夕食はカレーを作ることにした。これでリスティと魔境で夕食を取るのは最後になるって考えると少し気の利いたものにしたくなったからだ。
一番最初に食べたものに戻ってみよう。今回はナンも焼く。ラプトルの肉も取っておいたので塩と胡椒を振って小麦粉をまぶして揚げ焼きにするとカレーに添えて出した。
ラプトルの肉は噛むと繊維がほぐれる感じの歯ごたえがする。サッパリとした味わいながら油の旨味がある。鶏肉に似た味だ。噛みしめると味の濃さを感じ、地鶏と言った趣だ。カレーに合わないはずがない。
リスティも満足してくれているようだ。スプーンは止まらない。ナンも気に入ってくれたようで三枚目までいった。
食後のデザートに桃の缶詰を開けるが今回は亜空間に保管していたヨーグルトを取りだして桃と一緒に食べる。
食べ終わるとリスティは睡魔が襲って来たようでうとうととし始める。
無理もないか…
無事に教練が終わったので気が抜けている部分もあるだろう。戦闘の気疲れもあるのかも知れない。そこでお腹が一杯になったら眠くなるのも無理はなかった。
ジュジュとリスティを先に寝かせて、後片付けを行うと俺も眠りに就いた。
◇
朝食を取ってからすぐに王都に帰還する準備を整えた。だが、拠点を離れる前にやっておくことがある。
オオトカゲを担ぐ前にリスティにプレゼントを渡しておくことにした。レザニュームの素材を使った椅子だ。
リスティの体格に合わせて製作してある。座面の高さや背もたれの高さ、奥行き、肘掛けの高さなんかは、目測ではあるがほどよく出来ていると思う。
座面は滑らかな曲線を描いて腰から足にかけてのラインを緩やかに受け止めてくれることだろう。背もたれも背中に合わせて曲線を作り、それを支える支柱は細めの円柱を曲線に合わせて何本も配置し、支持性と通気性を確保している。肘掛けはやや直線的だが人体に合わせて緩くカーブを描かせて腕を置きやすくしてある。
これと言った装飾のないデザインだがシンプルなようでいて複雑な曲線で形作られた、どこか色気を感じるような
レザニュームの魔力や特徴的な木目と相まって不思議と引きつけられるようなオーラを纏っているように感じられる。作った俺ですらそう感じられるぐらいだからリスティも感じてくれるだろう。
実際、リスティは椅子を見て惚けたような顔を浮かべていた。
「これをリスティにやろう。少し気が早いかも知れないが騎士になったお祝いだ 」
俺から声をかけられてハッとなり、数瞬の間があってから事態が飲み込めたのか驚愕しつつ、それが信じられなかったのか確認してくる。
「………こっ、これを! よろしいのですか!? 」
その様子から王族の目から見ても並々ならぬものに映っていると分かる。
これは良いものだ…
リスティの反応からそう確信する。
良かった、ほっとした… 自信はあったがデザイン受けとか未知数の部分があるからな…気に入ってくれて何より。
「ああ、よろしいも何もリスティに合わせて作っているからな。遠慮無く受け取ってくれ、というか受け取ってくれなければ無駄になってしまう 」
「頂きますっ! 」
即答して椅子の元までシュバッと飛びかかるように接近すると撫でたり擦ったりして手触りを確認している。
その表情は無邪気な子供のようでエヘヘって感じに笑顔がこぼれている。
王女としての風格は完全に剥がれ落ちてしまっている。それが良くないかと問われれば俺は良いと答える。王女然としているリスティも好きではあるが飾らない彼女も好ましく思う。
どちらが良いとかではなくいろいろひっくるめた人間性と言う観点の中での話なんだろう。
「……リスティ。夢中になっているところで悪いんだがそろそろ出発するとしよう 」
「…はっ! 」
俺から声をかけられて正気に戻ると恥ずかしそうな顔になりコホンと軽く咳払いをすると立ち上がって姿勢を正す。
「申し訳ございません。お見苦しいところを見せてしまいました。それでは参りましょうか 」
キリッとした王女の顔に戻るともう大丈夫と言わんばかりに話を進めてくる。切り替えの速さにさすがと思う反面、おかしみも感じて一瞬吹き出しかけたが制御して
笑ってはいけない…
王女としてのプライドを傷つけるかも知れないと思い平静を装う。
「はい、仰せのままに 」
紳士然として答える。芝居を入れてみた。
格好付けすぎな気もするが他に誰もいないからいいだろう。所詮、この場限りのこと…二人が良ければそれでいい。
解体所まで戻ってくると魔石無しのオオトカゲを引き渡して、代わりにイノシシの肉を受け取る。
そうして車に荷物を積み込んで王都に向けて出発した。
◇
前回と同じく王城の表門の近くに車を停める。忘れないように椅子を手渡してそこでお別れとなった。
「それでは先生、名残惜しいですがここでお別れですね。最後まで私を指導してくださりありがとうございました 」
「ああ、優秀な生徒でとても教え甲斐があった。騎士団でもこの経験を活かして成長していくことが出来るだろう。俺の方も学ぶことは多かったな…ありがとう 」
「はい。今後は簡単に会うことはできないでしょうが手紙を書かせて頂きますね 」
「なるべく早めに返事を出すようにしよう。こちらからも出すようにする。ジュジュの成長具合も知りたいだろうし 」
「それは素敵ですね。是非お願いします 」
「ああ、それじゃあ、また 」
「はい、またお会いいたしましょう 」
別れを惜しむ気持ちを振り切るかのようにスッときびすを返すと振り返らずに門に向かって歩いて行く。
その両腕には椅子が抱えられている。その光景にはなんとなくシュールさを感じた。門番も戸惑っているようだ。
椅子を預かろうかと声をかけられたようだがリスティはやんわりとそれを断る。他人に触られたくないのかも知れない。
その姿は塀の影に隠れてすぐに見えなくなった。
あの様子だと一生大切にしてくれるだろうな。まあ、大切に扱わなくても今後数百年は使える状態を保ち続けるだろうけど…
あの椅子は素材が素材だけにおそろしく丈夫だ。俺が全力で壊そうとしても骨が折れるぐらい頑強なものになっている。
家宝にしてくれていいと思う…
……そう考えると不安だな。出所は何処なんだろうって疑問に思う人間が出てくるかも知れない。
リスティがそう簡単に口を割るとは思えないし誰にも言わないだろうけど調べれば俺にたどり着くことは出来そうだな。
たかが椅子と雑に考えすぎたか? 売らなければ大丈夫かと思っていたがモノが良すぎて自然と注目を集めてしまうことになるかも…
まあ、いいか…
そこまで考えるのは自画自賛が過ぎるような気もする。素人工作ではあるしな。リスティの自室に置かれているだけなら話が広がることもないか。
俺の所に来たとしても知らぬ存ぜぬで門前払いにすればいい。考えるのはやめだ。
車に乗り込むと自宅に向かって発進させる。
家に帰ると昼食を食べてから食休みを挟んでジュジュと遊ぶ。魔境での遊びを知ってしまった今では部屋の中での遊びだと少し物足りなくなってしまったようだ。
体も大きくなってきて体力も上がってきた。
ちょっと工夫をしていかないと満足させるのは難しい。
どうするか?
魔術を組み合わせて行くしかないだろう。 とりあえずは空術の使用を強化して負荷を上げていくとしよう。
動きを阻害するように空気の粘性を上げて部屋全体を満たしてやる。常に空術で自分の体の周りに普通の空気を纏えば通常通りに動けるようになる仕組みだ。
体力と魔力の両方を消費させ魔術を上達させる意図がある。様子を見ながら粘性を強化したり弱めたりして消耗を促していった。
そして、俺のトレーニングにも付き合わせてみる。両足でジュジュをまたの間に挟み込んで懸垂を行う。ベンチプレスの時に軸にお手々を乗せて押さえつけさせることもやってみた。
さらには魔術を使うトレーナーとしての役割を与えた。布団の上に仰向けに寝て両手足を天井に向けて挙げるとジュジュをその上に乗せる。そして、空術を使わせて上から負荷をかけてもらいそれに筋力で抗う。
試行錯誤しながらジュジュも楽しめるようにメニューを組み立てていった。
初日は納得のいくものではなかったがそれでもジュジュには新鮮だったようで楽しんでくれたようだ。
疲れるまでやって、おやつのミルクを与えて寝かしつける。
俺の方はジュジュが寝ている間、何かやることはなかったかなと考えを巡らせていく。すると、頭に浮かぶものが有った。
そう言えばポストを確認していなかったな…
家の郵便受けを確認すると何通か入っている。その内の一通はセリアからだった。
開封して中を確認すると第七騎士団の拠点に来て欲しいということが記載されていた。遺跡からは帰ってきているようだ。
だいぶ落ち着いてきたのかも知れないな…
いつ頃訪ねるかを返信の手紙に書いて投函する。相手が返信を確認する猶予を含めて三日後に訪ねる事とした。
手紙の遣り取りはもう慣れたし嫌いではない。むしろ趣があって良いとすら思っているが間が開いてしまうのがこういうときに煩わしいと感じてしまうな。