リーンは食い気味に応えて寝ているジュジュの元に素早く寄っていく。
切り替えが早い…ずっと気になっていたようだ。
「頭は触っていいわよね? 尻尾は? お腹はどうかしら? 」
触らせてもらうと俺に許可を求めつつも承諾無しにあちこちと触りまくっている。
流石にジュジュも起きたようだがリーンにされるがままになっている。動じていないのか落ち着いたものだ。
《嫌なら拒否して良いんだよ 》
《・・・・・》
別にいいらしい。ネガティブな感情は伝わってこない。
従魔はみんなこうなのか、ジュジュが特別なのか?
リーンはジュジュを膝の上に乗せるとおてての肉球を親指でぷにぷにと押して感触を楽しむ。そして、顔を近づけてにおいを嗅ぐ。
よくわかっているじゃないか…
猫系の魔物をよく知っているのだろうか? 既に品種改良された家猫の魔物とかいるのかも知れない。レイゼルト王国では見ないが帝国とかには割といそうな気がする。
「ジュジュがどんな魔物なのかわかるか? 」
「う~ん、生物種としてはユステルヤマネコだと思うわ 」
ユステルってのは地名だな。広く北の森林地帯を現すらしいが範囲ははっきりしない。
「魔力変異が結構進んでいるから詳しくは遺伝子検査をしなければわかんないけど、してみる? 」
「いやそこまではしなくていい。魔属種名はどうだろうか? 類似の魔物はいるのか? 近縁種とか… 」
「近縁種ってくくりだとかなり広く入っちゃうけど、近い魔物だとジェナス・ルシルファムが近いかも…魔力変異に違いを感じるけど類似点は多いわね
もっともこれからレインの影響を受けてどんどん変化していくと思うわ。細かいことを気にしてもしょうがないわよ 」
「イーディスも同じようなことを言っていたな… 」
そう言えばリーンと知り合いだっていってたな…
「イディを知っているの? 」
「ああ、ちょっとした伝手が会ってな。ジュジュを登録しに行ったときも会うことになった… 」
「彼女とねぇ…確かに元狩人だしレインと気は合うかもね。面白い人でしょ? 美人だし 」
「面白…? まあ、そうかもな。いい人…だと思う 」
変な絡みをしてこなければ面白くて頼りになる人なんだけれどな…
俺がはっきりとしないせいかもしれない。
文化的な違いを俺が理解していないのが原因なのか? 誰かに相談出来ればいいんだがとても気軽に相談出来る内容じゃないな…
「まあ、それはいい… ジュジュの話なんだが食べさせるご飯について確認したい。書物には肉食の魔物なら小さいうちは乳を与えて、そこに徐々に生肉なんかを混ぜていけばいいと書いてあった。今は牛乳だけを与えているんだが問題はないよな? 」
「う~ん、そうねぇ… 幼い内でも食べられるものは自分で選ぶから、あまり気にせずに与えてみて自分で何を食べるか確認するのもいいわね。魔物にも個性があって
あとは魔石が育つまでは塩分や脂質が多い物は与えない方がいいわね。糖分が多い物も清発が使えるようになって歯磨き出来るようになるまでは駄目ね 」
キャベツ…
そう言った個性については本では触れられていなかった。最大公約数的なことしか書けなかったのだろう。
しかし…
「本に書かれていることとあまり変わらないようだな 」
「魔物の子育てに関してはあまり進んでいないのが現状よ。一般的にネコ科の魔物はそういった傾向があるってぐらいの知識しかないわ 」
「品種改良が進んだ、魔物と呼べないような生き物か従魔ぐらいしか研究出来ないだろうからな…変異による種族差もあれば個体差もある… 一般化は難しいと言うことか…
だが、幼くても自分で食べられるものを選べるというのは新たな気づきを与えてくれたかも知れない。そこまで心配をする必要はなさそうだな 」
「小さくても魔物だしね。人間の子供より成長は早いし丈夫よ。注意しないといけない点は少ないわね 」
成長…子猫の期間はあっという間になくなりそうだな。ムギの時はどうだったか?
「しかし、玉菜を食べることがあるのか…未調理の食材をいくつか試してみるとしよう 」
「様子を見ながらいろいろ試して見るといいわ。重要なのはよく観察する事よ。きちんと対象に興味と愛情をもって向き合うことね 」
「そうしよう 」
どうやら基本的な考え方は間違っていないようだ。多少不安はあったしそれは今も完全に無くなったわけではないと思うが随分と気が楽になった。
その後もジュジュについて細かな相談を続ける。
その間、リーンはずっとジュジュを膝の上に乗せてなで回したりしていた。だいぶ気に入ったらしい。基本的に生き物が好きなんだろう。
そろそろ返して欲しいと思うが相談料のような物か…
その分、魔石代の完済は遠のくがそこはリオンに頑張ってもらうとする。
相談が終わるとジュジュをリーンの膝の上から回収する。名残惜しそうにはしていたが割とあっさりそれを許す。
やることはあるだろうしな。いつまでもモフっていられるほど暇じゃないという事か。主にレザニューム関連で…
それは俺のせいでもある。ほんの少し悪く思わないでもない。
袋にジュジュを入れるとゆっくりと背負ってドアまで移動しそこで振り返る。一応最後の念押しをしておこう。
「レザニュームの件、くれぐれもよろしく頼む。俺の秘密が漏れないようにしてくれよ 」
「それは任せてくれていいわ。学会の方は大丈夫。と言ってもリスティと王宮の出方にだいぶかかっていると思うけど 」
「リスティリス王女と知り合いなのか? 」
「何度か魔術を教えたことがあるわね。筋のいい自慢の弟子よ。彼女なら何とかしてくれるでしょう 」
「ああ、そうだろうな 」
そこで話を打ち切ってリーンと別れる。
車に戻ると後部座席にジュジュの入った背負い袋を乗せた。すると学習したのか自分から這い出てきて座席にちょこんと座る。
「ジュジュっ、偉いね~、いい子だね~ 」
声に出して褒めながら撫でる。気分を良くしたのかどこか誇らしげな様子だ。表情がキリッとしているようにも見える。
この仔は賢くなるだろうな…
そう思いつつ自宅に車を走らせていく。
親馬鹿なのかな。そう言われても気にはならないが…
◇
家に帰るとジュジュのご飯にする。
前まではお皿にミルクを移してあげていたが、哺乳瓶を作ってみたのでそれで飲ませることにした。
抱きかかえて椅子に座ると仰向けに固定して哺乳瓶を咥えさせる。すぐにそれがなんなのか理解したようで器用に口を動かしてミルクを吸い出していく。
子供と言ってもやはり魔物だ。ミルクを吸っていく勢いは相当な物。大して時間も掛けずに空にするとおかわりをせがんでくる。
亜空間から補充すると今度は熱変換を行って人肌ぐらいに温めてから飲ませてみる。
先ほどよりも食いつきがいいみたいだ。吸い込む勢いが増している。ちょっと温かい方が好きなんだろうな。今度からこうやって与えることにしよう。
ジュジュのご飯が終わるとげっぷをさせてトイレを済ませる。その後、ベッドの上に寝かしつけると俺も昼食を食べてから工作作業に入る。
ロッキングチェアーが欲しくなったのでレザニュームの破片を加工して製作することに決めたのだ。
ジュジュをお腹に抱えてゆらゆら前後に揺れることを思うと心がウキウキしてくる。
亜空間の中でシミュレーションしながら設計していき、形が出来上がるとちょうど良い大きさの破片を変形させたり切ったりして仕上げていく。
加工自体はすぐに終わった。亜空間工房はやはり優秀だ。部屋に設置して早速試してみる。
ジュジュを抱きかかえると椅子に腰を落ち着けて、ゆらりゆらりと揺れていく。
最初は落ち着かない様子だったがすぐに馴れると寝息を立て始めた。ジュジュの呼吸に合わせて振動周期を調整してやるとより深い眠りに誘っているような気分になる。
落ち着いた時間が流れていくと考え事が頭に浮かんできた。
リスティのことだ。
リーンとの話の最後に出てきたからかも知れない。
リーンと知り合いだったんだな…
まあ、考えてみれば意外なことでもないか…
また一緒に魔境に行って訓練してやらないとな。いつになるかわからないが
でもそう遠くないうちに機会は訪れるような気がする
ただの勘だけど…
リスティについて考えるとあの時のことがどうしても頭にちらついてしまう。自分の首を切ろうとしてまで俺に発破を掛けに来たあの時だ。
あそこまでさせてしまったのは俺の落ち度だったような気がしてしまう。
苦い思いが蘇る。あまり楽しいことではないが一度頭に浮かんでくるとなかなか消えてくれないものだ。
どうしようもないので逆にしっかりと考えることにする。
あの時どうしてリスティはあそこまでの行動に出たんだろう?
責任を感じるにしても命を懸けるほどのことだっただろうか?
まだそれほどの立場でもないように思う。まだ騎士にもなっていない。王女という立場は一体どれほどのものだというのか?
考えたところで俺にはわかりようもない。そこで実際の状況から考えてみる。
俺がレザニュームを倒さなかったらどういう状況になっていただろう?
騎士団や狩人達を組織して討伐隊を結成し戦うとしても、勝つのは難しい。
カイルゼインや騎士団長達で少数精鋭部隊を作り上げたとしても魔力量で押し切られるだろう。
加えてレザンよりレザニュームの方が実体がある分、魔力効率はずっといい。攻撃一つ一つの威力も段違いだ。移動の邪魔をするものは容赦なく破壊していく習性だと思う。犠牲はどうしても避けられない。
少数精鋭なら犠牲は最小限に抑えられるかも知れないがそれだけのタレントを集めることは難しい。普段の遠征業務もあるし受け持っている魔境の管理もある。
そうなると必然的に数をかき集めることになる。その場合、大量の犠牲者が出ることになるだろう。
それで倒すことが出来たならまだいい。問題なのは多大な犠牲を払って止められなかった場合だ。
レザニュームはただ前進しているだけだ。人間を意図して襲うことはないだろう。進路上から避難すれば直接の人的被害はほぼなくすことができる。
後でその可能性に気付いてしまったら無駄な犠牲を出したことに責任者は後悔することになる。非難を受けることになるかも知れない。
遺族としては納得しきれないだろう。その後に来る異変に対応するにも少なくなった人員で対処しなくてはならない。対処しきれなくて犠牲が出たならそれも責任問題だ。
かと言って、何もせずに通したところでやはり納得出来ない人間は出てくるだろう。損害を受ける人は確実に出る。なんで戦わないんだって声は上がる。事後の異変に対しても戦って倒せば影響を減らせたんじゃないかって思ってしまうのも無理はない。
どう転んでも責任問題は発生してしまう。王宮への信頼も低下してしまうだろうか? その可能性は十分にある。
リスティはそれを危惧していたということなのか?
俺はどうしていただろう?
討伐に参加していただろうな。人間のままでは勝てないけど…
問題はどの段階でレインメーカーを使っていたのかって事だ。
セリアやシグンと言った知り合いがいて、危機に陥ったとしよう。俺は迷わずに力を晒していたはずだ。
だが、見ず知らずの人間だった場合はどう対応していただろう?
ある程度犠牲が大きくなるまで出し渋っていたかも知れない。目撃者を減らしてから晒すっていう冷酷な判断ならまだマシなんだが、実際はただ踏ん切りがつかなくて決断を先送りにした結果としてだ。
最善のパターンはセリアやカイルゼインが俺が一人で戦える場を整えてくれて最初からレインメーカーで戦うと言うことだな。
その場合、直接的に姿を目撃されることはなかったとしても大きな力の片鱗は多くの人間に感づかれることになるだろう。しかし、言い訳はいくらでも出来る。
…なかなか難しいだろうな
理由の説明無しにそんな勝手が通るわけがない。少なくとも指揮系統の上の方には俺の秘密を伝えて置かないといけなくなる。セリアもカイルゼインもどちらもいない事だって考えられる。そんなに都合良く事が運ぶとは思えない。
後悔はすることになるだろうな。レザンの時と同じだ。
サリーニにはこう啖呵を切った。
「俺の前に倒せない敵が現れることはない 」と…
情けない話だ。
その言葉の中に俺は、自分自身で状況を制御してそんな状況にはさせないという意味を込めていた。
だが、結果として出来ていない。
その言葉を聞いて彼女は大笑いをしていた。そこには「言ったな? やってみろ 」という思いもあったのかも知れない。
笑われてしまうかな?
「出来ていないじゃないか 」そんな幻聴と共に嫌らしく笑みを浮かべたばあさんのイメージが浮かぶ。
…なんかムカつく
勝手に想像して勝手にムカついているのはなんとも勝手な話ではあるのだが案外、的を射ているのではないだろうか?
『味方を作れ 』
不意にセリアの科白が思い起こされる。
俺だけでは状況を制御出来なかっただろう。だが、もっと味方がいたのなら、話せる人間がいたのならもっと違う風に出来たのかもしれない。
カイレン、シグン、ルシオラ、会ったことはないが第一騎士団長とかそれこそ国王とか…
レグルスやユミリスだってそうだな…
そこまで信頼出来るのか判断は難しいが自分だけでも限界はある。俺一人でコントロール出来るほど世界は甘くないと言うことだ。
魔物を倒すための物理的な力は十分以上にあると思う。でも、それだけでは渡っていけないな…
人に頼るしかないのは不安が伴うことではあるが、俺のために動いてくれる味方がいるのも他ならぬ俺自身の力でもある。
いろいろ磨いていくしかないな。磨き方はわからないが…
リスティはそこまで理解していたんだろうか?
…それはないか
王国にとって結構な危機になるとは思っていただろうが、あの時点でそこまで考えていたとは思えないな…
いやしかし、なんとなくそれに近いことは感じていたんじゃないだろうか?
自分の直感に突き動かされて行動したということだろう…それだけで自分の命を懸けることができるのは王族としての責任感のなせる技なんだろうか?
いろいろ考えてきたがやはり俺には理解することが難しい。
不可能かも知れない。
ただ、リスティのお陰で俺が救われた部分もあるということが改めて理解出来た。
今回のことで彼女は俺の味方になってくれたと判断していいだろう。危うい部分もあったが結果としていい方向に転んでくれたことは確かだ。
やはり彼女には感謝するべきなんだろうな…
改めて思う。
カイルゼインもここまでのことは考えていなかっただろうが、俺やリスティのことを信頼して、におわせておく程度に仕込んでいたと言うことなのかも知れない。
あのじいさんにも感謝はするべきなんだろう。しかし、素直に感謝する気にはなれない。
いい方向に進みはしたがあくまで結果的には、だ…
ふと視線を感じて見るとジュジュが心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。起こしてしまったようだ。
漏れていたか… 魔力の乱れを感じ取ったらしい。苦い顔でもしていたかな?
気付けばいつの間にかロッキングチェアを漕ぐのを辞めてしまっていた。
「なんでもないよ 」
特に何もないことを伝えるために全身を優しく撫でて落ち着かせる。落ち着いてきたら耳の付け根や顎下を掻いてやって心地よさを提供していく。
喉をゴロゴロ鳴らして愉悦に浸ると、ちょっと伸びをして再び寝息を立て始めた。
癒やされるな…
ジュジュがうちに来てくれて良かった。もしも、あの時がなければ今はなかっただろう。それは理解できる。
…やはり感謝しなければならないか