機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第218話 露見 x 暗闘

(別視点)

 

レインと別れた次の日、ルシウスはいつものように学院に出勤する。他の研究員が来る前に出勤して鍵を開け、魔術を使用して軽く掃除をすると手紙や書類などに目を通す。

 

やがてぞくぞくと研究員達が出勤してきた。それぞれに割り当てられた仕事を熟していく。

 

そんななかでルシウスは一人の研究員に声をかけるとその人物を伴ってどこかに連れ立っていく。

 

来た場所は学院が所有する研究林の一つで魔境から隔離されている。脅威となるような魔物はおらずいてもネズミなどの小動物系だけである。

 

「すまぬな。昨日の今日でまた環境調査に付き合わせて… 」

「いえいえ。調査は得意ですから… 」

 

調査をしていき、森林の奥までやってくると研究員からルシウスに声がかけられた。

 

「ルシウス教授… なにか私にお話があるんじゃないでしょうか? 話しにくい内容ですか? わざわざこんな所にくるなんて… 」

「…うむっ、わかっているようなら遠慮は要らぬな… アルゴルの魔石を盗み出したのは貴殿であろう。リカルド… 」

「アルゴルの魔石とはなんでしょうか? 先生が紛失されたのではないのですか? 他人の所為にするのは良くないですよ… 」

 

追及を受けたリカルドはあくまで何も知らないと言う。そんなリカルドをルシウスは更に追及していった。

 

「しらばっくれる気か…いいだろう。説明をしよう。吾輩はあれを保管庫にある魔導具の金庫に保管していた。物を入れた時間や取り出した時間を記録出来る物だ

 入れた時間は記録されていたが取りだした時間は記録されていない。保管庫に出入りした時間も紙で記録している。吾輩の勘違いといったものではない 」

「なるほど… 」

「では誰が取り出したのかという話だが外部の人間ではないだろう。学院の警備は外から見るよりもずっと厳重だ。吾輩の手配でさらに強化されてもいた。外部の者が警備に察知されずに学院に入るのは不可能だ。これは君も知るところだろう? 」

「確かにそうですね 」

「金庫の鍵は吾輩の魔力波に呼応して開くようになっていた。しかし、無理矢理開けられた様子はない。何かしらの魔術で吾輩の魔力波を模倣して開けたのだろう。そう言う類いの魔術は存在する

 しかし、魔力波を真似るとなると相手について詳しく知らなければならない。吾輩の研究室にいる研究員ならよく知っているだろう。その中でも君はその系統の魔術を得意としているな… 」

「そうですが、それだけではなんとも言えませんね。私や先生が知らないだけで他の仲間も修得しているのかも知れない…ランツ君やヘイワーズ君はどうですか? 彼らにも可能だったと思いますが… 」

「…これが一番の決め手なのだが、昨日の朝、レイン殿が君の存在を確認しているのだよ 」

「!? 」

 

ここに来てはじめてリカルドの顔に変化が見られる。ルシウスの指摘は口から出任せだ。だが、レインの実力を目の当たりにしたことで必要以上に警戒を抱いてしまっていた。

 

精神的な安定を崩されてルシウスの口車に乗せられてしまう。

 

「…見られていましたか 。やはりあの男にはもっと注意を払うべきでしたね… 」

 

事実上の自白だった。

 

(やはりルシウスの家を見張っていたときか…あの時からヤツは俺に気がついていたと言うことなのか )

 

内心で自身の間違いについて考えていく。その間にも追及は続いた。

 

「どうしてこんなことをした? 金に困っていたと言うのか? 言ってくれれば相談に乗ったというのに… 」

 

ルシウスはリカルドの能力を認めていた。それ故にこんなことでリカルドに研究の世界を去って欲しいとは思っていなかった。リカルドの態度次第では自分の胸に収めようかとも考えているほどだ。

 

しかし…

 

「金のためだと? やはり何もわかっていない。こんな所に一人で来るなんてな 」

 

突然、リカルドの(まと)う雰囲気がガラリと変わる。まるで別人のように魔力波の形が変わっていく。顔つきや体つきにも変化が現れた。魔力で血流や筋肉の収縮、骨の形状を制御して外見を変えていたのだ。

 

それを解除して本来の力を引き出せるようにしたのだろう。細身の体型だったものがやや筋肉質に変化していった。

 

(こんなことが普通の人間に出来るはずがない…何者だ? )

 

目の前で起こっていることに驚愕しつつもルシウスは冷静に分析していく。相手をしっかり見据えて観察していたことが功を奏したのだろう。突然始まったリカルドの攻撃に何とか対応出来た。

 

リカルドが目の前から消える。素早く身を低くして飛び跳ねるように接近していた。反射的に足へと魔力を込めて地面を爆発させるように飛び退く。心臓目がけてひと突きに繰り出された手刀をすんでの所で躱していた。

 

手刀に込められた魔力は十分な威力を秘めていた。当たっていれば致命傷は避けられなかっただろう。リカルドは渾身の一撃を避けられて警戒を一段上げる。

 

(やはりただの学者ではないな… ある程度戦闘訓練は受けている。魔術の一撃にも注意すべきだな… 俺よりも魔術は上だ )

 

対するルシウスも相手を警戒しながら考えを巡らせる。

 

(迂闊に動くことは出来んな・・・ )

 

おそらく相手は人殺しに精通している。ためらいもなく急所を狙ってきたことからもそれはうかがえた。

 

最良なのは誰かが助けに来てくれることだが、ここは民家はおろか学院からも距離がある。自分でそう言う場所を選んだ。

 

ルシウスはリカルドが普通の研究員だと思っていた。もう三年ほどの付き合いがあり、その間しっかりと仕事を熟していて信頼もしていた。ウィリアム教授殺害には物理的にも関与しているはずがない。

 

そのため、単に金目当てでつい自分の意思で盗んでしまったか、あるいはウィリアム教授の殺害犯にそそのかされて犯行に及んだものと考えていた。

 

脅されてやったとは考えにくい。自分が脅されたとしても普段と様子が違えば誰かが気付くだろうし助けを求めることは可能だ。学院の警備でいいし衛兵でも騎士団でも狩猟ギルドでもいい。

 

家族を人質にと言うこともあり得なくはないが薄いだろう。人がいなくなると言うことはありふれたことではない。直ぐに大事になり捜索をされる。

 

とにかくリカルドを信じようとしていた。

 

しかし、実際は信頼出来る研究員などではなかった。おそらく何かしらの組織に所属している工作員のような立場ではないかとルシウスは考える。

 

自分と違って十分な戦闘訓練を受けているようだ。人がいる場所へ逃げたいところだが後ろを見せればそこを狙われる。助けを呼ぶために大きな魔術を使おうとしたならば、それが隙となって一気に押し込まれるだろう。こちらの好きにさせてくれる相手ではない。

 

そう考えて戦略を立てる。ルシウスは相手の攻撃を捌きながら後退することを選んだ。学院に近づいていけばリカルドは戦いづらくなる。時間を稼ぐことが出来れば不審に思った研究員達が警備を連れて探しにくるだろう。

 

(問題はそこまで保つかだが… )

 

リカルドを見据えていつでも対処出来るように構えながらじりじりと後退していく。それを見つめるリカルドの表情は読めない。

 

(慌てふためいて逃げればいいものを… )

 

意外にも隙を見せないルシウスにやりづらさを感じるリカルドだった。しかし、戦闘経験の差は明白。冷静に一手ずつ追い詰めていけば必ず隙を見せるだろう。こちらが狩る側であると確信している。焦りはなかった。

 

魔力を高めて距離を詰めると先ほどと同じように手刀を放つ。今度は頸動脈を狙う軌道だ。それをルシウスは屈んで躱す。

 

そうやって躱すことを読んでいたリカルドは続けざまに腹部に向かって蹴りを放つ。確実に当たる瞬間に合わせての攻撃。直撃を確信する。吹き飛ばされたルシウスは背後の木に背中を打ち付けてひるむ。その隙にたたみ掛ける算段だった。

 

痛めつけて弱らせる。上手くいくならそのまま殺すと考えた。しかし―

 

―ドゥッ!

 

蹴りが腹に突き刺さるその瞬間、そこから突風が吹き荒れてリカルドとルシウスの体が引き離される。リカルドは咄嗟に地面に足を付けて体を固定し体勢を維持した。ルシウスの方は大きく後ろに吹き飛ばされて背後にあった木に打ち付けられる。

 

ルシウスは背中を打ち付けて地に落ちるかに思われた。だが、砕けたのは木の方だ。木を突き抜ける形でリカルドから距離を取った。

 

空術で空気の鎧を身に纏っていたのだ。両者を吹き飛ばしたのもルシウスがあらかじめ用意していた空術によるものだった。

 

後ろに吹き飛びながら体勢を整えるとリカルドに背を向ける形で地面に足を付ける。そのままの勢いで地面を駆けていき逃げの一手を選択する。

 

リカルドは即座に反応して後を追っていく。その表情には乱れがなく平静そのものだった。だが、内心ではルシウスに感心していた。

 

(やはり魔術においてはヤツに分がある… )

 

相手に気付かれないようにあれだけ緻密な魔術を構築していたのは流石と言わざるを得ない。警戒を更に一段階上げた。

 

追跡は続くがリカルドの方が足は速い。数分とかからずにルシウスに追いついていく。ルシウスも逃げ切れるとは考えていないようで距離がある程度詰まったところで立ち止まって振り返った。

 

その身には魔力の高まりを感じる。魔術を使う準備は整っているようだ。表情は引き締まり戦う意思は十分にあるとわかる。

 

迎え撃つ覚悟を決めているルシウスにリカルドは速度を落として慎重に近づいていった。

 

距離を開けて二人は対峙する。

 

(やはり魔術を使ってくるか… こちらも全力でやらねば仕留めることは難しい )

 

じわじわと追い詰めていっても仕留めることは可能だと考えていたが、そのほうが危険が大きいとも考え始めていた。迷いつつも考えをまとめると、この場で殺しきると覚悟を決める。

 

安全策を選択して時間をかけては、かえって任務に支障が出ると判断した。

 

(痕跡は残るかも知れないが… 後で消すとしよう )

 

リカルドは魔力を練り上げ、魔術式を構築していく。相手を胸の中に迎え入れるかのように両手を前に出して広げると掌の上に黒いもやのようなものが揺らめき出した。

 

それは徐々に大きさを増していき黒い炎のように見える。

 

(どういう魔術だ…? )

 

ルシウスはリカルドがこの魔術を使うのは初めて見る。それでなくても初めて見る魔術だった。秘匿されていた魔術にルシウスの本能が警鐘を鳴らす。不気味な見た目も相まって圧倒された。背筋を冷たい汗が流れる。

 

(これがリカルドの本来の魔術と言うことか… )

 

これ程までに魔力を使い分けることが出来る技術に、内心で舌を巻く。研究者としての好奇心もあり、殺されるかも知れない状況にあってなお、つくづく惜しい人材であると感じていた。

 

この場にふさわしくない感情を隅に追いやって相手に向き合う。リカルドを殺すつもりで魔術を使わなければ拮抗すら難しい。しかし、それが出来るのかは疑問であった。

 

そんなルシウスの弱気につけ込むようにリカルドは攻撃を仕掛ける。黒い炎が右手から伸び、高速でルシウスに迫っていく。

 

当たる直前、地面から土壁がせり上がった。ルシウスの姿を隠すと黒炎を受け止める。だがそれも一瞬のこと、壁に沿ってわずかに広がっただけで壁は貫かれた。しかし…

 

(手応えがない… )

 

当たっていないことを察知し、壁の向こう側に黒炎を広げてルシウスを捉えようとする。だが、無駄に終わった。すぐに土壁で視界を塞いでその隙に移動をしたと理解し黒炎を引かせる。

 

その途中、リカルドは魔術の気配を感じ回避のために後ろに跳躍する。風弾系の魔術であると看破して相手の魔力から距離を開ける。爆風を警戒してのことだ。

 

そのまま誘導されて自分を追いかけてくるはず。そうすれば魔力線を辿ってルシウスの位置がわかる。そこを狙えばいい…そう考えたのだが風弾はリカルドを無視して地面に突き刺さる。

 

そこで圧力が解放されると爆風で周囲に土煙が舞い上がっていく。目くらましが狙いであると理解したリカルドは黒炎を周囲に広げて土煙を消し飛ばした。

 

すぐに視界が晴れて辺りを見渡せるようになる。しかし、ルシウスの姿はどこにも見られない。視界から消えてしまっていた。

 

(…まだ遠くには行っていないな )

 

それでもリカルドは冷静だった。鋭敏な魔力感覚でルシウスの微かな魔力を捉えている。隠れているだけだと看破した。

 

「先生っ、隠れても無駄ですよっ 」

 

揺さぶりをかけるため、わかっているぞとわざとらしく声をかける。リカルドとしての口調を再現するのは自分には余裕があることを示すためだ。

 

威圧して動揺を誘い、乱れを誘発することが狙いだがルシウスには大して効果がないだろうとも思っている。小細工はなくとも自身の鋭敏な感覚があれば捉えられるという自負があった。

 

心を落ち着けて感覚を研ぎ澄ますと、よりルシウスの魔力を詳細に感じ取れるようになる。だいたいの位置に当たりを付けるとそちらを注意深く観察していく。

 

(そこか… )

 

不自然に空間が歪んでいる場所を発見し、そこにルシウスがいると確信を得る。空気を歪ませて存在していない様に見せかけていると看破した。場所が割れたことを悟らせる前に、右手から即座に黒炎を放つ。

 

ルシウスは魔術を解除して飛び上がりギリギリで躱した。だが、回避した先にはリカルドが既に飛んでいた。黒炎を纏った左手を突き出す。それに対して咄嗟に右腕を前に出して防御すると掴まれる。

 

直後、右腕を黒炎が包み焼いていく。

 

「グッ… アアァッ 」

 

ルシウスは激痛に顔を歪めながらも空術で足場を作るとリカルドのがら空きの腹部に蹴りを放った。何とか腕を振りほどいてリカルドを後退させることに成功する。だが、右腕に大きな損傷を受けていた。

 

五本の指はすべて焼け落ちて失われている。腕は衣服が消失し皮膚もすべて失っている。筋肉が溶け落ちて所々骨が剥き出しになっていた。

 

ルシウスの顔は焦燥の色が濃い。激痛で脂汗が吹きだしては頬を伝い流れて地面に落ちる。

 

対してリカルドは腹に受けた蹴りも効いていないのか平然としていた。

 

ルシウスは戦いに生きる者ではない。この状態では魔術を練り上げることはおろかまともに戦うことも出来ないだろう。リカルドの頭には殺した後の計画が浮かぶ。

 

それを頭の隅にやると、余裕を残しつつも慎重に留目を刺す算段をつけ、ゆっくりと近づいていく。

 

この状況でルシウスに為す術があるとは思えない。絶体絶命の状況だ。だが、決して諦めてはいなかった。家族の顔を思い浮かべると右腕の痛みを押し殺して魔力を急速に練り上げる。口からは自然と詠唱が紡がれていく。

 

「風の精よ! 我が手に宿れ… 我と汝は二つにして一つ…

自在なる我が腕よ! 我が敵は汝の敵、滅ぼすは一つ…

 

詠唱と共に魔術が構築されていくことに警戒を一段上げる。しかし、脅威であるとは思わなかった。詠唱と共に構築されていく魔術。どのような魔術が放たれるのか一目瞭然だった。

 

我が意を以て貫き砕け! 自在なる者の手は必ずや勝利を掴まん… 」

 

腕から伸びて追尾してくる空気砲のような魔術。速さはある。軌道も複雑なものにしてくるだろう。だが、いつ攻撃が来るか、どんな魔術なのかはわかっていた。打ち落とすことは容易だとリカルドは考え、その場で構える。

 

詠唱が終わり、僅かな溜めのあと構築された魔術が解き放たれた。

 

「撃滅せよ! 風精拳(ジェオン・ボルク)! 」

 

裂帛(れっぱく)の叫びと共に伸ばされた右拳から高密度の烈風が放たれる。それはリカルドの予想を遙かに超える速さだった。

 

(くっ… )

 

慌てて両腕から黒炎を放つが素早く軌道を変えてくぐり抜けていく。恐ろしく精密な動きだった。

 

リカルドは当たる直前に黒炎を切り離した。体術を駆使して素早く大きく動き、掠めるように躱していく。ここからルシウス本人を叩いて魔術を解除させる…そう考え足を踏み出そうとした。

 

だが―

 

―グンッ!

 

風の拳は高速で軌道を変える。蛇がのたうつようにリカルドを追いかけるとその胸部に吸い込まれていき体全体を吹き飛ばしていった。

 

 

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