ああ、あの時の…
ヴィルフォートに来るときに高速の出口付近で出会ったあの騎士風の二人組だ。ガエルの見立てはおそらく当たっているだろう。特務騎士というやつらしい。
女の方はいきなり平手打ちをかましてきたような人物だ。口より先に手が出る激情家と言った感じだな。あまり得意なタイプではない。そもそも、そういう人が得意だという人はいないだろうけど。
対して男の方は冷静で話せる印象を受けたが、服装とか見た目から終始やる気がなさそうに見える。前回と同じく緩い着こなしをしていた。何とか女性の方を抑えてくれると助かるが頼るのは危険かも知れない。
性格を足して二で割ったらちょうど良くなりそう…
コンビとしてのバランスは悪くない様に思う。そのバランスを発揮してくれれば話になると思うんだがどうなるかな?
こちらにはガエルがいるから大丈夫か…
間近まで来ると少し距離を開けて立ち止まる。やはり多少の緊張は感じるものだ。向こうも同じだろうけど。
「ワシらは見ての通り狩人だ。そちらは特務騎士とお見受けするがいかがかな? 」
見ての通り…
ガエルの狩り着は騎士に見えなくもない。見ての通りとはならないのでは…。
そこを気にした風もなくガエルの問いかけに男の方が答える。
「そうだ。俺は北部騎士団所属特務騎士ロイド・シス・ヴィラゼフレクス。こちらは同じくリリーアン・ソル・グレイズだ 」
ロイドとリリーアンね…覚えておこう。リリーアンは貴族の出か…ロイドはなんとなく狩人だった気がするな。
「ワシはガエルだ。こっちは… 」
「レインだ。流れの狩人をやっている。こっちは俺の従魔でジュジュという 」
自己紹介もそこそこにして置いて、ガエルから本題に入る。
「ワシらは強力な魔物を探しているのだが心当たりはないだろうか? 特務騎士なら別に秘密にしておく必要はないだろう…
ワシらがその魔物を狩ることができれば騎士団にとっても損はない。狩れずに死んだとしてもそういう仕事と言うことだ 」
「 …覚悟があるなら話すことにしよう。まあ、俺たちも大した情報は持っていない。それでもいいか? 」
「ああ、別にそれでいい。もとより自分たちで探すつもりだ 」
たまたま遭遇しただけだしな。いきなり協力は無理だ。
「ここから北に行くほどに圧が高まっていく。気分が悪くなる程だ。俺でも危険を感じて避けることにした場所だ。それでも行くのか? 」
「それはワシらにとっていい情報だな…しかし、やはり北か…、谷間にある
ガエルはこの辺りの地形に詳しいようだ。特務騎士だった経験からなのか、それとも目的のために調べ上げたのか?
「大丈夫だという自信はあるのか? 」
「……自信、か… ワシにとってそれはどうでもいいことだな。もとよりやらねばならんことだ。おぬし達が気にすることではない 」
「…そうか 」
ロイドは何か思案しているようだった。そこにさっきから黙っていたままのリリーアンが横から口を挟んでくる。
「ねぇ、私達と手を組まないかしら? 」
#
接近してくる狩人と思われる人物を足を止めたまま待っているとやがて存在をはっきりと感じられるようになる。
(二人か… 狩人で二人組は珍しいな )
ロイドは狩人だった時分はそれなりに長い。異変のさなかにいる今、二人組であることに多少の違和感を覚えて考えを巡らせていく。
今の環境となった境界区域にやって来たことから、それぞれ腕には自信があるのだろう。それでも二人で組んだと言うことは大物を狙っているのかも知れない。 必要があって即席で組まれたのだろうか?
もともと二人組だった狩人である可能性も考えられる。夫婦であるとか兄弟であるとかなにかしらの強固な人間関係に基づいている場合だ。
後者の方が協力は得られにくいかも知れない。関係の中に他者が入り込むことを良しとしないことが考えられる。前者の方がロイドにとっては都合が良い。ただ、前者の場合、狙いによってはこちらが危険に巻き込まれる可能性もある。
本当に危険になった場合は見捨てて逃げたとしてもかまわない。狩人は危険を承知で魔境に入っているのだ。
だが、こちらから助力を仰いでおきながら情報が得られればさっさと離脱するというのは避けておきたいとも考えている。
一番いいのは相手側から助勢を求めてきてそれに応じて協力する形になることだ。それならば条件を付けてこちらの安全を確保出来る。
狩人達はこちらを目指して来ている。こちらに何かしらの興味があると見ていい。交渉の余地はあるように思えた。
(!? あの狩人は… )
相手側の姿が見えてくるとロイドは内心で驚愕の声を上げた。黒髪の狩人、そして強力な従魔を連れている。以前に道端で遭遇した狩人だった。
再び出会うような予感はしていた。しかし、これほど予感の通りに事が運ぶと空恐ろしくなってくる。
(一緒にいるのは狩人…なのか? )
騎士風の恰好と装備をしている老人が先頭を歩いている。狩人と一緒にいることとやってくる方向から言って狩人であることは間違いなさそうだがぱっと見では狩人に見えない。
(いったいどういう関係なんだろうな? )
ちぐはぐとも言える二人組に
やがて目の前までやってくると、ちょっとした遣り取りの後、ロイドから名乗りが始まる。受け答えは老人を中心に行われる。どうやら老人の方が主導的な立ち位置にいるようだ。
(ガエル…? どこかで聞いたような… )
ロイドは老人の名を聞いてどこか引っかかるものを感じていた。そして、老人が強力な魔物を追っていると聞いて思い出す。
(まさか…老騎士ガエルか? )
噂程度には聞いたことがあった。とある魔物を追いかけているらしい。その理由までは知らないが何十年と諦めきれずにいるとか。
魔物に執着して相当に長いこと狩人をやっているこの人物に危うさを感じる。こちらが協力により安全を確保することが目的なのであって、危険なことに巻き込まれたくはない。
協力関係を結ぶべきか迷いが生じる。話してみて思いのほか冷静な印象を受けたが土壇場でどのような行動に出るかはわからなかった。
(どうするべきか? )
決断を出せないでいると意外なところから声が上がる。
「ねぇ、貴方たち。私達と手を組まないかしら? 」
(なっ… )
ロイドにとっては不意を打たれた形だ。リリーアンからそのような提案が出てくるとは想像だにしていなかった。
普段の彼女であれば狩人と手を組むことなど嫌がっても自分から進んで行うとは到底思えない。実際、ロイドが前にそう言ってみたところ、あまり乗り気では無かったはずだ。
どういう心境の変化があったのだろうか? ロイドは思った。それだけ今日、彼女が感じた魔境の圧力は衝撃的だったのか?
「悪い話じゃないと思うけど? 」
ガエルはリリーアンの申し出に少し面食らったような顔をした後、黙って考え込んでいる。
「お嬢、そういった提案は軽々に行うもんじゃありませんぜ。もっとよく考えなきゃ 」
「ロイド、あなたが言ったんでしょ。あの狩人を雇わないかって… 」
「それは…、そうですがね… 」
その間に、何とか軌道修正出来ないかとロイドは考えたが、そもそも理想的な落とし所がどこにあるのか揺らいできていた。
そんなところにガエルに任せて話に加わってこないと思われたレインが口を開く。
「ガエル、受けても良いんじゃないか? 」
#
相手の提案に対してガエルは何やら考え込んでいる様子。俺としては別にどちらでもかまわなかったしガエルに任せて置けばいいと考えていた。
三人の遣り取りを蚊帳の外から見守るつもりでぼうっと眺めているとロイドが手に持っている金属製の棒に目が留まる。
…そう言えばあれの使い方をまだ見ていなかったな
一度気になり出すとどうしようもなく気になりだしてしまう。前に一度気になったことがあるのでその思いは
これは是非ともこの機会を利用して確認しておきたい。これを逃したら次はない気がする。
「ガエル、受けても良いんじゃないか? 」
俺は善は急げとばかりに提案した。
「う~む。そう簡単に受けていいものか… 」
「そうね。安請け合いはよくないわね 」
えっ…なんで?
「さっきは自分から提案してきたように見えたが… 」
「あなたから言われるとなんかムカつくのよね 」
こっ、この女っ! はっきりと言ってくれる…
傷つくよ、それ…
…とは言え冷静になって考えてみると危うい部分があるな。
この先どれほどの魔物と遭遇するか分からないがレインメーカーを使う必要があるかもしれない。その時の対処には人数が少なければ少ないほどいい。
なので更に詳細な提案をしてみる。
「危険な状況になったならそちらはそちらの判断で離脱してくれてかまわない。俺達は俺達で勝手に戦う。それでどうだろうか? そちらにとって損はないはずだが… ガエルもそれでいいだろう 」
「そうだな…ワシはかまわんぞ。そのほうが邪魔にならなそうだ 」
「そうね、こちらにとっていい提案ね…でも嫌だわ、あなたの提案だもの 」
なっ…
「お嬢! そんな言い方はありませんぜっ! レイン! 説得する時間をくれ! 俺は全面的に賛同する 」
ロイドは若干焦ったような感じでリリーアンを諫めつつ、俺の提案に乗ってくる姿勢を見せてくれる。
「この提案はこちらにとって相当有利なものだ。提案を受け入れるべきですぜ 」
「それは分かっているわ 」
「なら何が気に入らないんですかい? 」
「…何となくかしら? どうにもあの男の物言いが気に入らないのよね 」
おいっ!
「そんな一時の感情で重大なことを決めないでくださいよ。もっと冷静になったほうがいいですぜ 」
流石にロイドは話が分かる人間のようだ。建設的に物事を考えている。
もっと言ってやって…
「そう言われてもねぇ…何かあの男には裏があるように思えるのよね。どこか真剣じゃないというか…そこまで信用出来るものかしら? 」
…するどいね、女の勘ってヤツか?
そう言われちゃあ何も言えねぇな、俺は
「信用の問題じゃありませんぜ。相手が言うようにこちらが負うものは何もないんですから 」
後はロイドに任せるしかないな…んっ?
ジュジュが俺の足をちょいちょいとつついてきた。言いたいことがあるようだ。
《何かな… 》
顔を見ると何かあったの?って感じに見てくる。どうやら先に進まないことに飽きてきているようだ。
賢いとは言えまだ一歳と少し…我慢にも限界がある。
《ごめんね、もう少しだよ 》
撫で回してなだめつつ早く終わらないかと成り行きを見守る。すると、そろそろ口を挟もうかと思ったタイミングで結論が出そうな雰囲気を見せてきた。
「まあ、仕方ないわね。しばらくは一緒にいてあげるわ 」
なんで上から目線なんだよ…
いやまあ、何でもいいか
それよりもそんなに嫌われる事したか?
◇
ガエルを先頭にひたすら北に向かって進んでいく。北にあると言っていた砂防ダムに向かっているらしい。やはりガエルはこの魔境に詳しいようだ。
進む順番はガエルを先頭にリリーアン、ロイド、俺、ジュジュと続いていく。リリーアンが俺の後ろを歩くのを嫌がったためだ。配慮の結果としてのこの順番だ。
本当に何かしたか、俺?
進むごとに周囲から感じるプレッシャーは大きくなっていく。俺やジュジュはそうでもないが、他の三人は結構キツく感じているんじゃなかろうか?
と言うのもガエルの進むペースが速すぎる。じいさん自身もキツく感じているはずだが気合いで無視しているというか、どこか正気じゃないみたいに足を動かし続けている。
それに触発されているのかロイドとリリーアンも自分の状態に気がついていないように思える。魔境のプレッシャーで調子を狂わされているのかも知れない。
このままだとマズいな…
「ガエルッ! 」
俺は少しきつめに魔力を込め、音響術で訴えかける。不意に圧をかけられてハッとなったのか、一瞬体を震わせてその場で静止する。
後ろに続く二人もそれに続いて停止した。現状に気がついて愕然としたって感じもあるな。興奮して遊んでいた猫が急に冷めたようにも見える。
ちょっと可笑しい
……こう言う風に思うところが嫌われてんのかな?
「少し休憩を入れよう。目的地はもう見えているしな 」
視線の先には森の木々の間から砂防ダムが見えていた。そして、その先から妙に胸がザワつくような圧を感じる。
黒い風が吹き下ろしてくるようにも感じられていた。見ているとちょっと気分が悪い。明らかにこの先に何かがいると理解出来る。
まあ、実際はどこにいるかわからないんだけどな…
あくまで感じているのは場のプレッシャーだ。
俺が気分が悪く感じるぐらいだからジュジュも含めてみんなキツい思いをしているだろう。率先してどっかりと座り携帯食を取りだして食べ始める。
他のメンバーもそれを見て思い思い休憩を取り始めていった。
俺が取りだしたのはもっさりした食感の、ビスケットのようなパンのような携帯食だ。小さな縦長の直方体をしている。
カロリーメイトかな?
これだけ似ているものがあると俺以外にも地球のこと知っている人間がいるんじゃないかって気になってくるがそんなことはないんだろう。
口の中がパサついてくるのでパウチ入りゼリー飲料を開けて口に含み潤す。こんな所まで一緒にしなくてもいいと思うんだけどな…これにも合理性があるのか?
ジュジュにもジャーキーを上げて休ませている。ガエルはオーソドックスなクラッカータイプの携帯食を食べていた。さっきもそれだったな。それが好きなのかこだわりがないのか…? 昔気質な感じがするし携帯食はこれって決めているんだろうな。
ロイドとリリーアンは俺と同じようなパウチ入りの飲料を飲んでいる。見た目からでは普通の飲料かゼリータイプか良くわからないな。パッケージもほとんど銀一色で味も良くわからない。騎士団で支給されているものなんだろう。
亜空間にはまだまだ在庫があるけどこの国で探したら今までにない味のものがあるかもしれないな。今度探してみよう。
「さて、そろそろ進むとしようか 」
ガエルがそう言うと休憩が終わった。
たっぷりと時間をかけて休憩して場に馴れさせる事は出来ている。いよいよ砂防ダム地帯へ進む。
魔力を感じることがなければ、木漏れ日に照らされる森の中の人工物は、さながら祭壇のようで神聖な雰囲気すら感じただろう。
進む先はそれとは逆の意味で近寄り難く、不気味なほど静まりかえっていた。