機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー   作:井上斐呂

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第223話 暗雲

(別視点)

 

義体術によりその場を逃れたリカルドは森の奥でひとまずの休息を取っていた。その間に今後について考えを巡らせていく。

 

サーブルの住居に残してきたものから自分との繋がりを特定することは不可能だろう。戻って工作する必要はない。そのように生活してきた。抜かりはない。

 

このまま魔境の中に潜伏して魔物を狩りつつ両足を再生させる。折を見て衣類や金、偽造した身分証明書などを埋設してある場所から回収して本国に帰還すると方針を決める。

 

問題があるとすれば狩人に見つかる可能性があると言うことだが狩人が立ち入らない区域は事前に確認してある。そして、ここら辺にいる狩人や魔物なら今の自分の相手にはならない。

 

勝算は十分にあると確認すると人心地つく。

 

「ずいぶん手ひどくやられたみたいだね 」

 

そんな矢先、リカルドに声がかけられる。魔境に似つかわしくない澄んだ少年の声だった。

 

不意に浴びせられた声にリカルドは内心驚愕を覚えたが、それをおくびにも出さずに立ち上がると声の方向を見る。姿は見えないが声の主には心当たりがあった。

 

「来ていらしてたんですか…エストル郷 」

「そうだよ、良くわかったね。あまり会ったことはなかったはずだけど? 」

 

少年が木の陰から歩み出て姿を現す。とても美しい少年だった。

 

金色の髪は細くしなやかで陽光を浴びて煌めいている。長い金色のまつげに縁取られた瞳は目の覚めるような碧海を湛えていた。顔立ちは作り物のように整い、見るものの心を解きほぐすかのような微笑みを浮かべている。

 

しかし、リカルドにはそれが人を見下す類いのものであると見えていた。工作員として他人のそう言う部分には敏い。

 

「記憶力はいい方でして… 一度会えば大抵の人間は覚えられるんです 」

 

表面上、穏やかに対応しながらも内心では警戒をしていた。この人物が表れることが碌なことではないとわかっている。きな臭いものを感じていた。

 

「そうかい… すごいねぇ、僕にはとてもじゃないけど覚えられそうにないや… どうせす(・)ぐ(・)死ぬし 」

 

警戒を一段引き上げる。言葉を選びながらエストルに話しかけていく。

 

「…それで、今日はどのような御用向きですか? 私を助けに来て頂けたと言うことでしょうか? それならばありがたいことこの上ないのですが… 」

 

そんなリカルドの言葉に一瞬だけキョトンとした表情を浮かべる。直後、少年は嘲るかのように笑いながら冷酷な言葉を言い放った。

 

「助ける? フフッ… アッハハハハッ… 面白い冗談だね。僕が君たちなんかを気に掛けるわけないだろ… 身の程をわきまえなよ、僕は任務に失敗した哀れな工作員を始末しに来ただけさ 」

「失敗だと? 指示通りアルゴルの魔石は無事に送ったはずだが? 」

 

リカルドは言葉を取り繕うことなく抗議の声を叩きつける。もう決別は避けられないと理解した。そんな覚悟が表れている。

 

「言い訳をされるなんて心外だね… 顔の割れた工作員になんの価値があるのさ? わざわざこんな所まで来てゴミを処分しに来てやったんだ。僕の優しさに感謝して欲しいな 」

 

エストルの言葉に心の奥底が冷えていく。人間としての誇りが刺激されていた。意地を通すべき時だと理解した。

 

(この際だ… 言いたいことは全部ぶちまけてやる )

 

覚悟が決まると心が軽くなる。この瞬間は自分が工作員である事からも解放されていた。

 

「ウィリアム教授を殺害したのはあんただろ? 」

「それがどうかしたかい? 」

「どうしたもこうしたもあるか… 雑な殺しをしやがって。まともな工作員なら殺しは最後の手段だ。すぐに発覚するような真似はしない。事前に気付かれるような真似もな…

 失敗したのはあんたの方だろう。回収出来なかったんだからな。そのせいでずいぶんと仕事がやりにくくなったと聞いている 」

 

少年はリカルドの言葉などまるで意に介していないように変わらぬ笑みを浮かべている。それは人間を相手にしている態度には見えない。地面を這い回る蟻を観察しているかのようだ。

 

リカルドはそれでもエストルの変化を観察しながら言葉を続ける。

 

「魔石の回収など俺の本来の任務じゃない。こうなったのもあんたが急に余計な仕事を作ったのが原因だ。時間があれば俺は完璧な仕事ができていた。無駄に遊んでないで国で大人しくしていろよ 」

 

言いたいように言葉を浴びせかけても特に変化を現す兆しは見えない。何か得体の知れないものを相手にしているかのような気味の悪さを感じ始めていた。

 

リカルドの言葉が終わりと見るや、今度はエストルが言葉を放つ。

 

「ふ~ん、それで? 」

 

冷淡に言い放つといよいよリカルドを殺す素振りを見せる。自然体に見えるが放たれる魔力に鋭さが表れ始めた。そうしながらも少年は楽しそうに内心を吐露する。

 

「あっ、でも遊びって言うところは正解だ、いいことを言うね。これは遊びだよ、命を壊す遊び…僕は命を壊すのが大好きなんだ。君は壊れるときどんな顔をするのかな? それだけは楽しみだよ 」

「チッ、イカレてやがる… 」

 

理解不能な存在に内心辟易しつつもなんとか生き残る術を模索する。死ぬことはとうに覚悟していた。だが、無駄に死ぬことにはやるせなさがあった。

 

工作員を一人生み出すのに多大な労力と経費がかかっている。それ故に勝手には死ねない。ただ楽しみのために自分を殺すという相手に狂気を感じていた。

 

最も生存の可能性が高いのは逃げることだ…それもなるべく人目につくように。流石にこの狂人もことをおおっぴらにしたいわけでもあるまい。しかし、それは選べない。

 

そうすれば自分は確実にこの国の治安機関に捕まるだろう。工作員としての誇りがそれを良しとはしなかった。

 

この怪人からただ逃げて無事に逃げおおせるとは思えない。このまま万全の状態に回復したとしても可能性が開けるとも思えなかった。

 

思考の到着点としての死…

 

(出来るだけのことはするが… 何処まで持つか )

 

どこか死というものに現実味を感じられない。それは諦めの所為だろうか? 自問自答する。

 

そんな中、ふと脳裏にあの狩猟者の存在が浮かんだ。恐ろしい魔物を従えた絶対強者。あの者であればこの怪人と戦ったとしてどちらが勝つのだろう?

 

そんなことをこの期に及んで考えている自分におかしみを感じてフッと漏らすように苦笑する。

 

そんなリカルドを見て怪人は興味を覚えたようだ。

 

「へぇ…こんな時に笑うんだ、面白いね 」

 

今までにない経験に相手が笑顔のままに殺してやろうという気が起きる。つま先に体重をかけ、まさに踏み出そうとした。

 

―その時

 

「そうされては困るな、エストルよ 」

 

太く、良く通る声だった。それが二人の間に割って入る。

 

声の主は背が高く、逞しい体つきをした偉丈夫だった。焦げ茶色の髪を後ろになでつけて眉間に刻まれた深いしわを見せている。角張った顔つきに切れ長の目つきは内面の厳しさを感じさせるものだ。

 

手には切断されたリカルドの足を持っている。

 

いつの間にか二人のすぐ近くまで来ていた。リカルドは声を聞くまで気がついていなかったが、エストルにはわかっていたようで驚きもせずに不満の声を上げる。

 

「あ~あ、いいときに声をかけてくれたね…おかげでやる気が消滅しちゃったよ。つまらないねぇ、ヴィフトルム 」

 

頭の後ろで手を組み、態度でも不満を表す。表情も口調も相変わらず人を小馬鹿にしたような態度を貫いていた。

 

見た目には子供と大人の違いがあるようだが二人は同格のようだ。

 

「お前にやる気があったというのは初耳だな。出来れば出さないで居てくれるとありがたいものだがな、エストル 」

「無理だね。僕は誰の指図も受けないよ 」

「指図などではないさ…我の希望だ 」

「そうかい…それなら聞いてやらなくもないな。僕らが争っても意味がないしね。意味が… 」

「そうだな。我々にとって意味のないことだ。それがわかったならもう国に帰ってはどうかな? 」

「嫌だね、まだ遊び足りないよ。しばらくぶらついてから帰る 」

「……そうか。せいぜい気をつけることだ。相手を見くびっていては何時(いつ)か痛い目を見るだろう 」

「こないよ、そんな時はね 」

 

吐き捨てるように言うと、この場を立ち去ると決めたようだ。踵を返して踊るような軽い足取りで駆けていった。あっという間に姿が見えなくなる。

 

リカルドはエステルが去ってようやく緊張を解くことが出来た。疲労から地面に尻餅をつくように倒れるとヴィフトルムに感謝を述べる。

 

「このような姿勢ですみません。助かりましたよ… 」

「良い。無事で何よりだ。こんなことで部下を失うわけにはいかぬからな。まずは足を接合するとしよう 」

「そうですね… 」

 

ヴィフトルムが自分の足を回収してきたと言うことはあ(・)れ(・)とルシウスを相手に気付かれたなどと言うことはないだろう。ここにきた時間から言って間違いない。その実力に感銘を覚える。

 

足を受け取って回復術で接合させるとすぐに元通りに動かせるようになった。リカルドの魔力格なら体から離れてもすぐに痛むことはない。そして皮肉なことに相手の斬撃の鋭さにより切断面が綺麗なことにも助けられていた。

 

断たれた服までは回復術で治すことが出来ないがそこは炭素術で結合させて繕った。一応の体裁が整うと立ち上がってヴィフトルムと向き合う。

 

「それにしても面白い相手であったな… あの黒い戦士は 」

「見ていたのですか? 」

「途中からな、手強い相手であった… 」

「ヴィフトルム郷が気にされるほどではなかったと思いますが… 」

 

敗北した自分が言うのもなんだが自分とあの男にはそれほど大きな差がなかったように思う。ヴィフトルムとでは相手にならないとリカルドは考えた。

 

「本(・)気(・)であればどれほどのものか? 一度手合わせ願いたいものだ…本(・)気(・)を出してくれるかわからないがな 」

「? そうですか? 」

 

ヴィフトルム本人の口からそう聞いてもいまいち納得出来ない。そんなリカルドを置いてヴィフトルムは続けていく。

 

「ああ、そうだった。任務ご苦労だったな、ルザリオ。今から新たな任務を言い渡すとしよう 」

「私の名を知っているのですか… 」

「我も人の顔と名前を覚えるのは得意なのだ 」

 

自分の言葉が返ってくる。どうやら最初から聞かれていたようだ。

 

そのことに対して思わないでもないが、話が出来る相手であると理解する。ヴィフトルムが上層部にいて良かったと心から思えた。

 

「速やかに本国に帰還して待機、そのまま次の指令を待て 」

「はっ 」

 

上司から正式に指令を受けたことでリカルド改めルザリオは大手を振って帰還出来る。そのことにほっとしつつも疑問が浮かんだので聞いてみることにした。

 

「ヴィフトルム郷はこの後どうされるのです? 」

 

聞かれた方のヴィフトルムはにっと不適な笑みを浮かべるとはっきりとした声で答える。

 

「せっかく来たのでな…観光してから帰る 」

 

 

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