換金が終わったので夕食を取りに行く。もちろん昨日訪れた狩人の憩い亭だ。ギルドから歩いて行き近くまで来ると店の周りに行列が出来ているのが見えた。
えぇっ…こんなに混む店だったのか
昨日来たときより遅い時間だがまさかここまで行列ができる店だとは思っていなかった。昨日の感じだとまだ席に余裕があったから混んでいたとしても並ぶほどではないと考えたがどうやら甘かったようだ。
今日は特別混む日という見方もあるが、おそらくは毎日こんな感じなんだろう。
行列の中には結構一般客の姿が見られた。ここは街の外れにある地区で周囲に住宅はあまりない。だからわざわざ訪れるのはよほどのファンか話を聞いて気になった一見客だと思うのだが…。
時間がかかるのが嫌なら、ちょっと本気で走れば大抵はそれで済んでしまうしな。
まあ、今日のところは諦めるとしよう…
行列を横目に見ながらホテルの方へ歩いて行く。俺一人なら並んでもいいがジュジュも一緒だと途中でぐだる可能性もある。もっと無難な選択をしよう。
ホテルに着くとカウンターでおすすめのレストランを聞いてみる。すると街の中心部へ向かって少し行ったところに比較的新しく出来た店があるという。
新しくできたが故に知名度はあまりない。そして、味はいいが値段がそこそこ高めなので行列が出来るほど混まないだろうと言う話。
礼を言って直ぐに向かうとお店が見えてくる。大通りに面していて分かり易い。遠くからでも飲食店と分かるように看板がライトアップされしっかりと主張が成されていた。
特に並んではいないようだ。扉を開けて中に入ると直ぐに店員が来てくれる。ホテルで従魔連れでも大丈夫と聞いていたが、一応確認しておくと大丈夫だと言われたので遠慮なく案内を受けた。
厨房には客席から見えるように大きなドーム状の窯が設置させている。他の客が食べているものをチラッと見ると大きな円形のものを切り分けて食べているようだ。
ピザ…みたいだな
どうやらここはピザ店であるらしい。席についてメニューを見てみるとチーズとソースの組み合わせで大きなジャンルが分かれているらしい。自由にトッピングなどを組み合わせるお好みでの注文も出来るようだがとりあえず決まった物の中から選ぶことにする。
と言ってもチーズの細かな種類なんて良くわからない。そこら辺は適当にソーセージとかがのった物をサラダとか適当な前菜と一緒に注文する。
サラダはジュジュが嫌がらないように酸味のないクリーミーなドレッシングがかかった物を頼み、前菜はピンチョスのような軽くつまめる感じの料理が出てきた。
メインのピザが運ばれてくるとテーブルの上は一気に熱量が増したようになる。熱せられた石のプレートに乗ったピザはチーズがグツグツと沸き立ち独特な香りを立ち上らせている。パンの部分は所々黒く焦げ付いた色合いをしていて芳ばしい香りをさせる。
自分で切り分けて食べるスタイルのようでナイフとフォークが添えられていた。それを使用して切り分けるとジュジュの分を別皿に移し与えてから食べる。
生地は厚めでふかふかな感じだが石窯に接していた底の部分はサクサクした食感をしている。厚い生地が上に乗った大量のチーズとソースを受け止めてバランスがいい。
ジュジュと分けてあっという間に平らげてしまったので追加でもう二枚、カレー風のソースのものと蜂蜜ソースのものを注文した。
それもすぐに完食するとジュジュも満足したようなので会計してホテルに戻る。
寝る前にあの鹿の魔石から得られた情報を解析することにした。果たしてどんな攻撃をしてくるのだろうか?
解析が進むとちょっと面白いことが分かる。どうやらあの鹿は名前の通り石魔術が使えるようだ。あまり上手くはないが魔力を通すぐらいなら不自由なく出来るようだ。
あの角を地面に付けて土を纏わせ、そこに含まれる石に魔力を通して弾丸のように飛ばして攻撃してくる。一般的に魔力を通しにくい物質ほど魔力は抜けにくい。石はそういう性質を持つので距離を離しすぎなければそれなりの威力になるだろう。
他には二本の角を体術で操って間に挟み込んで固定したり切断したりするようだ。
土魔術は基本的な使い方を主体として、かなり上手い具合に使って戦えるポテンシャルを秘めていた。俺に対してはあまり見せることが出来なかったが。他に変わった使い方としては角に大量の土を纏わせて魔力で固めて殴りつけてくるぐらいだな。
分析で分かったのはこんなものか…
石魔術は結構な収穫だな。今は魔力を通すぐらいしか出来ないがこの鹿がやるように指弾で成形した石つぶてを飛ばして牽制に使うぐらいなら出来る。これを足がかりに練度を上げていってもいい。
ほくほくしてベッドに入るとジュジュも俺のベッドに入ってくる。
昨日はひとりで寝ていたのに…
どうやら初めての独り寝は新鮮ではあったがもう飽きたらしい。いつものがいいと言うことなんだろうな。
そのまま抱き合って一緒に眠った。
◇
翌日も夜が明ける前にホテルを出て狩りをしに魔境へ向かう。
今日、向かう先は昨日よりだいぶ西寄りの区画だ。
ギルドが管理する区画と騎士団が管理する区画の境界に当たる場所に谷のようになっているところがある。
狩人側は騎士団が管理している場所に入って狩りを行ってもルール上問題はないそうだが、縄張り意識が働くためか境界に近づく狩人はあまりいない。
今は非常事態で管理区域とか関係なくなっている状態だがおそらく普段の慣習からそこで狩りをする者は少ないと考えている。
そこなら魔物に出会える確率は高いと踏んで高速のインターに繋がる道を西へ向かって走っていく。
おととい遭遇した熊は地理関係的にそこら辺から来ていたようにも思える。強い魔物が侵入して居座っているようにも感じられた。俺の勘が正しければ熱くなれるような狩りが出来るはずだ。
意気揚々と道を進んでいく。そんな俺の気持ちが伝わっているのかジュジュの足取りも軽い。
ここら辺か…
近くまで来ると森の中に入っていく。管理区域の外れにあるだけあって人が入らないためか草が生い茂っていて進みにくい。大きな魔物がいないせいもあるんだろう。
しばらく土術で平したり自在剣で切り払ったりして進んでいくと魔力が濃くなっていき歩きやすくなってくる。
魔境らしくなってきた。だが、場の魔力はふつうの表層程度でしかない。
問題は…
奥の方から妙にピリピリと肌が粟立つような気配を感じる。表層では通常あり得ない重苦しい雰囲気だ。まだ、微かに感じるぐらいだが奥に進んでいけばより強力になっていくだろう。
ジュジュもそう感じているのか緊張を高めている。
これは当たりだな、いい狩りになりそうだ…
気配の方向へ進んでいくと時々表層の魔物に出くわしたが、皆何かにおびえているようでまったく戦意を感じられなかった。
狼とか熊とかもいたが俺を見ても反応を返してこず棒立ちのままだ。じっと見ているとぷいとあらぬ方向を見てゆっくりと俺から距離を取るように動く。
こういう事は初めてだな。異変時の表層はだいたいこんなものかもしれないが…
無視して進んでいくといよいよ気配が濃厚になって来た。まだ表層も表層ってところだが前方から感じられる気配は深層のそれ。深層は深層でも割と深めな感じだ。
近くに何かいるな…
かなり強い魔物だ。こいつは期待が出来そうだな。
《・・・・・・・》
えっ! そうなのか!?
ジュジュから絡帯を通じて情報が入る。今、感じている魔物の近くに人間がいると言う。俺達より近い位置にいる。そして、魔物に向かって行ってるらしい。においと気配で知覚したようだ。
他の狩人だろうな…
そう判断すると早足で駆けていく。先を越されてしまったと言う思いもあるが心配する気持ちもある。この魔物は強い。万が一があるかもしれない。
接近していくと俺にも確かに人間の魔力が感じられるようになる。
魔物の方はその場から動かずに周辺に近づくなという意思の込められた魔力波を発散している。一定以上に接近すれば確実に戦闘になるだろう。
対する人間の方はそれを承知で正面から向かって行ってる。一応、気配は消しているようだが…
? 狩人ではないのか?
少し無謀な気がする…人数は一人か! 無理だろっ!?
途中で人間の方の強さが分かってくる。大雑把にしか分からないがかなり強い方だと思う。だが、この魔物に勝てるとは思えなかった。
速度を上げて走って行く。しかし、魔術を使用してまで急ぐことはしない。
《ジュジュ、俺と併走して 》
ジュジュを先行させることもしない。この魔物はジュジュよりも強い。
迂闊に飛び込んでいってはこちらにも危険がある。そう判断して慎重な行動を取る。
魔境に自らの意思で入る以上は覚悟は出来ているんだろう。実力はあるようだしこちらが着くまで持ちこたえられるはず。俺の知り合いでもないし万が一のことがあってもその時はその時だ。
何かあったなら骨ぐらいは拾ってやるか…
そう割り切って行動する。
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(別視点)
「外れたか… 」
魔物と対峙してガエルは思わず本音が漏れる。目の前の魔物は巨大な山羊の魔物であった。草食性の魔物であり好んで人間を襲うわけではない。
だが、放っておけば魔境の均衡を崩し人が生きる環境に害をなす。それに、これ程強力な魔物がここに居座れば魔境は深さを増していく。
(出会った以上は倒さなければならんな… )
どの道、相手に戦う気がある以上戦闘は避けられない。普通の狩人なら逃げの一手を選択するところだがガエルの頭の中にはその選択肢はなかった。
狩人になった今も騎士としての信念が根付いている。しかし、それ以上に老人には引くことをさせない執念とも言うべき思いがあった。
(ここで引くようではなぁ…… )
大盾を前面に構え槍を水平に出す。魔力を高めていき魔術を構築していく。最初から全力でかかると決断する。
そんなガエルを見つめる大山羊は威嚇をすることなく戦闘態勢に入った。警告を無視して入ってきた以上は力によって排除する。そういう考えなのかも知れない。
魔力を高めていき体を強化していくが魔術を構成することはない。身体強化も全力ではなかった。
大山羊はガエルを格下の相手と見なしたようだ。全力でなくとも倒せる、あるいは一当て二当てすれば相手は逃げ出すと見積もっているようだ。
お互いに距離を開けたままにらみ合っているとガエルからは仕掛けてこないとみて大山羊から攻撃が始まる。
盾を構えるガエルに向かって突進をすると角が当たるように頭を低くして頭突きを放つ。全力でなくとも余裕で老人など吹き飛ばすことが出来るであろう質量と勢いで迫る。
そのまま盾ごと吹き飛ばされるかに思われた。だが、突如として空気が破裂するような音が周囲に響き渡り、大山羊の体が大きく減速される。
角と盾がぶつかり合いけたたましい音と衝撃がまき散らされるが、ガエルはわずかに後退しただけで凌ぎきった。
魔術で盾の前面に弾力のある空気の層を形成し衝撃を吸収させていた。前面に対して破裂させることで空気の噴出により相手を押しのける効果も加えた魔術構成だった。
相手の動きが止まりガエルにとって攻撃する絶好の機会が訪れる。
―…ィィィィィィィィィ………
円錐形の槍穂は既に高速で回転している。すべてを懸けるつもりで限界まで威力を引き上げ相手の心臓目がけて突き出す。
これが効かなければもうガエルに勝ち目はないだろう。相手が本気を出していない今が最大の勝機だ。
先端が胸元の一際長い毛を散らしていく。皮膚に突き刺さろうとしたまさにその時…
…渾身の一撃は空を切った。
大山羊は直前に身体強化を最大まで引き上げ、後ろに跳んで躱した。
一足飛びに最初に立っていた場所まで戻ってきている。余裕を持って躱したような何気ない軽い動作だった。
散らされた毛が宙を舞い地面に落ちる。
(これは…きついな… )
こうなってはいよいよ覚悟を決めるより他は無い。盾を捨てて両手で槍を持つと大きく腰だめに溜めて槍を突き出した構えを取った。
死んだとしてもただでは死なない。そんな覚悟が込められたような鬼気迫る表情を見せる。
ガエルは後ろに下がることだけはすまいと心に決めていた。倒れる時は前へ。仲間へ顔向け出来ない死に方だけはしたくなかった。決意と共に魔力を限界まで引き上げる。
魔術構成はギリギリまで行わない。相手に読まれると考えたからだ。
大山羊の挙動に意識を集中しつつ全体を捉えるように自然体で見る。
静寂に支配されたかのような、二体だけが静止した時間が流れていく。
それを破ったのはまたしても大山羊からだった。
体の挙動を確かめるようにゆっくりと前足を上げる。
―ド ッッッ !!
突如として土煙と共に轟音が鳴り響き大山羊の体がガエルに向かって一直線に飛ぶ。
ガエルの眼には大山羊がそのまま拡大されて迫ってくるかのように見えていた。
―せめて角の一本でも…
祈るようにそう思いながら魔術を構成して迎え撃つ。
その時―
―ガキィィ……!
突如として目の前に何かが現れた。それが間に入り大山羊の突進を受け止めたらしい。ガエルは一瞬遅れてそう理解した。
(なっ…あれは……人か… )