しばらくするとレグルスが現れる。なんとなく気まずい雰囲気が感じられた。もともと親しい間柄と言う程ではなかったが決定的に何かが違うように感じる。
単に、俺の内心を原因としているってワケでもないな…
レグルスの魔力から微妙なゆらぎを感じる。直接俺達がやり合わなければ解消されない問題だな。
部屋の中心辺りで俺とレグルスはあの時のように向かいあう。その間にセリアは訓練棒をどこからか持ってくる。
「もう理解していると思うがまたここで模擬戦を行ってもらう。騎士と狩人だ。言葉よりも体でぶつかり合った方がいいだろう。異論はあるか? 」
「ありません 」
「無いな 」
ここまで来たら四の五の言ってられない。そして、俺やレグルスがあれから成長出来ているか試したくなってきている。
「よろしい。規定は前回と同じだ 」
「あっ、ちょっと待ってくれ 」
進行を遮ると背負い袋を降ろしてジュジュを袋から出す。観客は他に一人もいないので唯一の観客となる。
俺の側だけれどここは俺にとってアウェイだからまあいいかな。
ジュジュを初めて見たレグルスは呆気にとられた表情をしたが俺に見られていることを気にしたのか直ぐに顔を引き締める。
「すまないな、レグルス。俺の側だけ応援が出来てしまった。望むなら外に出て行ってもらうが? 」
一応確認を取る。断らないよな?
「別にいてもかまわん 」
「そうか。感謝する 」
《ジュジュ、手出しは無用だ 》
「ニャッ 」
一応念押ししておくとしっかり返事を返してくる。こういうところにも成長が見られるな。
「中断してすまなかった。続けてくれ 」
セリアにそう伝えると頷いて進行を再開する。
「規定は前回と同じだ。魔術の使用は禁止。武器による攻撃のみ有効とする。武器が破損した場合は失格。武器はこの訓練用の木剣を使用する 」
セリアから木剣を渡されると少し距離を取ってお互いにほどほどの間合いを取っていく。
「規定に対する質問はあるか? 」
「ありません 」
「無いな 」
「それでは両者、構え!…」
俺達は思い思いの構えを取ると訓練場は静寂に包まれる。ジュジュも緊張して俺とレグルスの間を行ったり来たりして見ている。
以前より強くなっている…
目の前のレグルスから並々ならぬ圧を感じる。あれから随分と鍛えて来たようだ。俺に負けてからと言うのもあるだろうし、ギルゼルン戦に備えてと言うこともあったはず。ギルゼルンとの戦いで成長した部分も当然あるだろう。
だが、俺も以前より強くなっている。負ける気はしない。
そして、開始が告げられる。
「始めっ! 」
同時に動き出す。
お互いに一直線に向かっていくと間合いに入った瞬間に木剣を振り下ろす。
わずかに俺の方が早い。レグルスは途中で受けに回ると俺の斬撃の前に剣を立てる。そうなると俺は武器を壊さないように途中で止めて次の攻撃に軌道を変化させる。
相手もそれに合わせて守りの体勢を変えた。
そこから俺が攻撃を続けレグルスが防御に徹する流れとなる。
俺の方が動きは速いがどうしても攻撃側の軌道は大回りになった。それを細かく最短距離を動かすことで先回りされて防がれてしまう。
さらに速度を上げていけば先回り出来そうだが武器の破損を考えるとそれは難しい。寸止めせざるを得ないから威力で圧倒することも出来ない。
レグルスの読む能力が優れているのも大きい。対人戦では向こうに一日の長があった。落ち着き払って攻撃を捌いているその姿は貫禄さえ感じられる。
このままじゃ埒が明かないな…
相手も俺の攻撃の隙を突いてカウンターを狙っているだろうがそんな隙は与えない。動的な膠着状態が続いた。
そこに見切りを付けて距離を取るとレグルスもそれに乗ったのか仕掛けては来ない。迂闊に手を出すと隙になるとみたんだろうか。
足による攻撃も仕掛けてこなかった。前回を踏まえて慎重になっている。俺を手強いと認めている証左でもある。
戦って分かりあうとはこういう事か…
しばらくにらみ合いを続けた後、今度はレグルスから仕掛けてくる。
隙の少ない細かな攻撃を繰り出すと直ぐに下がりこちらの攻撃に備えて防御姿勢を取り動きを観察しつつ不動の構えを見せる。
闘気術を警戒しているのか魔力の動きも含めて一切合切を注意深く確認していた。兎に角、負けないための戦いに専念するようだ。
その後もヒットアンドアウェイを繰り返してこちらの隙を誘ってくる。どっしりと構えての面白みのない平坦な攻撃ばかりであるが、機械を相手にしているようなやりづらさがあった。
このまま何時間でも粘ってくるような粘着質の覚悟を感じる。騎士というものは魔物に対して基本的にこのように戦うのかも知れない。騎士の中の騎士といった感じだ。
折を見てこちらから仕掛けてみるがレグルスの姿勢を崩すことが出来ない。
闘気術を使ってみようかと魔力を動かすとそれを見透かしたかのように攻撃が飛んできて邪魔をされる。距離を取って時間を稼ごうとすると下がった分距離を詰めてきて一定の間合いを強いられる。
闘気術への対策はバッチリされてしまっていた。
そういった感じで一時間以上静かな攻防が続く。お互いに魔力の消費も体力の消費も微々たるものだ。精神の消耗はそれなりにあるはずだが魔石の恒常力で集中状態を保てている。本気の殺し合いでもなければ消耗は低い。
お前がその気なら何時間でも付き合ってやる…そう思いたいところだが俺の方にはそうもいかない事情があった。
ジュジュのお世話があるんだよ、こっちは…
もう飽きてしまったのかうつらうつらしている。
レグルスにそんなつもりはないだろうが、こちらは時間的に追い詰められつつあった。あと一時間ぐらいはいけそうだがなるべく早く決着を付けたい。
どうしたものかな?
闘気術は相手にとって恰好の隙になってしまう。
こちらから仕掛けて相手の鉄壁の防御を崩していかなければならない。魔術が使えれば話が早いんだが。
もとより体術と戦術だけで勝負するルールだ。それはいい。
体術、戦術両面でちょっと考えてみるか…
武器でしか攻撃出来ないルールだから武器を捨てて殴るのは駄目だろう。武器を手放すのも危険だ。武器を持っていない相手になら攻撃し放題になる。足技も体勢を崩すぐらいしか出来ない。
身体強化を全力でやるのは武器の破損に繋がってしまう。そのため上半身は強化に限界がある。一方で足を中心とした下半身だけなら限界まで強化出来る。それで素早く動いて相手を翻弄するのも一つの考えだ。
しかし、そうするとバランスが崩れる。挙動が不安定になりかねない。体全体の動きを制御するには上半身も必要だ。その隙をレグルスが見逃してくれるとは思わない。
武器に魔力負荷がかからないように体外に放出しながら強化出来ないものか? コアブーストの制御ではそうやった。やれそうではある。
もう一つは魔石から放出した魔力を魔石に還流させる方法が考えられるがこっちの方が難しそうだな。理論上可能だと思われるが出しながら戻すことをしなければならない。ぶっつけ本番ではやらない方が無難。
前者を採用すると決定…
後は戦術面だな。足を狙うのがいいだろう。そのためにまず上半身に攻撃を集めて注意を向けさせる。その隙を突いて放出強化を乗せた斬撃を足に向けて放つ。いきなりスピードを変化させれば対応は難しくなるだろう。
これでいくか…
攻防を続けながら戦術をまとめていった。
後はいつどうやって仕掛けるかだな…
#
何度目かの攻防の後、レグルスの攻撃を防ぐとレインは直ぐに攻撃を仕掛ける。
そのまま連続で攻撃を続けていく。勢いに任せて押し切ろうとするかのように見えた。
そんなレインの猛攻をレグルスは落ち着いた様子で防いでいく。誘いや、まやかしを混ぜつつ流れるような攻撃が続いていくが的確に見分けて確実に防いでいく。
レインが繰り出してきた上段からの振り降ろしに対して木剣を横に構えて頭上で止めた。レインにとっては大きな隙となる。胴ががら空きだった。
レグルスにとっては絶好の機会となるが、本能は危険を感じる。何かを仕掛けてくる前兆に見えた。
その瞬間、レインは放出強化を発動させる。
魔力が急激に膨れ上がると突如としてレインの動きが変わった。
レグルスの目にも霞んで見えるほどの急加速で足元に向かって地を這うような薙ぎ払いが放たれる。
速度には対応出来なかった。完全に意表を突いた速度変化だ。
だが、レグルスは上に跳んでいた。レグルス本人にもどうして跳んだのか理解出来ていなかっただろう。
足の下をレインの木剣が通りすぎる。
低い姿勢を取っているレイン対して空中から木剣を振り下ろす。
理想を言えば上ではなく後ろに跳ぶべきだった。だが、咄嗟の事でそれを選択するだけの余裕はレグルスにはなかった。
空中では魔術無しに姿勢を制御することは難しい。ここから先手を取られれば前回の二の舞になる。
その思いに突き動かされ、レグルスの剣が振るわれる。
対するレインは避けられる可能性を考慮していた。空中からの攻撃が来ると読んで先手を譲っていた。
レグルスの振り降ろしを自分の持つ木剣の刀身上を滑らせながら受け流しつつ胴を薙ぐ…そういう青写真を描いていた。普通なら受け流すのは無理だが、地面から足が離れた空中からの攻撃は軽い。先手を取らせて捌くならば可能となる。
レインは体を起こしながら、下から掬い上げるように剣を構えようとする。
その時、レインの胸中に或る思いが沸き起こってきた。
この流れは前回にあったものと似ている。攻守が逆ではあるがほぼ同じ状況。あの時の疑問が頭をよぎる。
レグルスには相手の武器だけを破壊する技術があるのか?
好奇心という名の思いだった。
途中で剣を引きつつ正面からぶつかるように構える。
後はレグルス次第。
レインはここで負けたとしてもかまわないと思っていた。もともとこの戦いの目的は勝つことではない。
わだかまりを解くためのもの…
もう十分手応えは掴んでいる。決着の付け方は重要ではない。
レグルスの剣がレインの持つ剣に振り下ろされる。
#
木剣の折れる音が辺りに響き渡った。遅れて折れた先が柔らかい地面の上を跳ねる。
「止めっ! 武器破損により両者失格! 」
引き分け…か…
「何も無かったんだな。はったりじゃないか… 」
姿勢を正しつつレグルスに向かって言う。何かしらの知見が得られるかも知れないという期待が有ったのだがちょっとがっかりした。ジト目になっていたかも知れない。
「駆け引きも重要な要素だ。楽しめただろう? 」
不敵な笑みを浮かべながらそう答える。そこになんとなくだが晴れやかなものを感じる。
こんなやつだったかな?
レグルスに対する印象が変わった気がする。俺の見方が変わったのもあるだろうがレグルス自身も変わっていっているのかも知れない。
遺跡調査で経験してきたことは俺の秘密も含めてレグルスの目にどう映ったのだろう? 遺跡の奥は見たんだろうか? 人生観変わったかも知れないな。
「ああ、なかなか楽しかった。人とやり合うのもいい経験になるな。魔物とやり合う方が性に合ってはいるが、な… 」
「それは違いない 」
レグルスは自然な動作で右手を差し出してくる。少し表情が硬くなった気がする。緊張しているのか?
俺はその右手を取り握手を交わす。
「感謝する… 」
「ああ 」
握手が終わるとそのタイミングでセリアから声がかかった。
「二人とも、決着はついたようだな。私から祝福をしよう。こちらに来て並んでくれ 」
その言葉に従ってレグルスと二人してセリアの前に横並びになる。
ニコニコと笑みを浮かべるセリアになんとなくきな臭いものを感じる自分がいる。なぜだろう?
「それではこれが私からの祝福だ。受け取ってくれ 」
そう言い終わった瞬間、拳が飛んできた。
―ゴッ…!
左頬にめり込んでいき衝撃が抜けると地面に倒れ込んだ。
やはりか…
魔力はまったく込められていない拳だった。大して痛くはない。当たる瞬間、反射的に魔力防御が発動してしまったのでセリアの拳の方が痛かったかも知れない。
だが、それでも人から殴られた経験は今まで無かったのでちょっとショック…
親にも叩かれたことがない…
喧嘩とかもしたことがないな…
地面に倒れた俺達を見下ろしながらセリアは仁王立ちでぴしゃりと言う。
「備品を壊すな 」
「「すいません 」」
二人とも反射的に謝罪が口に出た。
そう来るか。そりゃそうだよな…
税金から支給されているんだろう。備品を破壊すること、されることにペナルティが無いなんて事はない。
「だが、けじめが付けられたならなによりだ。これからも変わらない関係を続けてくれ 」
変わらない関係…特別親しくは無いが別にいがみ合う必要もない。互いに無害であると認められたならそれでいい。
敵対はいかんよ、敵対は…
地面から起き上がると土を払う。
視線を感じたのでそちらを見るとジュジュがキョトンとした様子でこちらを見ている。何をしているのか理解出来なかったのかも知れない。
《大丈夫だよ 》
とりあえず撫でて何でもないことを伝えておく。
そうしてジュジュが状況を飲み込めたところで俺からセリアに提案を持ちかける。
「これを直しておこうか? 」
「ん? …ああ、そうか。直せるんだったな。頼めるか? 」
「お安いご用だ 」
壊れた木剣を掲げながら言うと俺の能力について思い出したように修復を依頼してくる。カイルゼインの剣を直したところは見せているから亜空間を使って直すものと思っていることだろう。
今回は別の方法をとるんだけどな…
空術で折れた先を手元に引き寄せると木術を使い、折れて千切れた繊維を繋いでいく。木の部分が繋がるとそれを覆っている綿の部分を修繕する。繊維をほぐして絡めていくと見分けがつかない程度に埋まっていく。最後に一番外側を覆っている布を繊維を繋いでいって修繕すると木剣の修復が終わる。
布が綿製だったから最後まで木術で修復出来たな…
「木術か…そんなことも出来るんだな 」
「ああ、いろいろ出来るようになればいざというときに擬装出来るからな 」
「なるほど。お前はお前で考えていると言うことか。もう一本も頼めるか? 」
「ああ 」
レグルスから受け取ると先っぽの方を同じように空術で引き寄せ修復を開始する。二本目の方が慣れたせいか短い時間で完了した。
セリアに渡すとぶんぶんと振って感触を確かめている。そのあと修復箇所を見たり触ったりして確認する。
「何処を修復したのか分からないぐらいだな。見事に出来ている。本当にいろいろなことが出来るな、レインは 」
「仕上がりに満足してくれて何よりだ 」
修復したことに対する礼とかは言われていないが俺はそこには言及しない。
おそらくだが、俺やレグルスが何を考えて備品を破壊するに至ったのかセリアにはバレていると考えていいだろう。
迂闊に刺激しない方がいい…