このまま何も考えないで進んでいくのは怖いのでもう少し語ることにしよう。
「ネズミやウサギといった小さな魔物も決して弱いわけじゃない。
「それほどですか…わかりました。その意味をしっかりと考えさせていただきます 」
確かに中級どころか初級の魔物、その中でも弱い部類に入る。しかし、深層においても存在しているし絶滅することなく種が保たれている。人間にとって重要な資源でもあるが農業においては障害にもなり得る存在だ。
人類の生存域を広げる上ではある意味竜種よりも扱いの難しい存在とも言える。おそらく人類や竜種が絶滅したとしてもこいつらは生き残るんだろう。種としての強さは最上位と言っていい。
そういう意味で侮っていい相手でもない。強さにもいろいろあるって事だ。わかってくれるといいんだけどな。
「それでは狩りを始めていこう。まずは相手に悟られないように相手の痕跡を発見していくところからだ 」
気配を極限まで消して隠密歩行を少しやってみせる。
「こんな感じで移動していくんだ。少し離れた位置から俺の真似をしながら後を着いてきてくれ 」
「わ、わかりました 」
少し緊張をしているな。ここに来るまでの走りでわかったが、リスティの隠密歩行はそれほど上手くはない。王城の中だけでは練習するにも限界があるのだろう。
いきなり深層に挑むことになるのは酷かも知れないが才能は有るみたいだし時間をかければなんとかなるはず。
しばらくはそのまま魔境の中を探索していく。
リスティは最初こそ土の感触に馴れなかったようで痕跡を残してしまっていたが時間が経つにつれて痕跡が小さくなっている。
足元に集中しているせいで索敵も気配断ちもままならなくなってはいるがそれも仕方のないこと。深層の独特な空気感も圧力になって集中を妨げているように思う。
俺は慣れているから平気だがまだリスティにはキツいだろう。そんなにすぐに順応されたら俺の立つ瀬がなくなるからゆっくりと上達してくれたらいい。
だが、そうは思うものの悠長に待っていられない事情もあるか。タイムリミットはある。
まだ始まったばかりだがやってみての難しさも感じていた。
まあ、焦るのが一番良くない。促成栽培では穴が出来てしまう部分もあるだろう。結局はなるようにしかならないんだ、魔境ではな…。
それでも、とりあえずちょっとは指導らしいこともしておこう。
少し立ち止まって声をかける。
「俺が索敵を行うから今は自分の痕跡を消すことに集中してくれていい。最初からすべてを熟す必要はない 」
「はい、先生。よろしくお願いします 」
多少は落ち着かせる効果があったようで少し余裕が出てきたようだ。
ちょっと上達してきたのか、本来のポテンシャルを発揮出来るようになったのか? その両方であって欲しいな。
初日はこんな感じで終了となる。日が暮れる前に元来た道を引き返していきリスティの付けた痕跡を消しながら拠点に戻る。
彼女は自身が残してしまった痕跡を確認して少し恥ずかしそうにしていたが自分の現状を確認するという意味でも必要なことだと思う。
徐々に上達していっているのが目に見えてわかるだろう。痕跡を探す練習にもなるし痕跡を残してしまったらどうなるのか知ることも出来る。
拠点に帰り着くと夕飯の準備をしていく。
初日の食事が一番美味いものが食えるのが常だ。持ち込んだ肉と野菜をふんだんに使用することが出来るからな。だんだん日が経つにつれて食事情は悪くなっていくのが普通だ。亜空間をリスティに見せるわけにはいかないから今回はしょうがない。
作るのはカレーにした。リスティの味の好みはわからないがカレーならテッパンだ。嫌いって事はないだろう。この国の料理でもあるし。
具材は大量に持ってきたので大鍋で沢山作ることにする。何日かかけて食べる予定だ。低温熱変換で鍋ごと冷凍保存してやればかなりの期間保ってくれるだろう。
ダイニングキッチンで二人一緒に作業していく。俺は肉を中心に切っていきリスティに野菜の一部を任せる。
彼女も水術を使えるのでリーンの真似して覚えた水糸による高速処理を披露してみる。
やってごらんなせぇ… 真似ることが学ぶことだ
最初は果敢に挑戦していたリスティだがあまり上手くいかなかったので諦めて途中で包丁に変えて調理を進めていった。
思ったより高度な技術だったらしい。リーンも俺も当たり前のようにやっていたから、まあ、それなりに大変な技だよなぐらいにしか思っていなかった。
リスティほど才能があっても一時間くらいの練習では無理か。時間の空いているときに練習してもらってもいいかもしれない。
具材を鍋の中やフライパンで炒めて鍋の中でひとつに合わせると水を入れて加熱していく。適当なところでルーを入れて更に煮込んでいくと完成する。高温熱変換を併用してやるとあっという間に煮込み終わるので楽だ。
パンを炭火で焼いてテーブルの上にカレーと一緒に並べると夕食が始まる。そこまで華のある食卓でもないがこんな魔境の中で人が二人もいれば自然と会話が始まるものだ。リスティから口火が切られる。
「正直に言わせていただきますと、狩人は魔境の中でもっと厳しい生活をしているのかと思っていました 」
「もっと野蛮…というか野性的な暮らしをしていると? 」
ちょっと過激な言い方をしてみる。困らせることを意図してではない。世間一般のイメージを代弁してのことだ。
「野…野性的なという表現は確かに私の言いたいことに添っているかも知れません。まさか魔境の中でこんな風に料理をするなんて思っていませんでした。騎士団の要塞や野営地ならともかくとして。狩人の方々は皆、こんな風に家を建てたりしているのですか? 」
その疑問はもっともなことだ。俺も気になっていたりする。残念ながらそれを知る術はないのだが。
「他の狩人とは交流がないんで良くはわからない。しかし、一流の狩人ならどんな環境であれそこの環境に合わせた生活が出来るように工夫をしていくものだ。この家も今後壊されるようなことがあればまったく別の設計で作り直すこともあるだろう 」
そう言いながらそんなことは起こって欲しくはないと思う。そんなことになればしばらく立ち直れないだろう。泣いてしまうかも知れないな。
そうなったらそうなったで新たに設計して建築していくのは楽しそうではあるけれど。
ああ、今度は地下にも伸ばしてみたいな。寝場所としては快適ではないかも知れないが倉庫ぐらいには出来そうだ。
「料理をするのはどうなのでしょうか? ここでは調味料などもいろいろ用意されていますがここまでするのは流石に一般的ではないように思います 」
「その指摘は鋭いと言わせていただきましょう。ここまでこだわるのは一部の趣味人ぐらいのものですね。多くの狩人は魔境の中にいる間は必要な食事さえ取れれば問題ないと考えるものです
それは騎士団も同じような考えかと存じます。殿下が王城で普段口にするものとは二段も三段も劣るようなものですよ 」
俺は意図して丁寧な口調で答えていく。王族として魔境で戦う覚悟に関するものだ。
「ご心配には及びません。レイン先生はご存じなくて当たり前の話ではありますが、王城での普段の食事は皆様が想像するよりもずっと質素なものです。魔境で生活する準備は普段から出来ております。今日の料理の方が美味しいぐらいです 」
なるほどな。教育方針は普段の生活にもしっかりと通っているということか。ちょっと意地悪な質問をしてみよう。
「この何でもない家庭料理の方が美味しいと仰いますか。王城に勤めている料理人は料理があまり上手でないのですか? 」
「い、いえっ。そう言うことでは… 普段の料理は薄い味付けにしているだけで、素朴ですが素材の味を活かした素晴らしいものです。祝いの料理では多種多様な素材を新しい技法で調理するなど確かな腕をお持ちの方です 」
「ええっ、そうでしょうね。ハウメル氏の著書は少しですが読んだことがあります。難しすぎて私には良くわかりませんでしたが 」
「料理長をご存じでしたか… はっ、私をからかったんですねっ 」
「突きたくなる隙があったんでつい…な。狩人の
そういって席を立つとストックから食材を取り出してテーブルの上に三つ並べる。
「これらを見たことがありますか? 」
「どれも見たことはありませんが、これは缶詰ですね。話でうかがったことがあります。後の二つはわかりません 」
「缶詰は正解だ。昔はそれなりに高価なものだったが今ではありふれたものになっている。これは中に果物が入っていて糖液に漬けて煮込む形になっている。後で食べることにしよう 」
「果物ですか…楽しみです 」
生の果物の方が格が高いようなイメージがあるが缶詰は缶詰で良さがあるものだ。それをわかってくれるならいいのだが。
「こちらは紙と樹脂を組み合わせた容器で保存したもので、こっちは樹脂とアルミを組み合わせたものだ。どちらも液体の保存に適している。ソースなんかが長期間保存可能になる。最近普及し始めたもので種類も少なく値段は高いが、いずれ缶詰のように値段も下がっていくだろう 」
「新しいものが次々と生まれてきているということですか… 」
「帝国からの技術提供や生産系魔術の発展もあって今後ますます新しいものが生活の場に現れることになるだろう。そう言ったものを狩人や騎士達も魔境に持ち込んで状況を改善していく 」
「知らないことばかりです…ここに来て良かったと思います 」
それは何より。そう言ってもらえると心が軽くなるな。
カレーを食べ終わると宣言通りにフルーツ缶を開封していく。今回は桃缶を選択した。鉄術でささっと開封するのが一番楽でいいのだが缶切りを使用して開ける。
リスティに一般的な開け方を見せるのもそうだが缶切りで開けるのが楽しいからでもある。地球ではプルトップ式のものしか開けたことがなかった。
刃でちょっとずつコキコキと切断していくときの音と感触になんとも言えない風情のようなものを感じている。
一部を残して切断すると魔力で以て指と蓋をくっつける。蓋を上げて中身を披露した。
リスティはその様子を釘付けになったように見ている。人生において初めての体験ってなんかいいな。それが自分でも他人でも。
缶から器に盛り付けフォークを添えて提供する。一応シロップを水糸にして一口サイズに切断しておいた。狩人や騎士ならそんなことは気にせずに塊にかぶりつくだろうがそこはまあ王女様だしな。そういった姿が想像出来ない。
俺がフォークで刺して食べ始めるとリスティもそれを確認して同じように口に運ぶ。
最初の一口を完遂したところを見計らって聞いてみる。
「お味の程はいかがだろうか? 」
「甘くて美味しいです。生の果物のような鮮烈な香りや風味は感じられませんが独特の食感がありますね。酸味と甘さの調和が取れていて最後に来る桃の風味も十分に感じられます…
甘さが際立っているようでいて果物を食べているという感触を得られるのがいいですね。魔境の中でこういったものを食べられるのはありがたいです 」
「気に入ってくれたようでなにより。やはり、食事は美味いに越したことはないからな。食事は活力を与えてくれる。魔境で危険な仕事をしているからこそ日々の食事は充実したものであって欲しいと思っている 」
「そうですね。まだ私はたいした働きはしていませんが、美味しいものを食べた後は頑張ろうという気持ちになりますもの 」
「あまり美味くなりすぎるとずっと魔境に居たくなるかも知れないけれどな 」
「ふふふっ、騎士を目指す私としてはそうなっていただけるといいんですが 」
そうにこやかに話すリスティだが目は笑っていないようにも見える。強ち冗談ではないのかも知れない。騎士というものはそう言うものなのか、それとも王族としての矜持なんだろうか?
でも案外、騎士の中にはそう考えている人間がいるのかもしれない。騎士団から提供される食事だけで生きているような貧乏性の騎士が。
大多数は庶民の出だろうから人生で初めて美味いものを食べたのが騎士になってからということもありえる。
まあ、人それぞれだ。悪いことでもないだろう。
桃をすべて食べ終わると器を手に持って口に付ける。そうやって残りのシロップを飲んでいくとそれを見たリスティも真似をして飲んでいく。
そうやって行儀悪く豪快に飲む様もどこか気品を感じさせる。流石は王女様と言ったところだが、王宮仕えのマナー講師とかいたら卒倒しそうだな。彼女の両親もどう思うだろう。
あまり教えるべきでなかったことかも知れない。しかしここは魔境だ。人間社会の流儀をきっちりと守るのも窮屈だな。指摘はしないでおく。
好きにやっちゃって…
食べ終わると食器を片付けて残りのカレーを鍋ごと低温熱変換で凍らせて布で包む。
後は寝るだけなんだがちょっと言い出しにくいな…。
こんなところで女性と二人、何も起きないはずはなく?