「君が勝利したならば私は君がしたことについてとやかく言わないと約束しよう。それだけでなくこの事を話題にあげないように注意喚起して回ろう 」
「アンタが勝ったときはどうするんだ? 」
俺の問いかけににやりと不適に笑う。アランにとって重要なのはここからなんだろう。その割に忘れていたくさいが…
「私が勝ったときはレイン君…、君には正式なやりかたでリスティに求婚してもらおう 」
…はぁっ?
なんだそれは…
てっきりこれ以上妹に近づくなとかそんな要求が来るのかと思っていたんだが…
「それはリスティも了承しているのか? そうでないならば彼女にとって迷惑になるだろう。どうなんだ、リスティの兄さん? 」
「まだ兄さんと呼ぶなっ! 」
めんどくせぇ…
「リスティはこのことを知らないが私の読みでは悪いようにはならないと思っているよ。最初は嫌がるかも知れないが最終的には丸く収まるだろう 」
「なるほどね… 」
俺にとっては損しかないな。勝負に負けたから求婚するとかそんなことが知れ渡ったら信用を失うことになりかねない。
おそらく彼女は断るだろうが気まずい関係になるだろう。関係修復に時間も労力も費やすことになる。
万一、本当に結婚することになった場合が俺の人生にとって最大の試練に直面することになる。越えなければならない高い壁だ。まだその壁を越えられる自信はない。
やらないほうがいいんだろうけど今更引けないな…
まあ、勝てばいいんだけどなっ、勝てば!
厳しい戦いになりそうではあるが負ける気はしない。
「そろそろ始めようか。カイレン、俺の方はいいぞ 」
「団長、私もです 」
「わかった…二人とも、構えっ 」
カイレンの合図で俺もアランも構えを取る。二人とも同じような構えだ。腰を低く落として前傾になり両手を前に出すレスラーのような構え。ルール上これが最適解か?
「始めっ! 」
開始の合図を告げる共にカイレンは後ろに下がり視界から消える。完全に二人だけの世界だ。
最初はにらみ合いから始まった。
お互いに限界まで魔力を上昇させていく。俺の方が魔力量は上だな。魔力格も上だろう。よって強化の上限は俺の方が上になりそうだがアランの方が体は大きい。筋肉量や骨量で俺を上回る分は強化の幅が俺より大きい。
総合的に見て魔力強化はアランの方がやや上と言ったところか…
技術に関してはこのルールにおける戦いの経験がアランの方が段違いに多いからな。当然相手の方が技術には長ける。リーチも長いから取れる戦術の幅も大きいはず。
客観的に見れば俺に勝てる要素はあまりないだろう。
だが俺には闘気術と放出強化がある。使うタイミングを間違えなければ負けることはない。
互いに力量を観察しながらじりじりと近づいていく。
俺はアランの間合い、その手前で止まる。同じようにアランも止まる。
俺の方は相手にこちらの情報を与えたくない。先手を取らせたいがそれを読んでいるのかなかなか仕掛けてこなかった。じりじりとにらみ合いが続く。
だが、焦ってこちらから仕掛けることはしない。何処までも付き合うつもりでどっしりと構える。
このままでは埒が明かないと思ったのか唐突にアランの魔力に変化が現れる。にやっと唇の端を釣り上げて笑った。
仕掛けてくるな…
そう思い気を引き締めた瞬間、相手の姿が消えたように見える。地面すれすれに身を低くしてタックルを仕掛けてきた。
手で足を取って転ばせようという狙い…
対抗して俺も身を低くすると正面から手四つで組み合う。
後ろに引けばそのまま押していかれそうな勢いだった。想像よりも相手が速い。初手から力比べをさせられる。
ぬうううう…
歯を食いしばって相手の力に正面から対抗していく。
こちらは限界近くまで力を出しているがアランには多少余力があるようだ。こちらを崩そうと体や腕をひねったりしてくる。
相手に察知されない程度に放射強化を行いそれに均衡していくとアランは驚いた表情をする。俺はそれに対してニヤリと笑いかけてやると向こうもニヤッと笑って返す。
いきなり使わされるとは思わなかったが内心を悟らせないように余裕を見せてやる。
お互いに組み合っていた手を離すと次にアランは俺の手を掴んで来ようとする。その手を振り払って逆にこちらから掴みにかかると手を引いて躱し、再び掴み返してくる。
手による攻防を繰り返しながら何とか足を掴めないかと狙っていくがそれは相手も同じ。腰を引いた状態で距離を開けて取らせない。
深入りすると上からのし掛かられて腰を取られそうになる。体格はアランの方が上…油断すると余裕で取られてしまう。
同様にリーチの差で足も取られそうになる。俺は逃げを余儀なくされる。
ならばと足を取りに来た相手の腕を取り、捻り上げて体勢を崩そうとするが、大きな体格と重い体重を活かして柔らかく受け止めてくる。
チッ…
掴んだ腕を放して距離を取ると最初の時のように睨み合いが始まった。
どうしたものかね…
アランが実際よりも大きく感じられる。まるで魔物のようだな。
魔術が使えるなら圧倒出来る自信があるんだが人相手に使用は出来ない。それでなかったとして打撃もありで勝負するならもっと俺に有利な状況だっただろう。
今更そこに文句があるわけじゃないが普段魔物相手にしか戦っていない俺にとってはキツい。
魔物か…
そこに何か引っかかるものを感じる。
騎士団では団員相手の訓練も行っているようだがあくまで目的は魔物を倒すことだ。人相手はあくまで訓練にしか過ぎない。
魔物相手に力でねじ伏せようとするのはどうなんだろうな? 格下相手か集団でかかるなら有効ではあるだろう。武器を使うのが定石だが無くした時なんかは徒手空拳で戦うことになる。それを想定した訓練も行われているかも知れない。
だが、関節技や投げ技はどうだろう? 多種多様な魔物相手に関節技を磨いてもしょうがない。投げ技は自分よりずっと大きな相手には掛けにくいだろうし関節技同様、相手の形が関わってくる。
そのどちらかなら意表を突けないか?
関節技は相手の方がデカいし足払いは出来ないし背中を付けられないから難しいだろう。投げ技ならいけそうだな。
足を払えないから投げ方に制限はあるが合気道のような相手の反応を利用する技ならまったく経験したことはないはずだし対応することは出来ないだろう。
問題は俺がそんな技を使ったことが無いって事だな。多少理屈を知っているぐらいだ。
だが、魔石とコアの処理能力なら演算可能…
方針は決めた。あとはいつ実行するかだ。
再びアランから仕掛けてくる。今度は上体を起こし気味にした体当たりが迫る。
こちらは姿勢を低くしつつ両手を突っ張ってそれを受け止めると足の裏にかかる摩擦をコントロールして後ろに下がりながら力を流していく。
吹き飛ばせなかったのは想定していたんだろう。前進をしながらも急に手で掴みかかってきた。
体をクルッと回転させ素早く軌道上から逃れると相手の背中側に回る。だが、アランの方も軸足と地面を魔力でとめて前進の勢いを利用して俺と正対する。
そのまま俺を掴むために広げた手をこちらに伸ばしてくるが体をスウェーさせてすれすれで躱す。
その後もアランは後ろに逃げる俺を追いかけながら連続で掴みかかってくる。捉えることが出来れば力でねじ伏せることが出来ると考えているのだろう。それが筋肉舞闘における流儀なのかも知れない。
だが、それは俺には関係が無い。
後ろに下がりながら細かなステップと上体移動を駆使して繰り出される手を尽く躱していく。
正面から向き合ってはやらねぇ…
#
時折、アランの手がレインの体を掠めるほどギリギリで躱していくとアランは回転数を上げて追い詰めていく。
それに合わせて魔力を増大させつつレインも速度を上げて対応する。
攻めるアランに逃げるレイン…その状況が続いていった。
延々と繰り返される攻防。回転数はピークを迎えて久しい。
このままずっと続いていくかのように思われたその時、突如として終わりがやってくる。
アランが伸ばした右手がレインの左手首を掴む。
ここぞとばかりに腕に力を込める。このまま押し切る、その覚悟は魔力にも現れる。この戦いが始まって以来の増大を見せていた。その瞬間―
―闘気術
―フッ…
レインの魔力が消え失せる。掴んでいるはずなのに存在が消え失せたように感じられた。アランの本能はそれに警鐘を鳴らすが止めるには遅すぎた。背筋に冷たいものが走る。
レインが体を右に回転させながら腕をひねりつつ前進する。アランの体の下に腰から潜り込んでいった。右腕を相手の肘に当て、上体を折り曲げながら地面に向かって一気に降ろす。
―瞬身《しゅんしん》
魔力の爆発的な増大を感じるとアランの体は宙を舞っていた。視界がめまぐるしく変化して天井を捉えた時、自身が地面に背中をつけて寝ているのだと理解した。右腕はレインに捉えられたままだ。
何をされたかまったく理解出来なかった。
「勝者っ、レイン! 」
カイレンが決着を告げる声を聞いてようやく自分が負けたのだと理解した。
#
うまくいったな…
カイレンの宣言を聞いてふぅと息をつく。
掴んでいた腕を放し距離を取って様子を見るが、アランは放心したように天井を見つめ続けていた。
特にダメージはないはずだが…
負けたことがよほどショックだったんだろうか? まあ、そのままにしておくか。勝ったのは俺だ。敗者にかける言葉も情けもないだろう。それが勝負だ。
そう納得してセリアに預けていた服を回収するために後ろを振り返ろうとしたら急にガバッと上半身を垂直に起こす。
おおぅっ…
ホラー映画で見るような動きだ。ちょっと気持ち悪い。
そのまま両膝を曲げて立てるとすっくと立ち上がってこちらを振り返り俺の方を真っ直ぐ見つめる。
その表情は負けたというのに実に晴れやかなものだった。
それだけ見ると爽やかな笑みではあるが、全体像は暑苦しい感じがする。はち切れんばかりに盛り上がった筋肉はうっすら汗にまみれていて光を反射していた。
「私の負けだ、レイン君。約束は守ろう 」
「そうか、じゃあな… 」
「ちょっと待ってくれっ! 」
話は終わりとばかりにきびすを返すと食い気味に呼び止められる。
「なんだろうか? 」
「水くさいじゃないか。もう少し話をしよう。お互いに死力を尽くしてぶつかり合った仲だ。 もう戦友と言っても過言ではない 」
戦友…
「過言だ…とは言え話はしてやろう。少しならな 」
「ありがとう。一応決めておかないといけないことがあるのでね 」
「なにをだ?」
「君が私を呼ぶときの呼び方だ。兄さんとか兄ちゃんとか兄貴とか…どれがいいだろうか? 」
「アランだ、アラン。それじゃあな 」
今度こそセリアのところに行くと後ろからアランのつぶやきが聞こえてくる。
「いきなりは無理か、照れているのか? だがいつの日か・・・ 」
…聞かなかったことにしよう
深く関わるとろくな事にならない気がする。