(別視点)
レインが帰り一人残された冷蔵室で標本を片付けると、そこを出る。しかし、標本室を後にすることはしない。オリバーは研究室に戻ろうかと思ったが、あの狩人のせいで心穏やかではいられなかった。
考えるべき事もあり、ちょうど一人になっていることもある。落ち着くためにも、立ち並ぶ標本棚の間で思考を巡らせていく。
(あの男… 一体何者だ? )
改めて考えてみてもやはり結論は出ない。
ただの狩人ではないと言うことは確かだろう。しかし、そうかと言って組織に所属する工作員として考えてみると、どこかおかしい様にも感じる。
今の段階で自分に接触してくる意味はなんだろうか? 帝国であればもっと確実な証拠を掴んでから秘密裏に始末にかかることを選びそうな気がする。
あの男はわざわざこちらに警戒をさせるように接触してきて、ネチネチと
(クソッ…
普段冷静なオリバーもこのときばかりは
そんな時、標本室に接近してくる見知った気配を感じた。それにより冷静さを取り戻していく。
(この気配…エストル郷かっ、 何故この時に…いや、時としては悪くない… )
正面から来ることに意外なものを感じつつ到着を待つと、やがて扉が開き足音が近づいてくる。棚の死角からエストルが顔を出すとオリバーの方から声をかけた。
「これはこれは、エストル郷…ちょうど良いところに来て頂きました 」
「やあ…ええっと、オリバー君? ちょっとぶりだね 」
「はい、来て頂けるとは思っていませんでしたよ。今日はどのような用件でしょうか? 」
「うん、君のところに寄越している部下から連絡があったんだ。ちょっと面白くないことが起きているみたいだね 」
そう言いつつもエストルの様子からは怒りのようなものは微塵も感じられない。どこか楽しんでいる節も見られる。
オリバーはそこも意外だったが、自分にとって不利になるようなものではないと判断する。そこには触れないことにすると状況を説明していく。
「森に放って訓練をさせていた猿兵が狩人に倒されました。隊長級一体だけで大した損害ではありません。ですが、狩猟ギルドや騎士団の警戒は強まるでしょう。これ以上魔境で訓練をさせるのは無理ですね 」
「うんうん、他には? 」
「都市部で訓練をさせていた部隊に組み込んでいた実験体が逃げ出しました。これも、たまたま都市にいた狩人に倒されています。時系列的にはこちらが先ですね
死体は警察に引き渡され、その後、私のところに来ました。こちらに繋がるような情報は掴まれていないはずですが、警察の警戒態勢は引き上げられているでしょうね 」
「うん、何か問題ある? 」
「ありません 」
エストルの問に対してきっぱりと答える。それから自信を持って計画について話していく。
「魔境での訓練はこれ以上必要ないでしょう。既に十分な完成度に達していますし損害の可能性を負ってまで行う意味は薄いです。今は実行の直前ですから
狩猟ギルドと騎士団についてはむしろ魔境を警戒してくれた方が都市部に人員を回しにくいでしょうから有利な状況になったとも言えます。怪我の功名ですね
警察が警戒態勢を厳重にしたことは織り込み済みです。相手が最大限有効な体勢を整える想定で、一定以上の被害が出るように計画を立てています。戦略を立てた上でそれを満たす戦力は維持出来ている状態です 」
「それならいいね。じゃあ何が問題なんだい? 」
「実験体を倒した狩人、そして、魔境で隊長級を倒した狩人は同じ人物であると考えています 」
「それって黒髪で猫系の従魔を連れているヤツじゃない? 」
「……… 」
オリバーの回答が終わるか終わらないかのところで割り込むように自分の予想をねじ込む。自分の考えが当てられたことにオリバーは驚きつつも、この怪人ならそのぐらいの予想はしてくるだろうと妙な納得を覚えていた。
「知っていたのですか… 」
「今さっき廊下ですれ違ったよ。ここに来ていたみたいだね。何しに来ていたんだい? 」
「表向きは自分で仕留めた魔物を見たいと言うことでした。警察からはそう聞いていましたよ… 」
「実際は違っていたってこと? 」
「……外から見るだけでは死体を確認しているだけにしか見えなかったと思います。しかし、あの男は警察でも掴んでいないような情報まで知っていました…
確実にこちらを探っていたと思います。疑っていたでしょうね、私を… 」
「へぇ… それはすごいね。何者かな? 」
「わかりません…ですが、ただの狩人ではないでしょう。この計画の一番の障害になるかも知れません 」
「そうだろうね 」
「まだ確証までは得ていないと思いますが時間の問題でしょうね…計画を少々早めようかと思います。明日の夜に開始することにしましょう 」
「わかったよ。それがいいだろうね 」
エストルは計画を全面的に肯定すると相変わらずの上機嫌をみせる。
それを見たオリバーは表面的にそうしているだけかと思った。計画を邪魔する者が現れたのだから気分を害されてもおかしくないと考えたからだ。
しかし、むしろ楽しそうな笑みを浮かべるとオリバーに自分の思惑を伝える。
「その男… 僕の方でなんとかやっておくよ 」
「……それは有難いのですが、よろしいのですか? 」
「よろしいも何も僕は今、殺る気になっているからね。祭りの余興にはピッタリじゃないかな。開始と同じ頃に仕掛けることにするよ。それなら余計な邪魔をされることもないからね 」
「ありがとうございます 」
「礼には及ばないよ。どんな顔で死んでいくのか楽しみだなぁ 」
(あの男も気の毒なものだな… )
エストルの美しくも残忍な笑顔を見て、そう心の中で呟くオリバーだったが、そこに同情心というものはかけらも存在しなかった。興味があるのは自分の研究だけだ。他者の生き死ににそれほど興味が持てなかった。
ただ、自分自身を追い詰めた男がエストルに殺されるところを想像して、わずかばかりでも溜飲が下がる。これは彼の人生の中でも珍しいことだった。
「それじゃあ、僕は行くことにするね。次に会うのはお隣の国だろうね 」
「はい、それではまた 」
話したいことを話し終えるとエストルはさっさと標本室を出て行ってどこかに消える。
一人部屋に残るオリバーは再び計画について考えを巡らせていく。
正直に言うとオリバーはこの計画の成否に関心がなかった。エストルから提供されるもの、すなわちアルゴルの魔石が自分の研究のために必要だったから手を組んだだけにしか過ぎない。
魔石に刻まれた情報を改変することで生物を改良することが出来ないだろうか?
始めて理力石を入手したときそんな考えが頭に浮かんだ。だが、実際にやってみた結果としてそれは失敗に終わる。
改変したはずの情報が肉体を変化させることなく元に戻っていったのだ。肉体の情報が魔石の情報を復元させたと考えている。実験を繰り返した結果としてそのような結論に至った。
見切りをつけて別の研究をしていたそんな時にエストルと出会った。偶然の出会いというような劇的なものではない。オリバーの研究を知ったエストルの方から接触してきたのだ。
大量のアルゴルの魔石を見せられたとき一も二もなく計画に加わることを決意する。当時はその存在を知らなかったが、いくらかばかりの説明とともに実演を一目見て、アルゴルの力に可能性を感じ魅了された。
百年たった今もその時の感動を覚えている。
そこからアルゴルについての研究が始まっていく。その力を使いこなすために十年以上の時間を要することになったが、使えるようになると本格的に自分のやりたかった研究とエストルの計画が始まるようになる。
計画を進めるに当たってはエストルの部下達が主導するような形であった。擬装のための土地や資材、人員、施設は彼らが用意した物で、オリバーは研究に専念することができた。
やがて研究が軌道に乗ってくると、計画の要となる魔物による兵団の創設を開始することになる。その時にはオリバーも鉄術と混凝土術を修得して思いのままに施設を拡張していった。
発覚しないように五十年以上もかけて少しずつ資材を運び慎重に施設と兵団の拡張を行い今に至る。
エストルとの関係は言わば下請けと依頼主の関係でしかない。百年以上もかけた計画にまったく愛着がないわけではない。育て上げてきた猿兵団の完成度に自信もある。
ただ、オリバーの目的は研究であり重要なのは物ではなく情報だ。
エストルが祭りと称する計画…その目的がなんなのか未だにわかっていない。破壊と殺戮を行おうとしているようだが、その結果として何が得られるのかを考えても、何も得るものはないと言うのがオリバーの結論だ。
計画を一緒に行いつつも、何一つ共感出来るものはない。だが、依頼を受けて報酬を貰っている以上は結果を出さなければならない。計画上、ここでの最後の仕上げを行うのはオリバーの役目になっている。
そう言う意味で最後にエストルを巻き込めたのは自身にとって
エストルは強い。直接、力を目にしたことはないがその片鱗は感じている。
唯一の懸念だった狩人をかたる得体の知れない男…その始末をつけてくれるなら自分の安全も保証される。あの男さえいなければ自分を追い詰められる者はいなくなる。不思議とそう感じられた。根拠はないが直感は告げる。
後顧の憂いがなくなると、後は計画の最終調整をするだけだ。頭の中で明日の夜までの予定を組み上げていく。
そこへオリバーの研究室に所属する学生がやってきた。どうやら、なかなか戻らない教授を心配したのか探しに来たようだ。
「先生、ここにいらしたんですか…狩人さんはもう帰ったんですか? 」
「ええ、用件は済んで帰りましたよ。少し話が弾んでしまいました。なかなかに面白い人でしたよ 」
既に予定を立て終えたオリバーは学生と連れだって研究室に戻っていく。
誰もいなくなった標本室には静寂が残されていた。
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やはり何も見つからないな…
空術で魔力線を伸ばしてマンホールに開いている小さな穴から下水道に領域を広げて調査している。しかし、それだけでは調査出来る範囲は狭い。見切りをつけると次のマンホールに取りかかる。
大学から引き上げてからずっと下水道の調査をしているが今のところこれと言った展開はなかった。
道路脇の側溝からアプローチをしたりといろいろ試したりもしたが、このやり方が今のところ一番効率がいい。本当はマンホールから下水管の中に入っていきたいところだがそれをやると俺が警察に捕まりそうだから出来ない。
そもそも下水道を捜査している警官もいるしな…たまにその存在を検知している。
《・・・・》
《・・・そうか 》
ジュジュの耳でも捜査してもらっているのだがあの時のようには行かないみたいだ。雑音も多い。
そもそも中に魔物とかいないと駄目だろうしな…
簡単に引っかかるぐらいならとっくに警察が何か掴んでいるだろう。大手を振って調査出来るし人員も多数動員出来る。
あの時、魔物を発見出来たのはジュジュの能力ももちろんあるが、偶然に因るところが大きかったってことだ。地道にやっていけばその偶然を捕まえられる気もする。
だが、二日目に入っても成果はなかった。夜明け前から昼を回って八つ時にまで及んでも、何も収穫は得られていない。
まだ始めてから二日目ではある。我ながら気が早過ぎると思うのだが、俺はさっさと事件を解決して次に進みたい。
何か起こるなら早く起こってくれ…
不謹慎なことを考えながらも捜査は続けていく。やがて、日が傾いて当たりが薄暗くなってきたときだった。
今日で諦めて明日はもう次の国に進んでいくとしようか…
そんなことを考え始めていたとき、ふと視線のようなものを感じるようになった。
誰かに見られている……!?
しかし、周囲を探ってもそれらしい人影はない。ジュジュにも確認してもらう。
《・・・・・》
ジュジュも俺と同じように気配は感じているようだが、場所の特定までは出来ないようだ。そうこうしている内に気配は遠ざかっていく。
だが、そのお陰でおおよその方向はわかるようになった。逃がさないように後を追っていく。
これはひょっとすると何かを発見してしまったか…?
自分の運の良さが恐くなるぐらいだな…
追いかけながらテンションが上がっていくのが抑えられない。ジュジュも先ほどまで暇でしょうがなかったのか、どことなく興奮気味だ。
逃げるように遠ざかっていく気配は狭い路地を縫うように進んでいき街の中心から離れていく。どうやら人がいない場所を目指している様だ。
住宅街から工場などが見られる区画に入ってきた。ますます怪しい雰囲気だ。何かが起きる予感がひしひしと迫ってくる。
なんかわくわくしてきたな…
追跡を続けてもうだいぶ暗くなってきた。今はアッシェバーンにおける最外周部に到着している。都市を囲う高い壁が近くに見える。
そこで移動していた気配は動きを止めた。相変わらず本体は見えないが気配はまだそこにある。いや、むしろ濃くなってきている。
場所は何も建っていない空き地だ。背の低い草が生い茂り、所々剥き出しの地面が見える。工場からは遠く見晴らしはいい。
これは…
ひょっとすると…
まさか…
おびき出されたのか?
気配はどんどん濃くなっていき形をなしていくかのようだ。こちらへの敵意を感じるようになってきた。明らかにやる気でいるらしい。最初からここで戦う算段だったようだ。
発見した訳じゃなかったか~… テンションが、下がる…