妙な気配を感じて自然と目が覚めてしまった。日は昇っていて部屋の中は明るくなってきているがまだ早朝といったところだろう。
もっと寝るつもりだったが目が冴えてしまって二度寝出来る感じがしない。それに妙な気配は断続的にだが続いていた。
カーテンと窓を開けて外の気配を探ってみる。ここは海の近くなので窓を開けると潮のにおいが飛び込んできた。四階の窓からは海が見え絶好のロケーションではあるが今はそれよりも気配の方が重要だ。危険は感じないがなんとなく気に掛かる。
集中すると、どうやら人が魔術を使用しているらしいと感じられた。場所は海辺の砂浜だろう。部屋からでは防風のために植えられていると思われる林に遮られてよく見えない。
一応、確認はしておこうと思い、身支度を直ぐに整えるとジュジュを伴って気配へと向かう。
砂浜にたどり着くと離れたところに人影が見えた。どうやら海に向かって魔術を放っている様だ。
砂浜の上を歩いて近づいてみると詳細が分かってくる。空術を使用しているようだ。修得はそれなりに難しい部類のはずだが良く出来ている。そして、魔術の発動時に何かを叫んでいた。
ストレスでも溜まっているんだろうか…
近づいていくと詳細が分かってくる。魔術を放っているのは黒いローブを着ている女の子の様だ。叫びながらも少女はオーケストラの指揮者が振るっている指揮棒の様なものを振り回す。魔術の発動時にはその先端から魔術が放出されていた。
徐々に何を叫んでいるのかが聞き取れる様になってくる。
「・・・かぜ・・・・・せよ・・・・・せ・・・・・だん・・」
これは…呪文、なのか?
しっかりと文章になっているようだ。感情のままに何か適当な言葉を叫んでいると言うわけではなさそう。魔術の練習が目的なんだろう。ストレスの発散などではないおうだ。
あまり接近しすぎると気が散ってしまうかも知れない。魔術の射程内に気軽に踏み込むのも
「風よっ! 渦巻き集え! 団結し怒りを
呪文の詠唱と共に魔力現象が引き起こされていく。呪文の内容とそれは連動しているようだ。言葉に合わせて空気が動いていく。
最後の魔術名を言い終わり、同時に杖の先端を海に向かって振り下ろすと完成した魔術が発動する。
放たれた風弾は真っ直ぐ横に飛んでいくと海の上でパァンッと耳をつんざく様な破裂音を立て砕け散った。射程距離は十五メートルほど。威力はなかなかのものだ。初級中位でも弱めの魔物なら今の魔術で仕留められるかも知れない。
だが、呪文の詠唱に何か意味が有るんだろうか? ただ雰囲気が出るとかカッコいいからとかそんな理由だろうか? 厨二病というやつかな…むかし聞いたことがある。
俺も似た様な経験はしてきている。そういう年頃なんだろう。
生暖かい眼で見守るのが礼儀か…
しかし、それだけじゃない何か引っかかるものを感じる。なんだろうかと考えていると心当たりにぶつかった。前にリオンと話したあれだ。魔力精神感応論というやつ。
呪文詠唱で魔術の威力が上がるということはあり得ないことじゃない。目の前の少女はそれを試しているのかも知れない。
少女の唱える呪文は毎回微妙に変えているようだ。それによって魔術の構成も威力も変わっているような気がする。
しっかりと考えを以て研究していると言うことか…
まだ若そうなのに感心だな…学生さんだろうか?
将来は研究者になるのかな?
だが、俺にとってはあまり役立ちそうにない。威力が上がるとしても魔術の発動までが遅くなる。そして、魔術の内容や発動のタイミングが丸わかりになってしまうと言う欠点もある。
魔物に言葉を介して魔術の内容を知られてしまうと言うことではない。おそらく心の中で唱えるだけで同じように威力を上げることが出来るだろう。問題は呪文に従って少しずつ魔術が発動していってしまう点にある。
最終的な発動をする前に予備動作があると言うか、通常なら一気に発動させるところが段階的な発動になってしまう。これから何をしていくのか丸わかりだ。波長が読めなくても察知されてしまう。
だからこそ威力が上がると言うことも考えられるのだが…魔力消費量も抑えられているようだった。少女は結構長い間、魔術を放ち続けているがそれほど疲労していない様に思える。今も目の前で同じことを繰り返していた。
思いのほか利点はあるのか…
だが、俺にはどういうわけかそれ以外にもまだ何か引っかかるものを感じている。そんな俺をよそに少女は魔術を放ち続ける。そして…
「猛き風よ、集えっ! 大いなる祭りのもと馳せ参じよっ! 狂乱は烈火のごとく縮合し、熱は命を育まん! 命散りし時、大いなる破壊を我が宿敵に
一際大きな魔術が放たれた。風弾の魔術と構成は似ているが一つ一つの要素はだいぶ違う様な印象だ。
圧縮された空気は海面の上を今までより低速でふよふよと進んでいくと大きな爆発を引き起こし海面にクレーターを作り出す。海面は直ぐに形を戻して水柱を作り波が起きた。
その様子を見ながら今起こったことも踏まえて考えを巡らせていく。すると思いつくことがあった。
唱えている呪文… 魔術式の説明だな…
どうやら詠唱の内容はそのまま魔術現象の説明になっている様だ。魔力の流れについての説明も入っているのかも知れない。だいたいは時系列に沿った説明になっている。
適当に気分が高ぶる様な言葉を選んでいる…というわけじゃないってことだな。詠唱中に魔術が発動してきてしまうのはそこに釣られてしまうと言うことが考えられる。練習次第では詠唱しつつもここって時にまとめて発動させることも出来そうだ。
だが、威力を上げたり消費魔力を抑えたりする効果はそこまで注目すべき事でもない。俺が一番可能性を感じているのはこれを利用して魔術を他人に伝授しやすくすることが出来るんじゃないかって事だ。
研究が進めば書物から魔術を修得していく日が来るかも知れない。この少女がそこまで考えているのか知らないが…。
ん?
生暖かい眼で少女を見ていたらまた妙な気配を感じる。弱い気配だ。魔物だろうがたいしたことはなさそう。海の中にいる。魚かな…。
そう考えていたら波間から何かが飛び出してきた。方向的には少女に向かっていったが波打ち際からそう遠くない砂の上にべしゃっと落ちる。
予想通り魚の魔物だった。大きさは五十センチぐらいで胸びれが足の様な形をしていてそれで砂を掴んでいる。全身がぬらぬらてかてかしているし、顔は唇が分厚く突き出ていて眼は飛び出してぎょろぎょろしている。
なんかグロい見た目だな…
少女はこういったことに慣れているのか、さして驚いた様子もなく無言で杖の先を魔物に向けると即座に魔術を発動させる。
「風弾 」
放たれた風弾は魚の手前の砂浜に突き刺さると爆発して砂を撒き散らす。爆風は魚を宙に舞わせると放物線を描いて海の中に落下していった。
なんか容赦ないな…
別に殺したわけでもないのだが、無抵抗に吹っ飛ばされていったその姿に哀れみを感じてしまう。少女の方はそれを見て満足したのか緊張を解いて杖の先を降ろす。
だが、まだ終わってない…
少女はハッと目を見開いた。視線の先には海面から顔を出して少女を見つめる魚がいる。さっきの魚と同じ種類だろう。その数、十数にも及ぶ。
一斉に魔力を練り上げていった。少女はうげっとした顔を作り防御魔術を構築しようとするがこのような事態は想定していなかったのだろう。咄嗟のことで上手くいかない。
魚から一斉に放たれる十数の水弾が少女に迫る。ひとつひとつは大した威力じゃないが一度に喰らえば吹き飛ばされるだろう。死ぬことはないだろうが痛いはず。
少女は顔を背けつつ両腕を頭の前に出して防御姿勢を取る。防げないと見切りを付けて受ける覚悟を決めたようだ。衝撃の予感に身を固くして目を閉じる。
水弾が叩きつけられる音を聞いて全身がビクッと震える。しかし、衝撃が来ることはない。
「あれ…? 」
恐る恐る目を見開いて状況を確認すると俺と目が合う。
『私だ… 』『誰? 』
そんな遣り取りを目線で交わすと魚の方に向き直る。俺と目線が合うとさっさと退散していった。先ほど水弾を防いで見せた空壁の魔術を見てこいつはヤバいやつという認識になったんだろう。
「あのう… 」
海の方を見ていると後ろから声を掛けられる。だが、正直どうしたものか分からなかった。
別に助けたことを恩に着せるつもりはないからこのまま無言で立ち去ってもいいけれどそれはかっこつけすぎな感じもする。
スカしているな…
しかし、いかにも助けたのは私ですと言わんばかりだと恩着せがましいしナンパしている様にも見えかねない。俺が魔術の練習をずっと見ていたことも気まずさを助長する。
そこを指摘されたら何も言えないな…公の場だから見ていることが罪になるわけでもないけど…
「あのうっ… 」
考えていたら再び声を掛けられる。こちらに聞こえていないと見てさっきよりも声を上げている。そろそろ対応を決めないとマズい。
「大丈夫だったか? 怪我は…なさそうだな 」
振り返りながらそう言って安否を確認しつつ、暗に俺が助けたことをほのめかす。一応、怪しいものじゃないことは主張しておかないとな。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます 」
「それは良かった。俺はもう行くとしよう 」
礼を言われたので不審者扱いにはならなかった様でひと安心。流れにあわせて立ち去ろうと足を一歩出すと少女から慌てた様に声がかかる。
「あっ、待って…何かお礼をさせてください 」
なかなか育ちがいい様だ。礼儀正しい。しかし、礼と言われてもな…。
こちらはあまりたいしたことはしていない。弱い魔物だし助けなくても大事に至ることもなかった。
相場が良くわからんね…
「礼には及ばない…そこまで「ひゃあ! 」
《・・・・・》
俺の言葉は軽い悲鳴に遮られる。ジュジュに驚いたためだ。会話を遮る様に割って入ってきた。早くご飯にしようという催促が念話で飛んでくる。
「ま、魔物… 」
驚いた少女は尻餅をついて倒れている。こちらが驚かせてしまった結果だ。これはもうここでおさらばするのも逆に気が引けてきた。お詫びというわけでもないがこちらも何かしないといけない様な気になってくる。
「俺の従魔が驚かせてしまったな。すまない… 」
「い、いえ…従魔? …確かに 」
ジュジュの首輪を確認して納得した様で直ぐに落ち着く。俺が手を差し出すとそれを取って立ち上がりローブについた砂を清発で落とす。俺はそんな彼女に提案を行う。
「朝食を取りたいんだが店を知らないだろうか? 礼はそれぐらいでいい 」
「そう…それだったら紹介するね 」
「良かったな、ジュジュ。これからご飯だぞ 」
ニャ~…
「ジュジュちゃんって言うんだ。よろしくね 」