食事が終わってからホテルに戻ると受付に連泊する旨を伝える。空きがあったので同じ部屋に泊まり続けられることになった。面倒がなくて良い。
とりあえずは今日を入れて三泊ほど泊まることにした。異変が直ぐに収まるとは思わないが様子を見てから後はここの狩人や騎士団に任せようと思う。
想像していたより重い事態だったら延長もあり得るがなるべく深くは関わらないつもりで行く。
ここにはあくまで中継地点として寄っただけだしな…旅に出てまだ初日なのにこういったことに遭遇するのは運がいいのか悪いのか?
流れの狩人としてはまったく無視して先に進むわけにはいかないし稼ぎ時と言えば稼ぎ時だ。俺にとってもジュジュにとっても良い鍛錬の機会だから文句はないけれど。
ああ、そうだ…セリアに手紙を書いておこう
初日からこんなことになったと知ったらなんて思うだろうか? まあ、魔境なんてそんなものか。良くある話として受け止められるだろうな。俺よりずっと長くこの世界にいるんだし。
手紙を書くとホテルの受付の人に託してジュジュと少し遊んでから眠りに就いた。
◇
翌朝は夜明け前に起きて魔境に向かっていく。ホテルから走っていき外門を通りギルドが森の中に切り開いた道を進む。森林地帯にはいくつも魔境への入り口が設けられているが街から一番近い場所を選んだ。
途中で何回か分かれ道に遭遇したがそこはジュジュを先行させてより濃密な気配がする方を選んで進んでもらう。
やがて森の中に大きめの建物が見えてきた。ギルドが魔境の中に築いた拠点だろう。今は異変の中にあって閉鎖されている。
通常の営業がなされていれば獲物をここに運んできたら解体してもらえるのだがそれが無理となると自分で解体するしかない。一匹狩るごとに丸ごと街まで運んでいくというわけにはいかないから普通は魔石と一部だけを回収し残りは捨てて狩りを続けることになる。
この規模の異変の時は通常の時より獲物に遭遇する機会が結構多いらしい。そんな中で悠長に運んでもいられないと言う事情もある。
ここに拠点があると言うことは今はだいたい中層に入って少し行ったぐらいのところだろう。中層の浅い部分ではあるだろうが森の中は非常にピリピリとした気配を漂わせている。
なかなか本格的な異変であるようだ。二年ぐらいのキャリアの中では初めてのことだな。
道から森の中へ入っていき魔物の気配を探りながら移動していく。その間にこの地域の性質に慣れるように土の感触や空気の質、樹木の個性なんかを調べていった。
場所はかなり離れているがラディフマタル森林と繋がっている森ではある。緯度はほとんど変わらないので大きな違いは無いように見えた。土の魔力の通りは似通っているし、植生もほぼ同じだろう。
そう時間はかからずに感覚が掴めてくると本腰を入れて探索を開始していく。
奥に向かって進み三十分ほど経ったぐらいだろうか。ジュジュが何かに反応してそちらの方に進んでいく。向かっている途中で俺にも感じられるようになった。どうやら魔物のようだ。
強さは中級中位ぐらいか?
ここら辺で遭遇しても不自然ではないがどこか違和感を覚える。気配を隠そうとしている素振りが見られない。魔力の様子からは混乱をしているというかおびえているような印象を受ける。
気配を消しながら視認出来る距離まで接近すると樹木の間からその姿を捉えることが出来た。鹿の魔物だ。
大きな二本の角が生えているが枝分かれをせずに一度後方に伸びた後折り返して前方に板状に広がりながら伸びる形状をしている。頭の上に二枚の盾を構えているようにも、兜を被っているようにも見える。
体格は馬のようにがっしりしているが長めの毛で覆われているため筋肉質な感じはしない。大きさは距離があってはっきりしないがかなり大きいように思う。ヘラジカぐらいはあるように思える。
さて、どうするか?
不意打ちで狩ってもいいがその能力について見ておきたい気もする。異変についても情報を得ておきたいところだ。正面からやり合った方が得られる情報は多いはず。
そう考えて正面から接近していく。二十メートルぐらい手前で相手はこちらに気付いたが逃げるようなことはしない。
おや、変だな…
魔力から感じる精神状態だと逃げの一手を打ってくる可能性もあったがむしろこちらを迎え撃つようにも見える。
そのまま進んでいくとお互いに正面から向き合った。
すると、相手は警戒心を露わにして威嚇を放ってくる。大した威嚇でもないので受け流しながら相手を観察するがその態度にも違和感を持った。
さっきまで不安そうにしていたのにいきなりぶち切れモードになったような唐突さがある。魔物達を精神的に追い詰める何かがこの異変の元凶なんだろうか?
威嚇が効かないと判断した大鹿は魔力を増大させると前足で地面を踏みつける。放たれた魔力がなかなかの速さで俺の足元に到達すると地面が音を立てて隆起した。
―ドドドッ…
それを左に跳んで避けると今度は角を用いた突進が襲いかかってくる。土術と同時に前に出ていた。既に十分な加速をもって手前まで来ている。頭を低くした体勢でこちらを下からカチ上げる気のようだ。
本命は落とし穴の方だろうけどな…
俺は対抗術式で足元に広がる魔術を打ち消すとカチ上げてくる角を軽く後ろに下がってギリギリで躱す。上昇する相手の喉元を左手で掴み右側に反らしながら相手の力と合わせて投げ飛ばすように跳ね上げてやる。
大鹿は跳ばされまいと後ろ足に魔力を込めて地面に縫い付け、上体を後ろに反った体勢で
それを下に潜り込むように躱し腹の下に潜り込むと右腕に魔力を込めて拳を振り上げる。大地にしっかりと根ざした両足から放たれる拳は大鹿の腹部をしたたかに打ち抜くと巨体を宙に跳ばした。
―操鉄術式、
だが、拳が打ち抜かれる瞬間にヤツも自分から後ろに跳んで威力を減衰させていた。空中で体勢を崩して地面に倒れ込むも素早く起き上がろうとしてくる。
そうさせる前に相手に接近しながら俺は右の腰に付けたホルダーからグリップの付いた金属の板を引き抜くと魔術を発動させる。
―
発動された鉄術により変形していくと板状のものが伸びていき、薄っぺらい、テープのように成形されていく。
先端を山状に変形し硬化させる。そうして形作られた刃が大鹿の胸元から肋骨を避けて侵入すると心臓を目がけて進む。
魔石と心臓の間に刃の先端が入り込み、魔力を流し込んで魔石の活動を停止させた。
その後、電流を流して心臓を停止させてやると眼から光が失われぐったりと地面に倒れ伏す。
完全に死んだことを確認すると刃を引き抜いて血糊を落とした。形を元に戻してホルダーに仕舞うと大鹿の遺体を見下ろして観察する。
…しまったな
もっと相手の戦い方を見るつもりだったが思わず倒してしまった。新しく作った武器を試すことに夢中になり過ぎた。
刺突剣をあまり有効活用出来ていなかったから潰して別のコンセプトの武器に作り替えていたのだ。等級の低い魔鉄の中にそれより少し等級を上げた魔鉄の結晶をちりばめて成形した剣だ。鉄術により状況に応じて変形させながら戦うことを主体にする。
名付けて“自在剣、
使い方に慣れていけばいろいろと応用が利きそうだ。
まあまあ満足しながら大鹿に近づいて手を当てる。魔力を流し込んで亜空間に引き込むと魔石と角を持ってきた袋に入れる。
魔石だけだとギルドに渡すとき、どんな魔物の魔石か分からないから特徴的な部位を一緒に入れておいた。それなりに値段が付きそうな部位でもある。
袋の中の角を見ていると相手がどんな攻撃をしてくるのか改めて気になってくる。
この角を使った攻撃はいろいろ考えられるし、魔術と組み合わせた攻撃を保持していたはずだ。
見ておきたかったな…まあ、魔石から吸い出した情報を調べれば何かしら分かるだろう。それに、また別の個体と会うこともあるかもしれない…
見切りを付けると次の獲物を探しにいこうとしてふと気付く。
ジュジュは何処に行ったんだ?
いなくなっていることに今更ながらに気付くと絡帯を使って位置を割り出しにかかる。
おそらくさっきの鹿が俺にとって大した相手でないと分かって接近している間に別の魔物を探しに行ったのだろう。ひとりで狩りがしたくなったのかもしれない。
いたな、向こうか…
方角となんとなくの距離は掴めた。そこまで遠くに行ったわけでもないようだ。
《ジュジュッ… 》
呼びかけてみるが反応すら返ってこない。かなり集中している状態にあることを意味している。
既に獲物を発見しているな… 交戦している可能性もある
もう、一人で狩りが出来るまでに成長している。特に心配はしていない。中層なら異変が起こっているとは言えジュジュが後れを取るような魔物はそうそういないだろう。危なくなったら引くことも助けを求めることも教えてある。
俺は気配を消して軽い足取りでジュジュのいる方向に進んでいった。
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(別視点)
微かな音を拾い、そちらに意識を集中すると魔物の気配を感じ取れるようになる。だが、直ぐには向かわない。準備が必要だ。
空術で体の周りに空気の幕を形成する。それにより音とにおいを封じ込めると身を低くして地を這うように駆けていく。
慎重に足を運んでいるようでいてその動きは素早い。目で追うことも困難なほどなのに足音はない。行く手を遮る生い茂った草も自分から避けるかのごとく音もなく別れて行く手を通す。
そうかからずに獲物が近づいて来ていることを感じとった。
すると、どうしようもなく気分が高揚してくる。はやる気持ちを抑えるように、魔力の乱れを抑えるかのように速度を緩めていく。獲物との距離が十分に近づくとそこで一度動きを止めた。
魔物の様子を観察すると神経質そうに地面のにおいを嗅ぎ回っている。ずんぐりとした巨体に似つかわしくない細身の四本の足。顔は長く口元から大きな牙が飛び出ている。イノシシ系の魔物だ。
毛の色は全体的に青白い色をしている。
時折、地面から鼻を外して大きく上を向くとしきりににおいを嗅ぐような仕草を見せる。周囲の警戒をしているようだがこちらには気付いた様子はなかった。
自分の気配はまったく気付かれていない。そう判断すると木の上から仕掛けることに決めた。
音もなく木の幹を駆け上がると枝の上に乗り、木々を飛び移り渡っていく。獲物が周囲を警戒したときは動きを止めてやり過ごす。
そうして射程圏内に納めると改めて相手の様子を確認する。こちらに気付いていないフリをしていることも想定して観察していくがそのような素振りは確認出来なかった。
仕掛ける決意を固め、息を殺してその時を待つ。猪が周囲を確認した後、顔を地面に下げたその瞬間、後ろから背中に向かって飛びかかる。
背中に抱きつくようにして乗ると即座に空術を解除して両前足の爪を突き立てる。長く鋭い爪は強力に魔力が込められて背中の分厚い皮を突き破り肉に食い込んでいく。
不意を打たれた相手は魔力を込めて防御に集中するが食い込んだ爪は更に深く突き刺さり固定される。
そこから首筋に向かって牙が突き立てられた。強靱な顎から繰り出される噛み付きは猪の魔力防御を貫通して深々と肉に入っていく。だが、猪の首は太く骨までは届かない。
猪にとってはかろうじて命が繋がっている状態だが危機的状況にあってなお悪化する兆しを見せている。牙も爪も徐々にその圧を増していき出血は増えていく。
そんな中、生存本能が能力を開花させたのだろうか。防御を維持しながら攻撃するために魔術を練り上げていく。体内にある水袋から生成して溜めてある魔水に魔力を流し、口から外に出すと槍を形成する。
攻撃は最大の防御…攻撃を当てて背中から引き剥がすつもりなのだろう。
だが、攻撃時はどうしても防御に隙が生じる。それを逃がすほど甘くはなかった。攻撃の機会をうかがって構築されていた魔術が解放される。
体が燐光に包まれると牙と爪から電流が発生し猪の体内で暴れ狂った。
電流により体が硬直すると魔術構成が解かれ、まとまって槍の形を成していた魔水が地面に落ちると砕けて散る。
魔石と心臓に電撃を集中していくと心臓は停止し魔石との繋がりは断たれた。命が絶たれると体から力が抜けていきゆっくりと横に倒れ込む。完全に動かなくなったことを確認すると勝利を確信した。
そして、獲物を主の元に運んでいこうとする。
最初は口に咥えて運ぼうとするが獲物が大きすぎてどこを咥えるべきか判断が付かない。対象の周囲をうろうろしつつ咥える真似をして感覚を掴もうとするがどこもしっくりこないようでなかなか場所が決まらなかった。
最終的に後ろ足に噛みついて後ろにずり下がるように運んでいくが途中で面倒になり諦めてしまう。
そのまま待っていると、主がこちらにやってくることを察知する。絡帯を通して気配を察知するより先に知った。
獲物の上に飛び乗り接近してくる方向を向いて座る。ひとりで獲物を仕留めた満足感に浸りつつ主を待つことにした。