依頼があった翌日は、さっそく早朝からトライクに乗って出かけていく。目指す場所はアッシェバーンから一番近くにある魔境、その入り口付近に作られた狩人達の集落だ。
名前はシェリンオルテだったか。
アッシェバーンと魔境を隔てるようにラインに沿う形でいくつもの狩人達の集落が設置されているのだが、通常の集落が二、三百人規模であるのに対してシェリンオルテは騎士団も拠点にしているため二千人規模を誇ると言う。
エランテス通りを北上して門を
さらに進んでいくと山道と呼べるような道路に入り、そこから少し進んでいくと高い塀が見えてくる。どうやら無事に到着することが出来たようだ。
アッシェバーンから一時間ちょっとぐらいの道のりだった。
塀に設けられた門のところで騎士っぽい人に止められる。ここでは騎士団が衛兵のようなことも行っているらしい。身分証を見せて用件を伝えると直ぐに通ることが出来た。
町の中をゆっくりと進んでいきギルドを目指していく。
町並みを眺めていると中世ヨーロッパの城塞都市のようだなという感想が浮かんでくるがあまり詳しくないので正確かどうか分からない。
ただ、すべての建物が石造りのかっちりした建築になっている様子から、町全体が戦いにそなえているということは解る。
町の端の方、城壁の魔境側にあるギルドにたどり着くとトライクを駐めて中に入っていく。
ギルド内には職員しかいなかった。狩人達は魔境で狩りに
やはり事件の影響なのか、狩人達の間にある緊張が職員にも暗い影を落としているようだ。
受付に行き組合員証を提示して用件を伝えると受付嬢は少し顔をほころばせる。
「あなたがレインさんですね。話は
ブラントとの打ち合わせ通り調査のことは事前に話が通っている。問題なく調査に入れそうだ。
俺が来たことで事態が進展するのではないかという期待があったのか、前向きな反応が返ってきたように思える。
実際に進展するのかは未知数だが、八ツ星狩人の肩書きを持っている人物が来たのだからと言う事もあるのだろう。
責任重大だな…
プレッシャーを感じつつ待っていると身なりを整えた壮年の男性がやってくる。受付嬢が言っていたここの代表だな。
見かけは整えているが気配からちょっとやつれているような印象を受ける。流石にここの代表ともなるといろいろと気苦労がのし掛かってくるんだろう。
できれば早く解決してやりたい。だが、どうなるものか…
「私がここの代表を務めますラーゲと申します 」
「レインだ。流れの狩人をしている 」
自己紹介もそこそこに別室に移動して話し合いがもたれる。話の大筋はブラントから聞いたことと大差はないが、ここではいつどんな狩人が行方不明になったとか地図を見ながらの詳しい説明が聞けた。
日時も場所もばらばらで法則性は見られない。おまけに相当な広範囲に広がっているため調査しきれないらしい。ギルド側も何度か調査の人員を出したことがあるようだがいずれも空振りに終わったという。
狩人がいなくなったと思われる場所やその周辺も念入りに調べたが痕跡は何一つ見つからなかったそうだ。
なかなかキツそうだな…
正直言うと偶然にかけて、しらみつぶしに当たっていくしかないように思われる。捜査は足でかせぐものってやつだな。手がかりが少なすぎてそんなことしか出来ないような気がする。
「これは難しいな… 時間がかかることになりそうだ 」
つい、本音が出てしまう。
「はい…時間がかかることはこちらも承知しております。ギルドとしましては、しっかりと対処していると言うことを示すことが出来るだけでもありがたく… 」
ラーゲも小さくなってしまった。もともと難しいのは理解していたのだろう。
「まあ、俺とジュジュにかかればそう遠くないうちになにか見つかるだろう。そこまで弱気になることはない 」
つい気の毒になって大きなことを言ってしまう。普通、狩人はこういうことは言わないんだけどな…。現実主義的な物言いしかしない。
「本当ですかっ! ありがとうございますっ! 」
あ~あ、ラーゲもちょっと乗り気になってしまったよ。よく見ると眼が少々血走っている。
寝不足だろうか… なんだが恐いな
多少元気になったのは良いけど、これで何もなかったらどうしたもんかね? 気まずいことこの上ないだろう。
「まあ、なんだ… 大船に乗ったつもりでいろとまでは言わないが
若干の軌道修正を…
「え? 大きな船…? 」
通じてねぇ…
「まっ、期待して待っていてくれ… 」
「はいっ! よろしくお願いします 」
もう何でもいいか…
話し合いが終わりラーゲと別れるときに別の職員がやって来て施設を案内してくれる。
ここには来客用の宿泊スペースがあり滞在中はここで寝泊まりをしていいと言うことだ。部屋は綺麗に清掃されていた。
あまり使用されていないようで備品の劣化とかは感じられない。俺とジュジュに別々のベッドが用意され空間は広めだ。
さらに案内されるとギルドが運営する食堂に来た。
この町には飲食店が他にないようで狩人だけでなく騎士団員も利用するそうだ。飲食店に限らず商店もギルドや騎士団が運営するものしかないという。それ以外はたまに行商人とかが訪れる程度だそう。
まあ、こんな所で商売をやるんだったらアッシェバーンでやった方が効率がいいだろうな…
あちらは人口が五十万人ぐらいいるらしい。俺でなくても距離はここから二時間かからないぐらいだ。ここにいる人間でも込み入った買い物はアッシェバーンでする。商機が段違いだ。
とは言え、ここはここで騎士団もいる重要な拠点だから暮らしにくいってことはないようだな。上下水道は通っているし、商店もある。ここ以外の他の集落も規模は小さくてもそれなりに充実していると言う。
今でこそアッシェバーンがオルバン公国北部の中心となっているが、設立当初はそれぞれの拠点をバックアップするために設けられた中継地点の役割を担う場所でしかなかったそうだ。
今でも人界と魔境を隔てる境界地区が要であり、根幹をなしているってことだな…
一通り案内を受けてからとりあえず魔境の探索をしてみることにした。装備を整えると門を
手がかりはない。しかし、表層部分を中心に事件が起こっていることを考えると、兎に角、表層を手当たり次第に索敵しながらぶらついてみるのが肝要であると判断した。
とはいえ表層も広い。おまけに場を荒らさないように魔力を抑えて移動しなければならない。
面倒くさいな… だが必要なことだ
俺は意を決すると森林地帯に足を踏み出していった。
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(別視点)
警察の鑑識課の一室、そこにアッシェバーンの都市内に現れた魔物の死体が運び込まれていた。
闇夜に溶け込んでいた全容も、今は解剖台の上に乗せられ、上からの煌々とした灯りによってはっきりと映し出されている。
それを囲む検査官達は詳細を確認しながらも途方に暮れていた。
「なんなんでしょうね…これは? 」
「わからん、猿の魔物が一番近いと思うんだがここら辺にいるはずがないしな… 」
「わたしも猿なんて図鑑ぐらいでしか見たことないですよ。それにしても形はずいぶんと変わっているようですが… 」
「魔力変異だと思うけどなんか変な感じがしますね。とりあえず魔石を取りだして確認してみますか? 」
「そうするか… 」
解剖用の小刀を使用して胸部を切り開き、肋骨を
その後、魔力を計測する機械にかける。これは別の基準になる魔石と比較して魔力量を推定するものだ。おおよその魔力量しか測定出来ないが、人が直感で計るよりもぶれがない。
測定結果は下級中位程度の魔石であると言うことを示していた。
「やっぱり変ですね… この程度の魔石でここまで魔力変異が起こるなんてあるんでしょうか? 」
「う~ん、普通は起きないんだけどな… 」
「変異じゃなくてもともとこういう生き物なんじゃないですかね? 」
「進化学的に言っていないとは思うが…まあ、すべての生き物を知っているわけじゃないからなんとも言えないか… 」
「でも猿系の魔物は形態的な魔力変異を起こしにくいと言われていますよね? 人間も人種間で大きく姿は変わりません。変異を起こしても多くは髪や目の色が変わるだけですし 」
「人間と猿は近似性があるからっていうヤツですね。…ひょっとすると猿じゃないんじゃないですかね? 」
「…その可能性を含めて検討していくか 」
検査官達は討論に一区切り付けると魔物の死体を細かく調べていく。そして、調べていった結果として良くわからないという結論に至った。
唯一確定したのは遺伝子検査によって猿の魔物だとわかったということだけだった。
他には胃の内容物から下水道の中でネズミを捕食していたらしいということもわかったが本来の生態かどうかまでは解らない。
狩猟ギルドの解体士を掛け持ちしている彼らだが、魔物について良くわからないと言うことは良くあることでしかない。多少引っかかるところは残しつつも更に詳しい調査は別の人間に引き継ぐことになった。
警察としては魔物がどのようにして、どんな理由で都市部に入ってきたのかが重要であるが、それを調べるのはまた別の部署が担う役割である。
検査官達はこれ以上の追求は無駄と判断して報告書をまとめると本来の業務に戻っていった。
翌日、調査の引継業務を行うために検査官の代表が一人、検査室に再びやって来ていた。
引き継ぎ相手は大学に勤務している偉い先生だという。なんでも賢者の称号まで持っている程の人物だそうだ。
自然と厳格そうな人物像を思い浮かべて検査室の整理や清掃、検体の保存などの作業を確認していく。
自分の仕事に自信はあるが慣れが出てくるとどうしても細部に隙が生じてくるものだ。つまらないところを指摘されるのは勘弁と、念入りな確認を行った。
納得すると相手の到着を待ち構える。
(何か指摘を受けるならそれはそれで勉強になる… )
事前に準備をやり切った者がもつ独特の自信からか、妙な期待に胸を躍らせつつ待っていると、やがて検査室にかなり大きな魔力が近づいてくる。おそらく件の賢者なのだろう。
その魔力が扉の前で停止すると扉が叩かれる。
「どうぞ 」
微かな緊張を抑えながら応えると扉が開いて人が入ってくる。まず案内の職員が入室して後ろにいた人物を招き入れると目的の人物がゆっくりと入室してきた。彼がそうであるらしい。
「それでは私はこれで失礼します 」
「はい、案内ありがとうございます 」
職員がいなくなると部屋には二人だけになる。
先ほどの職員との遣り取りから温和な人物のように思える。少なくとも話ができそうな人だと思い緊張が和らいだ。自然と自己紹介が始まる。
「はじめまして。検査業務を担当したバイスと申します。ええと、あなたは… 」
「はじめまして。オリバーです 」