食べるのを制して魔術を使うとほんの数秒で香りが立つほどに温まる。これは覚えると非常に便利だ。覚えて良かった。
結果に満足して食事を再開する俺をリスティは微笑みながら見ている。
可笑しいことをしたかな、俺?
まあ、冷める前に食べてくれ…
パンとウサギ肉を食べ終わると、心の内を吐き出すことが出来たこともあって充足感で満たされる。
こんなシーンがあったな。昔の刑事ドラマだったか…カツ丼食って白状するとかいうやつ。
実際は犯人に対する利益供与になるからカツ丼に限らず何かを出すことはないとか。
なんだかカツ丼が食べたくなってきたな…米がないから無理なんだけど…
そう考えると切ない気分にもなる。気分を変えよう。
桃の缶詰を缶切りで開けると二つの器に分けて一口サイズに切る。
そうして特別な夕食の時間は過ぎていった。
◇
更に数日が経った夜のことだった。
就寝中に魔物の気配が接近してくるのを感じた。距離はそれなりにある。速度はそれほど出していない。迫り来るような圧もない。こちらを捕捉しているわけでもないようだ。
移動経路は安定していない。ふらふらと動いているような印象を受ける。だが、確実にこちらに近づいてきていた。
こちらに狙いを定めるのも時間の問題か…
リスティは完全に寝ているわけでもないようだが魔物には気づいていないようだ。起き上がると魔力波を送ってリスティを起こしてみる。
彼女はすぐに起きたようで慌てた様子でこちらにやってくる。
「魔物ですか? 」
慌てていても冷静さは残っているようだ。小声で正解を当ててくる。
「そうだ。まだしばらくはかかるだろうが、俺の見立てだとこちらに来ることになる。迎え撃つ準備をするぞ 」
「はいっ 」
やや強めの返事が返ってくる。やる気は十分のようだ。やはり魔物と戦いたかったらしい。少し気が急いているような感じもあるがそれは仕方がないことだ。
魔境に来て魔物と戦わないとかは思っていなかったはず。何をしにここに来ていたのかという思いも少なからずあっただろう。
もっと簡単な相手から始めるべきだと思うがこれはこれでいい経験になる。おそらくリスティには荷が重い相手ではあると思うが、俺がサポートすれば何とかなるだろう。
二人とも戦いの準備が完了すると気配のする方向で拠点から少し離れた場所に陣取る。
「私にもはっきり感じられます。魔物もこちらに気づいたようですね 」
腰に
リスティと魔物はお互いに同じぐらいのタイミングで気づいた。相手の存在を確認して彼女はだいぶ気分が高揚している。やはり戦ってもらった方がいい。
「ああ。俺が後方から支援するから思いきり戦って見るといい。戦闘中に指示を出すことがあるだろうが返事はしなくていい。指示に従う必要もない。自分の判断を優先していい 」
「はい。わかりました 」
夜の森は静寂に包まれていて何かが起きるような感じはしない。しかし、視線の先の暗闇からはこちらを威圧してくる存在感が迫りつつある。
暗視を強化してもこれだけ光がなければ中々に暗い。人間の目は暗闇の中で見えるようには出来ていない。接近してくる魔物もそこまで暗闇が得意とも思えないがこちらよりは夜目が利きそうだな。
俺はポーチから発光筒を取り出すと点火する。発火して光を放つ方と逆側を向けて木の幹に投げると、そこに付いていた針状の金属が刺さり固定される。
それを計四つ、周囲を囲むように設置すると十分に視認出来る程度の明るさを確保する。
場を整えると程なくして相手がその姿を現す。それは恐竜のような見た目の魔物だった。
後ろ足二本で鳥のように立つ姿は鳥から魔力変異したようにも思えるが、顔は細かな牙の並ぶ、細めの突き出た顎が特徴的な爬虫類顔だ。
前足は後ろ足に比べて小さく、前に突き出ている。鋭い爪の付いた五本の指は若干人間の手のように見えなくもない。物を持ったり出来そうな感じがする。
恐竜にはそれほど詳しくないがラプトルとかいった種類の恐竜に似ている。大きさもそのぐらいか。爬虫類が魔力変異した感じだろうな。鳥のような羽毛はなくゴツゴツした鱗と皮に覆われている。
ここら辺ではあまり見ない感じの魔物だ。魔力の感じからもここで狩ってきた魔物とどことなく違うような印象を受ける。
どこからか流れてきた魔物かな?
見た感じ集団で狩りをするタイプの魔物に見えるが一匹だけなのは仲間とはぐれたからか、それとも独立個体なのか? はぐれ個体ならはぐれた原因が気に掛かる。
これもレザンの影響なのかも知れない。この森の魔物だったら俺のいる拠点の周りに迂闊には入ってこないはずだ。
いつもだったら迷惑な話だがリスティが戦う相手としてはそれなりに都合のいい強さをしていると思う。
剣を構えて相手と正対するリスティの斜め後ろから声を掛ける。
「最初に威嚇が飛んでくる。飲まれないように気合いではね除けろ 」
その言葉が合図になったかのようにラプトルは威嚇を開始する。独特な叫声と共に魔力の波動が放たれリスティを襲う。
「…くっ、うっ… 」
リスティも魔力圧を上げて対抗しようとするがやはり馴れていないようで対抗し切れていない。体が一瞬すくんでしまうと、ラプトルはその隙を見逃すことなく一息で距離を詰めてきた。頭部に噛みつこうと口を広げながら首を伸ばしてくる。
―波撃
―ドゥッ…
ラプトルは襲い来るそのままの体勢で後ろに吹っ飛ばされて地面を転がった。直ぐさま跳ねるように起き上がると、警戒をしたのかこちらをうかがって容易には責めてこなくなる。
俺が何かをしたことぐらいは気づいたと思うが、具体的に何をしたのかはわかっていないって感じかな…。
俺はかなり魔力を抑えているからヤツの目にはリスティの方が強いように見えているはずだ。それに加えて気づかれにくいように一瞬で構成を練って瞬間的に放ったからな。
警戒するまではいいが俺にビビって逃げ出したらリスティの相手がいなくなる。後で彼女から文句が来るかも知れないしな。
いい経験が積めるようにほどほどのサポートに徹しなければならない。中々大変ではあるが多分何とかなるだろう。
まあ、一番駄目なのがリスティがこの戦闘で死ぬことだな。それを一番に考えれば間違いは起こらない。
ああ、でもあんまり傷が深かったら、そのことを知った国王が憤慨してしまうかな?
狩衣がボロボロになった状態で王城に帰ったら国王が剣を持って俺を殺しに来たりして…
俺の中の国王像がどんどん親馬鹿になっていく。会ったことないし偏った情報しかないから変な風に想像が膨らんでしまう。
これはこれで面白いな…
#
(実際に魔物と戦うのがこれ程の物とは… )
リスティは初手でいきなり後れを取り、手助けをしてもらった自分を恥じていた。
事前に師の忠告もあった。それに加えて向き合ったときから相手の強さを認めていた。
油断していたつもりはなかったが、実際に魔物と向き合ってみて自分の甘さを痛感することとなった。
本物の命の遣り取りは訓練とは違う。
自分より遙かに格上の騎士団長達から押し潰されそうな圧を受けたことは何度かある。しかし、それとはまったく違う底冷えするような殺気を受け流すには場数が圧倒的に足りなすぎた。
敵とにらみ合いながら思う。
(基礎を思い出せ…魔物と戦う手順はなんだ? )
リスティは全身の魔力を高め、持っている剣に魔力を込めていき戦う体勢を整える。
その様子を見て魔物は勝てる相手と踏んだのか正面から向かってきた。前足の爪に魔力を込めて右左と素早く連撃を放ち引き裂こうとしてくる。
それを魔力のこもった剣で丁寧に捌く。一撃一撃の重さは魔物の方が上回る。それを正面から力でぶつかり合わないように受け流していくと、隙を突いて魔力を込めた蹴りを足に向けて放つ。
放たれた蹴りは狙い通りに両足をすくい上げて地面に転ばせる。すかさずそこに上段から剣を振り下ろし、首を切断する軌道で斬撃を放つ。
首の手前まで刃が降りたとき、突然、リスティと魔物の間に突風が巻き起こった。
巻き上がる砂塵で目をやられるのを嫌い、途中で剣を引いて距離を取る。
魔物は突風を体で受けながら前腕で地面を突き上げて後ろに跳びつつ、回転しながら立ち上がり体勢を立て直した。
お互いの距離が開くと再び膠着状態になる。
魔物の首筋にはわずかに切り傷が入りそこからわずかに血が流れていた。そして、空術が使えるという情報を引き出すことが出来た。最初の一当てはリスティに軍配が上がるだろう。
(基本通りにできた。このままの流れでいければ… )
#
なかなかいい動きだった。
最初こそ気圧された部分もあったが吹っ切れて動けるようになったな…あそこから立て直せたのは日ごろの訓練の成果なんだろう。
そして、自分の手足のように剣を扱うことができていた。かなり質のいい魔鉄製の剣だと思うが滑らかに魔力を通せている。自分の手に馴染むまで長い時間をかけてきたんだろう。
リスティが今までに積み上げてきたものが垣間見えたような気がした。ここまではいい流れだ。
しかしこの次、ラプトルは魔術を使ってくるだろう。
どう戦っていく?
#
魔物との戦いの基本はいかに身体能力で魔物と拮抗出来るかにある。
人間と戦う場合とは異なり格闘の技や剣の技は意味を持たないことが多い。いかにして致命的な攻撃を当てるかを考えたとき、純粋に力が強くなければ魔物の防御を破ることは難しい。
打撃力で仕留められる距離までは迫ることが出来ている。培ってきた戦闘技術を使うことで肩を並べられる所まで上がってきた。
次は魔術まで含めた総合戦闘力で競い合うことになる。相手は空術を使って見せた以上、隠しておく意味はなくなった。遠慮なく使ってくるだろう。
リスティが使用出来る魔術は水、空、土の三種類だが先ずはそのうちの一つを使って渡り合っていくことを決意する。
まずは水術で対抗することを選択した。
相手が空術を使えるのは先ほどの魔術でわかった。相手が知覚しやすい空術をわざわざ選択する意味は薄い。土術は魔物の姿形から相手も使用出来る可能性が捨てきれない。
最も相手が使える可能性が低い水術で、空術に対抗しながら情報を収集していく。それを方針として挑む。
背負っている水槽から自分自身の魔力で格上げをしてきた魔水を噴出させると、水流が空中でうねり、意思を持っているかのように剣に巻き付いていく。
剣が魔水で完全に覆われると片手で持って切っ先を魔物に向けた構えを取る。足を前後に開いて腰を落とす。手を軽く開いて肘を後ろに引くように反対側の手をあげる。これから舞を踊るような優美な構えだ。
警戒して動かない魔物に対して今度はリスティの方から仕掛ける。
軽く蹴り出すような足取りで素早く接近すると、明らかに剣が届かない間合いから突きを繰り出す。
突きが伸びきって止まる瞬間に切っ先から水の刃が恐るべき速度で伸びていった。
魔物はそれをかろうじて躱すがリスティが剣を引くとその瞬間に伸びた水剣が勢いそのままに戻っていきその反動を利用して次の突きが即座に繰り出される。
―シャシャシャシャシャ……
―ガガガガガガ……
連続で水剣突きが放たれると空気を裂くような音が鳴り響き魔物の体を打ち付けていく。
伸ばされた水剣はゴムのようなしなやかさの反面、硬質な衝撃を以て魔物の硬皮を削り飛ばし、皮膚の薄い場所では皮と肉を裂いて出血をさせる。
魔物は外皮に魔力を通して防御に徹して耐える。時折、手にも魔力を通して攻撃を弾いていくが捌ききれずに被弾していった。
一見、リスティが押しているように見える展開だ。だが、魔物の方は巧に致命傷を避けつつも魔力を高め集中させてきている。
#
あまりよろしくないな…リスティは攻撃にのめり込みすぎてラプトルが何をしようとしているのか気づいていない。
いや、何かしてくるのかも知れないと警戒はしているのだろう。しかし、このまま押し切れると思っているのかそこまで注意を払っていないようだ。
ラプトルがそう見せているのもあるが、冷静に状況を観察していれば見えているものも違っていただろう。
そろそろ仕掛けてくるな、魔術と体術の組み合わせか…
俺は魔力波でリスティに警戒を促すとフォローするために魔術の準備をしておく。
ラプトルの攻撃を完全に止めるのはリスティのためにならない。あくまで少し阻害するだけ。
さじ加減は難しいな…