騎士団は狩人と異なり魔物と正面から戦うことを定石としている。確実に仕留めたいときは包囲して倒すが、今こちらに来ている人数からいって深層側に追い返すように動いているだろうな。
複数人で威嚇して逃げれば良し。逃げなければ戦う。敗走させたなら深追いせずにそのまま逃がし、最後まで戦うなら息の根を止める。
逆に敗走させられるか、さもなくば殺されることもあるだろうが…
ともかく騎士達は魔物に圧力掛けるように動く。
狩人としては騎士達に入られると安全性は増すが獲物は狩りにくくなるのだがそれは俺にとっては大した問題じゃない。
俺は俺で騎士達の圧に屈しないような個体を狩っていけばいい。目の前にいるような個体をな…
慎重に接近していく。ジュジュも俺に合わせて息を潜め気配を消してくれる。もう既にハンターの片鱗を見せている。
纏っている水によってにおいは抑えられているはずだが動物の嗅覚は侮れない。風下を選んで木の陰に隠れながら死角に入るように徐々に距離を詰めていく。
ヤツは土を掘ったりして何かを食べているようだ。美味いものを食べてご満悦といった様子。
そんなところをすまんね…
だが、俺にとっては絶好の機会だ。このチャンスを逃す手はない。
射程距離まで接近すると不意を打って敵意を魔力波に乗せてぶつける。
食事の邪魔をされて一気に頭に血が上ったのだろう。
イノシシ系の魔物は怒らせると正面から向かってくる性質がある。不意打ちの機会を逸することにはなるが不快行為を最初に行うことで逃げられることを防げる。
更にこちらから挑発とも取れる威嚇を放つと、激高して威嚇を返してきた。
俺はそれにわざと拮抗する形で威嚇合戦を終わらせる。これで逃げられる可能性はだいぶ減ったんじゃないだろうか。
本格的に戦いが始まるとバルテス・ウゼラムは魔力を練り上げる。俺の方は自然体に構えて背負い袋側に溜めている魔水をさらに体に纏わせて込める魔力を上げていく。
―自在操水術式、
お互いに魔術を完成させると先に相手から攻撃が放たれる。
突進してくると鼻先を押しつけてくるように迫り、接触するかと思われるタイミングで突如として爆発が起きた。
俺はそれを直立したまま腕を交差させて正面から受ける。全身に纏った魔水が衝撃と爆風により俺の後ろ側に拡散するように押しやられ伸びていく。
しかし、霧散させられることなくゴムのように伸びて衝撃を吸収していった。俺は多少衝撃を受けたが足は体術で地面に固定され、その場から微動だにしていない。
それを見てイノシシは驚愕し、危険を感じたのか後ろに引こうとする。だが、今の攻撃で仕留められたと思っていたのかタイミングは遅い。
後方に伸びた魔水が反動で戻るのに合わせ、さらに引き寄せて加速させる。その力を右手に集め腕力も加えて叩きつける。
―水撃拳
―ドッッッ…!
顔面を殴られたその衝撃により巨体が吹き飛ぶ。殴りつけた拳にもずっしりした手ごたえがあった。
だが、地面を何度か跳ねつつもバウンドを利用して起き上がる。四つ足で地面を擦りながら止まった。多少足元は覚束なくなっているが四本の足でしっかりと立ち、回復していく。
脳震盪を起こしていてもおかしくないと思うんだが…流石に丈夫だな…
追撃を仕掛けても良かったがまだまだ試したいこともあるのでそのまま回復を待った。
回復をしながらも攻撃のために魔術を構築しているようで魔力は高まっている。当然のようにあのぐらいではへこたれないか。
今度はこちらから仕掛けていく。
俺は地面を蹴って飛び上がり放物線を描いて正面から飛びかかった。
それを隙とみてイノシシは鼻先から一直線に火炎放射を放ってくる。普通なら動きに制限がかかる空中なら隙だらけではある。好機ではあるし悪くない。
火炎放射が当たる寸前、俺の体は空中でクンッと軌道を変えて避ける。纏っている水を急激に動かしてその反動で軌道を変化させた。
それを追ってイノシシが火炎を薙ぎ払うように操ってくると再び火炎が迫る。このままでは確実に火炎に巻き込まれるだろう。だが…
―水糸
水の糸を周辺の樹木に取り付かせて引っ張った。身体は急激に加速して相手の後ろ側に回り回避する。
―
そこから勢いそのままに水を利用してスケートのように滑り出す。ヤツを中心に円を描いて滑走し攪乱させる。
俺の動きに狙いを絞れないと判断したのだろう。火炎放射をすぐに止め、全身に魔力を
あれをやるつもり…むっ!?
不意にヤツの全身から爆風が吹き荒れ衝撃と熱が周囲にまき散らされる。大技が来ると踏んでそれに合わせ防御を練ろうとしていたが、想像より早いタイミングだった。
準備を開始していた防御術を途中で別の術式に転換させて受け止める。
最初に使用した粘体装甲と滑水走を組み合わせ、爆発の威力を受け止めながら地面を後ろに滑っていく。大きく距離を取ってやり過ごした。
力に逆らわず受け流すことで背中にいるジュジュに危害が及ばないようにした。今のところいい感じに戦えている。
あとは仕留めるための突破力を水術のみで出せるかどうかだが…
出せなかったとしても武器と組み合わせればいいか
決着までの青写真を描いているとヤツは魔力を高めだしていく。先ほど中途半端に放った魔術を今度は全力でぶちかまして来るつもりのようだ。
俺が背中にいるジュジュをかばいながら戦っていることに気付いているのかも知れない。いや、気付いているんだろう。高威力の魔術なら俺を追い払うことが出来ると見積もっているのか?
ジュジュが怪我でもしたら速攻でなんの躊躇もなく撤退する自信がある。ヤツに魔術を発動されたら流石に無傷で捌ききるのはむずかしそうだった。
ならば…
魔水を右腕に集めて込める魔力を上げていく。
魔術を発動させる前にたたく…
イノシシは魔術の構築が終わると俺に向かって突進してくる。蹄を地面に食い込ませ弾かれたように跳んできた。蹴り上げられた地面は爆発したように土を撒き散らす。実際に爆発されたのかも知れない。
至近距離から極大の爆発を喰らわそうと言う魂胆だろう。
かなりの速度で迫り来る巨体は並の狩人なら恐るべき暴威をはらんでいるように見えただろう。
―
だが、今の俺にはそこまででもない。
水の塊をイノシシの前足の付け根辺りに真横からぶち当てる。十分以上に魔力を含んだそれは巨体を跳ばすほどの衝撃でもって軌道を変えさせる。横倒しの体勢になり地面を削りながら滑っていく。
攻撃を受けた衝撃により構成していた魔術は維持出来ずに霧散する。横倒しで腹をこちらに晒す相手に向けて素早く接近し、立て直す隙を与えないように留目の一撃に繋げていく。
―
抜き手の先に水の刃を形成して肋骨の隙間から心臓に向けて差し込んでいく。
刃の表面は流動性を持たせ、肉の圧力を押しのけて入りやすくしている。大した抵抗もなく心臓に到達すると魔力と水圧を掛けて魔石と肉体の繋がりを断ち組織を破壊した。
水圧を利用して水刃を引き抜きながら後ろに跳んで距離を取り死んだかどうか様子を見る。
やがて確実に死んだと納得出来ると水刃を崩して魔水を戦闘前の状態に戻す。
終わった…
横たわるバルテス・ウゼラムに接近すると手を当てて魔力を流し込む。そして亜空間に引き込むと拠点へと引き返す。
その道中、水魔術について考えてみる。
基本的な戦い方は十分に出来ていたんじゃないだろうか。
一般的に、戦いでは攻撃、防御、回避・移動を補助するような形で魔術を使用していく。
身に纏っている水を自在に動かす。その際に弾力性、粘性、硬さを変化させて目的に合った性質へと練り上げていくものだ。
最初に爆発を防いだ時は表面に弾力性を持たせながら内部の粘性を変化させていき衝撃を分散させながら受け止めていった。
次にその受け止めた力を攻撃に転用するために、右腕にタイミング良く集まるように水が流れる経路を整えてやり、拳が当たる瞬間に衝撃力に変換させた。
空中で攻撃を躱したのは単に水を移動させただけだが単純であるが故に奥が深い。魔術の精度もそうだがいかに体の動きと連動させるかが重要となる。
魔術と言うより体術に近い部類に入るらしく水体術とも呼ばれる技術だそうだ。水使い達は日常のあらゆる動作に水の動きを組み合わせて生活する。そうやって技術の向上をはかっていると聞く。
俺には流石にそこまではできない。いろいろな属性を使えるからな。すべてを使いながら日常生活を送るなんて無理な話だ。雷魔術なんて使っていたら常にバチバチいって鬱陶しいだろう。物が壊れるのも日常茶飯事になってしまいそう。
……いや、制御方法にもよるか。検討の余地有り、だな…
ローテーションでいろいろな属性を生活に絡めてみるか…
なんとなく可能性が開けそうな予感がする。
だが、それでも最高位の水術師には勝てないだろう。二十四時間、三百六十五日、水を纏いながら生活するなんて俺には無理だ。
水糸、もしくは水紐を利用した移動は技術的には難しくないが戦闘ではあまり多用されることはないらしい。足が地面から離れるような動きは好ましくないのと多用すれば動きが単調になりがちだからだそうだ。
基本には含まれない小技ぐらいの位置づけのような扱い。確かに、使いどころを謝ると逆に隙を作りかねない。
それでも俺は面白いから使うけどな…
水を使った滑走は基本技には入るし日常には取り入れている人も多いらしい。理由はなんか面白いからだそうだ。思考が俺と似ているな…。人目が気になるから街中ではやらないそうだが家の中ではちょっとした移動に便利だという。
遊びの要素を交えて訓練するのがいいみたいだな。水糸と組み合わせた遊びが面白いという。糸を引っ張って壁に向かって移動したり滑っている途中で糸を張って止まったりするのがメジャーな遊び方だそうだ。
戦闘では俺がやったように姿勢を崩さない移動や攻撃を受け流すときに使用するのが定石のようだ。
留目に使った水刃だが、水で刃を作り出すことは通常しないそうだが今回は練習のためにやってみた。普通は武器を持ってそれに纏わせて攻撃するという。
うっすらと水を纏った剣を相手に刺してそこから内部に水を送り込み組織を破壊する。それと同時に水で剣を滑らせて水圧と共に引き抜き次の行動に繋げる。水剣と呼ばれる基礎的な魔術の一つだ。
基礎的な魔術を磨きながら自分独自の魔術を開発していくのがセオリーらしいが、そこまで到達している術者は多くはないと言う話。水糸に近い独自の小技をいくつか所持している位だそう。
水魔術を戦闘に使う際の基本はこんな所か…
空気魔術なんかも似たような感じらしい。流体を扱う魔術は細かな差異があるもののだいたいこのように使っていくようだ。
土魔術はまだ調べていないがどうなんだろうな?
体に土を纏うわけにもいかないしな。ユミリスはほとんど地形を変えるような使い方しかしていなかった。ギルゼルン相手に有効なのがそれ以外になかったからだろう。たしかに俺も相手の足場を崩す使い方はしている。格上相手でも有効な使い方だ。
他には土壁で進路を塞ぐとかだな。 俺が緑熊にやられたヤツだ。魔力格を上げられない以上通れなくさせるのは無理だ。力で崩されてしまう。だが突然、視界を塞がれると立ち止まりたくなるものだ。
俺には効かなかったが…
まあ、目隠しに使うのは有効だな。見えない先で何かをしているかもしれないと思うと警戒をしたくなる。
壁として使うのもそれなりに有効かな? ユミリスはおそらく最初のギルゼルンの炎をそうやって防いだんだろう。レグルスも協力していたはずだ。
地面を窪ませつつ手前に土壁を形成して固めて身を低くする。レグルスの空術で周りの空気の流れを操って炎と熱を受け流していった。そんなところかな。
ダメージを与える目的で土を攻撃に使うのはちょっと難しいかも知れない。魔力を集中して硬度や魔力密度を上げるのは難しい。初級までなら突き通せるが中級以上になると弾かれる。大規模術式で押し潰すぐらいしかないがそれが出来るなら殴った方が速い気がする。
魔力格を上げた土を持ち運ぶなら可能性が出てくるがどうなんだろう?
考えていると拠点に戻ってきた。
背負い袋を降ろしてジュジュを出してやると運動がしたかったのか家の周りを元気よく駆け出していく。
俺の戦闘を見て気が高ぶっていたのか、いつもより興奮気味だ。
周辺に人がいないか確認して仕留めた獲物を亜空間から取り出し地面に横たえる。
こうしてみるとやはりデカいな…
俺が付けた傷とか獲物の状態を直に確認してそろそろ梱包でもしようかと思ったらジュジュが飛びかかって物言わぬ獲物に噛みつく。本能のなせる技か最初は首元に噛みついていた。
もっとも子供の口では上手く噛みつけていない。
上手くいかないとみるや足とか噛みやすい場所に換えて続行していく。噛みつけても子供の歯では分厚い皮を貫くことは出来ない。ジュジュの気が済むまでやらせてあげる。
やがて気が済んだのか遺体の上に上がってお尻を付けてキリッと背筋を伸ばして座る。
自分で仕留めた気になっているのだろう。ふんすっと言った誇らしげな表情をしている。
その様子を見ながらふと思った。
母猫が弱らせた獲物を子供に与えて狩りの練習をさせることがあるという。俺もジュジュにそう言ったことをさせる必要があるんじゃないだろうか?
魔境で俺と一緒に狩りをするならそこも考えておいたほうがいい。
まだ幼いからそこまでする必要はないと思うけど、あっという間に大きくなりそうだから早めに手を考えて置かなければならないだろう。
表層にいるウサギとかネズミが一番いいと思うのだが俺の狩り場ではないから勝手に狩りを行うわけにはいかない。
依頼して生きたまま捕獲してもらうか?
しかし、他人が捕獲したものを生きたまま与えて、もう一度狩らせるのはなんとなく趣味が悪い気がするな。一度決着が付いたものを更にもう一度勝てないことを前提にして無理に戦わせる…狩人らしくないな。
生き残る可能性が平等に存在するから真剣に狩りが出来るのだ。狩りの練習とは言え茶番では学べる物は少ない。
別の方法を考えるか…その時までには何か思いつくだろう
イノシシの上のジュジュをわしわしと撫でたり掻いたりしてやる。喉を鳴らして喜ぶ姿にほっこりしながらしばらく楽しんだ後、ジュジュを降ろして遺体を梱包する。
次の日は午前中をジュジュと一緒に遊ぶことに費やして午後からイノシシを解体所に持っていった。