「確かにそうですね。いきなり先生のようにはいかないでしょうし簡単なところから始めていこうかと思います 」
俺の提案に不満がなくもないだろう。しかし、言わんとしたことは通じた様だ。
早速、空術を使ってそよ風を生み出していった。それで膝の上で寝ているジュジュを包み込む。
さらに撫でたり掻いたりを追加していくと、ジュジュは気持ちよさそうに喉を鳴らして伸びをしたりする。
昼時までそうやって過ごし、昼ご飯には亜空間から出来合のサンドイッチを取り出して振る舞う。
リスティにはこうやって亜空間を使ってみせるのは初めてだったかな? 結構驚いた顔してる。
「そんなことも出来るんですね…驚きました 」
驚きついでに少し説明をしておこうか。
「俺は亜空間って言っているんだが、こことは異なる世界と通じることが出来る。そこに物体を保管することが出来るんだ。この間見せたのは亜空間で体の交換を行った結果だ 」
「そうだったのですか…私にはあまり理解の及ばないことなのかも知れません。ただ、物凄く便利そうだなと思います。まるで魔法みたいです 」
シアみたいなことを言うなぁ…
しかし、リスティの理解力と見識を思えば言葉通り捉えるのは早計だろう。そこには必要以上踏み込みませんよって言う意思表示かも知れない。それはそれで助かる。
「まあ、とにかく食べることにしよう 」
ジュジュにも専用の椅子を出してあげてテーブルにミルクと魔物の生肉を並べる。肉はラプトルのやつだ。バルテス・ウゼラムを持っていったときに受け取っていた。
専用の椅子はレザニュームの素材を使った良いものだ。素材の良さで言ったら世界でも指折りだろう。これを超えるものは発見されていないかも知れない。
リスティは驚愕と羨望の目で椅子を見ている。王女の目を持ってしても良いものに映るか…。この良さが分かるのは流石は王族と言ったところだ。
そんなに気に入ったのならリスティにも椅子を作ってやってお土産に持たせてやろうかな…試験終了の記念品として
でも魔境に入って戻ってきたら椅子を持って帰って来ただなんて家の人は何を思うだろうか?
考えすぎかな…?
でもまあ、リスティに聞いてからにするか…
食べ始めるとリスティの口から素直な感想が漏れる。
「お野菜が瑞々しいですね。まるで取れたてのようです。鮮度を維持したまま保管出来ると言うことですか… 」
いいところに気がついたな。流石に分かってしまうか。なんとなく説明したくなったので俺は自身の見解を自然と口から漏らしてしまった。
「保管したときと同じ状態を保ったままになるようだ。これは時間が止まっていると言うより物体が動かない状態で固定されると言った方がいいのかもしれない。亜空間内で物体を加工したりすることが可能だからな。ジュジュの椅子もそうやって作ったんだ 」
話しているうちに気付く。少し得意気に話しすぎたかも知れない。秘密を明かしたことでリスティに対して気安くなっているようだ。
あまり良くないな…
俺が話せば話すほど相手にも秘密を押しつけることになる。
距離を詰めすぎたか? 切っ掛けはリスティの方から踏み込んできたことだがそこに甘えていたのかもな…
離れすぎるのも駄目だが近づきすぎるのも駄目だ。距離の取り方が分からんな。ちょうど良い距離感が分からない。
「そうなんですね…ジュジュちゃん、良かったね。優しいご主人様で 」
リスティは突っ込んだことは聞かずにジュジュに話しかけてやり過ごす。ジュジュの方は一心不乱に食事を楽しんでいる感じ。
俺が懸念したことに気付いてしまったかな?
話題を逸らしたようにも感じる。俺の気のせいかも知れないが
「ジュジュ、もう飲みきったのか。おかわりをやろう 」
ジュジュがミルクを飲みきったのを確認するとこれ幸いとばかりにおかわりを注ぐ。
キラキラした目で俺を見てくる嬉しそうな様子になんだかほっこりする。こういうとき動物が居ると場が和むものだ。
ありがとな…
その後はちょっとした雑談をしながら食事を最後まで楽しむことが出来た。
◇
食事が終わるとリスティを連れて中層の探索を開始する。もっとも先頭をゆくのはリスティだ。俺はそれについていく。
彼女に最初から最後まで任せてみようと思う。後ろから見て良いところ悪いところを確認して助言しつつ獲物を探す。
間が開いたせいか最初は戸惑っていたがすぐに勘を取り戻して前と同じ水準で探索出来るようになる。
リスティが特別と言うより魔石を持っている影響が大きいような気がする。魔力の関係することはなかなか忘れないようだ。
まあ、それでも、そう簡単に魔物と遭遇出来るわけじゃない…
案の定、初日から上手くいくなんて事はなくその日は空振りに終わる。
拠点に戻って夕食の準備をするのだが突然やってきたリスティのために持ってきている食材なんて無い。やはり、亜空間の中の在庫を使うことになる。急な来客にも対応出来る亜空間は便利だ。
有ってて良かった亜空間…
しかし、何人かはリスティがここに来ていることを知っている。食材を持参して来ていないことも。
あまり長々と魔境に居てはそこら辺を不審がられるのか?
魔境から食材を得る魔境料理なんてものが有るからそこまで不審に思われることはないだろうが気に留めて置いたほうが良さそうだな。
いつも保存食を大量に備蓄してあるという言い訳も出来るな…
いろいろ条件を加味して最大十日間を目安にしておこう。
そう決めて夕食を取り、眠りに就く。
俺は外で寝るからジュジュはリスティと一緒に寝るようにさせた。リスティにとっては今後そういった機会はあまりないだろうし、この機会に堪能していって欲しい。
ジュジュにとっても人慣れするに良い経験になるだろう。
◇
次の日も午前中はジュジュと遊ぶことにする。
リスティの訓練も大事ではあるがこちらも大事だ。疎かには出来ない。リスティも交えて遊んでいくが、途中でジュジュの動きが止まる。
疲れたのか飽きてしまったのか?
最初はそう思ったがどうやらそうではないようだ。
期待を込めた目で俺を見ている。思念でも何かを訴えかけてきている。
《・・・・・ 》
……ああ、ウサギになって欲しいのか
最近はずっとあれだしな、お気に入りの遊び方なんだろう。しかし…
リスティの前でかぁ~
ちょっと気が引けるな。俺ももう立派な大人と言って差し支えないだろう。世間的には一流の狩人だ。
あんまり見られたくはないな…
ウサギの真似をして子猫と追いかけっこ。他人の視点だと本物のウサギにしか見えないが俺の視点だとどこか人間の感覚が残る。
他人から見られることに抵抗がある。
しかし、ジュジュはもうそういう気分になっていて動きようがないみたいだ。強い意思を感じる。
はぁ~…しょうがない
「リスティ、今から姿を変えるんだが驚かないでくれ 」
「姿を…どんな姿なのでしょうか?」
「ウサギだ 」
「ウサギ…? ですか… 」
良くわからないみたいだな。まあ、無理もない。そう言われても想像はつかないよな。やって見せた方が早い。
「生き物のウサギだ。やるぞ…
俺の姿が消えるとウサギが現れリスティの足元に降り立つ。
最初は目をまん丸くして驚いていたが事情が飲み込めるとにこりと笑みを浮かべる。
理解出来たようだな、飲み込みは早いか…
そんなこことを思っていると後ろに回られる。
ん? おおっ!?
突然、脇下から手を差し込まれると胸の辺りを
むぅっ…なかなかの威力
混乱していると反対側の手に同じようにジュジュが抱きかかえられる。
リスティは俺とジュジュを合わせるようにむぎゅっと抱き寄せた。くんかくんかとにおいを嗅がれてしまう。
気持ちは痛いほどわかるが俺の方はにおいが気になってしょうがない。
そんなに獣臭くはないはずなんだが、清発をもっとしっかりやっておけば良かった。
しばらくされるがままにされる。俺の表情は死んでいたことだろう。ウサギの表情を読める人間はいないだろうけど…
状況が動いたのはジュジュが暴れ出したからだ。しばらくは大人しくしていたが遊びたい欲求に駆られたらしい。
リスティは名残惜しそうに俺達を地面に降ろす。俺も
さて、若干の羞恥プレイを始めなきゃな…
ジュジュが待っているので始めなければならない。開始直前は慣れるまでキツいか…とか思っていたが、いざ始めてみるとそんな余裕はなかった。
ジュジュの動きがだいぶ良くなっている。こちらが気を抜くとすぐにやられそうになった。リスティに触発されたんだろうか?
そう簡単にやられては遊びにならない。こちらもギアを一段上げていこう。
コアブーストのレベルを微調整しながら全能力を底上げして対応していく。より精度を上げた魔術を多用してトリッキーな動きを仕掛けて翻弄しようと試みる。
ジュジュの方も体術と魔術を組み合わせてなんとかついていこうとする。もともとの身体能力や魔力量はジュジュの方が上だ。種族的な性能差があるんだろう。こちらが上げてもしばらくすると追いついてきてしまう。
結局、今日のところはお仕舞いまでなんとか体力を維持することは出来たが苦しくなってきているのは間違いない。
喜ばしいことではあるんだけどな…
ジュジュにはもっと強くなってもらわねばならない。
このままではちょうど良い遊び相手を用意出来なくなることが問題になりそうだ。
このウサギの体をもっと強化していこうか…
今はコアブーストの反動でとてもだるい状態になっている。とりあえず回復しよう。
木陰に移動して休憩を取る。
ジュジュにはミルクを出してやり俺はにんじんを取り出して齧り付く。
ボリボリ…
ああ、うまいな…
久しぶりにウサギの体でものを食べたが、味覚は人間よりも鋭敏だ。いろんな旨味を感じる。味覚に集中していると不意に後ろから抱きかかえられた。
リスティだな…
俺を抱えたまま木の根元に腰掛けると膝の上に降ろして全身をもみほぐしてくる。
ああ~、そこそこ…
リスティは俺が消耗していることに気付いているみたいだな。丹念にいたわってくれている。
恥ずかしいからやめて…と思わなくもないが心地よさに抗えない。
まあ、いいか。ウサギだし…
そんな俺の変節を見透かしたかのようにリスティの手から温かい魔力が流れてくる。治癒術だ。使えたんだな。
結構得意なようで自然な感じで体の芯まで流れ込んできた。
お”お”~、あ”~、これはっ、なかなかっ
回復術をやめてリスティの治癒術に任せると俺はにんじんを食べることに集中することにした。
快適だな。ハマらないように気をつけないと…
ジュジュはミルクを平らげると俺のそばに寄ってきてリスティの太ももを枕代わりに顎を乗せて寝始める。
俺も食事を終えるとリスティの膝の上で睡眠を取る。両手で左右からがっちりとホールドされていて降りることが出来なかった。今日はもう諦めよう。
体を休めながらもウサギを強化する方法を考える。
前にやったように肉体の魔力格を上げることが近道だがその魔力源たる魔石が弱いのでは話にならない。先ずは魔石の容量を増やしていくことがオーソドックスな道だ。
実戦を経験して魔石に刺激を与えるのが通常ではあるが、それでは時間がかかりすぎるので別の方法をとることにする。
コアから魔石に魔力を流して圧をかけていく。やり過ぎると苦しさを感じるので圧を調整したり肉体から外に排出したりして調整する。
この方法は魔力暴走を彷彿とさせるので妙な胸騒ぎがあったがやってみて解析すると同じようなことは起こりようがないとわかった。安心してやっていい。
亜空間の中とはまったく条件が異なる。それもそうか…納得だ。
昼食前まで休憩を取るとリスティの手の中から抜け出して人間に戻る。なんとなくほっとした感情があった。尊厳が守られたような感じがする。
昼食後はまた同じように中層の探索にかかっていった。
そういう感じで四日ほどが経過したとき、終にリスティが魔物を視界に捉えることに成功する。
いよいよ最終試験が始まる。