声をかけられて目の前の女性はハッとなったような表情を浮かべると俺の拘束を解いて少し後ろに離れる。しかし、その両手は俺の肩をがっしりと掴んで完全には離さない。
「わたしったら…ごめんね、レインくん。いきなりでびっくりしたよね? 」
「いや、まあ… 」
レイン、君…? いや、姉さんってセリアの実姉か?
「わたしはソフィリーゼ・ソル・ランセスです。セリアちゃんの姉で第一騎士団の団長をやっています。気軽にソフィって呼んでね 」
「は、はあ… 」
チラッとセリアを見ると頭を抑えて苦い顔をしている。ちゃん付けを良く思っていなさそう。
俺の方も情報が渋滞しているな。
予想はついていたがまさか本当に第一騎士団長だったとは…
事前にはあまり情報が得られてなかった。せいぜい女性であると言うことと強いという事ぐらいしか知らない。
闘技場での公開演習にはいつも欠席しているらしい。表に出ることはないがその強さはカイルゼインより上だという。
眉唾かと思っていたが確かに底が知れない。
しかし、まさかこんな優しそうでふわふわした感じの女性だったとは…
いやまあ、いろいろ大き…見た感じからは確実に強者だと分かるのだけれど…
今、魔力はたいして感じられないが秘められている魔力の大きさはなんとなくだが感じる。圧は感じないのに圧倒されている自分がいた。恐ろしさを感じられないことが怖ろしい。
「呼んでくれないんですか? 」
ちょっといじけたように催促してくる。
「ソフィ…さん 」
「む~、さんはいらないです 」
「なら……ソフィ 」
そう呼ぶとソフィはにぱっと花が咲いたように笑顔になる。天真爛漫で子供のような印象を受けた。
体はとてもじゃないが子供と、うぷっ…
再び視界が暗闇に閉ざされる。今度は正面で向き合っていたのに何も対応出来なかった。
速いな…そしてデカいな…
思わず腰がくの字に曲がりそうになるのをコアで制御して堪える。恥を晒すわけにはいかない。男としての矜持が俺にも有ったらしい。
「レインくんにはとても感謝しているの…セリアちゃんの命を助けてくれてありがとう 」
感謝か…当然と言えば当然だがそれに甘えてしまっていいんだろうか? あの時、自分に打算はなかったと断言する自信がない。
受け取ったものが大きいとそこが気になってしまう。
「言葉だけじゃ全然伝わらないよね? レインくんのために何かしてあげたいけど思いつかないの。して欲しいことがあったら言ってね… 」
微笑みながらそう俺に伝えるソフィの目は真剣だった。力を使って良かったと思う反面、少し心苦しい。まともに目を見ていられなくなりそうだ。
「なんでもするよ? 」
なん……でも……!?
男の矜持…邪魔だな、捨てるか…
燃えるゴミだっただろうか?
打算的でいいじゃないか。世の中ギブアンドテイク。据え膳食わぬはなんとやらだ。
拙者、強者を前に引くことはせん!
……いや、落ち着け。一度低きに流れたら後は落ちていくだけ。ナイアガラだ。
だが、しかし、ここで断ってどうする? たいしたことはしていないって言うつもりか? それはお前の妹の命は俺にとって大した価値はないって言うことにならないか? 相手の気持ちを思うなら最大限のものを受け取ればいいじゃないか…
心の悪魔が囁いてきた。いつの間にかコアの制御レベルが上昇している。
これも顔を覆いつくす柔らかさと温もりのせいなのか?
このままではまずい…ん?
ふと、部屋の外からこちらに近づいてくる大きな魔力反応を感じた。数は二つ。一人はカイレンだな。もう一人は知らない。知らないがなんだか圧を放っている。
穏やかじゃないな…
「団長、そろそろお時間です 」
後ろから声をかけられてソフィは俺から離れる。
ソフィの後ろにはいつの間にか赤毛、赤眼の背の高い女性が立っていた。がっしりした体躯を姿勢良く伸ばして直立し引き締まった表情をしている。
副団長のキリカ・リールベルトだな。商家の出身でリールベルトは屋号のようなものだったか。普通は職業名を名乗るものだが実家の宣伝のつもりなのかリールベルトを名乗っている。
「もうそんな時間なの? …ごめんねレインくん。お礼についてはまた後で…遠慮なく言ってね 」
「それなんだが…気持ちだけ受け取っておこう 」
体面を気にする気持ちが上回った。いや、理性が勝ったと言うべきか。
さよならおっぱい…
俺の言葉を聞いてソフィはわずかに残念そうな表情を見せた。それに追いすがるように言葉が自然と紡がれる。
「何かを期待してやったことじゃない。あの時、俺を動かしたのは自分に対する怒りだったように思う。恩義を感じるのは自由だが俺の方から恩を着せるつもりはないんだ 」
本音だったと思う。あの時は頭に血が上っていた。後先なんて考えていなかった。他人の視点からは立派な行いに見えたかも知れないが実体は決してそんなものじゃない。
詳しくは言えないが…
「そっか、男の子なんだね、レインくんは……かわいい… 」
ん? 何か誤解があるように思うんだが…
いや、あってる…のか?
「それじゃあ、またね 」
「ああ、またな 」
ソフィは俺とジュジュに手を振ってこの場を後にする。ミリスとリスティもそれに続く。この後、第一騎士団で何かあるんだろうな。
「レイン先生、兄が失礼をすると思いますので先に謝罪をしておきます。申し訳ございません 」
「大丈夫だ 」
途中でリスティが振り返って深刻そうに告げてきたので余裕を持って笑顔で返しておく。
やがて入れ替わるようにカイレン達が部屋に入ってくる。
カイレンの後ろにいるのは同じようにガタイのいい青年、第二王子アランドラ・オル・レイゼルトだろう。
魔力変異による深い色の蒼髪、蒼眼を持っている。魔力もなかなか大きい。確か二つ名は蒼炎だとか…
そんな人物が俺に対して圧を発している。表面上は何もないように取り繕っているがビンビンに感じる。確実にリスティと関係していることだな…。
「レイン… あ~、すまないがちょっと時間をもらっていいか? こいつがお前にな、話があるって言うんだ。面白い話じゃないみたいだが… 」
カイレン自身は乗り気ではないんだろう。奥歯にものが挟まったような物言いだ。
セリアの方をチラッとうかがうとジュジュを膝に乗せて撫でながらニヤニヤと笑みを浮かべこちらを見ている。
楽しそうだな。セリアはこの事を了解しているんだろう。後は俺次第か。
「いいぞ、時間は十分にある 」
俺はアランドラ王子を見ながら了承の言葉を伝える。向こうもこちらを値踏みするように見ていた。
お互いに表面上は穏やかなものだがそれを額面通りに捉えるものはこの場にはいないだろう。
にらみ合うなどと言うことはなく滑らかに自己紹介に移る。
「君がレイン君だね。私は第二騎士団で副団長の任を預かるアランドラ・オル・レイゼルトと言う。一応、第二王子という肩書きもあるがこの場では気にしなくていい。気軽にアランと呼んでくれ 」
軽く自己紹介をして握手を求めてくる。握手を返しながら俺の方も自己紹介をしていく。
「もう知っていると思うが俺はレイン・シス・プラムゼフレルドだ。八ツ星を預かっている。よろしく頼む。アラン殿 」
にこやかに握手を交わしているがお互い目は笑っていない。だが、握手にかこつけて手を握りつぶすような真似もしない。
穏便にどちらともなく手を離して向かい合うとアランの方から本題に切り込んでくる。
「いきなりで申し訳ないが今日は君に話があってここに来た。妹のリスティリス王女についての話だ。心当たりはおありだろうか? 」
あると言えばあるがここはとぼけておこうか…
「さて、良くわからないな。彼女には狩人として教えを授けたからそのお礼だろうか? 身内が世話になったから礼を言いに来る。流石は王族、律儀なものだ 」
「その説は妹が大変お世話になったようで感謝するよ、ありがとう。でも残念ながらそう言うことではないんだ 」
「なら、どういうことだろうか? 」
「とぼけるつもりかな? 君が妹に対して求婚したと聞き及んでいる。その真意を聞きたくてね 」
来たか…
「真意も何も求婚したつもりはないな。ただのお伽話の中のことなのだろう? 正式なものではないと聞いた。それに俺は見ての通り異国の出だ。こちらの風習には疎くてな 」
「相手や周りがどう受け取ったかが問題なのではないかな?
王族ともなればあらぬ噂が立たぬとも言い切れない…知らなかったで済まされると思うのは少々思慮に欠けた態度であると言わざるを得ないな
それに君が本当に知らなかったのか確認のしようがない 」
確かに一理あるな…
しかし、なんだかこいつは適当な理由でちゃもんを付けてきていると俺の勘が囁いている。素直に受け止めることは出来ないぞ。
どうするか…?
「周りを騒がせたと言うなら確かに俺に非がありそうだな…国王か王妃に直接謝るとしようか。カイルゼインかサリーニに連絡がつけば取りなしてくれるだろう 」
これでどうだ?
「………それは困るな 」
アランは急に意気消沈したような態度になった。効果は抜群だ。
「できればここで決着がつくようにしてくれないか? 」
なんだよそれは…
「面倒だな。どうすればいいんだ? もうこの際そちらの提案でいいぞ 」
「私と勝負してもらおう! 」
急に元気を取り戻してビシッと言い放ってくる。顔には満面の笑顔だ。
ああ、これがやりたかったんだな…
「勝負って言うのはどういう勝負をやるんだ? 」
「男と男の勝負と言えばもちろん肉体と肉体のぶつかり合いだ。訓練場にいこう。ついてきてくれ 」
言われた通りついていくと、もうおなじみとなった仕様の場所に来る。だが広さはいつものよりも広い。合同訓練なんかに使われる場所なんだろう。
部屋の中央に来るとアランから勝負内容についての説明が始まる。
「さっきは肉体のぶつかり合いと言ったがこれから行うのはその言葉通りのことだ。取っ組み合いを行って相手の背中に土を付ければ勝ち。第二騎士団名物、筋肉舞闘《マイザルカッセス》だ 」
大まかなルールは相撲みたいなだな。細かなルールはどうなんだろう?
しかし、どうでもいいが嬉々として話すその姿に王子としての威厳のようなものは感じられない。仮面が剥がれ落ちてきている。
「規則は俺から説明しよう 」
ここでカイレンが出てきて仕切り始めた。なんとなく安心感がある。
「魔術の使用は一切禁止。肉弾戦のみだ。殴る、蹴る、頭突きなどの打撃技は一切禁止。足を掛けて倒すことも禁止だ。背中が地面についたら負けになるがそれ以外はつけても問題ない。あとは足を手で掬い上げることは有効としている
これだけ留意していれば試合にはなる。他にも細かな規則はあるが説明は割愛する。それらの規則についてはアランには適応するがレインには適応しない
第二騎士団特有のものだ。元々アランに有利な試合だからそれでかまわんだろう。異存はあるか? 」
「ありません 」
「ないな 」
「それでは俺が審判を務めよう。この競技は上半身の服は脱いで行うことになる。服を持って引き倒すことを防ぐためだ。肉体をつかみ合うことが本懐だからだ
本当は下も脱いで専用の当て布を使うんだがレインは部外者だし今回はいいだろう。準備が終わったら声を掛けてくれ。始まりの合図を行う 」
脱ぐのかよ…仕方がないな
上を下着まで脱いで上半身を露わにする。すると、セリアが近づいてきて手を差し出してきた。
「私が預かろう 」
「すまない。助かる 」
服を預けるとカイレンを挟んでアランと向き合う。アランの方はカイレンに服を預けたようだ。
男二人が半裸で向かい合うことに違和感を覚えている。有り体に言えば嫌な気分だ。慣れていないせいだろうが慣れたいとは思わない。
相手はモリモリの筋肉を惜しげもなく見せつけてくる。堂々たる態度が暑苦しい。
「細身だが良くしまったいい筋肉をしている。流石は上級狩猟者だ。だが、私も負けてはいない。フンッ… 」
そう言いながらボディビルダーのようなポーズをとって筋肉を見せつけてくる。大胸筋がピクピクと動いてその存在を主張している。
なんていうポーズだったかな?
ボディビルに詳しくはないから良くわからないが過去にちょっと見たことがあるポーズと同じもののようだ。世界が違っても体の構造が同じだから似たようなものが生まれると言うことか。
まあ、そこはどうでもいいか…
「ところでこの勝負の目的はなんだろうか? 始まる前にそちらの要求を聞いておきたいんだが 」
「えっ? …………あ、ああっ! よくぞ聞いてくれた 」
忘れてたのかよっ!?