翌日の朝、朝食を取ってしばらく部屋でゆっくりしていると部屋のドアを叩く音がする。
多分警察だろうな…
魔力は感じていたから部屋に来る前にわかっていた。これ程早く来るとは思っていなかったが早い分には問題ないどころか助かる。
ちょうど聞きたいこともあったしな…
ドアを開けて応対すると予想通り警察の制服を着た男が二人廊下に立っていた。
悪いことは何一つしていない…はずだ。実際に警官からも敵意とか緊張のようなものは感じられない。しかしながら妙に緊張してしまうのはなんでだろう。
「申し訳ないんですが署まで来て担当の者と話をして頂けますか? 」
「かまわないが、今からではないのか? 」
「貴方のご都合の良いときでかまいません。受付で身分証を提示して頂ければ直ぐに担当者と繋がるはずです。話自体もそう長くはならないと思います 」
少なくとも悪い話ではないようだな…まあ当然か。緊急性も無し。
ちょっと話を聞きたいって程度なんだろうな…
「そうか… では支度をしたらすぐに向かうとしよう。聞きたいこともあるし早いにこしたことはない 」
「よろしくお願いします。それでは我々はこれで… 」
警官はあっさりと帰って行った。来たときはてっきり署までの同行を求められるかと思ったが、ただ用件を伝えに来ただけのようだ。
ご苦労さんなことだが、それだけで来たってことはないだろう。他にやることもあってついでに来たという感じだろうな。この状況でそこまで暇でもないはずだ。
着替えて外出の準備をするとさっそく警察署に向かう。案内されて狭い部屋に通されると、椅子に座って待つように言われたのでとりあえずはその通りにして待つ。
部屋は刑事ドラマで見るような取調室って感じの場所だった。机を挟んで向かい合うように椅子が並んでいる。
今、部屋の奥側の椅子に座っているのだがこれから反対側の椅子に警察の人が座っていろいろ聞かれるんだろう。
取り調べと言えば取り調べか…
まるで犯罪者になった気分だ。正体がバレるなんてことは無いだろうが、腹に一物抱えている身としては気持ちが穏やかじゃいられない部分もある。
そんなじくじくとした気分になっていると。人の気配が近づいてきてドアがノックされる。
「どうぞ 」
そう答えるとドアが開いて人が入ってくる。女性の警察官だった。
一般の警官とは少し異なった制服を着ている。魔力もやや大きいようだ。階級が高いのかも知れない。
亜麻色の髪を左右に分けて首元で切りそろえたカッチリとした髪型をしている。目元は少しつり上がり気味な切れ長目でキリッとした顔立ちのクールビューティーと言った感じの人だった。
向かいの席に座ると相手の方から口が開かれる。まずは自己紹介から始まる。
「私は上級審問官をしております、テレーザと申します。本日は要請に応じて頂き誠にありがとうございます 」
テレーザと名乗る女性はにこりと笑いとても丁寧な応対をしてくれる。こちらに悪感情はないようだ。外見からキツい性格の人かと思っていたから柔らかい言葉遣いと笑顔に意外性を感じる。
いい人かも…
油断をしてしまいそうだ。気を引き締めないと…
「俺はレインだ。流れの狩人をやっている。昨日起きた騒動についての話だと思うが、知っていることならすべて話そうと思う 」
嘘だけどな…
「ありがとうございます。早速ですが聞かせて頂きますね 」
自己紹介もそこそこに質問が始まる。持っていたバインダーを机の上に置くとそれを見ることなく聞いてくる。
「レインさんは北門から都市内部に侵入した超大型の魔物を倒した…と言うことで間違いないですね? 」
「そうだ 」
「それ以前の行動について伺ってもよろしいでしょうか? 出来れば昨日事件が起きたとき… 警報が鳴った当たりからお願いします 」
そう言いながらペンを取り出すとキャップを外して握りこむ。メモを取ろうとしていた。
なんか緊張するな…
「そうだな… それを話すにはもっと前から説明しないといけないな… 昨日は朝から街を捜索していたんだ。例の魔物が現れた関連でな、成果はなかったが…
日が暮れてきて捜査を打ち切ろうかと考えていた時、街に警報が鳴り響いたんだ。ちょうどその時は工場地帯にいた。周りに人はいなかったが… 」
アルゴルのことは言わないで置こう。言えば何故そんなことが起きたのか聞かれることになるが、俺にも良くわかっていないしな。それ以前にこの人はアルゴルを知らない可能性が高い。変わった嘘をつく人物だと思われたら面倒だ。
「それからどうしました? 」
「どうするか少し迷ってから北門に向かうことにした。このジュジュと一緒に移動していたら今度は南側で何やら起きたことに気付いた。それでジュジュだけを北門にやって俺は南側に行くことにした 」
「南部では魔物と戦ったんですか? 」
「いや…これから戦うと言うときに上空から光が降ってきたんだ。魔物だけが次々に死んでいった。上空を飛行する小さな物体が見えたんだがそれが光を放っているようだった。それなりの数が飛んでいたな…
それを確認するために壁を蹴って高層建築の屋上まで登ったんだがその時にはその小さな物体は姿を消していた 」
クククッ… 俺がやったんだよ… なんて言えない。本当のことに、適度に嘘を混ぜて答えていく。
辻褄を合わせながら、な…
「それはどんな形をした物でしたか? 」
「はっきりとは見えなかったがこんな風な角張った形をしていたな… 」
手で空中に形を作って示すとテレーザはそれをバインダーに書き込んでいく。
今の説明でどんな絵を描いているのか気になるな…
「それからどうしましたか? 」
「その場にいてもどうしようもなかったから北門に向かうために屋上から降りて大通りを移動していった。ジュジュと合流する必要もあった。ああ、その時に騎士達とすれ違ったな…
北上していると途中で強力な魔物の気配を感じたからさっさと片付けるために最高の攻撃を仕掛けてやった。結果はそちらも知るところだろう。相手との位置取りも地形も良かったのが功を奏した…
ヤツの注意が他に向いていたのも良かったな… 」
「結果は現場にいなかった私も存じております。よくぞ一撃で倒せたものです… 」
「全くだな。今思い返しても運が良かったとしか言えないな 」
そんな俺の言葉にテレーザは意外と言った表情を浮かべた。それから、にっこりと笑って審問の続きを行っていく。
その後に話した内容はアッシェバーンに来たときから騒動の前日までの間の俺達の行動についてだった。それは別に隠したいことがあるわけじゃないからスムーズに聞き取りは進んでいった。
そうして最後にテレーザから報奨金についての話が出てくる。
「今回レインさんはあの大型の魔物を仕留めましたしジュジュちゃんもずいぶんと活躍しましたから… はっきりとした数字は申し上げられませんが合わせて五千万エスクほどになるかと思います
二週間ほどで狩猟ギルドを通して銀行の口座に振り込まれますので、あとで確認なさってください 」
「わかった。ありがとう 」
五千万か… かなりの額だな…
税金は引かれるんだろうけど額としてはレザンと戦ったときより多い。オルバン公国ひいては帝国の威信も関わってくるのだろう。素直に受け取っておく。寄付とかもしない。
俺はここの人間ではないからな。この国から送られた物をこの国に返したのでは無礼な感じになってしまう。それだけのことをしたのだから胸を張っていい。
ジュジュの分も入っているしな…
「ところで道路は今、通常通り通ることができるんだろうか…? 」
区切りもいいので、こちらも聞きたかったことを聞いてみる。今の混乱した状態の中で隣の国、エルテシア王国に行くことが出来るのかを…ひょっとすると道路が封鎖されているかも知れない。
「どの道路も検問は強化されていますが身分証を提示すればレインさんなら問題なく通ることが出来るはずですよ 」
そうか… こんな時にも八ツ星は効果を発揮するんだな。日頃の行いの成果だ。聞きたかったことも聞くとテレーザが締めに入る。
「これで審問は終わりです… 」
話は終わったようなのでこれで帰っていいのかと思い席を立とうとする。すると腰が浮きかけたとき、テレーザは再び対話を提案してきた。
「…ですが私と個人的な話をして頂いてよろしいでしょうか? 」
少し緊張感がある。何だろうか? 深刻な話かな?
「かまわないが… 」
少し身構えておく。俺の話におかしなところがあったか…
「レインさんはアッシェバーンに住む予定とかありますか? 」
……? どんな質問だ?
「今は帝国に向かおうと思っている。どこかに腰を落ち着ける予定はないな 」
「…そうですか。では今つきあっている方はいらっしゃいますか? 」
「つきあうとは… どういうことだろうか? 」
質問の意味を確認する俺の言葉を聞いてテレーザはちょっと驚いたような顔をすると目を細めて微笑む。どこかしら艶のようなものを含んだ笑みだった。
「恋人がいるのか……と言う意味です 」
声にも艶が含まれているような感じがする…
「…特定の相手はいないな 」
「そうですか… なら安心ですね 」
何が安心なんだ? そう疑問に思うのも束の間、テレーザは椅子から腰を浮かせると机に手をついて顔をずずいとこちらに近づけてくる。
近い近い近い!
思わず身を引いて若干だが仰け反るかたちになる。控えめながら香水をつけているのか、なんだかいい香りがした。
「それなら私なんてどうでしょうか? 」
その言葉に頭が沸騰しそうになる。意地を張って相手と目線を合わせたままで良かった。胸元に視線がいきそうなのを耐える。もしそうなったら更なる攻勢が始まっていた予感がする。
テレーザの表情は艶が増してきている。それに呼応するかのように目の光がギラついている感じがする。
これは…
獲物は俺か……狩られるのか!? 俺が?
これはどう答えたものか? 答えによってはここが旅の終着点になる…そんな予感がする。
―コアブースト:高速思考
間に合っています←さっき恋人はいないといったばかりだ
実は僕、ゲイなんです←動揺は見抜かれているはず。直ぐにバレる嘘でしかない。そして相手を傷つける
貴女に興味はない←興味は……あるっ!
初対面の男に迫ってくるビッチめ!←最悪
じつは俺は人間じゃないんだ、異世界から来た―――なんだ←意味不明かつ最悪手、しかし、ある意味誠実
駄目だな…上手いこと丸く収まるような答えが見つからない。シミュレーションの結果として面白い展開になるような答えはあるが、面白さは求めていない。
まあ、真っ正面からぶつかっていくしかないな。最初からわかっていたよ…
「すまないがその申し出を受けるわけにはいかない。俺は流れの狩人なんだ。目的を果たすまでどこかに納まるつもりはない 」
「…その目的を聞いても? 」
「言えないな… 」
話せば長くなるし理解出来ないだろうから…
「…そう…ですか。それは残念ですね 」
納得したのか机に着いた手を押して上体を起立させるとキビキビした動作で椅子に座り直す。先ほどまであった熱量は嘘のように冷めている。
切り替えが早い…
素早い変わりっぷりに演技だったのではという疑念が湧きかけるが、よくよく考えると本気だったとしか思えない。深追いはせずに次のチャンスを待つ。まさしく
「今回は引かせて頂きますが、もしもまたアッシェバーンに立ち寄ることがあったらこの事を思い出して頂けたらと… 予約は埋まっているかも知れませんからお早めにお願いしますね 」
「わかった… 覚えておこう 」
「本日はありがとうございました 」
にっこりと笑ってお開きにする。その笑顔に圧倒されて逃げるように部屋を後にした。
「ジュジュ… 少し早いがご飯にしよう 」
「にゃ~ 」
なんとなく気分を変えたくなった。言葉を口に出してジュジュと会話してみる。敗北感のようなものがあったのかも知れない。
恐いな… ハンター…
自分が追い詰められて初めてその恐ろしさを知った気がする。
まだまだ甘いのだろうな、俺は…