時間になると身支度をしてルシウス邸へ向かっていく。今回は狩り着ではなく普通の服をチョイスした。一応しっかりした食事会を想定してのことだ。
腰に刀をぶら下げているのがなんともミスマッチだがこればかりはしかたがない。狩人の
ルシウス邸に着くと呼び鈴を鳴らし、直ぐに中へと迎え入れられた。あいさつもそこそこに食卓を囲み食事は始まっていく。
パーティー的な感じに大皿から適当に取って食べていく方式だ。どれもなかなかに手が込んでいて結構美味い。時間がなくて出来合のものがほとんどで申し訳ないと言っていたがプロに任せるのも確実だと思った。これはこれで悪くない。
ジュジュの分は俺が皿によそってやるのだが、ジュジュが好きそうなものも別で用意されている感じがある。それらはジュジュの前に固まって置かれていた。そう言う気遣いがありがたい。
始めてからそう経たないうちに、食事をしながらの会話に花が咲いていく。話の流れから今日の調査についてファムから質問が飛んで来たが、魔物に襲われたことについては言及せず無事に調査が終わったと言うことにしておいた。
ある程度食事が進むとルシウスが席を立ち台所に向かっていった。なんでも特別な食材を手に入れていたという。これを機会にそれをお披露目しようという魂胆らしい。
ルシウスは料理が趣味なんだろうか? エプロン姿も様になっているしなかなかに手際がいい。焼き物を作っているようでフライパンを握っている。芳ばしい香りがこちらに漂ってきて食欲をそそる。
仕込みは既にあらかた終わっていたようでささっと完成させて食卓に運んできた。一人一皿あるようでそれぞれの前に料理が並ぶ。
魚だな…
厚く切られた肉に皮が付いていて断面や皮の様子から魚だとわかる。肉片の大きさはそれ程大きくないが全体の大きさを予想するとかなり大きいと思う。魔物化した魚だろう。
皮目が適度に焦がされていてパリパリとした食感を期待させる。そこにクリーミーな緑色をしたソースがかかっていて彩りも鮮やかだ。
フォークで突き刺すと皮がサクッとした音を立てる。ナイフで適度な大きさに切って断面を見ると中心部分がレアに仕上げられていた。
口に運んで咀嚼していくと当然皮はサクサクパリパリしている。火が通った部分の肉はふわふわほろほろといった食感だ。レアな部分は刺身のようにもちもちでトロトロした食感をしている。食べていて楽しい。
食感のオーケストラと言ったところか…
噛みしめると中から油がじんわり出てきてまったりとした味わいがある。それがサッパリとした苦みとクリーミーなコクと塩味のあるソースとマッチしている。
うまい…
「火の通し方が絶妙だな… 本職並みの技術だ 」
素直に腕を褒め称える言葉が口から出る。言われた本人もまんざらでもなさそうだ。やはり腕に自信があるらしい。
「お父さんの料理、凄いでしょ? 」
「ああ… 」
娘のファムも自分のことのように誇らしげだ。仲のいい親子であることがうかがえる。こういった雰囲気の中で食べるのも悪くない。
クッキングパパ…
なぜかそんな言葉が頭に浮かんだ。
「調理の腕もいいし味もいいが素材もいいな。この魚は絶品だ…しかし、どこかで食べたことがあるような… 」
この風味を最近どこかで味わったことがある。どこだったか…
「……ひょっとすると、ガムロか? 」
「ほうっ、ガムロを存じていたか… 流石レイン殿 」
やはりガムロだったようだ。同じ種類だけあってイルガムロと味が似ている。鼻に抜ける香りとか飲み込んだ後に残る後味に共通するものがある。
アニスが言っていたように味は脂が乗っている分ガムロの方がうまい。だが、総合的に見てどちらが上とは言えないな。イルガムロの肉もサッパリした味とか魔力がみっしり詰まっているような感じがあっていい。
「ガムロの肉ははじめて食べたんだが、最近ちょっとあってな… 」
「ほうっ、と言うと? 」
「ああ~、まあ、話す前に食べるとしようか。冷めてしまう… 」
みんなが皿の上を空にしたのを見計らって話をしていく。
「漁港の方で海狩りに参加したんだ。近くの食堂で昼食を取っていた…漁師が良くいる店でな…そこで海狩人の頭領に声をかけられた。なんでも怪我人が出て人員が足りなくなったと言う。海の狩りに興味があった俺は承諾することにした… 」
「それがちょうどガムロ狩りだったと言うことか 」
「そうだ。だが、実際に漁に出てみると予想外の事態になってな。いつもなら複数匹のガムロが来るところ、現れたのは巨大な一匹のガムロだった。俺達はそれをイルガムロと呼んでそいつと戦ったんだ 」
海上での冒険譚をルシウス親子に身振り手振りを交えて話していく。コアに記録された情報に基づけば相当に詳しく語れる。微に入り細に入り表現をしていく俺の語りに親子は時折相槌を打ちながら真剣に聞き入っていた。
学者親子だけあって興味が尽きないのだろう…地元の話でもあるし。そんな二人の様子に俺の語りもヒートアップしていく。気分はまるで講談師だ。
「なるほどな… 海での狩りは凄まじいものがあるな… 」
一通り話し終えるとルシウスは感じ入るように声を漏らした。
満足してくれたようだな…
「俺もあれほど大変だとは思わなかったな…事前の準備が足りていなかったのは否めん 」
その後も食事をしながら雑談をしていく。腹がいっぱいになってきて食事の手が止まるぐらいの時にルシウスから声をかけられる。
「レイン殿、少し二人きりで話せないだろうか? 」
何でもない態度で言うが、
ファムには聞かせたくない話なんだろうな…
ファムの方を見るとリビングのソファでジュジュと遊んでいる…と言うかジュジュで遊んでいる。おててを背後から掴まれて変なダンスを踊らされていた。しかし、別に気にしてはいないようだ。むしろ楽しんでいる。
これなら大丈夫だな…
承諾をすると俺達はガーデンテラスにやってくる。庭に植えられた植物たちが適度にライティングされていて幻想的だ。
テーブルを挟んで席に着くと早速ルシウスから話が切り出された。手短に済まそうと言うことなんだろう。
「調査が終わったあとなのだが、アルゴルの魔石を保管した金庫を確認してみた。無くなっていたよ…どうやら盗まれたようだ 」
なにっ! そうなのかっ…
「…それは……なんとも言えないな 」
依頼の外のことではあるがなんとなく残念な気持ちがある。任務に失敗したような感じ…敵にまんまと出し抜かれたか…。
「ウィリアム教授には申し訳ないが正直ほっとしている気持ちもあるのだ 」
「? どういうことだろうか? 」
「狙われる理由が無くなった…家族や研究室の皆が無事であることが何よりだ。レイン殿には感謝している…レイン殿がいてくれたから相手も迂闊な真似をしてこなかったと思っている 」
「だといいんだがな…相手の目的もわからない 」
「確かにアルゴルの魔石になにが秘められているのかは分からぬ。そこまでして手に入れたいものなのか…まあ、興味はあるが吾輩の研究対象ではない。それに、研究したところで何がわかるとも思えん。だだの魔石すら不明な点が多いのだ…
魔石
…リーンさん、疑われてますよ
まあ、それは冗談だが蒐集家の犯行ならこれ以上何も起きようがないから安心は出来るな。ただ、今回の事件は不明な点が多い。気には留めておこう。
「この話はもう終わりであるな。レイン殿は旅をしているのだったな…ここには後どれぐらい留まるつもりだろうか? 」
「明日には立つつもりだ。ここでこうやって会うのはこれが最後になるのかもな 」
「ひょっとすると吾輩の依頼が引き留めてしまったか? 」
「いや、そうでもない。気ままな旅だ。ルシウスと会えて楽しかったよ。ファムにも感謝している 」
「そうか…吾輩もレイン殿に出会えて本当に良かった。ファムには感謝せねばな… 」
お互いに話すこともなくなり家の中に入ると後片付けをする。ルシウスもファムもしなくていいと言ってくれたが久しぶりに日常魔術を使う機会が訪れたような気がしてテンションが上がっている。皿洗いだけやらせてもらうことになった。
俺の華麗な水裁きを魅せるようにお皿をきれいにしていく。今回は今までにない工夫を加えてみた。
お皿全体を薄く水の幕で覆い水流と同時に音響魔術で超音波を発生させて汚れを砕いていく複合属性魔術だ。掻き取った汚れは綺麗な水と分離して捨てる。再利用率は九十六%を超える。
ルシウスもファムも俺の技術に驚いていた。驚いてくれて良かったよ。見せたかいがあった。まあ、冷静に考えれば無駄に技術をつぎ込んだことに驚き呆れていたのかも知れないが…。
片付けが終わるとルシウス邸からおいとまするのだがこれが最後になるかも知れないと思うと別れづらいものだ。
「それでは俺は行くとしよう… 」
「レイン、ジュジュちゃん… また遊びに来てね…? 」
「ファム、そういった物言いは離れがたくなるからしないものだ。ただ一言、さらばと伝えればいい…」
それもどうなんだろうか? あっさりとしすぎな気がする…
「まあ、巡り合わせによってはまた会うことになるだろう。今のようにな…
星巡に祈りを… 」
祈りか…こちらには信仰の祈りというものがない。祈りは単に強く思うと言うことだ。そういえば、星の意思なんて言葉があったな…誰から聞いたんだったか?
「良い言葉であるな。星巡に祈りを… 」
「そうだね、また会えそうな気がするよ…星巡に祈りを… 」
「ああ、達者でな 」
踵を返すと二人を後にしてホテルに戻る。振り返ることはしなかった。
ルシウスとは学会関係でひょっこり会うんじゃないかって気がするな。ファムとはどうだろう? 俺もファムも死ななければあと二百年は生きるだろうからその気になればいけそうだな。
そう思うと気が楽になった。