
迂闊に動けばすぐにでも実行に移しそうな雰囲気…しかし、どうにもじじいは直ぐに俺をどうこうしようとは思っていないらしい。
俺をじっと見ながら押し黙っている。
やがてその重い口を開く。
「どうして本気を出さなかった? 」
「本気だったさ…力は出し切った 」
人間としての力は、な…
「セリアから聞いている。あの機動騎士をほとんど一撃の下に破壊したそうだな… その力があればこんな老いぼれ一人、容易に
老いぼれ? そう思ってなさそうだが…
「……あれは人間に対して使うべき力じゃない。そう考えている 」
「…………そうか 」
なんか残念そうにしていないか? それはダメだろう…
このじいさんが何をしたいのかわからなくなってきた。
しばらくの沈黙の後、再びカイルゼインから問いが放たれる。
「お前の目的は何だ? お前ほどの力があれば出来ないことなどないだろう。一体、お前のような存在が人の世で何をなしたいと言う? 」
俺が成し遂げたいことか…
改めて聞かれると応えづらい問ではある。
本当の自分なんてあるんだろうか? ただの思い込みで生きているのかもしれない。
俺が本当にやりたいことは何だろう? 自分の本質は何処にあるのだろう?
自分に問いかけながらも思いは勝手に口から溢れていく。
「俺にはここでやりたいことが二つある… いや、あったと言うべきかな? 一つはもう既に形になりつつある。これから試行錯誤を繰り返し、確実により完成度の高い状態にしていくことが出来るだろう 」
ここで一旦区切って相手の出方をうかがってみる。
具体的なことは何一つ言っていない。どう受け止めるのか?
果たしてじいさんは何も言ってこなかった。どうやら続きを聞く気はあるらしい。
続きを話していく。
「もう一つは叶えられるかまったくわからないのが現状だ。叶う叶わないではなく実現していいことなのかもわからない…
そのためにも俺は世界を知っていかなければならない。だが、それがわかったところで俺にはそれを実現させる事はできないんだろうな… 」
「…それは何故だ? 」
「もう一つの夢… それは俺一人では実現出来るものではないからだ。それを実現させるには多くの人々の協力が必要不可欠だ
俺一人ではダメなんだよ。いろんな人間の理解と協力を得ていく必要がある 」
そうだよな… 試合は一人じゃ出来やしない。対戦相手、審判、観客…その場にいる人間だけじゃないな。ルールを決めるのも人、会場を作るのも人、材料や工具を作るのも人… 本当にいろいろだ。
「そのためにも俺を一人の人間として見てはくれないだろうか? 」
カイルゼインの目を正面から見据えてそう伝える。
すべてを伝えることは出来ないが気持ちは伝え切れた気がする。
後は相手次第だ。すべてを委ねよう。
なんとなく悪い結果にはならない予感がしている。やるだけのことはやったという思いもある。それに心が軽いのはセリアが信じて欲しいと言ってくれたからかもしれない。
しばらく無言で見つめ合った後、じいさんはゆっくりとした動作で剣を引いて鞘に収めると体から鞘ごと外して床に寝かせる。そして、おもむろに床にどっかりと腰を据える。
「まあ、お前も座れ。楽にしていい 」
「……… 」
どうやらこれで戦いは終わりのようだ。
また始まるかも知れないが…
折れた“絶雷”を鞘に収めると真正面に腰を落ち着ける。座るとどっと疲労が押し寄せてきた。
しばらく休んでいるとカイルゼインは真剣な顔で俺に告げる。
「レインよ…先ほどの問に答える前に少し時間をもらえるか? 」
「なんだ改まって… まあ、別にかまわないが 」
今までと打って変わってその態度は真摯なものだった。こちらも姿勢を正して聞くことにする。
「今までの挑発的な態度を謝らせてもらいたい。本当にすまなかった 」
そう言うと深々と頭を下げて謝罪の意を示す。
今は王位を退いているとは言えこんな風に謝るとは思っていなかった。面子というものが有る。本人が納得しているからいい、というものでもないだろう。周りが、立場がそれを許さない。
俺は驚いて何も言えずにいる。
「お前にとってずいぶんと酷なことを言った。納得は出来ないと思うが今はこれで納めて欲しい 」
「あんたの立場を考えれば納得出来なくもない。完全に飲み込むことは難しいのかも知れないがあんたを責める理由は今の俺にはないな。頭を上げてくれ 」
「そうか… 一つ荷が下りた 」
怒る気にはならなかった。単に疲れていてその気力がないだけ…とは思わない。戦いの中で
「俺の方もあんたに一つ聞いていいか? 」
聞かれてばっかりもなんだな。ここは俺の方からも聞いておこう。
「ああ、かまわん 」
「早くに王位を退いて以来ずっと魔物狩りにいそしんでいると聞いた…それは何故だ? そのまま王でいても良かっただろう? 」
ただ戦いが好きだから、狩りがしたいから…剣を交えてそんな単純な理由ではないように感じた。すべてを話してくれるとは思わないしそれでいい。ただ、聞いてみたいと思った。
「何故…か… あまり聞かれたことはなかったな。特にこの五十年ほどは… 聞かれても答えたことは…覚えている限りではないな。ちょうど良い… 一つ整理してみるか 」
自嘲とも取れる、何かを発見した子供のようとも取れる曖昧な笑みを浮かべるとしばらく沈黙が続く。
話し出すのを黙って待っているとやがて吐き出すようにぽつりぽつりと言葉を繋いでいった。
「俺にはかつて弟がいた……仲は悪くなかった。…いや、悪くないどころか良かったな……
兄の目から見ても優秀な弟だったよ。王位を継ぐのは俺の方で弟は騎士として若いときから戦いに明け暮れる日々だった
王族だからこそ率先して魔物と戦う義務がある。それをあいつは信念としていた。才能もあったしな…
事実、弟は副団長、団長と順調に上り詰めていった 」
そこで一度話を切ってしばしの沈黙が訪れる。表情にも魔力にも苦いものが混じる。
これは独白のようなものかも知れない。
「あるとき弟は強力な魔物を討伐する任務に就くことになった。信頼する部下数名と一緒に魔境に入っていった…
それはいつものことだ。それを気にすることはなかった。いつものように任務を終えて帰ってくる、そう思っていた
だが、弟は帰ってこなかった。一緒にいた部下達もな 」
魔境で死ぬと言うことはそう言うことだ。その覚悟は出来ていたはず。それは帰りを待つものにとっても。
だが、つらいものはつらい。遺体がなければ弔うことも出来ない。形だけの葬式だ。
俺の帰りを待つものはいるんだろうか? それ以前に死があるのか?
「悲しかった… だが王としての責務は果たさなければならない。悲しんでばかりもいられない。次代を産んで育てることもそうだ
長男が生まれたとき弟の名にちなんでアレクシウスと名付けた。そこである思いが芽生えることとなった。俺と弟、立場が逆だったらどうなっていたのか、と…
弟が見ていたものを俺も見たくなったんだ。息子に王位を譲って魔境で戦い続ける。そう決断し百年以上経つ。そして今も戦い続けている 」
「弟が見ていたもの、それが何かわかったのか?」
俺の疑問に続けるように話をしていく。
「わからない。今もなお、わからないままだ。これから先もわからないままなのだろう。それでいいのかもしれないな 」
そこで区切ると天を仰ぎ遠くを見つめる。
「弟の復讐がしたいだけではないかと考えたこともある。だが、憎しみがあるわけでもなかった。戦い続ける中で魔物に対して友情のようなものを感じることがある…
決着が付くとき、その瞬間に一抹の淋しさを感じるようになった。俺は騎士と言うよりも戦士なのだろうな 」
俺もつられて天を仰ぎ見る。
魔境で戦い続けたその先に何があるんだろう? 俺はいつか狩人を辞めて別の道を歩むことになるんだろうか?
まあ、先のことはわからないな…
「これで俺の話は終わりだ。満足したか? 」
「ああ、こうやって人と話すのも悪くはない 」
その前に戦うのは二度とごめんだがな…
「ところでレインよ。セリアにしたように俺にも鉄の姿を見せてくれないか? 」
「断りたい… 」
「はっきり言うな… 別にどうこうしようって訳じゃない。ただ見たいだけだ。武器も置いている 」
「仕方がないな… 」
こうでもしないと納得しなさそう。
俺が立ち上がるとじいさんも立ち上がる。少し距離を置いて見えやすくしてやる。積極的に見せたいわけではないが承諾した以上はきっちりと果たそう。他意はない…ハズ…
「
一瞬のうちに人間姿のレインは消え失せて、純白の機人、レインメーカーがその姿を現す。
あの時とは異なり全身を白い装甲で覆っている。一応の完成形としてお披露目をさせていただく。
コアはカバーを付けずに剥き出しの状態にしてある。この場にはじいさんとセリアしかいないから大丈夫だろう。
死力を尽くして戦いあった相手に敬意を…
そんなつもりがあったのかも知れない。
じいさんは驚いてくれたようだ。目を見開いてまじまじと俺の姿を見つめている。
実際に見なければ納得しないのだろうという判断は間違っていなかったようだな。
「なんとも…不思議なものだな… 異質なもののようにも感じられるがどこか引かれる… 」
コアの波動に対する評価だろう。具体的な評価を人の口から聞いたのは初めての気がする。
「レイン。この場だからこそお前に言わなければならないことがある。セリアは伝えていないようだからお前は知らないだろうが、あれは俺の孫に当たる 」
繋がりは繋がりでも血の繋がりだったのか…
「これでも王族だからな。身内の情を優先するわけにはいかないがそれでも礼を言わせてくれ。孫娘を助けてくれて感謝する 」
「確かに受け取った。俺の手の届く範囲なら何とかやってみるさ、これからもな 」
「よろしく頼む 」
そろそろ人間の姿に戻ろう。あまり長々と換装したままなのは良くない気がする。
「
今までは人間に戻るのも換装と言っていたがこれからはリターンと言おう。人間として見てくれと言っておきながら換装先の一つでは駄目だ。
人間の姿で再び向き合った。
俺とカイルゼインは完全に和解したと言っていいだろう。
質問の答えは聞かなくてもわかったよ…
ここに来て会う前から答えを決めていたんじゃないだろうか?
「そろそろ俺の答えを聞いてもらおうか 」
「いや、もういい。わかっている 」
いまさら野暮な感じもするな…
「まあ、そう言うな。俺が聞いて欲しいんだ。聞いてくれるか? 」
真剣な顔でそう言われたら聞かざるを得ない。姿勢を正して向き合うと承諾を伝える。
俺から聞いたことだったな。そう言わせてしまったのは俺の非礼か…
言わずともなんて日本人の感覚で接したのは良くなかった。
「気遣いすまない。受け取ろう 」
「では、言うぞ 」
一瞬だけ気恥ずかしさをにじませたのは俺の気のせいだったろうか?
「レイン。俺はお前を人間と認め、人間として接しようと思う。今後、お前の力が世間の目に晒され居場所を失いそうになったとき、カイルゼインの名において身命を賭してこれを救済せしむるとここに誓おう 」
「確かに受け取った。カイルゼインと出会えたこと、誇りに思う 」
俺は剣の誓いと称される仕草でそれに答える。
右手を握りしめ左手でそれを受け止めるようにして体の前で組む。そして、右の親指を立てる。この親指を剣に見立てているらしい。
信頼に応えることを自分の剣、つまりは己の信念に誓うという意味が込められている。
カイルゼインも同じように剣の誓いで応じる。
これで俺が人間としてい生きていける可能性がだいぶ高まったんじゃないだろうか?
それにしてもあんな戦闘をしておきながらこうも仲が深まるなんてな…
これもツンデレというヤツなんだろうか?
「レインよ。俺はお前を人として認めた。次はお前の番だな… 」
? 俺の番…?
「どういう意味だ? 」
「わからないか…まあ、今はそれでいい。いつかわかる日が来る。向き合わないといけない日がな… 」
意味が分からない。カイルゼインの表情を読もうとしても特に何も感じられなかった。
「まあ、考えておこう 」
…なんだろうな?
「そう言えばあんたも本気を出していなかったよな? 魔力変異を使わなかったのは何でだ? 」
今更な質問だがさっきの謎かけみたいなやつのお返しとしよう。
「あれは人間に使うようなものじゃない 」
しれっと俺と同じ事を言う…食えないじいさんだ
やはりツンデレか?