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もうもうと立ち込める土煙の中から勢いよく何かが飛び出してきた。強化外部装甲を身につけたレインメーカーだ。推進器により轟音を上げながら迫り来る姿を見て黒竜はさらなる闘志を燃やすと正面から向かっていく。
再び拳と刃が交わる。
黒竜は再び均衡して極上の凌ぎ合いが始まると期待していた。だが、自慢の刃は接触と同時に根元から砕け散る。強化された拳の威力は想像を上回っていた。
振り抜かれた拳はそのままの勢いで黒竜の腕を殴りつける。そこで止まることなく腕ごと体を殴りつけて吹き飛ばしていった。黒竜は木々をなぎ倒しながら土煙を上げていきやがて止まる。
森の中は静寂に包まれた。
仰向けのまま夜空を放心した様に見上げている。拳を受けた右腕は骨が砕けて激しい傷みを脳に伝え続けていた。しかし、そのことはまったく気にならなかった。
胸中を支配しているのは
そう感じた次の瞬間、体中の血が煮えたぎるほどの怒りが湧いてきた。自分自身に対する怒りだ。尻尾を振り上げて地面に叩きつけるとその反動で飛び起きる。
黒竜は力の限り叫んだ。あらゆる雑念をすべて吹き飛ばすかの様に長い長い咆哮を上げる。どこまでも続いていくような長い叫びだ。
だが突然、ピタリと止める。辺りに静寂が戻って来た。
全身をあらん限りの魔力で満たしていく。折れていた腕がさらなる痛みを伴って再生されていく。再生が終わると体に変化が現れ始める。
周囲の大気が渦巻いて黒竜に向けて流れ込むと体が一回り大きく膨らんだ様になった。全身の鱗や甲殻は分厚くなり鋭さを増していく。一際目を引くのは両手に備えていた刃の変化だ。
長く優美な曲線を描いていたものが短く、分厚く、幅広に変化していく。描く曲線は緩やかで直線的になっていた。レインメーカーの強化に合わせて、より力強い打ち合いを望んでいるかのようだ。
実際にそうなのだろう。変化していく体を耐えがたい苦痛が駆け巡っているが黒竜自身はすべてを受け入れてその行程に満足していた。
やがて変異が完了すると嘘の様に苦痛が引いていく。
こちらを見ながら静止しているレインメーカーを静かに見つめて思う…
変異中に相手が攻撃してこなかったことを
お互いに静寂の中、見つめ合う。やがて、どちらともなく前へ踏み出すと、
剛拳と剛刃が衝突する。お互いに一歩も引かずその場に留まる。互角の勝負に見えた。
数瞬の間が空く…その間に何かを確認し合ったのか納得をすると、次の攻撃が同時に繰り出され突き合わされる。そこから攻撃の連続が始まった。
最初の削り合いと比較すれば緩慢とも言えるだろう。ひとつひとつ噛みしめるかの様に放たれる攻撃は先と同様に例外なく正面から衝突していった。
しかし、その衝撃は世界を揺るがしていると錯覚するほど激しい。込められている魔力の大きさが段違いだった。そして、打ち合わせるほどにさらに増大していく。
お互いに高め合い比べ合う…黒竜はそんな時間に至福を感じていた。
だが、それもいつか終わりを迎える。
無念さとやり切った達成感を同時に抱いていた。
剛刃が少しずつ押され始めている。先に上昇を止めたのは黒竜の方だった。刃がこぼれ徐々に亀裂が広がっていく。やがて双刃は折れて宙を舞う。
見事…
黒竜は相手に対して素直に称賛を送っていた。だが、まだ切り札がある。
黒竜の最後の攻撃が始まる。
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両手の剣は折ってやった。だが、まだ相手には切り札が残っている。
俺は緩みそうになる気を引き締めると最後の攻撃も正面から受け止めると決める。これはそういう戦いだ。
黒竜は空中に飛ぶと縦に高速で回転し出す。膨大な空気を巻き込み竜巻のようにも見える。粒子のぶつかり合いが雷を発生させていく。魔力が物質化した様な、硬さのある圧力を感じる。
どうやら準備は整った様だな…
…来いっ!
黒い竜巻の中から
ゆっくりと迫り来る暴威に対して拳を突き出していく。俺の動きも緩慢なものに感じる。
互いが接触する直前、俺は鉄術を起動させた。
―
結晶一つ一つを緻密に操作して剛性と靱性を極限で両立させた拳―
黒竜が放つ削り砕く尾の一撃―
―両者が激突する
拳は分厚く硬い鱗を砕き、肉にまで突き刺さった。血しぶきが舞う。そこから世界がもとのスピードを取り戻す。
振り抜いた拳が尻尾を切断―尻尾の先端はどこかに吹き飛び、黒竜自身は回転しながら地面に激突していった。
回転と衝撃により地面が抉れる。そのまま地中を掘っていくかと思われたが黒竜は両手両足を地面に突っ張らせて強引に回転を停止させた。両手を地面に着かせ俺に頭部を差し出す様な体勢になる。
感じられていた膨大な魔力は、今は消失していた。次の動きもない。黒竜は死を受け入れている。そう感じられた。確信がある。
確実にとどめを刺すために兵装を追加する。そこまでする必要はないかも知れない。しかし、出せるものをすべて出す。それが礼儀のような気がした。
【
右腕に装着すると黒竜の頭に向ける。振りかぶりながら魔力を込めて突き出していく。
黒竜は目を逸らすことなく真っ直ぐ静かに見つめていた。
真っ直ぐに伸ばされた先から高速で杭が射出され、超硬質の杭が頭部を再生不可能なまでに破壊する―
『・・・・・・・・・・・』
はずだった。
杭は射出されることなく台座に収まっている。戦いの勢いそのままに殺すつもりだった。だが、突如として熱が消失した様に気持ちが冷めてしまっていた。
『・・・・・・・・・・・』
そうなったのはこの頭?の中に響いている“声”の所為なのかも知れない。いつだったか、レザニュームとの戦いの後で感じたものと同じだろう。あれから今まで換装する機会はなくて忘れていたが、気のせいなどではなかった様だ。
『・・・・・・・・・・・』
どうやって消せばいいんだろう?
消し方が分からないがそもそも消えるものなんだろうか?
俺自身の取説が欲しい…
黒竜はいつまで経ってもとどめを刺さない俺に疑問を感じたのか不思議そうな目で見てくる……様に感じる
《何故、殺さない? 》
痺れを切らしたのか向こうから念話で問いかけてくる。もう修得したのか…お手の物だな。いつか人の形に変異するんじゃないだろうか? いや、ないな…
しかし、何故、か… 何故なんだろうな?
こいつは今回の異変の元凶で間違いない。後のことを考えるとここで殺すべきなのかも知れない。狩人なら間違いなくそうする。
しかし、今の俺はレインメーカーだ。これは狩りではなく
こいつが昔にガエルの仲間を…キースとハルツを殺したことでおそらく間違いないだろう。他に狩人を一人殺してもいる。しかし、そのことで俺がこいつを恨みに思うのはお門違いだろう。
実際に恨みなんてないしな…
ガエルの代わりに仇を取ってやる…なんて言うのも的外れだ。別に頼まれたわけでもない。じいさんの真意なんて分からないしな…
それに過去に
狩人らしくないし…
いや、さっき狩人なら狩るとか言ったばかりだったか…堂々巡りにならないか?
念話により俺の思考は朧気ながらに黒竜に伝わっているのだろう。考えている間もじっと待っている。とはいえいつまでも待たせておく訳にいかない。
《楽しかったな… 戦い… 》
とりあえず別の話をしよう。そのままうやむやになってもいい。話しているうちに何か思いつくかも知れない。
《……そうだな、 これ程の戦いは久しく味わっていなかった。いや、初めてだな… もう経験することはないだろう 》
暗に死にたかった様なことを言って来やがる。実際そういった感情もあるな。なんだかイライラする。こいつはこいつでいろいろあるんだろうけど…
《生きていればあるだろう… 》
《お前ほどの強者に出会ったことはない… 》
まあ、出会っていたら死んでいるな…
《お前がこの世でもっとも強いのかも知れない… 》
俺にずっとここにいて自分と戦い続けてくれたらな~みたいな期待を込めている。
それはちょっと…
《それは無い、俺より強いヤツはいる 》
頭に銀色の巨竜を浮かべながら断定する。俺の確信が伝わったのか黒竜は食い気味に聞いてくる。
《本当か!? 信じられん… 嘘じゃ無いよな? 》
ここで一計を案じた。こいつをアルグラントに押しつけ… 任せればいい。黒竜の期待に満ちている様子からいけるんじゃないかと思えてくる。
そうすればこいつの所為で起きる異変は無くなるだろうし、こいつも満足出来るだろう。殺さないことで起きるリスクを考えるとあれこれ悩ましくなるが、そうすればまるっと解決だ。
アルグラントなら任せられると何故だか確信めいたものがある。一度だけ申し訳程度に言葉を交わしただけなのにそう言った思いになるのは不思議なものだ。これも念話で通じ合ったからだろうか?
同時になんとなくこいつを殺したくない自分についても理解が深まる。こいつに人間味を感じてしまっている自分がいる。念話で言葉を交わしたこともそうだが角を突き合わせてみて自分と近しいものを感じたからだろう。
《本当だ。情報を送ろう… 》
俺はアルグラントについての姿や力の片鱗、予想される住処、あの森林の地理、関連する事柄で俺の知りうる限りのことを情報の塊として渡していく。
《なっ…まさか、こんな存在が… 》
念話は便利だな。情報の真偽も丸わかりで伝えられる。信じてくれた様だ。ここで提案をしてみる。ここからが大事なことだ。
《こいつの住んでいる場所に移ってみないか? 》
《ぇ…………… 》
俺の提案に黒竜は口をぽかんと開けてフリーズする。考えたことも無かったって感じだな。相当意外な提案だったらしい。
普通、考えつきそうな気もするが何故だろうか?
生まれ持った習性的なものが関係しているのかも知れない。結構、知能が高そうなんだが、それでも本能に抗えない部分があると言ったところか…
それとも、信条や文化的なものがあるんだろうか? 縄張りから出るときは大抵他の魔物に追われてのことだから自分から移るのは負けた気がするとか…
どうでもいいが表情筋とか無いはずなのに口を開けている様子とか見ると、表情がある様に感じてしまうな…
まあ、説得しなければ決心がつかないか…。交渉していこう…
《ここにいても満足のいく戦いは出来ないんだろう? 》
《…確かにな 》
《なら、この場所に未練があるわけでも無いだろう? あいつはお前と戦う気がない様だし 》
《………そうだな 》
《これから俺の言う通りに移動していけば確実にあれと出会うことが出来るぞ 》
《それは……いいなっ 》
戦うところを想像したのかなんか前向きな感情が伝わってくる。これはいけるか?
《出会ったなら後は流れでどうにでもなる。あれ以外にもあそこには
俺の言葉を聞きながら千切れた尻尾をぶんぶん振っている。犬みたいだな…
《そうかっ! こうしてはいられないなっ! 早く教えろっ!! 》
もう決断した様だな… もう少しぐずるかと思ったが案外チョロい…
《それじゃあ、教えるぞ 》
俺はあの森までの道順について詳細な情報を渡していく。この通りに進めば他の魔境にほとんど影響を与えないはずだ。
《この通りに進めばいいんだなっ! それでは早速いくとしよう 》
黒竜の体は念話をしている間にも変異前の状態にだんだんと戻りつつあった。可逆的な変異だった様だ。ほぼ元に戻って来ていて、比較するとスリムで飛行がしやすそうに見える。
状況に合わせて変異したのか…別の変異パターンも有ったのかも知れない。
完全回復はしていないが準備が整った様で黒竜は飛び立っていく様子をみせる。俺はそれに対して最後の声を掛けた。
《改めて言おう。楽しかった 》
《ああ、さらばだ… 》