セリアとの約束の日になり第七騎士団の拠点を訪れる。
居室に案内されて入るとセリアは談話スペースのソファに既に座っていた。こちらを出迎える準備をしてくれていたらしい。
俺の姿を見るなりにこりと笑いかけてきた。俺の方も笑顔でそれに応える。
ちょっと余裕が出来たと言うことなんだろうか?
対面に座るちょっとした挨拶から始まった。
「呼び出してすまない。良く来てくれたな 」
「いや、ちょうど狩りも一区切りついたところだったからな。ジュジュのことも紹介したかった。いい機会だ 」
そう言いながら床に置いた背負い袋からジュジュを取り出す。そして、膝に抱えるようにしてお披露目してやる。
セリアは少し目を見開いた。驚きと喜びが入り混じったものだろう。テンションが上がったように身を乗り出して来る。
「それが手紙にあったお前の従魔か…随分と珍しい魔物と繋がりを持ったな。レインなら不思議じゃないと納得してしまうのが、我ながらなんとも
それは俺が変って事だよな? まあ、そう思われても仕方がないとは思っている。
「抱いてみるか? 」
触りたくてうずうずしてそうなのでこちらから提案する。向こうから催促をさせると不機嫌になりそうだからな。
「いいのか? それなら遠慮無く… 」
手を伸ばしてくるセリアにジュジュを渡すと胸に抱き寄せて赤ん坊のようにあやしていく。
頭を撫でたり顎下や首回り、耳の付け根をつま先で掻いていくとジュジュは気持ちよさそうに目を細め喉を鳴らす。
しばらく毛皮の感触や肉球を楽しんだ後、膝の上で寝かしつける。
「レインもウサギになってみてくれ。一緒に楽しみたい 」
真顔でそんなことを言われたらどうしていいか分からないよ…
「……やめてくれ。そういった趣味はないんだ 」
ちょっと言葉に詰まったがなんとかお断りを入れられた。
よく頑張ったな、俺…
「そうか…それは残念だな 」
俺の反応をどう受け取ったのだろう?
変態だとは思われたくない。変なことは認めるとしても…
まあ、変態に当たる言葉はこちらにはないんだが
この後は、リスティリス王女の教練について話題が及ぶ。一緒に魔境に入り、俺がどんなことを教えたのかとか、リスティはどんな様子だったとかを聞かれることになった。
セリアにとって俺もリスティも教え子のような感じなんだろう。師匠としてのけじめのつもりなのか、かなり細かいところまで聞いてくるのでかなり詳細に話をしていく。
別に言わなくてもいいかなと思えるようなところまで嘘偽り無く白状していく。
何かを隠していると思われたら後が怖いような気がする。俺の分析ではそう答えが出ている。直感でも同じだ。
まあ、別にやましいところは無いんだ。質問に対して淡々と答えていく。
セリアに変化があったのはリスティと俺がラプトルを倒した後のことを伝えた時だった。
「報酬の代わりに一番立派だった親指の爪を引き抜いてな。光沢が出るように磨いて穴を開けそこに紐を通して首飾りにした。それをリスティにあげたんだ。報酬としては… 」
「ちょっと待て… 」
「んっ? 」
なにやら真剣な顔で止めてくる。不機嫌と言うほどではないけど温度が一段下がった感じ。
何かしてしまったか?
「今、首飾りを作ってリスティに与えたと言ったな? 」
「そうだが… 」
「お前はそれがどういう意味だか分かっているのか? 」
「意味? 意味とは何だろうか? 」
「……知らないようだな。まあ、無理もないか。教えてやろう 」
セリアは軽く嘆息すると少し溜めを作った後、死刑宣告のように言い放つ。
「それは結婚してくださいという意味だ 」
「……えっ 」
……えっ
………そうなの?
それはマズいなんてもんじゃないのではないだろうか?
リスティはそのつもりなんだろうか?
王族に対してそんなことをしてしまっては冗談や間違いでは済まされないような気がする…
とりあえず時間を稼いで……三十年ぐらい待って欲しいとか伝えておくか?
こちらの時間感覚だったらそのぐらい大丈夫そう。あわよくば忘れてくれるとか…無理か…モノが残ってしまっている。
「まあ、嘘だけどな 」
「……嘘? 」
嘘か… 嘘って言うことは嘘だと言うことだよな?
なんだ、嘘か… ビビらせてくれる…
…いや、待て……嘘って何だ?
本当か…? 本当に嘘は嘘なのか?
「本当だ 」
…どっちだよっ! 嘘なのか? 本当なのか?
「嘘、なんだな? 」
「ああ、本当だ 」
そうか、良かっ…ん? んん?
「有名なおとぎ話にあるんだ。貧しい狩人がお姫様を襲う魔物を仕留める。守ったお姫様と結婚して王になるという成り上がり物語だな 」
ほうほう…
「そのときに仕留めた魔物の体の一部を切り取って首飾りにして贈るんだ。使う部位は爪だったり牙だったり角だったりするんだが首飾りにするのは共通だな 」
ふむふむ…
「誰でも知っているような有名な話だ。求婚と勘違いされても不思議ではない。だが、普通は親しい間柄で冗談めかしてやるモノだな。正式なものは別に有る。本気と捉えられることはまず無いだろう 」
そうかそうか…完全に理解した。
ビビることはなかったようだ。これで解決だ。
いつの間にかジュジュが隣に来ていて心配そうにこちらを見ている。
《大丈夫だよ~ 》
頭をわしゃわしゃして落ち着かせると安心したのか興味を失ったのか、ソファの上で再び眠りに就いた。
無邪気な寝顔を見ながら俺のやらかしについて考えていく。
それなりに童話なんかも読んでいたんだけど漏れていたな…
狩人の話だから敬遠していたってのはあるが読んでおくべきだったかも知れない。
俺が本職の狩人だからどうせ楽しめないだろうと高をくくっていたのが良くなかった。医療関係者が医療系のフィクションを避けたり本職の刑事が刑事ドラマを避けるとかに似た気持ちかな? リアリティを感じられないとか…
だが、仮に読んでいたとしても果たして違う対応をしていたんだろうか?
所詮、子供向けのおとぎ話の中の話だ。あまり気にせずに同じ事をしていた可能性が高い。
リスティリス王女も二十歳の立派な大人だ。まさか本気で求婚と捉えるわけはないだろう。師と弟子の関係だっただけだし。
ああ、そうだよ。俺が考え過ぎているだけだな…
「しかし、見事に状況を再現しているな。狩人と王女なんてまるで二人の話を元にしたみたいだ…案外リスティは本気にしているかもしれないぞ、確かあの話は好きだったはずだ 」
…そうか、まだ終わっていないか
結局、リスティの受け取り方次第…
それを確認せずにはどうしようもないという事だな
どうするよ?
なんて聞けばいい?
『首飾りのことなんだけど、求婚って言う意味で受け取ってる? 』
…なんかキモいな
自意識過剰野郎にも思える。
現代日本なら通報ものか?
聞いたら聞いたでやぶ蛇になりそうな気もする。
「難しい顔をしているがそこまで深刻に考える必要はないぞ。仮にリスティがそう受け止めていたとしても正式なものではない、ただのお話だ。お前から結婚については何一つ言及していないんだろう? 」
「…そうだな 」
「なら、レインが気にすることじゃないな。ただ、リスティはもとより今やレインも結構な有名人だからな。噂好きの間では格好の話の種になってしまうだろうが気にしなくていい 」
それがイヤなんだよおおおおおおおっ!
思いきり叫びたい気分になったが堪えた。ジュジュが起きてしまう。
いや、ちょっと待て…俺が有名人?
「俺は有名なのか? 」
「その筋では結構有名だぞ。狩人と騎士、学会、それに貴族とか行政の側ではな…あと一、二年もすれば一般の間にも名は広まっていくんじゃないか? 」
マジかよ…
こちらにはゴシップ記事みたいなものは無いから油断していた。考えてみれば一介の狩人にはそこまで興味がなくとも王女が絡んで来るなら話は別か。
リスティがこの事を吹聴するとは思えないが首飾りを付けているところなんかを王宮のメイド達に見られたらあっという間に話が広まってしまいそうだ。
「…なんだ、嫌なのか? 苦い顔をしているぞ 」
「まあな。俺の秘密のことを鑑みれば有名になるのはあまり好ましくないような気がする 」
ジャックスを広めることを考えるなら有名であることはアドバンテージになり得る。しかし、それは今じゃない。
「それでも危険を冒すだけの価値はあると思うぞ。万一のことを考えるならばもっと功績を積んで味方を増やしておいた方がいい
リスティとのことを
まあ、そうかな…そうかも
下世話な話題にされることには抵抗があるが、俺が平然と受け流してしまえば問題はない。リスティはこの手の話には慣れていそうだし。
俺よりも年上で生まれたときから王女をやっている。俺がそれを心配するのは釈迦に説法のようなものだな。
「とりあえず気にしないことにするか。考えたところでどうにもならないな。ただ、文化の違いにはもう少し気を配った方がいいと感じたな 」
「文化か… 」
そうつぶやくとセリアは俺を遠いような目で見つめる。俺の持つ文化的背景について考えているんだろうか?
言えることはだいたい言った。嘘の部分については今更訂正するつもりはないし出来ない。
すまないな…
逃げるように話を元に戻して進めていく。この後はレザニュームとの戦いについての話をしていったりジュジュとの出会いについての話をしたりする。
セリアもリーンと同じようにレザニュームの魔石について聞いてきた。
「レザンの魔核は今、レインが所持しているのだろう? ちょっと見せてもらっていいか? 」
「ああ、いいぞ 」
セリアの方に手を差し出すと亜空間から掌の上に取りだして見せる。
流石のセリアも巨大魔石が内包する魔力に気圧されたようでちょっと気圧されていた。
「…これは…凄いものだな。これほどの魔石をこんな間近で見ることになるとは…知識としては知っていたが実物は想像より遙かに上をいく… 」
「これでも俺がレザンと戦ったときよりかは二回り以上小さくなっている。だがそれでも内包出来る魔力は桁違いだ 」
「そうだな…これがあれば魔力に困ることはなさそうだが…何に使うべきか想像出来ん 」
「もうこれの使い道は決まっているんだ。俺がこそこそ使っていこうと思う。表には出せない代物だしな 」
こそこそなんて出来る保証はないけれど…
「そうか、それがいいだろうな。使い道については聞いてもいいか? 」
「……なかなか説明しづらいんだが… この間、土で作った姿を見せたことがあるだろう? 石を取られかけたな… 」
「覚えているさ。忘れるはずがない。あれは傑作だったな… 」
忘れてくれていいよ… だが、それなら話が早い
「あれを強くしたような姿が別に有るんだが、それを更に強化したものに使用している 」
「している…? もう出来ているのか? 」
「そうだ、既に出来ている。だが、まだ一度も使ったことがないな。今後使う予定もないが… 」
「そうか。見せてもらってもいいか? 」
「ここだと狭すぎて無理だな…もっと広い場所ならいい 」
「なら、後で案内しよう… 」
そこからまたジュジュを中心とした俺の最近の出来事の話をしたり、セリアが関わった遺跡調査の話なんかをしていく。
途中でイーディスの話になると少し機嫌が悪くなったように感じた。何でだろう? セリアの紹介で知り合ったんだが…
遺跡の話ではやはり徐々に狩猟ギルドに役割がシフトしていくことになっているようだ。俺も少し噛んでみようかな? ラディフマタル森林ももう少ししたら落ち着いてくるだろうし。
話も佳境に入りそろそろ話すこともなくなってきたときにセリアから一つ切り出される。
「そろそろ本題に入るとしようか…今日来てもらった理由は他にあるんだ 」
本題じゃなかったのか…長々と話をしてきたが
それを指摘したら怒りそうだから言わない。俺はそこら辺をわきまえている男だ。見てきたからな、父の背中を…
「レグルスのことだ 」
「レグルスか…あいつとは遺跡以来のことだな 」
「お前の秘密については口止めをしてあるし本人も納得している。だが、お互いに直接話をしておきたいと思っているんじゃないか? そう思って場を設けておいた 」
レグルスと話…確かにけじめを付けておく必要はありそうだな。
「それはありがたい。手間をかけさせてしまったな 」
「このぐらいはなんでもないさ。もうそろそろ予定の時間になる。いくとしようか。ついてきてくれ 」
セリアの後をついて部屋を出るとそれなりの距離を歩いて行く。
しばらくすると見覚えのある大きな両開きの扉の前に来た。
訓練場だな…
中に入っていくと前回と異なり誰もいない。ここで話をすると言うことは話をすると言うことではないんだろう。
薄々分かってた…