「ああ、いいぞ 」
自分の話がしたいと言うセリアに承諾の返事を直ぐに返す。真剣な雰囲気に聞かないわけにはいかない。
「私の姉…ソフィリーゼのことなんだが…レインはどう思う? 」
「ソフィのことか… 」
私の話と聞いていたから唐突な質問にも感じたがセリアにとっては重要なんだろう。
ソフィについてか…
「おっ… 」
おっぱいがデカい…そう口に出しかけたが堪えた。出してしまったらぶち壊しだろう。絶対に白い目で見られる。
「…おっとりしていて、おおらかで、優しそうな… おおよそ騎士というか戦う人間には思えないような…そんな人だな 」
「ああ、そうだな。お前もそう思うか… 」
どうやら満足のいく解答を出せたようだ。俺の煩悩については悟られていないと考えていいのか? 安心は出来ないな。いっそこちらから白状するか? いや、まだその時じゃない…
「お前の感じた通り、姉さんは本来戦う運命にはなかった人間だ。そんな姉がいなかったなら私はこの世に生まれていなかっただろう 」
…なんか深刻そうな話だ
おっぱいがどうこうってレベルじゃない
「生まれていなかったというのはどういうことだろうか? 」
俺は姿勢を正して話の続きを促した。
「最初から話そう。まずは姉についてから話さなければならないな。レインは姉さんの強さについてどのぐらい知っている? 」
「…一緒に戦ったことはあるが少ししか見たことがない。だが、垣間見えた力の片鱗だけでも異様な強さを感じたな。カイルゼインより強いというのはおそらく本当だろう 」
「そうだな…確かに姉は強い。祖父よりも強いというのは間違いではないだろう。そして、もっとも驚くべき事は強くなるための訓練などは行ったことが無いという事だ 」
マジか…生まれながらに強いってことか?
「正確に言うならば訓練をしたことはあるが姉が強すぎて訓練にならないと言うのが実情だろう。実戦ですら相手になる魔物は竜種ぐらいのものだ。そんな姉だが生まれたときから強かったというわけでもなかった 」
んっ…そうなのか?
「幼少期は普通であったと? 」
「そうだ。ランセス家の七番目の子供、三女として生を受けた。その時は後継も決まっていて騎士団も人員は充実していた。兄や姉たちも十分に才能を発揮して騎士として活躍していた
当時としては貴族家の出身だからと言って必ずしも騎士にならなければいけないと言う風潮でもなくなってきていた。父も母も姉については騎士になる人間としてではなく普通の子供として育てていく方針でいたらしい 」
普通の子供か…想像がつかないな
「姉は望まれていたとおり普通の子供として成長していった。貴族の子である以上はやるべき事もあるが比較的穏やかに生きていられた
転機が訪れたのは十二、三才のことだったらしい。その頃から才能が急速に開花してきたんだ。当初は力を制御出来なくていろいろなものを壊してしまったと言う。父も母も才能があるならばと騎士としての訓練を課すようになったらしい
突然の方針転換に当人は戸惑ったことだろう。だが、本当に戸惑ったのは家族も含めた周囲の人間だったらしい。どれほど厳しい訓練を与えても顔色一つ変えずに易々と熟してしまう姉に教官の方が先に音を上げる始末だ。騎士としての覚悟も厳しさも身につかないままに力だけがどんどんと上がっていった
姉さんは花を育てたり編み物を編むのが好きでな…普通の女の子として育ってきた芯の部分は今も変わらないままだ 」
ここでセリアは話を区切った。カップに口を付けると一息付ける。ここから本題に繋がっていくのだろう。
「両親は姉の並々ならぬ才能に期待を抱くようになった。元々は姉を最後に子供を作ることは止めるつもりだったそうだが次の子供に期待を抱くようになった
今風に言うなら自分たちの遺伝子に可能性を見た、と言ったところかな? 新たに二人の子供を作ることにした。その内の一人が私だ。
姉さんが才能を開花することがなければ私はこの世に生まれていなかった 」
「セリアはそのことを気にしているのか? 」
口に出しながらもちゃんとした質問になっていないなと思ったがセリアには琴線に触れるものがあったのか言葉を続けていく。
「気にしているか…そうなんだろうな。ソフィ姉さんのお陰で今の自分があると言っても過言ではない。両親が私たちをこさえたのは強い騎士を育てる為でもある。私は強くなる義務を背負っているんだろう 」
こさえたって…
「だが別に私は義務が有るから強くなりたいと思っているわけじゃない。さっき、姉さんが戦う者の性格をしていないという話をしただろう。昔の私は姉さんが本当は戦うことを受け入れていないんじゃないかと思っていた
だから私が強くなることで姉を戦いから解放しようと考えた。子供の浅慮だな。それでもまだ小さかった私はその思いに突き動かされて自らを鼓舞し、死ぬような戦いに身を投じていった
しかし、姉さんは越える相手としては強すぎた。普通のやり方ではとても越えられないと思ったからな。雷魔術を修得したくてわざと雷に打たれたこともある
本当に死ぬかと思ったが結果として修得することが出来た。私の髪や瞳の色が魔力変異を起こしたのはその時だな 」
マジかよ…いくら魔力があるからって雷に打たれて死なないなんて保証はない。しかも、何歳か知らないが子供の時に…。
それだけセリアの中でソフィという存在が大きいと言うことか
「そこまでやっても結局、ソフィ姉さんを越えることは出来ていない。いつしか姉さんを越えることそのものが目的になっていったんだろう。ひたすら強くなることに固執しているだけなのかもな、私は… 」
少し自嘲気味に笑う。セリアのこういう表情は珍しいと思った。少し酔っているのかもしれない。
「ソフィが騎士を辞めたいと言っていたことはあるのか? 」
「…聞いたことはないな。本人に確認したこともない。私が勝手に思っているだけだ。いや、思っていた…だな…あれからずいぶんと時間がたった
姉は姉でどうやら今の仕事と立場に納得しているらしい。騎士の仕事は過酷だ。姉さんも日々の仕事の中で成長している。頼りになる仲間もいるしな…
変わっていないようでいて変わってきている。私の出る幕はいつの間にか無くなっていたんだよ 」
「それが分かっていても なお、力を求めるんだな 」
「ああ、そうだ。それは私にとって存在理由とも言えるものになっているんだろう 」
存在理由、か…俺にもある。叶えたい目標が。それをやらずに死ぬわけにはいかない。いや、やらずには死ねないのかもしれない。
「それはいいな… 」
「…いい、とはどういうことだ? 」
「自分自身に核となるものが有ってそれを認識出来ているのはいいことだろう?
ものの見方や考え方は変えることが出来ても生き方はそう簡単に変わるものじゃない。セリアはそういう生き方を選んだって事じゃないのか?
自分で決断してそれを貫くのは苦痛を伴うこともあるが楽しいし面白い。生きていると感じられる。そう感じられるから活きていられる。違うか? 」
セリアに向かって言葉を放ちながら自分にも語りかけているんだろうな、俺は。
貫きたいものが有る。俺が俺であるために無くしてはならないものが…
「…ああ、フフッ…そうだな 」
セリアは遠い目をした後、ちょっと吹きだして子供のような笑顔を見せる。昔のことでも思い出したんだろうか?
少し興味が湧いたのでこの機会にいろいろ聞いてみようか
「ソフィとは仲がいいのか? 年齢は結構離れているみたいだが 」
「私が小さかった頃はまだ家にいてよく遊んでもらっていたよ。優しくて誰よりも強い自慢の姉だ。よく私と兄と三人で屋敷を出て近くの森に遊びに行っていたな 」
「森? 危なくないのか? 」
「しっかりと管理されている場所だったからそこまで危険ではない…そのはずだった 」
ん? 話の流れが変わってきたな…
「その日も普段と特別変わらることのない、天気の穏やかな初夏を感じさせる気候だったと思う。森の中を散歩してそろそろお昼にしようかと言うときだったな。どこからともなく狼の群れがやってきて私達を取り囲んできたんだ 」
「ソフィはその頃も強かったんだろう? よく襲う気になったものだな。それは強い魔物だったのか? 」
「いや、下級下位ぐらいの魔物だっただろうな。それなりに大きな群れだったから中位ぐらいのヤツがいて…総合的に見て上位に少し及ばないぐらいだったかも知れないな
だが、ソフィ姉さんは索敵があまり得意ではない。そして、威嚇を放つことが出来ない。そういう性格なんだ 」
確かにソフィが誰かを相手に威嚇しているところは想像出来ないな
「姉さんは両腕に私と兄さんを抱えて素早く動き囲みを脱っした。木の根元に私達を降ろすと追いかけてくる狼たちの前に立ちはだかったんだ
それからは背中越しにしか見えなかったが飛びかかる狼を次々に拳で撃退していった。狼たちは勝てないと悟ると仲間の死体を置いて逃げ去っていった。堂々と立つ姉さんの背中に憧れを抱いたのはその時だったな。だが姉さんの顔色は優れなかった
魔物とは言え狼を殺したくなかったのかも知れない。悲しげに笑いかけて私達の安否を気遣うその姿に痛々しいものを感じた。子供ながらに姉を気遣うこともしたな 」
「そうか…それが今のセリアの原点のようなものなんだな 」
「原点か…そうだな、あれから始まったんだ 」
「その兄さんも騎士だよな… 強いのか? セリアみたいに無茶をして鍛え上げたりしてきているんだろう? 」
「無茶…いや、兄さんは普通だ。普通というか一般的な騎士に比べれば十分以上に才能はあるが常識的な範囲でがんばっている 」
一瞬、こちらに抗議をするような視線を送ってきたが口に出さなかったところを見ると自覚はあったらしい
「それはなんか…苦労していそうだな 」
「ああ、兄は実際 苦労していると思う。絶対に越える事が出来ない姉に追いつくことを望まれ、年の近い妹にもだいぶ置いていかれているからな 」
ずいぶんはっきりした物言いだ…
「嫌いなのか? 」
「嫌う? どうしてだ? 」
「いや、なんとなく…」
「兄のことは尊敬しているよ。しっかりと地に足を付けて自分の歩幅で着実に進んでいる。最近は領地運営の仕事もやるようになったそうだ。頻繁というわけでもないが手紙の遣り取りは今もしている 」
「そうか、それは良かった。ところで…ご両親との関係は良好なのか? 」
聞くべきではなかったかも知れないが聞いてしまった。俺がセリア達の立場だったら強い子が生まれそうだから産んだなんて聞いたら少なからずショックを受けるだろう。ひょっとすると恨んでしまうかも知れない。
「両親とはもちろん私も兄も姉さんも良好な関係だぞ。しっかりと育ててくれたし自分の好きに生きさせてもらっている 」
「そうか…いろいろと背負わされているようにも思えたからどう思っているか気になったんだ 」
「確かに貴族家だから普通の家庭に比べれば自由が有るわけではないが義務でがんじがらめになっているというわけでもない
昔はもっと硬直的だったそうだが時代は変化している。本人の適性もあるしな。適性の無いものに無理に押しつけることはしなくなっている 」
「確かにその方がいいな。家族関係が良好のようで安心したよ 」
「家族か… レイン、ちょっと聞いてもいいか? 」
セリアは何かを思いついたように軽く笑みを浮かべてこちらに確認を取ってくる。
なにか挑戦的なものを感じる。受けて立とうじゃないか…
「いいぞ、なんだろうか 」
「私の家族の話ばかりしているのも不公平な気がしてな…お前の家族の話も聞きたくなってきた。改めて聞くぞ。いいか? 」
そうきたか…
確かに俺ばかり聞いているのもよろしくない。しかし、本当のことを話していいんだろうか? アンダーカバーをつじつまを合わせながら拡張するか?
いや…だめだな
「いいぞ 」
言えないことはあるけれどちゃんと本当のことを答えよう。答えないところはいいように想像してもらってかまわないだろう。
それも信頼という気がする…
「言えないところはある。それでも誠実に答えるつもりだ。何でも聞いてくれ 」
覚悟は……決まった
「そうか、では聞くぞ。まずは……… 」
いつかすべてを話せるようになるといいな