機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第172話 赤き戦士 X 決着

俺も相手に合わせて魔力を高めていく。一定の距離を保ってにらみ合いが始まった。

 

すると熊の輪郭が少しぼやけたように見えてくる。周囲の空気が揺らめいている。闘気が空気を歪めているのか? 一瞬そう思ったがそんなことはない。体から立ち上る水蒸気か?

 

まさか…

 

魔力視の波長を換えると空術であることがわかる。その瞬間、熊からノーモーションで大量の空気が押し寄せてきた。どことなく普通ではない。

 

空気砲!? いや…

 

急いで全身を、ジュジュの居る背負い袋を含めて水で覆い尽くし込める魔力を上げて防ぐ。

 

風で吹き飛ばされないように硬度を上げた水で防御層を維持して耐える。すると外側から熱が伝わってきた。

 

熱変換か…

 

内側の魔水を循環させて熱を分散させつつ表面が蒸発しないように固める。

 

そうやって凌いでいると数秒で熱風はおさまるが、その瞬間、目の前には巨体が迫っていた。

 

振り下ろされた爪を左腕に厚めに水を纏わせて受け止める。ズシッとした重い衝撃を力技で受け止めるが手応えに違和感があった。触れている部分から水が徐々に蒸発させられていく。

 

熱風を纏った近接攻撃だ。

 

この至近距離でさらに熱風を放とうとしてくる。その前に右手から水鞭打を顔面に向かって打ち放った。

 

先に喰らった攻撃が相当嫌だったのか、熊は攻撃を中断し後ろに飛び退いて避ける。着地と同時に一呼吸遅れて熱風を放った。

 

―滑水走

 

迫り来る高温の風を水平移動で避ける。だが、熊は俺を追いかけて熱閃を横に薙ぐ。

 

チッ…

 

ジュジュが背中にいる以上、しっかりと正面から受けるか完全に躱す以外にはない。中途半端では防げなかった。

 

躱し切ると決断し地面を蹴って跳ぶ。下をくぐらせるように避けるが、今度は九十度方向を変えて上に伸ばしてきた。

 

このまま何もしなければ喰らう。熱を持つだけに上に伸ばす方が速かった。

 

急遽水糸を伸ばし後ろに体を引いて距離を取るように躱す。それでも避けきれなかったので水を盾にして防ぐ。

 

熱風が体の正面を舐めるように通り過ぎる。多少は水を散らされたがジュジュは守り切った。

 

魔水は戦闘に支障がないくらいには残っている。だが、大技を打たれると防ぎきれないかも知れないな。使われる前に早めに倒してしまいたい。

 

仕掛けるか…むっ…

 

そんな俺の考えを見透かすようにヤツは極限まで魔力を高め出す。これで決める気なのか最後の大技を放つつもりらしい。

 

俺を倒せても倒せなくても術を放ってから身を引く決意をしたのかもしれない。なんとなくだが次に繋げるための潔さを魔力から感じる。

 

勝てないと悟ったがただで逃げるわけにもいかない、そんな感じか?

 

ジュジュをかばいながら戦っているのは見破られているだろうな。確実にそこを狙ってくる。ジュジュが傷ついたら俺の負けだ。

 

イノシシの時といい、痛いところを確実に突いてくる。生き延びること、勝つことに躊躇が無いな。魔境とはそう言うものだ。

 

互いに生きてこの森にいる限りこいつと戦い続けることになるのは明白…この場で決着は付けておきたい。

 

奥の手を出すとしよう…

―コアブースト

 

全体的に魔力を底上げしていく。コアの演算能力も使い、より精密な制御を行って体への負担を軽減させつつ魔術の性能も上昇させる。

 

弾水跳躍(だんすいちょうやく)

 

足の裏に魔水を溜めて弾力性を付けると上空にぽんっと跳ねていく。放物線を描くと熊に向かってほぼ垂直に落下を始める。

 

空中で隙をさらしている俺を熊は冷静に見つめていた。安易に熱閃を放ってくることはしない。先ほど空中で軌道を変えて見せたことをしっかりと覚えているようだ。

 

ヤツは攻撃のタイミングを見計らって俺を見つめながら全身を弓なりに引き絞り力を溜める。

 

右腕には熱せられた膨大な空気が圧縮されて集積されている。触れただけで大抵の物は燃やされるか蒸発させられる。それだけの魔力と熱量をはらんでいた。

 

距離が縮まるにつれ緊張は高まる。俺の挙動を注視しながら最高の一撃を当てようと狙いを定めるその目は駆け引きを楽しむ勝負師のものだ。

 

俺の方はまだ勝負に出るつもりはない。攻撃を受ける気分で自由落下に任せる。

 

やがて熊の間合いに入った。

 

この段階で何をしようと自分の方が速い。攻撃は当たる。そう確信したんだろう。全力で腕を振り抜く。だが…

 

―シュッ…

 

振り抜かれた腕が空を切る。全力を乗せた攻撃は自身を硬直させた。俺は落下するままヤツの目の前に降り立ち、両手の平に魔力を乗せ掌打を放つ。

 

完全に無防備になった心臓へ、必殺の一撃が撃ち込まれる。

 

―水撃・双掌覇(そうしょうは)

―ミシィッ!

―ベゴッ!!

 

衝撃を受けて胸板が深く沈む。骨が軋み折れる。口から血を吐きながら後ろに吹き飛ぶとそのまま背中から地面に倒れ込んだ。

 

完全に意識が途切れたのだろう。次の瞬間、制御を失った高温高圧の空気が暴発して周囲に破壊をもたらしていった。

 

水を全身に纏い熱風を防ぐ。凌ぎ切ると魔水を元に戻しながら熊へと近づいていく。遺体は最後の爆発により何度か地面を転がり、木の幹に打ち付けられて止まっていた。

 

決着は付いたものと確信している。今回は攻撃を決めた瞬間に確信を得ていた。コアブーストの効果で感覚が鋭敏になっていたこともありそうだ。

 

遺体のそばまで来るとうつ伏せになっていたのを仰向けに戻す。見開かれていたうつろな瞳の目蓋を閉じさせる。はみ出していた舌を戻して口を閉じさせる。

 

そうして状態を確認すると爆発の起点になった右腕の損傷が気に掛かる。

 

吹き飛ぶことはなかったがだいぶ傷んでいる。中華料理では熊の手は高級食材だと聞く。右手の方が左手より高いと聞くがこちらではどうなんだろうな?

 

食べるとは聞かないしまあ、どうでもいいか…

 

目立った傷はそれだけだから査定にはそこまで影響ないだろう。

 

高値が付きそうな右腕の甲殻自体は形を保っている。このぐらいの傷みだったら腕のいい職人なら直せるか。

 

状態を確かめていると騎士達がこちらに近づいてくる。応援の騎士達も戦いの終盤辺りで合流していたみたいだ。全部で九人の騎士が並ぶとなかなかに壮観だ。

 

その内の一人、土術を使っていた大盾持ちが代表して俺に声を掛けてくる。

 

「助かりました。上級狩人のレイン殿ですね? 」

 

俺を知っているのか? と一瞬思ったが考えてみれば当然か。

 

俺だけじゃなくてこの魔境の狩人についてある程度情報を持っているに違いない。上級ともなれば()もありなん。

 

「そうだ。そちらの所属は? 」

「我々は第四騎士団です。私は部隊長のラウルと申します。改めてお礼を… 」

 

それを手で制するとこちらがもらう。

 

「いや、礼には及ばない。こちらも助かっているからな。お互い様だ 」

「そうですか…わかりました 」

 

そう言うと屈託無い笑顔で応えてくる。武人って感じの人だ。好感が持てる。

 

それはそうと熊の遺体をどうしようかな?

 

亜空間を使うわけにはいかないし、今は梱包布もロープも持っていない。そこを突っ込まれたらどうしようか? まあ、言い訳の効くところではある。

 

「ところでこの熊なんだが、解体場まで運んでくれないか? そちらの取り分は好きに決めてくれてかまわない。なんならすべてそちらのものにしてしまっても文句はない 」

「い、いえ、そう言うわけには… 搬送だけこちらでさせていただきます。こちらは何も要りませんのでご安心を 」

「そうか? 」

 

こちらとしてはこの場をやり過ごせればいいだけだが律儀なことだ。そういう決まりでもあるのかな? 国庫に入るなら万々歳とも思えるが。騎士のプライドというものなのか…?

 

「それは助かる。後はよろしく頼んだ。俺は戻るとする 」

「はい。お任せください 」

 

気持ちよく答える騎士たちに背を向けて拠点に引き返していく。

 

騎士達が熊の巨体をえっほえっほと運んでいく姿を観察するのもなんか悪い気がしたので見ないことにする。

 

若干いいようにタダで使っている感じがしたからなのかもしれない。

 

報酬を取ってくれれば良かったんだけどな…

 

拠点に戻りながら俺は今の戦いについて反芻(はんすう)を行っていく。

 

戦いの最終局面、俺は落下しながら水蒸気を操って熊に虚像を見せていた。水蒸気まで魔術で操作するのはなかなかに技術が要るがコアに拠る制御まで加えれば何とかなる。

 

落下の途中で水移動を行い軌道を変えていたのだがそれに気付かれなくて良かった。意識して見ていたら挙動が不自然な部分があったかも知れないがあの状況では難しかったんだろう。ヤツにはまだ見せていなかったしな。

 

コアブーストの使い方も今回は工夫をしてみた。体内の経路から外部の魔水に繋げて、そこから更に空気中に放出されるようにした。兎に角、溜め込まないようにして体への負担を軽減させて扱うことを主眼としている。

 

放出しっぱなしになるから魔力消費は相当なものになってしまうが、それが水蒸気を操るのに一役買っている。そう考えれば効率が悪いとも一概には言えないだろう。実際に、体への負担はほとんど無い。

 

水術の技術も向上したし成果は上々といっていいだろう。

 

どんな状況であれ勝ち残ることが出来ないのであればこの先さらに奥に進むことは出来ない。実戦訓練は必要だ。

 

だが、訓練相手になる魔物にとっては制限を設けて戦われることを侮辱と捉えるのかも知れない。

 

しかし、魔物側もジュジュを狙ってきたりするしな。勝つためには何でもありだ。相手が手を抜いているならそれを好機とみて勝たなければ駄目だ。それで負けるならそれまでのこと。

 

こちらも別に手を抜いているわけでもないしな。やれる範囲、やりたい範囲では全力を尽くしている。侮っているとは違うな。

 

拠点にたどり着いたので考えを中断する。背負い袋を降ろしてジュジュを外に出した。

 

早めに帰ってきたので時間が余ってしまったな。ジュジュと遊ぶことにしようか…

 

おや?

 

どうにもジュジュがションボリしているようだ。何かあったんだろうか?

 

………

 

考えていると思い当たる。

 

ひょっとして獲物に噛みつきたかったんだろうか? イノシシの時はそうしていたな…

 

あの時はずいぶんと得意気だった。頭の中で狩りをシミュレーションして勝利のイメージを掴んでいたと言うことか。本能が刺激される楽しいイベントだったんだろう。

 

期待していたらそれが無かったと…

 

俺が生き餌を用意しないせいでもあるのかな?

 

とりあえずいっぱい遊んでやることにしよう。

 

「《ごめんね 》」

 

ワシャワシャなで回してご機嫌を取ると空術風船を作って遊びを開始する。いつもより激しめに遊んでその日はとりあえず満足してくれたようだ。

 

次の日も朝からジュジュと遊ぶ。遊んでいる間にジュジュが狩りの練習をする方法を考えていく。

 

実戦に近いやり方でなにかないか…

…ああ、あの方法があった

 

追いかけっこをしていると、あるアイデアを思いついた。

 

憑依を使うか…

 

ネズミかウサギに憑依して本気で近い追いかけっこを行えばジュジュも満足出来るのではないだろうか?

 

問題があるとすれば、途中でヒートアップしすぎて俺を本気で狩りにかからないかだな。ムギもスイッチが入ると理性を失っていた。

 

従魔だから絡帯を通してこちらでコントロールが利くと思うのだが、果たして頼りにしていいものか…?

 

ふむ…まあ、とりあえずやってみよう

 

わからないなら試してみる。やる気と覚悟の問題だろう。死なないだけの実力はあると思う。まだジュジュは幼いからな。

 

換装は何度か見せているので憑依を見せても俺であると理解出来るはず。コアで絡帯を再現することは可能だ。人間の姿じゃなくても何とかなる。

 

周囲に人が居ないことを確認してジュジュに話しかけた。

 

《姿を変えるから見ていてね 》

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